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第6話 前哨基地奪還作戦 ― 第一陣発進

 セイラ元帥の天幕には、作戦地図が広げられていた。

 中央には赤い印――影裂が発生した地点。

 その周囲を取り囲むように、黒い影の印が散乱している。


「目的はただ一つ。

 影裂の中心を突き止め、完全に“閉じる”ことだ」


 セイラの指が地図の一点を強く押した。


「前哨基地は昨日の襲撃で壊滅した。

 生存者は不明。

 影の群れが占拠している」


「……全滅、ってことか」

 リアンが低く呟いた。


「可能性は高い。

 だが、確かめねばならない」


 セイラはアイナをまっすぐに見つめる。


「影裂が拡大しているなら、君の光核が最も強く反応するはずだ。

 つまり、君にしか探れない」


 アイナは息を飲む。

 だが、すぐにうなずいた。


「……分かりました。

 行きます。やるしか、ないから」


 光輪が静かに浮かび上がる。

 昨日よりも揺れは少ない。


(……強くならなきゃ)


 アイナは拳を握りしめた。


 



「部隊編成を告げる」


 セイラが巻物を広げ、読み上げる。


「第一前衛隊――“銀翼騎兵”。

 第二突撃隊――“王都槍兵団”。

 第三支援隊――“聖職者部隊”。

 そして――」


 露骨に空気が変わる。


「“特別任務班”。

 隊員、アイナ・リュミエル。

 リアン・アーデ。

 ラグナ・ヴェイル」


 ざわ、と外の兵士たちがざわめく。


「特別班……まさか三名だけで?」

「光輪保持者を中心に動く部隊か……」


「特別班の役割は前線突破ではない」


 セイラの声が静かに響く。


「影裂の核心――“開いた者”の存在を探ることが目的だ」


 アイナが顔を上げる。


「開いた……者?」


「そうだ。

 今回の影裂には“意思”がある。

 自然現象ではない」


 ラグナが無表情で補足する。


「残留痕跡を解析したが、影世界内部から“押し広げられている”形跡がある。

 つまり、誰かがこちら側へ干渉した」


「誰かって……影側の何かってことだろ?」


「断定はできない。

 だが、“敵”がいるのは確かだ」


 リアンは剣の柄を握りしめた。


「上等だ。

 ならそいつをぶっ倒す。ただそれだけだろ」


「単純だな」

 ラグナが微かに呟く。


「おまえは複雑すぎるんだよ」

「合理性だ」


 いつもの二人のやり取りに、アイナの緊張が少しだけ和らいだ。


 



「では――行軍開始だ」


 セイラ元帥の号令が響くと同時に、

 外では角笛が吹き鳴らされた。


 王都の巨大な門がゆっくりと開く。


 鉄の甲冑が鳴り、兵士たちの足音が地を震わせる。

 騎兵の馬が嘶き、槍兵が隊列を組む。

 聖職者が祈りの光を掲げる。


 戦争が、動き出した。


 特別班の三人も馬に乗るよう指示された。

 リアンは慣れた動きで馬に跨がり、アイナの手を引く。


「落ちんなよ」

「……落ちないよ!」


 ラグナは乗り慣れていないのか、馬の首筋に手を置いて観察していた。


「この動物は不安定だ」

「生き物だからな」

「合理性に欠ける」

「……おまえ、ちょっと面白いな」


 リアンが呆れたように笑い、アイナもふっと息を漏らした。


 



 行軍開始から数刻。

 山脈の麓へ近づくと、空気が変わった。


 冷たく、重く、光を拒むような気配。

 草木は色を失い、風には焦げた匂いが混じる。


「……ここまで影が」


 アイナの光輪がぼんやりと浮かんだ。


「光核が反応してる」

 リアンが声を低くする。


「前哨基地は近い」

 ラグナも同じ方向を見つめた。


 だが――

 その瞬間、森の奥で“何かが這う音”が聞こえた。


 兵士たちが槍を構え、騎馬兵が前へ出る。


「何だ……?」

「影か?」


 黒い霧が木々の間を流れ、静かに広がっていく。


 そして――

 霧から、ぼろぼろの人影が数体ふらつきながら歩み出た。


「……こいつら、兵士……?」


 リアンが息を呑む。


 かつての前哨基地の者たち。

 だがその目は黒く染まり、口元から影が漏れていた。


「影……に取り込まれてる……」


 アイナの声が震える。


 兵士の亡骸が、影獣の咆哮へと変わった。


「来るぞッ!!」


 影に堕ちた元兵士たちが襲ってくる。


 リアンが剣を抜き、前へ躍り出た。


「アイナ、下がれ!」

「うん!」


 ラグナは手をかざし、空間の線を展開する。


「解析完了。

 強制反転、開始」


 影に染まった兵士の動きがねじ曲がり、攻撃が逸れる。


 リアンはその隙に切り伏せる。

 黒い霧が散る。


「……救えねぇのかよ、こいつら……!」


 リアンの歯噛みする声に、ラグナが淡々と言う。


「影世界に取り込まれた時点で、魂の位置が異なる。

 “死んでいる”」


「そんな言い方すんな!」


 リアンの怒鳴り声が響くが、止まらない。

 森の奥から次々と、影に堕ちた兵士たちが溢れ出てくる。


 それはまるで、

 前哨基地が丸ごと呑まれた証そのものだった。


「数が多すぎる……!」

「隊列を組め!!」


 兵士たちが叫ぶ中、

 アイナの光核が激しく脈打った。


 膨大な影の気配へ反応している――。


「リアン……来る……!

 もっと大きい“何か”が……!」


 アイナが叫んだ瞬間、

 山脈の奥で巨大な“唸り声”が響いた。


 地面が震え、鳥が一斉に飛び立つ。

 空の色が黒に引きずられる。


 影裂の中心――そこに“何か”がいる。


 前哨基地奪還どころではない。

 そこに潜む存在は、明らかに“異常”だった。


 アイナの光輪が、強く光る。


「リアン……ラグナ……

 ――あれが、敵の本陣だ」


 彼女の言葉を合図に、

 山脈に雷鳴のような咆哮が轟いた。


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