第6話 前哨基地奪還作戦 ― 第一陣発進
セイラ元帥の天幕には、作戦地図が広げられていた。
中央には赤い印――影裂が発生した地点。
その周囲を取り囲むように、黒い影の印が散乱している。
「目的はただ一つ。
影裂の中心を突き止め、完全に“閉じる”ことだ」
セイラの指が地図の一点を強く押した。
「前哨基地は昨日の襲撃で壊滅した。
生存者は不明。
影の群れが占拠している」
「……全滅、ってことか」
リアンが低く呟いた。
「可能性は高い。
だが、確かめねばならない」
セイラはアイナをまっすぐに見つめる。
「影裂が拡大しているなら、君の光核が最も強く反応するはずだ。
つまり、君にしか探れない」
アイナは息を飲む。
だが、すぐにうなずいた。
「……分かりました。
行きます。やるしか、ないから」
光輪が静かに浮かび上がる。
昨日よりも揺れは少ない。
(……強くならなきゃ)
アイナは拳を握りしめた。
◆
「部隊編成を告げる」
セイラが巻物を広げ、読み上げる。
「第一前衛隊――“銀翼騎兵”。
第二突撃隊――“王都槍兵団”。
第三支援隊――“聖職者部隊”。
そして――」
露骨に空気が変わる。
「“特別任務班”。
隊員、アイナ・リュミエル。
リアン・アーデ。
ラグナ・ヴェイル」
ざわ、と外の兵士たちがざわめく。
「特別班……まさか三名だけで?」
「光輪保持者を中心に動く部隊か……」
「特別班の役割は前線突破ではない」
セイラの声が静かに響く。
「影裂の核心――“開いた者”の存在を探ることが目的だ」
アイナが顔を上げる。
「開いた……者?」
「そうだ。
今回の影裂には“意思”がある。
自然現象ではない」
ラグナが無表情で補足する。
「残留痕跡を解析したが、影世界内部から“押し広げられている”形跡がある。
つまり、誰かがこちら側へ干渉した」
「誰かって……影側の何かってことだろ?」
「断定はできない。
だが、“敵”がいるのは確かだ」
リアンは剣の柄を握りしめた。
「上等だ。
ならそいつをぶっ倒す。ただそれだけだろ」
「単純だな」
ラグナが微かに呟く。
「おまえは複雑すぎるんだよ」
「合理性だ」
いつもの二人のやり取りに、アイナの緊張が少しだけ和らいだ。
◆
「では――行軍開始だ」
セイラ元帥の号令が響くと同時に、
外では角笛が吹き鳴らされた。
王都の巨大な門がゆっくりと開く。
鉄の甲冑が鳴り、兵士たちの足音が地を震わせる。
騎兵の馬が嘶き、槍兵が隊列を組む。
聖職者が祈りの光を掲げる。
戦争が、動き出した。
特別班の三人も馬に乗るよう指示された。
リアンは慣れた動きで馬に跨がり、アイナの手を引く。
「落ちんなよ」
「……落ちないよ!」
ラグナは乗り慣れていないのか、馬の首筋に手を置いて観察していた。
「この動物は不安定だ」
「生き物だからな」
「合理性に欠ける」
「……おまえ、ちょっと面白いな」
リアンが呆れたように笑い、アイナもふっと息を漏らした。
◆
行軍開始から数刻。
山脈の麓へ近づくと、空気が変わった。
冷たく、重く、光を拒むような気配。
草木は色を失い、風には焦げた匂いが混じる。
「……ここまで影が」
アイナの光輪がぼんやりと浮かんだ。
「光核が反応してる」
リアンが声を低くする。
「前哨基地は近い」
ラグナも同じ方向を見つめた。
だが――
その瞬間、森の奥で“何かが這う音”が聞こえた。
兵士たちが槍を構え、騎馬兵が前へ出る。
「何だ……?」
「影か?」
黒い霧が木々の間を流れ、静かに広がっていく。
そして――
霧から、ぼろぼろの人影が数体ふらつきながら歩み出た。
「……こいつら、兵士……?」
リアンが息を呑む。
かつての前哨基地の者たち。
だがその目は黒く染まり、口元から影が漏れていた。
「影……に取り込まれてる……」
アイナの声が震える。
兵士の亡骸が、影獣の咆哮へと変わった。
「来るぞッ!!」
影に堕ちた元兵士たちが襲ってくる。
リアンが剣を抜き、前へ躍り出た。
「アイナ、下がれ!」
「うん!」
ラグナは手をかざし、空間の線を展開する。
「解析完了。
強制反転、開始」
影に染まった兵士の動きがねじ曲がり、攻撃が逸れる。
リアンはその隙に切り伏せる。
黒い霧が散る。
「……救えねぇのかよ、こいつら……!」
リアンの歯噛みする声に、ラグナが淡々と言う。
「影世界に取り込まれた時点で、魂の位置が異なる。
“死んでいる”」
「そんな言い方すんな!」
リアンの怒鳴り声が響くが、止まらない。
森の奥から次々と、影に堕ちた兵士たちが溢れ出てくる。
それはまるで、
前哨基地が丸ごと呑まれた証そのものだった。
「数が多すぎる……!」
「隊列を組め!!」
兵士たちが叫ぶ中、
アイナの光核が激しく脈打った。
膨大な影の気配へ反応している――。
「リアン……来る……!
もっと大きい“何か”が……!」
アイナが叫んだ瞬間、
山脈の奥で巨大な“唸り声”が響いた。
地面が震え、鳥が一斉に飛び立つ。
空の色が黒に引きずられる。
影裂の中心――そこに“何か”がいる。
前哨基地奪還どころではない。
そこに潜む存在は、明らかに“異常”だった。
アイナの光輪が、強く光る。
「リアン……ラグナ……
――あれが、敵の本陣だ」
彼女の言葉を合図に、
山脈に雷鳴のような咆哮が轟いた。




