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第5話 前夜の鼓動と決意の行軍

 王城の緊急会議が終わるころには、すでに外は深い夜の帳に包まれていた。


 兵士たちは傷ついた仲間を運び出し、瓦礫を片づけ、黙々と次の戦いに備えている。

 王都にはまだ煙の匂いが残っていた。


 



 リアンは王城内の空き部屋に寝かされていた。

 応急処置で動けるようにはなったが、痛みはまだ体の奥に残っている。


「……はぁ……。骨、いくついったんだろ……」


 天井を見つめ、ため息をつく。

 思考は鈍い。

 だが、胸の奥には妙な焦りだけが渦巻いていた。


 ――アイナのことだ。


 暴走の傷跡は、彼女が一番痛いはずだ。

 それなのに、前線へ行けなんて。


「ふざけんな……」


 枕に拳を叩きつける。

 だが、痛みが走り、すぐに顔を歪めた。


「……でも行くしかねぇんだ」


 彼はゆっくりと体を起こし、足を床につける。

 まだ安定しないが、歩ける。


「アイナ……」


 迷うことなく、彼女の部屋へ向かった。


 



 アイナの部屋の前へ来ると、扉の隙間からほのかな光が漏れていた。


 リアンは控えめにノックする。


「アイナ。俺だ。入るぞ」


 返事はない。

 だが、光がひどく揺れていることに気づき、胸がざわついた。


 そっと扉を開ける。


 ――アイナは窓際で膝を抱え、光輪を抱くようにして震えていた。


「アイナ……!」


 リアンが近づくと、アイナはようやく顔を上げた。

 目は赤く、頬にはまだ涙の跡が残っている。


「……ごめんね。

 さっきから、光核が……怖くて……」


「あたり前だろ。あんな目にあったんだ。

 誰だって怖ぇよ」


 リアンは彼女の隣へ座った。

 光輪は彼が触れた瞬間、すっと穏やかになった。


「……ほら。落ち着いた」


「リアンがいると、痛くないの。

 どうしてか分からないけど……安心する……」


 アイナが胸に手を当て、リアンに寄りかかる。

 その小さな震えが伝わり、リアンの胸の奥が熱くなる。


「でも……明日、前線なんだよ……?

 私……また失敗したら……また暴走したら……!」


「暴走なんてさせねぇよ」


 リアンは静かに言い切った。

 その声は強く、揺るぎがなかった。


「俺がそばにいる。

 おまえが倒れそうになったら支える。

 逃げるなら手を引いて走る。

 敵が来るなら、全部俺が斬る」


 アイナが涙を溢れさせ、リアンにしがみついた。


「リアン……!

 そんなの……そんなの……!」


「だから怖がんな。

 ――一緒に生きて帰るんだ」


 アイナの肩が震え、彼の胸で泣き声が漏れた。


 リアンはしばらく黙って彼女の背を撫で続けた。


 



 一方その頃、城壁の外側では。


 夜風の中、ラグナがひとり佇んでいた。

 彼は王都の空に残る影裂の残滓を見つめ、淡く光る記録板に指を滑らせる。


「……やはり、反応が続いている」


 歪んだ空間の痕跡が、影世界と地上を繋ぎ続けている。

 閉じたはずの裂け目は、完全には死んでいなかった。


「誰が――開いた?」


 ラグナは無機質な目で夜を見上げる。


 だがその瞳の奥には、観測者に許されていないはずの“疑念”がわずかに宿っていた。


「……想定外だらけだ。

 光輪も、アイナも、リアンも」


 風が外套を揺らす。


「おそらく、これは“始まり”ではない。

 本命は――これから来る」


 その呟きは夜に溶け、誰にも届かなかった。


 



 翌朝。

 王都は灰の匂いを残したまま、軍旗が立ち並んでいた。


 兵士たちは鎧を装備し、馬が並べられ、各部隊が隊列を整える。

 その中心には、セイラ元帥の天幕が立てられていた。


 リアンとアイナは歩調を合わせて天幕へ向かう。

 アイナの顔はまだ不安を残していたが、光輪は落ち着いている。


「大丈夫か?」


「うん……リアンがいるから」


「その言葉、死んでも守るからな」


 アイナが小さく笑った。

 その笑みに、リアンの胸がさらに熱くなる。


 二人が天幕へ入ると、

 セイラとラグナがすでに待っていた。


 元帥は二人を見ると、力強く頷く。


「よく来た。

 ――これより“前哨基地奪還作戦”の最終確認を行う」


 その宣言は、

 これから始まる長い戦いの幕開けを告げていた。


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