第5話 前夜の鼓動と決意の行軍
王城の緊急会議が終わるころには、すでに外は深い夜の帳に包まれていた。
兵士たちは傷ついた仲間を運び出し、瓦礫を片づけ、黙々と次の戦いに備えている。
王都にはまだ煙の匂いが残っていた。
◆
リアンは王城内の空き部屋に寝かされていた。
応急処置で動けるようにはなったが、痛みはまだ体の奥に残っている。
「……はぁ……。骨、いくついったんだろ……」
天井を見つめ、ため息をつく。
思考は鈍い。
だが、胸の奥には妙な焦りだけが渦巻いていた。
――アイナのことだ。
暴走の傷跡は、彼女が一番痛いはずだ。
それなのに、前線へ行けなんて。
「ふざけんな……」
枕に拳を叩きつける。
だが、痛みが走り、すぐに顔を歪めた。
「……でも行くしかねぇんだ」
彼はゆっくりと体を起こし、足を床につける。
まだ安定しないが、歩ける。
「アイナ……」
迷うことなく、彼女の部屋へ向かった。
◆
アイナの部屋の前へ来ると、扉の隙間からほのかな光が漏れていた。
リアンは控えめにノックする。
「アイナ。俺だ。入るぞ」
返事はない。
だが、光がひどく揺れていることに気づき、胸がざわついた。
そっと扉を開ける。
――アイナは窓際で膝を抱え、光輪を抱くようにして震えていた。
「アイナ……!」
リアンが近づくと、アイナはようやく顔を上げた。
目は赤く、頬にはまだ涙の跡が残っている。
「……ごめんね。
さっきから、光核が……怖くて……」
「あたり前だろ。あんな目にあったんだ。
誰だって怖ぇよ」
リアンは彼女の隣へ座った。
光輪は彼が触れた瞬間、すっと穏やかになった。
「……ほら。落ち着いた」
「リアンがいると、痛くないの。
どうしてか分からないけど……安心する……」
アイナが胸に手を当て、リアンに寄りかかる。
その小さな震えが伝わり、リアンの胸の奥が熱くなる。
「でも……明日、前線なんだよ……?
私……また失敗したら……また暴走したら……!」
「暴走なんてさせねぇよ」
リアンは静かに言い切った。
その声は強く、揺るぎがなかった。
「俺がそばにいる。
おまえが倒れそうになったら支える。
逃げるなら手を引いて走る。
敵が来るなら、全部俺が斬る」
アイナが涙を溢れさせ、リアンにしがみついた。
「リアン……!
そんなの……そんなの……!」
「だから怖がんな。
――一緒に生きて帰るんだ」
アイナの肩が震え、彼の胸で泣き声が漏れた。
リアンはしばらく黙って彼女の背を撫で続けた。
◆
一方その頃、城壁の外側では。
夜風の中、ラグナがひとり佇んでいた。
彼は王都の空に残る影裂の残滓を見つめ、淡く光る記録板に指を滑らせる。
「……やはり、反応が続いている」
歪んだ空間の痕跡が、影世界と地上を繋ぎ続けている。
閉じたはずの裂け目は、完全には死んでいなかった。
「誰が――開いた?」
ラグナは無機質な目で夜を見上げる。
だがその瞳の奥には、観測者に許されていないはずの“疑念”がわずかに宿っていた。
「……想定外だらけだ。
光輪も、アイナも、リアンも」
風が外套を揺らす。
「おそらく、これは“始まり”ではない。
本命は――これから来る」
その呟きは夜に溶け、誰にも届かなかった。
◆
翌朝。
王都は灰の匂いを残したまま、軍旗が立ち並んでいた。
兵士たちは鎧を装備し、馬が並べられ、各部隊が隊列を整える。
その中心には、セイラ元帥の天幕が立てられていた。
リアンとアイナは歩調を合わせて天幕へ向かう。
アイナの顔はまだ不安を残していたが、光輪は落ち着いている。
「大丈夫か?」
「うん……リアンがいるから」
「その言葉、死んでも守るからな」
アイナが小さく笑った。
その笑みに、リアンの胸がさらに熱くなる。
二人が天幕へ入ると、
セイラとラグナがすでに待っていた。
元帥は二人を見ると、力強く頷く。
「よく来た。
――これより“前哨基地奪還作戦”の最終確認を行う」
その宣言は、
これから始まる長い戦いの幕開けを告げていた。




