第4話 揺れる光核と決戦会議
巨大な上位種が崩れ落ち、黒い霧となって溶けていった。
その死骸が完全に消えるころ、王都の空を覆っていた裂け目も縮み始める。
――影の雨が止んだ。
だが、王都は静まり返っていた。
訓練場は瓦礫と焦げ跡に覆われ、崩れた壁の向こうには倒れた兵士の姿がいくつも転がっている。
アイナは胸に手を当てた。
光核がまだ痛む。
暴走の余韻が身体の奥に刺さっている。
「リアン……!」
地面へ倒れ込んだままのリアンへ駆け寄り、肩を抱き起こす。
「う、ぐ……まだ……いける……」
声は弱い。
影の鞭を受けた衝撃で、呼吸が乱れていた。
「もう動かないで! 治療を――」
「大丈夫だ。生きてるだけで十分だろ……」
リアンは無理やり笑おうとしたが、痛みに顔が歪む。
それを見て、アイナの胸が締めつけられた。
(……私のせいで、こんな……)
罪悪感が、光核をさらに脈打たせる。
それを見たラグナが、近づいてきた。
「動揺すれば光は乱れる。安定させろ」
「安定って……どうやって……!」
「知らない」
「知らないって……!」
「僕は観測者だ。制御者ではない」
淡々と告げ、ラグナは視線をリアンへ移した。
「君。歩けるか?」
「……あんまりな」
「なら補助する」
「いや、いい。
おまえに触られるのは気分が悪い」
リアンの声は弱いはずなのに、その拒絶だけは鋭かった。
ラグナはわずかに目を細める。
「……理解しがたい感情だ」
「おまえには、一生理解できねぇよ」
人と情に無関係の観測者に、
リアンは本能的な嫌悪を抱いていた。
◆
王城へ運ばれた三人は、緊急招集された大広間へ通された。
石造りの広間には兵士たちの怒号が響き、負傷者が床に運ばれ、指揮官たちが次々と檄を飛ばしている。
戦時下の空気が広間中を支配していた。
「第一陣が壊滅なんて……」
「王都が抜かれるなんて前代未聞だぞ!」
「何が起きている!? 影は終息したはずだろ!」
怒りと恐怖が渦を巻く中、
一人の女性が中心へ現れた。
王国軍総司令――
セイラ・ルミエナ元帥。
銀髪と蒼い眼を持ち、冷徹かつ美しいと名高い女性だった。
鎧を身に着けた姿は、まるで戦場そのもののような威圧感がある。
「静粛に」
ただ一言。その声だけで広間が静まった。
セイラは前に出た三人――アイナ、リアン、ラグナ――を見回した。
「……光輪保持者、アイナ・リュミエル。
そして、新任観測者ラグナ・ヴェイル。
加えて……影耐性を持つ少年、リアン・アーデ」
専門家や軍人たちの視線が三人に突き刺さる。
アイナは思わず肩を縮めた。
「今回の襲撃は、想定を大きく超えていた。
上位種の侵入、王都直下の裂け目……これはただの影獣暴走ではない」
セイラが厳しい面持ちで地図を指した。
「影世界が“こちら側へ侵食を開始した”可能性がある」
広間がざわめく。
アイナは息を呑んだ。
「侵食って……影が世界を壊すってこと……?」
「壊すどころではない。
――世界が丸ごと呑まれる」
セイラの冷たい声が響きわたった。
◆
混乱する将校たちを落ち着かせるように、ラグナが進み出た。
その手には、淡く透ける“記録の板”。
観測者だけが扱えるデータ媒体だ。
「今回の影裂は、自然発生ではない。
“開かれた”痕跡がある」
広間に緊張が走る。
「つまり……誰かが意図的に?」
「影側の意思? そんな馬鹿な……!」
「観測結果を述べているだけだ」
ラグナの声には一切の感情がなかった。
だが、アイナにはその無機質さが逆に恐ろしく思えた。
「じゃあ……私たちは、どうすれば……?」
震える声が出てしまう。
注がれる視線がつらい。
光核がざわめき、光輪がわずかに反応する。
「光輪保持者」
セイラが歩み寄り、アイナを真っ直ぐに見た。
「……君には、重大な任務を命じる」
「……え?」
「影裂の中心地点――“ルクア山脈前哨基地”への出撃だ」
広間の空気が凍りついた。
「出撃って……私が……?」
「光輪保持者を最前線に出すなど……!」
「危険すぎる!」
次々と声が上がる。
セイラはその騒ぎを手のひらひとつで制した。
「今回の影裂は、光核に反応して開いた可能性がある。
君でなければ探知できない」
「そ、そんな……」
アイナの膝が震えた。
胸の光核が早鐘を打つ。
「できない……無理……また暴走したら……!」
光輪が不安に震え、周囲の光が揺らぎ始める。
「落ち着け、アイナ!」
リアンが慌てて手を握る。
その瞬間、光核の脈動がゆるみ、光輪が静まった。
セイラはその様子を見て、細く息を吐いた。
「……やはり、彼だな」
「え……?」
「リアン・アーデ。
君には光輪保持者の“護衛兼制御要員”として同行してもらう」
「は?」
リアンは目を丸くした。
「俺が……制御……?」
「事実、君が触れると光核は安定する。
記録にもない例外だ」
ラグナも近寄ってきた。
「観測者としても、その相関値は興味深い。
同行を認める」
「おまえに認められなくても行くよ。
アイナをひとりで前線に出すなんて――」
「だめ、リアン!」
アイナが強く手を握り返した。
「危ないよ……!
さっきだって、私……守れなかった……!」
「守ってもらうために行くんじゃねぇよ。
――一緒に生きて帰るためだ」
アイナの瞳が揺れた。
リアンの言葉が胸の奥深くに刺さった。
◆
セイラは二人の様子を見て、静かに頷く。
「ラグナ・ヴェイル。
君にも出撃を命じる」
「当然だ」
「前衛隊は本日中に再編成する。
明朝、三名は私の天幕へ来い。
作戦の最終確認を行う」
その声は、容赦なく現実を突きつける。
「これより――影との“第二次侵食戦”が始まる」
その瞬間、広間に言葉を失うほどの重い空気が落ちた。
アイナの胸の光核が、ゆっくりと脈打つ。
それはまるで、これから訪れる戦争を予見するかのように。




