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第20話 影将の侵攻 ― 王都炎上

 その日は、

 異様なほど静かな朝だった。


 風がない。

 鳥の声もない。

 王都全体が息を潜めているかのようだった。


 だが――

 それは“始まり”の前触れだった。


 



 午前。

 王都の城壁上。


 リアンはラグナと共に、

 城壁の上から東の地平を見つめていた。


「……本当に来るのか?」


「ああ」

 ラグナは短く答える。

「霧紋将が去ったあの日から、

 影界の位相は不穏に脈動し続けている。

 今朝は、とくに強い……

 まるで“門”をこじ開けようとしているような反応だ」


 リアンは拳を強く握った。


 あの夜、

 フェルナが残した“言葉の毒”。

 あれがアイナの心に影を落としているのは明らかだった。


 今のアイナには、

 無理をさせたくなかった。


「………来い」


 リアンは呟いた。

 誰にも聞こえないほどの声で。


(来るなら来い。

 全部、俺が叩き潰す)


 だが――

 影界の侵攻は、

 リアンの想像を遥かに超えていた。


 



 王城の巫女の間。


 アイナは膝の上に両手を置いて座っていた。

 核の鼓動が、いつもより僅かに強い。


 部屋の外から、

 足音が聞こえる。


「アイナ」


 リアンが入ってきた。


 その顔を見た瞬間、

 アイナの表情が緩んだ。


「リアン……」


 リアンはアイナのそばに腰を下ろす。


「核の具合は?」


「安定してる……けど……

 ちょっと……重い感じがするの」


「そっか」


 リアンはアイナの手を握る。

 すると核の鼓動がゆっくりと安定する。


「……神巫よく働くな」

 リアンが苦笑する。


「リアンが触れると……落ち着くの」

 アイナは小さく微笑む。

「昨日の夜も……ありがとう。

 あなたがいなかったら……私……」


「言うな」

 リアンは指先でアイナの頬に触れた。

「何があっても守る。

 弱いところがあっていい。

 俺が補う」


「……うん」


 アイナの瞳は潤んでいた。

 安心と、微かな不安の入り混じった色。


 リアンはその不安の理由がわかっていた。


(俺が折れた時が……一番危ない)


 その瞬間――


 城全体を揺らすような轟音が響いた。


「っ!?」


「今のは――城壁か!?」

 リアンが立ち上がる。


 次の瞬間、ラグナが駆け込んだ。


「二人とも! 影界軍が出現した!!」


「なんだと――!?」


「大規模だ。

 影界の“軍勢”そのものだ」


 ラグナの顔は険しい。


「ただの眷属じゃない。

 影界七将のひとり、

 【轟影将ごうえいしょうヴァルド】が先陣を率いている」


「七将……!」


 リアンの背に悪寒が走った。


「アイナ」

 ラグナはアイナを真っ直ぐ見た。

「今の核の状態で戦えるか?」


「……戦える。

 リアンがいれば」


 リアンの胸が締め付けられる。


 依存ではない。

 けれど――

 この状態での戦いは危険すぎる。


「リアン」

 ラグナが低く続ける。

「アイナが戦場に出る以上、おまえも行け。

 支柱が傍にいないと核が不安定になる」


「わかってる」


 リアンは頷いた。


 だが、アイナは少し目を伏せた。


(リアンを……危険な場所に連れていく……

 また……私のせいで……)


 そのほんの一瞬。

 影の色がアイナの核を揺らした。


 リアンは気づかない。


 だがラグナは眉を寄せた。


(……核の影色が濃い。

 影界の侵攻の目的……

 やはり“揺らし”か)


 



 王都・東門前。


 黒い波のような影が地面を埋め尽くしていた。

 形の定まらない眷属が幾万と蠢き、

 その中心に――巨躯の影が立つ。


 黒鋼の鎧をまとい、

 闇の焔を纏った獣のような男。


 轟影将ヴァルド。


「小さき光――

 巫女を渡せ」

 雷のような声が響いた。


「断る」

 リアンが前に立つ。


「巫女は渡さねぇよ。

 おまえらの好きにはさせない」


 ヴァルドは大きな顎を鳴らした。


「ならば――

 力づくで奪うだけだ」


 地響きと共に、

 影界軍が一気に押し寄せてくる。


「来るぞ!!」


 リアンが剣を構えた瞬間――


「――光よ」


 アイナが両手を組み、

 核が白黒に輝きを放つ。


「この街を……守って!!」


 光影巫女の力が炸裂した。


 白と黒、相反する二つの光が絡み合い、

 奔流となって影界軍を呑み込む。


 眷属が焼き払われ、

 大地が光の渦に包まれた。


「……っ……はぁ……!」


 アイナは膝をつきかけた。

 リアンがすぐ身体を支える。


「無理すんな!

 まだ始まったばかりだ!」


「だ、大丈夫……

 リアンが……いるから……っ」


 リアンはアイナの手を強く握った。


 その時――

 ヴァルドが黒炎をまとい、

 地を砕きながら前に出た。


「光影巫女。

 その力――

 影王様の“鍵”にさせてもらうぞ」


 影将の影圧が、

 王都の空気そのものを圧し潰す。


 アイナは震える。

 核の光が揺れる。


「リアン……怖い……」


「俺がいる!

 絶対に離れねぇ!」


 リアンの叫びに、

 アイナの瞳に光が戻る。


「……うん!」


 二人は並び立つ。


 影界の大軍と、

 影将ヴァルドを前に。


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