第20話 影将の侵攻 ― 王都炎上
その日は、
異様なほど静かな朝だった。
風がない。
鳥の声もない。
王都全体が息を潜めているかのようだった。
だが――
それは“始まり”の前触れだった。
◆
午前。
王都の城壁上。
リアンはラグナと共に、
城壁の上から東の地平を見つめていた。
「……本当に来るのか?」
「ああ」
ラグナは短く答える。
「霧紋将が去ったあの日から、
影界の位相は不穏に脈動し続けている。
今朝は、とくに強い……
まるで“門”をこじ開けようとしているような反応だ」
リアンは拳を強く握った。
あの夜、
フェルナが残した“言葉の毒”。
あれがアイナの心に影を落としているのは明らかだった。
今のアイナには、
無理をさせたくなかった。
「………来い」
リアンは呟いた。
誰にも聞こえないほどの声で。
(来るなら来い。
全部、俺が叩き潰す)
だが――
影界の侵攻は、
リアンの想像を遥かに超えていた。
◆
王城の巫女の間。
アイナは膝の上に両手を置いて座っていた。
核の鼓動が、いつもより僅かに強い。
部屋の外から、
足音が聞こえる。
「アイナ」
リアンが入ってきた。
その顔を見た瞬間、
アイナの表情が緩んだ。
「リアン……」
リアンはアイナのそばに腰を下ろす。
「核の具合は?」
「安定してる……けど……
ちょっと……重い感じがするの」
「そっか」
リアンはアイナの手を握る。
すると核の鼓動がゆっくりと安定する。
「……神巫よく働くな」
リアンが苦笑する。
「リアンが触れると……落ち着くの」
アイナは小さく微笑む。
「昨日の夜も……ありがとう。
あなたがいなかったら……私……」
「言うな」
リアンは指先でアイナの頬に触れた。
「何があっても守る。
弱いところがあっていい。
俺が補う」
「……うん」
アイナの瞳は潤んでいた。
安心と、微かな不安の入り混じった色。
リアンはその不安の理由がわかっていた。
(俺が折れた時が……一番危ない)
その瞬間――
城全体を揺らすような轟音が響いた。
「っ!?」
「今のは――城壁か!?」
リアンが立ち上がる。
次の瞬間、ラグナが駆け込んだ。
「二人とも! 影界軍が出現した!!」
「なんだと――!?」
「大規模だ。
影界の“軍勢”そのものだ」
ラグナの顔は険しい。
「ただの眷属じゃない。
影界七将のひとり、
【轟影将ヴァルド】が先陣を率いている」
「七将……!」
リアンの背に悪寒が走った。
「アイナ」
ラグナはアイナを真っ直ぐ見た。
「今の核の状態で戦えるか?」
「……戦える。
リアンがいれば」
リアンの胸が締め付けられる。
依存ではない。
けれど――
この状態での戦いは危険すぎる。
「リアン」
ラグナが低く続ける。
「アイナが戦場に出る以上、おまえも行け。
支柱が傍にいないと核が不安定になる」
「わかってる」
リアンは頷いた。
だが、アイナは少し目を伏せた。
(リアンを……危険な場所に連れていく……
また……私のせいで……)
そのほんの一瞬。
影の色がアイナの核を揺らした。
リアンは気づかない。
だがラグナは眉を寄せた。
(……核の影色が濃い。
影界の侵攻の目的……
やはり“揺らし”か)
◆
王都・東門前。
黒い波のような影が地面を埋め尽くしていた。
形の定まらない眷属が幾万と蠢き、
その中心に――巨躯の影が立つ。
黒鋼の鎧をまとい、
闇の焔を纏った獣のような男。
轟影将ヴァルド。
「小さき光――
巫女を渡せ」
雷のような声が響いた。
「断る」
リアンが前に立つ。
「巫女は渡さねぇよ。
おまえらの好きにはさせない」
ヴァルドは大きな顎を鳴らした。
「ならば――
力づくで奪うだけだ」
地響きと共に、
影界軍が一気に押し寄せてくる。
「来るぞ!!」
リアンが剣を構えた瞬間――
「――光よ」
アイナが両手を組み、
核が白黒に輝きを放つ。
「この街を……守って!!」
光影巫女の力が炸裂した。
白と黒、相反する二つの光が絡み合い、
奔流となって影界軍を呑み込む。
眷属が焼き払われ、
大地が光の渦に包まれた。
「……っ……はぁ……!」
アイナは膝をつきかけた。
リアンがすぐ身体を支える。
「無理すんな!
まだ始まったばかりだ!」
「だ、大丈夫……
リアンが……いるから……っ」
リアンはアイナの手を強く握った。
その時――
ヴァルドが黒炎をまとい、
地を砕きながら前に出た。
「光影巫女。
その力――
影王様の“鍵”にさせてもらうぞ」
影将の影圧が、
王都の空気そのものを圧し潰す。
アイナは震える。
核の光が揺れる。
「リアン……怖い……」
「俺がいる!
絶対に離れねぇ!」
リアンの叫びに、
アイナの瞳に光が戻る。
「……うん!」
二人は並び立つ。
影界の大軍と、
影将ヴァルドを前に。




