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第2話 観測者ラグナと封じられた記録

 訓練場に漂う白煙を裂いて、青年は静かに歩み出た。

 灰色の外套は風もないのに微かに揺れ、

 その歩みには人の気配というものが希薄だった。


「……観測者? 回収ってどういう意味だよ」


 リアンが剣を構えたまま睨む。

 ラグナはその刃先を視界に入れながらも、まるで興味がないかのように無表情だった。


「光核保持者の暴走記録。観測と封印が任務だ。

 彼女は危険だ。ゆえに連行する」


「危険って……! アイナは攻撃なんか……!」


 言い切る前に、アイナの肩が震えた。

 暴走の余韻でまだ息が乱れている。


 彼女自身、ラグナの言葉を否定しきれないのだ。


「アイナ、いいから下がれ。

 こいつは……何かが違う」


 リアンが後ろへ手を伸ばすと、アイナは小さく首を振った。


「リアン……私、本当に連れていかれなきゃいけないの……?」


 か細い声だった。

 泣きそうな、必死に耐えるような声。


 ラグナは淡々と答える。


「暴走率、三十二パーセント。許容値を超えている。

 これ以上放置すれば――王都ごと消える」


「そんな言い方しなくても……!」


 アイナの瞳が潤む。

 リアンは一歩踏み出し、剣を向けた。


「……やめろ。

 こいつにこれ以上言わせたら、アイナが壊れる」


 ラグナの瞳が、初めてリアンを正面から捉えた。

 観察するような、計測するような視線。


「……影耐性あり。

 旧影軍の血。珍しい」


「分析するな!」


 リアンが踏み込む瞬間――

 ラグナの足元に、薄い光の線が浮かび上がった。


 見たことのない紋様。

 まるで“記録”が書き換わるように空気が揺らぐ。


「危害を加えるつもりはない。

 しかし任務は絶対だ」


「任務? 人を記号みたいに扱いやがって!」


「人ではない。光核の揺らぎだ」


 その瞬間、リアンの怒りが爆ぜた。


「おまえ……!」


 剣が閃き、ラグナへ振り抜かれる。

 だが次の瞬間――


 剣が空を切った。


 ラグナは一歩も動かず、ただ空間が彼を避けたように見えた。

 風も、影も、光さえも触れない“抜け殻”のような存在感。


 リアンは目を見開く。


「何だ……今の……」


「接触回避。観測者の基礎技能だ」


 ラグナが手を伸ばし、アイナの方へ歩いていく。

 その歩みはゆっくりなのに、拒絶する隙がない。


「待って……来ないでっ!」


 アイナが後ずさる。

 胸の光核がざわつき、光輪が震えた。


「暴走の前兆。

 やはり不安定だな」


「だからって……勝手に決めないで!」


 叫ぶと同時に、光輪が激しく明滅した。

 恐怖と混乱に反応してしまう。


 リアンは咄嗟にアイナの手を取った。


「落ち着け。大丈夫だ。

 俺がいるから……!」


 その声に、光輪の震えが少し収まる。


 アイナは必死に息を整えた。


 



 ラグナは二人の様子を無感情に見つめる。

 まるで「予定外の反応」を観察する研究者のように。


「……相関値、想定外。

 光核が彼に反応して安定している……?」


 リアンを見つめる目に、初めてかすかな“興味”が生まれていた。


「君、名は?」


「……リアン・アーデだ。

 アイナを連れて行くなら、俺が相手になる」


 ラグナは黙っていたが――

 やがて、外套の内側から一通の封蝋書を取り出した。


「王城からの正式命令だ。

 光輪保持者に関するすべての権限を、観測者に委任するとある」


「何で王城が……!」


 リアンの動揺をよそに、ラグナは淡々と告げる。


「光核保持者は戦争の鍵だ。

 扱いを誤れば王国が滅ぶ」


 アイナの肩がふるりと震えた。


「……そんな……私は、戦いたくなんて……」


 その声をかぶせるように、ラグナは言った。


「君の意思は関係ない。

 光は、選べない」


 アイナの瞳から、光がすっと失われていく。


 



 リアンは剣を下ろさなかった。

 震えるアイナの手を握りしめ、静かに言った。


「……意思が関係ないなんて、そんなわけあるか。

 誰が決めたんだよ、そんな理屈」


 ラグナは目を細める。

 わずかに、ほんのわずかに「驚き」の色。


「君は……光核を恐れないのか。

 影の血を引きながら」


「恐れてるさ。

 でも――」


 リアンはアイナを見た。


「あの日、俺を助けてくれたのはこいつだからな」


 アイナの目が見開かれた。


「……リアン……?」


 ラグナの瞳が、深い層へ沈むように揺れた。


「記録にない。

 それは……君の“個人的記録”か?」


「そんな言い方すんな。

 俺の人生だよ」


 ラグナは黙り込んだ。

 無表情の奥で、何かがわずかに擦れたような気配。


 だが、やがてその気配は消える。


「……任務の判断を保留する。

 光核保持者の安定要因が確認された以上、今は動けない」


 アイナは息を呑んだ。


「じゃあ……連れて行かないでくれるの?」


「今は、だ」


 ラグナは背を向けた。


「僕は観測者。

 逃げても、隠れても、必ず行き着く」


 その言葉を残して、

 青年の姿は白煙の向こうに溶けるように消えた。


 



 二人だけが残された訓練場。

 瓦礫と白い光の残滓、焦げた影の跡。


 アイナはリアンの手を離さずに言った。


「ごめん……怖い思い、させたよね……」


「違う。

 俺は、まだ……足りないんだ」


「え……?」


 リアンは影の落ちる地面を握りしめ、悔しさに歯を食いしばった。


「アイナを守るには……今の俺じゃ届かない」


 アイナの胸が熱くなった。

 不安と、痛みと、そして少しの嬉しさが混ざった複雑な熱。


「リアン……」


 その時だった。


 王城方面から、けたたましい鐘の音が鳴り響く。


「警鐘……? こんな時間に……?」


 リアンが顔を上げた。


 空に、第二の黒い裂け目が広がっていた。


「……影獣の再襲来だ!」


 第2話はここで幕を閉じる。

 物語は、王都を巻き込む大規模な戦いへと進む。


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