第19話 心の罅 ― アイナの影堕ち予兆
フェルナが姿を消してから、
王城は昼夜問わず厳戒態勢が敷かれた。
廊下には兵が並び、
巫女の間には常に結界が張られている。
だが――
守りがどれほど固くても、
心に入り込んだ“言葉”だけは防げない。
◆
深夜、巫女の間。
リアンは眠らずにアイナの横で座っていた。
灯火が揺れ、静かな息の音だけが響く。
ふと――
アイナの眉が苦しげに歪んだ。
「……やめて……いや……」
寝息ではない。
悪夢の呻きだった。
「アイナ……」
リアンはそっと肩に触れた。
その瞬間――
「ッ!!」
アイナの瞼が開き、
黒と白の光が迸る。
リアンは反射的に後ろへ飛んだ。
彼のいた場所を、影の刃が掠める。
「……っ、は……はぁ……っ……!」
アイナは混乱し、息を荒げていた。
「ごめ……リアン……違うの……っ
今の、私じゃなくて……!」
「落ち着け、大丈夫だ」
リアンはゆっくり近づく。
「夢にフェルナが出たのか?」
アイナは唇を噛み、震えながら頷いた。
「リアン……殺される夢……
何度も……何度も……
助けようとしても、届かなくて……
私が……弱いから……!」
「おまえは弱くねぇ!」
「弱いよ……!
だって……私……!」
アイナは胸を押さえる。
「フェルナに言われた言葉が……
離れないの……
“依存してるだけ”って……
“支柱が死んだらどうするの”って……
頭から……消えなくて……!」
リアンは言葉を失った。
その一言。
それだけで、アイナはこんなに追い詰められていた。
「アイナ……」
「リアンがいないと、核が……
暴れて……落ち着かなくて……っ
私、本当に……ただ依存してるだけなんじゃ……?」
リアンはアイナの手を取り、
強く握りしめた。
「違う。
少なくとも、俺はそう思わねぇ。
おまえは……自分の意思で戦った。
影界を止めるために。
自分で決めて、俺の手を取ったんだ」
「でも……!」
「依存じゃねぇよ。
“信頼”だ」
アイナは息を呑む。
「信頼と依存は違う。
おまえが俺を必要としてるのは……
戦うために心を安定させるためだろ?」
アイナは俯いた。
けれど、手は離さなかった。
「……怖いの。
リアンの手が離れたら……
私が自分じゃなくなる気がして……
影に……呑まれそうで……!」
リアンはアイナの肩を抱く。
「じゃあ離れねぇよ。
何回でも言うけど、絶対に離れない。
安心しろ」
アイナの呼吸が少しずつ落ち着く。
だが――
その会話の裏で、
核は白黒に不均等な揺らぎを見せていた。
◆
翌朝。
アイナはいつもの姿に戻っていたが、
その瞳はどこか曇っていた。
ラグナが部屋に入ってくる。
「体調は?」
「……大丈夫です」
アイナはそう答えたが、
リアンには嘘だとわかった。
ラグナは短く息を吐く。
「昨夜、霧紋将が消えた瞬間……
影界側で大規模な位相の揺れが観測された。
影界が再び動き出す」
「来るのか?」
リアンが問う。
「ああ。
こちらの守りが厚くなる前に、
次の一手を打ってくるはずだ」
ラグナはアイナの様子を見つめる。
「アイナ。
核の状態は?」
「……安定してます。
リアンがいれば……大丈夫だから」
リアンは心臓が軽く痛んだ。
それは嬉しさではなく、痛みだった。
(……俺に依存しすぎてる……?
いや、違う。
違うけど……
このままじゃ……)
ラグナは静かに言った。
「アイナ。
影界はおまえを“揺らそう”としてくる。
精神を不安定にするのが目的だ。
油断するな」
「……はい」
アイナは小さく俯いた。
◆
ラグナは部屋を出る直前、
リアンにだけ言葉を残した。
「リアン。
おまえも気をつけろ」
「なんでだよ?」
「おまえを揺らすことも、
影界の目的だからだ」
「俺を……?」
「アイナが暴走するかどうかの鍵は、
“おまえの精神状態”にある。
影王がそこを狙わないはずがない」
リアンは息を詰めた。
(……影王の狙いは、
俺とアイナの“関係”……)
ラグナは低く言う。
「支柱は折れれば――倒れる。
覚悟しておけ」
その言葉は、
リアンの胸に重く落ちた。
◆
そして――
アイナもまた、
ラグナの言葉を聞いていた。
その表情には、
微かに影が宿っていた。
(……もし、リアンが折れたら……
私は……どうなるの……?)
胸の奥で、
核の影色が静かに揺れた。




