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第19話 心の罅 ― アイナの影堕ち予兆

 フェルナが姿を消してから、

 王城は昼夜問わず厳戒態勢が敷かれた。


 廊下には兵が並び、

 巫女の間には常に結界が張られている。


 だが――

 守りがどれほど固くても、

 心に入り込んだ“言葉”だけは防げない。


 



 深夜、巫女の間。


 リアンは眠らずにアイナの横で座っていた。

 灯火が揺れ、静かな息の音だけが響く。


 ふと――

 アイナの眉が苦しげに歪んだ。


「……やめて……いや……」


 寝息ではない。

 悪夢の呻きだった。


「アイナ……」

 リアンはそっと肩に触れた。


 その瞬間――


「ッ!!」


 アイナの瞼が開き、

 黒と白の光が迸る。


 リアンは反射的に後ろへ飛んだ。

 彼のいた場所を、影の刃が掠める。


「……っ、は……はぁ……っ……!」


 アイナは混乱し、息を荒げていた。


「ごめ……リアン……違うの……っ

 今の、私じゃなくて……!」


「落ち着け、大丈夫だ」

 リアンはゆっくり近づく。

「夢にフェルナが出たのか?」


 アイナは唇を噛み、震えながら頷いた。


「リアン……殺される夢……

 何度も……何度も……

 助けようとしても、届かなくて……

 私が……弱いから……!」


「おまえは弱くねぇ!」


「弱いよ……!

 だって……私……!」


 アイナは胸を押さえる。


「フェルナに言われた言葉が……

 離れないの……

 “依存してるだけ”って……

 “支柱が死んだらどうするの”って……

 頭から……消えなくて……!」


 リアンは言葉を失った。


 その一言。

 それだけで、アイナはこんなに追い詰められていた。


「アイナ……」


「リアンがいないと、核が……

 暴れて……落ち着かなくて……っ

 私、本当に……ただ依存してるだけなんじゃ……?」


 リアンはアイナの手を取り、

 強く握りしめた。


「違う。

 少なくとも、俺はそう思わねぇ。

 おまえは……自分の意思で戦った。

 影界を止めるために。

 自分で決めて、俺の手を取ったんだ」


「でも……!」


「依存じゃねぇよ。

 “信頼”だ」


 アイナは息を呑む。


「信頼と依存は違う。

 おまえが俺を必要としてるのは……

 戦うために心を安定させるためだろ?」


 アイナは俯いた。

 けれど、手は離さなかった。


「……怖いの。

 リアンの手が離れたら……

 私が自分じゃなくなる気がして……

 影に……呑まれそうで……!」


 リアンはアイナの肩を抱く。


「じゃあ離れねぇよ。

 何回でも言うけど、絶対に離れない。

 安心しろ」


 アイナの呼吸が少しずつ落ち着く。


 だが――

 その会話の裏で、

 核は白黒に不均等な揺らぎを見せていた。


 



 翌朝。

 アイナはいつもの姿に戻っていたが、

 その瞳はどこか曇っていた。


 ラグナが部屋に入ってくる。


「体調は?」


「……大丈夫です」


 アイナはそう答えたが、

 リアンには嘘だとわかった。


 ラグナは短く息を吐く。


「昨夜、霧紋将が消えた瞬間……

 影界側で大規模な位相の揺れが観測された。

 影界が再び動き出す」


「来るのか?」

 リアンが問う。


「ああ。

 こちらの守りが厚くなる前に、

 次の一手を打ってくるはずだ」


 ラグナはアイナの様子を見つめる。


「アイナ。

 核の状態は?」


「……安定してます。

 リアンがいれば……大丈夫だから」


 リアンは心臓が軽く痛んだ。

 それは嬉しさではなく、痛みだった。


(……俺に依存しすぎてる……?

 いや、違う。

 違うけど……

 このままじゃ……)


 ラグナは静かに言った。


「アイナ。

 影界はおまえを“揺らそう”としてくる。

 精神を不安定にするのが目的だ。

 油断するな」


「……はい」


 アイナは小さく俯いた。


 



 ラグナは部屋を出る直前、

 リアンにだけ言葉を残した。


「リアン。

 おまえも気をつけろ」


「なんでだよ?」


「おまえを揺らすことも、

 影界の目的だからだ」


「俺を……?」


「アイナが暴走するかどうかの鍵は、

 “おまえの精神状態”にある。

 影王がそこを狙わないはずがない」


 リアンは息を詰めた。


(……影王の狙いは、

 俺とアイナの“関係”……)


 ラグナは低く言う。


「支柱は折れれば――倒れる。

 覚悟しておけ」


 その言葉は、

 リアンの胸に重く落ちた。


 



 そして――


 アイナもまた、

 ラグナの言葉を聞いていた。


 その表情には、

 微かに影が宿っていた。


(……もし、リアンが折れたら……

 私は……どうなるの……?)


 胸の奥で、

 核の影色が静かに揺れた。


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