第18話 霧紋の訪れ ― 王都暗殺戦
夜の王都は静かだった。
灯火が石畳を照らし、
遠くの鐘楼が時刻を告げる。
しかし――その静けさは偽りだ。
気づく者はいない。
屋根の上を、“影”が滑るように移動していた。
黒い霧。
輪郭を持たない少女の姿。
影界七将――霧紋将フェルナ。
「きれいな街……光ばっかり」
フェルナは退屈そうに足をぶらつかせる。
「でも、その光が揺らぐ瞬間って……
一番かわいくて、好き」
霧をまとい、
少女は王城の方向へと視線を向けた。
「光影巫女――アイナ。
そして支柱のリアン。
……どんな反応するかな。
壊れちゃうかな。
逃げちゃうかな」
くすりと笑い、
フェルナの体が霧に変わる。
「――遊ぼう?」
影が夜空に溶けた。
◆
王城・巫女の間。
アイナは静かに息をつきながら、
窓辺に立っていた。
月の光が白い髪を照らす。
闇の紋様が胸の奥で脈動する。
背後からリアンの声がした。
「眠れないのか?」
「うん。
核が……落ち着かなくて」
リアンは窓際に寄ってくる。
アイナの肩を抱くようにそっと支えた。
「影界の将が来たからだろ。
あいつ……オルファスってやつの気配を
感じてるんじゃないか?」
「……うん。
でも、もうひとつ……」
「もうひとつ?」
「不安、かな……。
リアンと、こうやって近くにいて……
嬉しいのに。
嬉しいほど……怖くなるの」
リアンは息を呑んだ。
「なんで怖いんだ?」
「わからない……
でも……」
アイナはリアンの胸に額を預ける。
「あなたが離れていったら……
私は、どうなるんだろうって……」
リアンはアイナの頭をそっと撫でた。
「離れねぇよ」
「……ほんと?」
「ほんとだ。
俺は絶対、おまえのそばを離れない」
アイナの震えが和らいだ時だった。
◆
――カサ。
かすかな音。
リアンの身体が瞬間的に反応する。
「アイナ、下がれ!」
彼はアイナを抱えて後ろへ跳んだ。
次の瞬間――
まるで煙が晴れるように、
ベッドの前の空間から少女が現れた。
「こんばんは」
霧紋将フェルナ。
現れた彼女は軽く首を傾げた。
「驚いた?
ねぇ……ねぇ、光巫女。
あなたの“支柱”って……
本当に強いね?」
「な、何者……!」
「影界七将。
霧紋将フェルナ。
あなたたちの……敵、だよ?」
リアンが剣を構える。
「アイナに手を出すな」
「ふふふ……
出すに決まってるでしょ。
影王様の“試練”なんだから」
フェルナが指を鳴らした瞬間、
部屋いっぱいに黒霧が広がった。
「くっ……!」
リアンの剣は、空を斬る。
霧は形を変え、
壁から天井へと逃げるように動く。
「影の霧……!
どこにいるのかわからない……!」
アイナが息を荒げる。
「落ち着け!」
リアンが叫ぶ。
「アイナ、俺の手を握れ!
核が暴走しないように……!」
「う、うん……!」
二人が手を握った瞬間――
フェルナの声が、
霧の中から響いた。
「ねぇ、光影巫女。
そんなふうに誰かに依存して……
恥ずかしくないの?」
その声に、
アイナの胸がざわついた。
「……依存なんか……!」
「依存だよ?」
フェルナが囁くように笑う。
「あなたがひとりで立てないの、
ぜんぶ知ってる。
支柱がないと核が安定しない。
支柱がいなきゃ力を使えない。
支柱がいなきゃ……あなたって存在、
何もできない」
「ちが……っ……」
「アイナ!」
リアンが抱き寄せる。
「聞くな! あいつの言葉は毒だ!」
「……怖いの?」
霧の中でフェルナが笑う。
「支柱が死んだら、どうするの?」
アイナの呼吸が乱れた。
核が、黒く脈動する。
「み、見ないで……
やめて……リアン……」
「しっかりしろ!」
リアンはアイナの手を強く握る。
「俺は死なねぇ!
だから……!」
「ほんとに?」
フェルナの声が真横で聞こえた。
「――え?」
霧が凝縮し、
フェルナの“指先”がリアンの喉元に迫る。
「リアンッ!!」
アイナが悲鳴をあげる。
リアンが動くよりも速く――
アイナの核が暴走した。
「やめてッ!!」
白黒の光が爆発した。
衝撃波が部屋を薙ぎ、
霧が吹き飛び、
フェルナが壁へ激突する。
「……ぁ……」
影の少女は、その場で笑った。
「ふふ……
やっぱり可愛いなぁ、光影巫女。
支柱を傷つけられる時が、
いちばん良い反応」
「黙れ……黙れ……!!」
アイナの瞳が黒白に揺れる。
「もう十分」
フェルナが呟いた。
「今日はこれでいいよ。
あなたの“弱点”、
よくわかったから」
黒霧が少女を包み込み――
フェルナは闇に溶けた。
◆
残されたのは、
震えるアイナと、
その肩を抱くリアンだけだった。
「……ごめ……ごめんなさい……」
アイナは何度も繰り返した。
「ごめん……
私、また……リアンを危険に……」
「違う」
リアンは強く抱き寄せた。
「悪いのはおまえじゃねぇ。
あいつらだ。
影界だ。
おまえは……何も悪くない」
アイナの涙がリアンの胸に落ちた。
「リアン……離れないで……
お願い……」
「離れねぇよ。
なにがあっても」
二人は抱きしめ合ったまま、
夜がゆっくりと過ぎていった。




