第14話 黒翼将 ― 影界の使徒
影巨兵が砕け散り、
黒い粒子が風に溶けて消えた。
静寂。
誰一人声を出さない。
やがて、ひとりの兵が震える声で言った。
「……勝ったのか……?」
その瞬間――
大地が、空気が、空そのものが“強い圧”に押し潰された。
ぞわり、と肌が総立ちになる。
不吉な冷気が、戦場全体を包み込んだ。
「……来るぞ」
リアンが剣を握る。
空の色が歪んだ。
光でも夜でもない。
黒紫の裂け目が、じわりと広がっていく。
「裂け目……!?
影界の門だ!」
ラグナが叫ぶ。
その裂け目の中心から、
“翼”がゆっくりと出てきた。
黒い羽根――
だが、闇ではない。
光を吸い込み、空間の色すら変えてしまう、絶対色の黒。
そして、ひとりの男が姿を現した。
◆
黒い翼を持つ男は、
ゆっくりと地に降り立つ。
白い仮面。
深い黒衣。
足首まで垂れた漆黒の羽。
そして、仮面の奥の目だけが赤く光る。
「黒翼……」
ラグナが息を凍らせた。
「影界“七将”のひとり……
黒翼将オルファス……!」
兵士たちが一斉に後ずさる。
アイナは震えず、
ただまっすぐ男を見つめた。
黒翼の将――オルファスは、
静かな声で言った。
「……光影の巫女。
境界を越えた“混合核”。
ついに生まれたか」
「……あなたは……?」
「影界の観測者。
そして使命を帯びた使徒」
オルファスの視線が、
アイナの胸の統合核を射抜く。
「――それを返してもらう」
リアンが前へ出た。
「返す?
おいおい、何を勝手に言ってやがる」
オルファスはまるで“虫を見るような”目で、
リアンを一瞥した。
「光巫女の“核”は、本来二つで一つ。
その片割れ――影核は、影界が授けたものだ。
混ざった以上、それは影界の領分。
我々が回収する」
「断る」
アイナが言った。
小さく、しかし揺るぎない声で。
「これは私の核。
光も影も、どちらも私の一部。
渡すつもりはない」
オルファスの赤い目がわずかに光る。
「……おまえは理解していない。
光影核の存在は、世界の均衡を破壊する」
大地が低く唸る。
「しかし……面白い。
光と影の統合を、ただの人間の意思で果たすとは」
仮面越しに、微笑んでいるような気さえした。
◆
オルファスが一歩踏み出した瞬間――
世界の“密度”が変わった。
空気が重い。
呼吸がしづらい。
「っ……重……!」
兵士たちが次々と膝をつく。
リアンだけは立ち続けた。
影耐性を持つ体が、辛うじて耐えている。
「……貴様は珍しいな。
影の圧に耐えるか」
オルファスが言う。
「アイナを守るためなら、どうとでも耐えるさ」
リアンが睨み返す。
オルファスの目がわずかに輝く。
「……気に入った」
「はぁ?」
「おまえのような“補正因子”は貴重だ。
光影核の安定保持に有用。
――光影巫女の“核主”として価値がある」
リアンは眉をしかめた。
「勝手に決めんな。
俺は道具じゃねぇ」
「道具ではない。
“核の支柱”だ」
「変わんねえよ!!」
リアンが叫ぶ。
オルファスはため息をついた。
「……残念だ。
二人とも回収するつもりだったが……
抵抗するなら――力づくで行く」
次の瞬間、
黒翼が音もなく大きく広がった。
風が消えた。
光が歪む。
兵士たちが息を呑むより早く――
オルファスが消えた。
◆
「ッ!!」
リアンは瞬時に剣を振り上げた。
火花が散る。
刃と刃が、空中でぶつかった。
オルファスがそこにいた。
「見えるか。
悪くない」
「黙れ!!」
リアンが斬り返すが、
黒翼の将は不気味なほど静かに後退し、
リアンの剣を指先ひとつで受け止めた。
「弱い」
「っ……!」
「だが補正因子としては十分だ。
光影巫女の核安定のため――」
オルファスがアイナへ手を伸ばす。
「連れて行く」
「――来ないで!!」
アイナが叫んだ瞬間、
統合核が脈動し、白黒の光が溢れた。
オルファスの手が止まる。
「……?
これは――」
アイナの光が、
オルファスの黒翼の一部を“焼いた”。
黒翼の羽根が一枚、静かに落ちる。
オルファスは驚きに息を飲む。
「光影核……?
いや、このエネルギーは――
“光影同調”……!」
アイナは震えず、
まっすぐオルファスを見つめる。
「リアンと一緒なら……
もう影にも屈しない」
オルファスが初めて――
明確な敵意を宿した。
「……そうか。
ならば、おまえたちは脅威として処理する」
黒翼が、大きく広がる。
「――死ね」
空が黒に飲まれた。




