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第11話 境界世界 ― アイナの心層

 光と影が混じる奔流の中へ落ちた瞬間、

 リアンの感覚はすべて千切れた。


 音が消えた。

 地面が消えた。

 重力も、空も、温度すら存在しない。


 だが――

 アイナの手だけは離さなかった。


「……アイナ……!」


 声を出したつもりでも、音は生まれない。

 けれど、アイナの手がかすかに震えた。


 次の瞬間、世界が反転した。


 



 リアンの足が、柔らかい草地に着地した。


 風が吹き、青空が広がる。


 遠くには白い丘の連なりと、虹色の水面。


「……ここは……?」


 現実に近い。

 だが違う。

 “美しすぎる”のだ。


 リアンは息を呑んだ。


「これは――アイナの心の……」


 声が震えた。


「“内側”だ」


 



 ふいに、風の中から少女の声が響いた。


『……リアン……』


「アイナ!」


 振り向くと、

 白い丘の上にアイナが立っていた。


 光と影の揺らぎはなく、

 胸の核の輝きも弱い。


 ただ――

 本当に儚い少女の姿。


 リアンは駆け寄った。


 だがアイナは静かに首を振る。


「来ちゃだめ……」


「なんでだよ……!」


「ここは私の……“心層”。

 あなたを引きずり込んじゃった。

 本当は……来させたくなかった……」


 アイナは胸を抱きしめ、涙をこぼす。


「だって……

 ここは、私がずっと隠してきた世界だから……」


 



「隠してきた……?」


 リアンが問い返すと、

 アイナは小さく頷いた。


「光の巫女って、

 “心に影を持ってはいけない”って言われてきたの」


「は……?」


「怖がっちゃだめ。

 悲しんじゃだめ。

 怒っちゃだめ。

 迷っちゃだめ」


 アイナの指が震える。


「でも……そんなの、無理だった……。

 本当は……いっぱい怖くて……

 いっぱい泣きたくて……

 でも全部隠したの。

 見せちゃいけないって……教えられたから」


 リアンは胸が締め付けられた。


 あの戦場で、影核が結びついた理由。

 ラグナが言った「光核が空白を抱えていた」という言葉。


 ――それは、無理に抑え込んだ“影”の空洞だったのだ。


「だから……影核が入ってきたとき……

 “ああ、これが私の欠けてたものなんだ”って……

 わかっちゃった……」


「アイナ……」


 



 アイナは泣き笑いになった顔で言った。


「でも……影が入ったら……

 私は“光の巫女”じゃなくなるんだよ……?」


「そんなことどうでもいいだろ!」


「よくないよ……!

 だって私は、それしか……

 自分の価値を知らないのに……!」


 アイナは顔を覆って泣いた。


「光しか持っちゃいけない世界で育てられて……

 影を持ったら捨てられる。

 誰からも、必要とされなくなる……

 だから怖い……!」


 リアンは迷わずアイナの肩を抱いた。


「おまえの価値なんて、そんなとこにねぇよ」


 アイナの体が震える。


「光だとか影だとか……どうでもいい。

 おまえは、おまえだろ」


 その言葉に、アイナの泣き声が大きくなった。


「……そんなの……初めて言われた……

 一度も……言ってもらったことなかった……」


「なら覚えとけ。

 俺が言ってやる。

 何度でも、しつこいほど言ってやる」


 リアンはアイナの手を取った。


「光も影も……全部抱えて、

 それでもおまえは“アイナ”だ」


 アイナは顔を上げた。


 その目から溢れた涙は、

 光でも影でもない――ただの透明だった。


 



 その時。


 世界が低い音を返した。


 心層の空が暗くなる。

 虹色の水面が黒ずんでいく。


「来た……」


 アイナが震える声で呟く。


「何が来る?」


「私の“影”。

 抑え込んでた全部……

 恐怖も、劣等感も、孤独も……全部の形」


 次の瞬間。


 白い丘の上に、巨大な“影の少女”が姿を現した。


 アイナと同じ輪郭。

 同じ顔。

 しかし目だけが黒く、涙も影でできている。


 ラグナが言っていた“影核の本性”ではない。

 これは――


「……アイナ、おまえ自身の……」


「うん……

 “もう一人の私”」


 影のアイナは、静かに口を開いた。


『――アイナは弱い。

 光なんかに選ばれる器じゃない』


 アイナが怯える。

 影の少女は続けた。


『影を抱えたお前を……

 誰が愛してくれるわけ?』


 その言葉は、アイナの胸を直接刺した。


「……やめて……」


『リアンだってそう。

 影を見たら……捨てるよ?

 光巫女の価値がなくなったら――

 ただの、役立たずの子ども』


 アイナが震え、涙を落とす。


 リアンの視界が赤くなる。


「……ふざけんなよ」


 リアンは影のアイナを睨みつけた。


「おまえが何者でもかまわねえ。

 だがな――」


 その一歩で、地面が揺れた。


「アイナを傷つけるやつは……

 たとえ本人であろうが俺が許さねぇ!!」


 影アイナの瞳が、揺れた。


『……どうして……?

 どうしてそこまで……?』


「簡単な話だ」


 リアンはアイナの肩を抱き寄せ、

 影に向かって言い放つ。


「俺はアイナの全部が好きだ。

 光も影も、弱さも強さも、泣き顔も笑い顔も。

 全部まとめて“アイナ”なんだよ!!」


 心層世界が震える。


 影アイナの輪郭が、揺れた。


 その瞬間――

 アイナの体が光に包まれた。


「……リアン……!」


「行くぞ。

 おまえの影を――

 “二人で”受け止めにいく」


 影アイナが両手を広げ、世界を黒で覆いながら叫んだ。


『来い――アイナ!!

 弱さを見せるくらいなら、いっそ消えてしまえ!!』


 アイナは震えた脚を踏み出す。


「違う……!

 私の弱さは……消すものじゃない……!」


 リアンが隣で叫ぶ。


「見せていいんだよ!!!」


 アイナの瞳に強い光が宿る。


「――うんっ!!」


 アイナとリアンは影の少女へ向かって走り出した。


 心層世界の最深部へ。


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