第1話 光輪の少女と影を嫌う少年
朝の光が、寝室のカーテンを透かして揺れていた。
その中心で、金色の輪がひとつ、静かに宙を漂っている。
輪は少女の呼吸に合わせて淡く脈打ち、
目覚めを促すように影を払う。
アイナ・リュミエルは、ゆっくりと目を開けた。
「……また勝手に起きてる……」
光輪は彼女の髪に触れんとするように弧を描き、
少しだけ嬉しげに輝いた。
寝返りを打ったミシェルが、耳をぴこりと立てる。
「ん……おはようございます、アイナ様……。
光輪、今日いつもより……主張が強いです……」
「そうみたい。ごめん、抑えるね」
アイナが胸元に触れると、光輪はかすかに震えた。
そこには、彼女が生まれつき持つ“光核”が眠っている。
光輪はその副産物。彼女が感情を動かすほどに、光は跳ねる。
だから――
今日のように、王城へ赴く儀の日は、決まって落ち着かない。
(……目立ちたくなんて、ないのに)
胸の奥がざわつくのは、儀式への緊張だけではなかった。
◆
王都の訓練場では、朝の冷えた空気の中に剣の音が響いていた。
手合わせする生徒たちの視線が、とある少年へ吸い寄せられる。
リアン・アーデ。
黒髪と細い影のような体つき。
周囲がざわつく理由は、彼が“影獣狩りの生存者”だからだ。
「またひとりで黙々と……」
「やめておけ、影の呪いが移るぞ」
「近づくなって言われてんだろ」
囁きは聞こえているはずだが、リアンの瞳は揺れない。
彼はただ剣を握り、地面に落ちる影を睨みつけていた。
「……影なんて、二度と近づくな」
硬い決意とも、怨嗟ともつかぬ声。
その静かな怒りが、不意にかき消された。
「リアン! おはよう!」
眩い光が、訓練場に差し込む。
アイナの光輪が太陽を弾き返すように輝きながら、
彼女が駆け寄ってきた。
「おい……光を近づけるなって言っただろ……!」
「ご、ごめん! 止めるから……っ」
光輪は素直に言うことを聞かず、むしろリアンへ寄るように揺れる。
リアンは影に避難するように後退った。
その反応に、アイナは胸を刺されたような痛みを覚えた。
理由はわからない。
けれど、知られたくない気持ちがどこかにある。
「……今日は本当に無理だ。放っておいてくれ」
冷たい声ではなかった。
むしろ怯えの滲む声音だった。
◆
そのとき――大地が震えた。
「っ……地鳴り?」
「違う、空だ……!」
空に、黒い亀裂が走っていた。
裂け目から影が滴り落ちるように滲み出し、
兵士たちが叫び声をあげる。
「影獣だ! 迎撃隊、前へ!」
訓練場の空気が一気に戦場へと変わった。
影獣が咆哮を上げながら降り注ぐ。
一匹が、一直線にアイナへ――。
「え……」
「アイナッ!!」
リアンの叫びより早く、影の爪が触れた瞬間だった。
「……来ないでっ!!」
光核が暴れた。
光輪が炸裂し、白色の奔流が世界を呑み込む。
訓練場の地面は抉れ、影獣が塵となって散る。
建物の壁が崩れ、兵士たちが地面へ押し倒される。
その中心で、アイナは震える手を見つめていた。
「いや……いやだ……また、壊した……!」
暴走する光。
少女自身が恐れている光。
リアンは息を呑んだ。
光に近づくほど、胸が針のように痛い。
影を拒絶する血が、光にも反応する。
(それでも……放っておけるかよ)
リアンは歩いた。
燃え上がる光の中へ。
何度も足を止められそうになりながら、必死に前へ。
そして――
涙のように震えるアイナの手を、掴んだ。
「大丈夫だ。俺がいる。
戻ってこい、アイナ」
その声が、光核の震えを収めていく。
荒れ狂う光輪が止まり、景色が戻る。
アイナの瞳に、涙がにじんだ。
かすかに、彼女の指先がリアンを握り返す。
◆
影が消え去った静かな白煙の中に、
ひとつの影が音もなく降りてきた。
灰色の外套を翻し、足音を立てぬまま歩く青年。
その無機質な瞳は、まっすぐアイナを見据えていた。
「……光輪の少女」
どこか人の感情を欠いた声だった。
「君を回収する」
リアンはアイナを背に庇い、剣を構える。
「誰だ、おまえ……!」
青年はわずかに顎を上げた。
「ラグナ・ヴェイル。観測者だ」
その名は、二人の日常の終わりを告げる合図だった。




