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第1話 光輪の少女と影を嫌う少年

 朝の光が、寝室のカーテンを透かして揺れていた。

 その中心で、金色の輪がひとつ、静かに宙を漂っている。


 輪は少女の呼吸に合わせて淡く脈打ち、

 目覚めを促すように影を払う。


 アイナ・リュミエルは、ゆっくりと目を開けた。


「……また勝手に起きてる……」


 光輪は彼女の髪に触れんとするように弧を描き、

 少しだけ嬉しげに輝いた。


 寝返りを打ったミシェルが、耳をぴこりと立てる。


「ん……おはようございます、アイナ様……。

 光輪、今日いつもより……主張が強いです……」


「そうみたい。ごめん、抑えるね」


 アイナが胸元に触れると、光輪はかすかに震えた。

 そこには、彼女が生まれつき持つ“光核”が眠っている。

 光輪はその副産物。彼女が感情を動かすほどに、光は跳ねる。


 だから――

 今日のように、王城へ赴く儀の日は、決まって落ち着かない。


(……目立ちたくなんて、ないのに)


 胸の奥がざわつくのは、儀式への緊張だけではなかった。


 



 王都の訓練場では、朝の冷えた空気の中に剣の音が響いていた。

 手合わせする生徒たちの視線が、とある少年へ吸い寄せられる。


 リアン・アーデ。

 黒髪と細い影のような体つき。

 周囲がざわつく理由は、彼が“影獣狩りの生存者”だからだ。


「またひとりで黙々と……」

「やめておけ、影の呪いが移るぞ」

「近づくなって言われてんだろ」


 囁きは聞こえているはずだが、リアンの瞳は揺れない。

 彼はただ剣を握り、地面に落ちる影を睨みつけていた。


「……影なんて、二度と近づくな」


 硬い決意とも、怨嗟ともつかぬ声。

 その静かな怒りが、不意にかき消された。


「リアン! おはよう!」


 眩い光が、訓練場に差し込む。

 アイナの光輪が太陽を弾き返すように輝きながら、

 彼女が駆け寄ってきた。


「おい……光を近づけるなって言っただろ……!」


「ご、ごめん! 止めるから……っ」


 光輪は素直に言うことを聞かず、むしろリアンへ寄るように揺れる。

 リアンは影に避難するように後退った。


 その反応に、アイナは胸を刺されたような痛みを覚えた。

 理由はわからない。

 けれど、知られたくない気持ちがどこかにある。


「……今日は本当に無理だ。放っておいてくれ」


 冷たい声ではなかった。

 むしろ怯えの滲む声音だった。


 



 そのとき――大地が震えた。


「っ……地鳴り?」

「違う、空だ……!」


 空に、黒い亀裂が走っていた。

 裂け目から影が滴り落ちるように滲み出し、

 兵士たちが叫び声をあげる。


「影獣だ! 迎撃隊、前へ!」


 訓練場の空気が一気に戦場へと変わった。

 影獣が咆哮を上げながら降り注ぐ。


 一匹が、一直線にアイナへ――。


「え……」


「アイナッ!!」


 リアンの叫びより早く、影の爪が触れた瞬間だった。


「……来ないでっ!!」


 光核が暴れた。

 光輪が炸裂し、白色の奔流が世界を呑み込む。


 訓練場の地面は抉れ、影獣が塵となって散る。

 建物の壁が崩れ、兵士たちが地面へ押し倒される。


 その中心で、アイナは震える手を見つめていた。


「いや……いやだ……また、壊した……!」


 暴走する光。

 少女自身が恐れている光。


 リアンは息を呑んだ。

 光に近づくほど、胸が針のように痛い。

 影を拒絶する血が、光にも反応する。


(それでも……放っておけるかよ)


 リアンは歩いた。

 燃え上がる光の中へ。

 何度も足を止められそうになりながら、必死に前へ。


 そして――

 涙のように震えるアイナの手を、掴んだ。


「大丈夫だ。俺がいる。

 戻ってこい、アイナ」


 その声が、光核の震えを収めていく。

 荒れ狂う光輪が止まり、景色が戻る。


 アイナの瞳に、涙がにじんだ。


 かすかに、彼女の指先がリアンを握り返す。


 



 影が消え去った静かな白煙の中に、

 ひとつの影が音もなく降りてきた。


 灰色の外套を翻し、足音を立てぬまま歩く青年。

 その無機質な瞳は、まっすぐアイナを見据えていた。


「……光輪の少女」


 どこか人の感情を欠いた声だった。


「君を回収する」


 リアンはアイナを背に庇い、剣を構える。


「誰だ、おまえ……!」


 青年はわずかに顎を上げた。


「ラグナ・ヴェイル。観測者だ」


 その名は、二人の日常の終わりを告げる合図だった。


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