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『運命の番と巡り会ったからこの婚約は白紙とする』と言われました。

作者: まちどり

 ナーロッパ風ゆるふわ設定です。

 早速の誤字報告、ありがとうございます!凄く助かります!

 あ。この展開って、何処かで読みましたわ。と、レティシアは星の煌めきを宿す黒い瞳を一瞬見開き、パチパチと瞬いた。


 『運命のつがいと巡り会った』故の婚約白紙を、レティシアはたった今元婚約者となった方の側近である幼馴染みに言伝ことづてされた。

 その時、昔メイド達にこっそり読ませてもらった彼女達の愛読書で、同じ様な展開を何度か目にしたことがあるのを思い出したレティシアの心は、凪いでいた。


 その言伝を持ってきた幼馴染みと私を溺愛する兄は「他人の一言だけでレティの十年を無に還すなんて!」と憤っていたけれど。

 でも『運命の番と結ばれた当主は一族を繁栄に導く』との昔からの口伝により、婚約白紙は元から想定内ではあったのだ、レティシアとしては。


「結局、あの方にとってはその程度の存在だったのですよ、わたくしは」


 レティシアは小さな頃から「お前は出来が良いから必ず若様の婚約者になれる」と両親、親族から言われて育った。


 レティシアより6歳年上の若様には物心つく前から度々お目にかかっている。レティシアと同じ黒い瞳と黒髪で血筋が近い故に自身と似た顔立ちは『綺麗な顔立ちの年上の少年』との印象しか無い。


 若様はいつも寡黙で無愛想で何を考えているのか解らない。というよりはレティシアを含めた周囲の者のことについては関心が薄かったのではないかと思う。


 レティシアが8歳で『若様の婚約者』の座に就いてからも若様がレティシア自身に関心を向けることは無く。

 若様に対する周囲の評価は高く優秀な後継で将来安泰と言われていても、レティシアとしては『顔立ちが綺麗』位の認識しか持てず。


 けれど、将来は本家に身を置くことになるのだからと、優秀な若様の隣を座するのに恥じぬよう礼儀作法は元より一族の歴史や周辺の国々を含めた歴史的背景・政治情勢等々知識教養を詰め込まれて。


 家を一族を盛り立てるための実地訓練の意味合いもあったのか、個人で一から商会を設立して経営を行い。


 ねたそねみをつけてくる同年代の主に女性達には内心「じゃあ、貴女が替わってよ」と思いつつ適当にあしらって。


 『運命のつがいと巡り会ったからこの婚約は白紙とする』と。

 たったこれだけの言葉で終わった婚約。


 わたくしのこの十年って何だったのかしら、と考えるよりも。婚約者終了、晴れて自由の身だわ、空いた時間で明日は何をしましょうか?と心が浮き立ってしまう。…表情には出さないけれど。


 本来であれば約一年後に控えた結婚式の準備にそろそろ取り掛からなきゃいけなかったのだけど。否、レティシアの方の準備は少しずつ始めてはいたのだけど、もう、必要ないのよね。

 本家に行くこともないのでしょうし。

 …あ。


 そこまで思いが巡った所で、レティシアはこれからを憂い無く過ごす為にやっておかなければならないことに考えが至る。


 未だ憤怒の表情で盛り上がっている兄と幼馴染みに、

「わたくし、若様と番様にお話とお渡しする物がございます」

と冷めた目を向けて淡々と告げた。



 ※※※※※



「この度は番様との邂逅、真におめでとうございます」

 嫁入りする筈だった本家の別邸、応接室でレティシアは元婚約者の若様とその番様に相対する。


 番様は栗色の肩までの髪をハーフアップにして、丸い濃い茶の瞳が殿方の庇護欲を刺激するかわいらしい容姿をしている。

 そして若様は彼女を守るように隣にピッタリとくっついている。そう、寄り添うではなく、くっついているとの表現が妥当だ。


「用件は?」

 若様が威嚇する。壁際に控えている使用人達がその威圧感に押されて「ひっ!」と小さく悲鳴を上げる。わたくし、祝辞を述べただけですのに、まぁ品の無いこと。とレティシアは若様の番を得た男の凄まじい変貌に内心呆れる。


「此れ等をお納めいただきたく存じます」

とレティシアは用意していた目録を若様の前に差し出す。

「わたくしがこれまで婚約者として身に付ける為に用意した品々です。

 わたくしにはもう必要ございませんし使用できない品々ですけれども、番様には早急に揃えなければなりませんでしょう」


 未着用のドレスは手直しして直ぐにでも使用出来るだろうし、それに合わせたパリュール、小物も何点も揃っている。


「わたくし、衣装を一度も一緒に選ぶ等ということは成されませんでしたので、殿方はこのような細かいところまでは気が付かないのではないかと」

「用件はこれだけか?」

 あ、とレティシアは若様のこめかみに薄ら青筋が浮かぶのを見止める。だが反論が無いのはレティシアの言ったことが事実だからか。


 番様が、うわぁ~、すごぉ~いと更に目を丸くして目録を読み込まれているのを横目に、レティシアは本題を切り出す。


()()()()()()()お願いしたいことがございます」

「さっさと言え」

 わたくしに関わるのは時間が勿体ないとでもお思いかしら、との呆れを淑女の微笑みでひたかくしながらレティシアは自身の願いを述べる。


「『運命の番と結ばれた当主は一族を繁栄に導く』。つまり番様と結ばれるにあたりましては、憂いは少ない方がよろしゅうございます。

 故に、わたくしの実家と番様とで書類上で養子縁組をして、わたくしの実家を番様の後ろ盾とさせていただきたいのです」


「書類上で、というのはお前の親は納得しているのか?」

 若様の眉間の皺が深くなるのを、レティシアは淑女の微笑みで見返す。


「納得せざるを得ないでしょう。

 尤も今までだってわたくしは自分に掛かる費用は自分で立ち上げた商会から捻出しておりましたから、『今まで通りで良い』となれば彼等は銅貨一枚も出さないでしょうけどね。

 その為のこのお祝いの品ですの」

 どの辺りにどれ程の衝撃があったのか、若様の綺麗な眉が僅かに跳ねる。


 ここでレティシアは、ふっ、と表情を僅かに曇らせる。

「わたくしとの婚約が白紙となったことで、このままではわたくしの実家が今までと同じ心持ちで本家に仕えていくのは難しいかと思われます。

 また番様にしても確たる後ろ盾がある方が何かと安心できるかと」


「…それだけか?」

 若様はまだ訝しげにレティシアに問う。


「もう一つ。わたくし、一族とは距離を置きたく存じます。

 今から番様が本家を、一族を盛り立てていくというのに、わたくしが一族の中心部に居続けるのは弊害にしかなりません。

 都合の良いことに、わたくしは個人で設立した商会を持っておりますので、これからは関わること無く過ごして生きたいと思っておりますの」


「あの商会は次期当主の婚約者の為の商会だ。勝手は許さん」

 まぁ、数年で規模も影響力もそこそこあるくらいには成長しましたものね。利用価値の高いものを容易く手放す訳にはいかないということでしょう。ですが。


「立ち上げ時から全てわたくしの個人資産で運営しておりますのに。誰の援助も受けずに」

 干渉も無かったから、やりやすくはありましたけど。

「婚約が白紙となったときの補償の意もありますのよ。それを取り上げる、と?」

 レティシアは元婚約者を冷ややかに見つめる。


 初耳だ、と言わんばかりに若様の目が僅かに見開く。

「このお祝いとして渡した品々も、殆どがこの商会で取り揃えた物でございますけれども、その費用も全てわたくしの個人資産から捻出しておりますの。

 若様はわたくしのその個人資産を支える商会を取り上げて、わたくしを丸裸にして放り投げるのですね」


 最後は消え入るようにレティシアが弱々しい口調で俯くと、若様は「いいや、そんなつもりは」等ともごもご言う。

 といっても実際問題として商会に纏わる全ての名義はレティシアなので、彼女が抵抗すれば取り上げるにはかなりの時間と労力が掛かるだろうが。


「う、うむ、わかった。商会についてはお前の好きにしろ」

 レティシアと遣り取りする若様を不安げに見ていた番様が、ふわりと安堵の笑みを浮かべる。

 あら、かわいらしい、とレティシアは番様に対する好感度を上げる。

 ただ、若様は偉そうに言うがこの商会は元からレティシアのもので、彼のものではない。レティシアの中で元婚約者の株は下がりっぱなしだ。


「あと一つ、お願いがございます」

 淡々と告げるレティシアを、まだあるのかとでも言いたげに若様は目を細める。


「これからはわたくしの名をかたって番様に危害を加える存在を、木っ端微塵に叩き潰していただきたいのです」

 えっ!と番様はレティシアに不思議そうな眼差しを向ける。


「わたくしが婚約者であった時もわたくしの名を騙り影で私利私欲を貪る輩がおりましたの。

 そのような輩ほど「わたくしのために」と言いつつ碌な事を為出しでかしませんでしたので出来うる限り矯正、排除は行いましたが、わたくし、ほとほと疲れてしまいましたわ。

 ですので、これからはわたくしは関与致しませんので、排除一択で宜しくお願い致します」


 レティシアはもう、一族とは関わりの無いところで静かに暮らしたいのだ。


「承知した」

 番様に危害を加える存在を赦す訳がなかろう、と若様が頷き番様に柔らかな笑みを向ける。番様が恥じらって紅く染まった頬を手で覆って俯く姿に、なんとまぁ初々しいこと、とレティシアは内心微笑ましく眺めた。


 が、レティシアはそんな甘酸っぱい光景に水を差すようで申し訳なく思いつつ、

「では、最後に」

と淡々と声を掛けると、これ以上の何があるというのだ?!と若様が鋭く睨む。おぉ、怖っ。

「若様も番様も、末永くお幸せに」

 レティシアが言葉を口に乗せると、自然と口角が上がった。


 これはわたくしの本心からの願い。レティシアのその気持ちが伝わったのか、番様は

「はい。ありがとうございます」

と朗らかに返し、若様も目元を和らげた。



 ※※※※※



 そう。わたくしはもう、一族とは関わりの無いところで静かに暮らしたいの。


 婚約者として過ごしてきたなかで押さえ付けていた、自由な気持ち、時間を取り戻すべく、今、レティシアは船上で並んで飛ぶ海鳥を眺めている。


 若様と番様との会談後、レティシアは余計な口を挟まれないうちにと諸事をさっさと済ませて雲隠れするように旅に出た。


「一人で。の予定だったのだけど」

「レティを一人になんてさせる訳にはいかないだろ?」

 若様の側近である幼馴染みが何故か隣でレティシアと同じように海鳥を眺めている。


「若様の懐刀がこんな所で油売ってても宜しいの?」

いの良いの。だってレティは俺の()だし」

「…は?」

 レティシアはにっこりと良い笑顔の幼馴染みをまじまじと凝視する。


「ずっと『特別』だと思ってた。レティは、俺の『特別』。

 その『特別』はレティを異性として好きだったから、ということをレティが若様の婚約者に選定された時に、わかった」

 幼馴染みの表情が陰る。

「恋、していたんだって気付いたと同時に凄く、凄く悲しくて…心が、魂がレティへの想いの部分だけ削り取られたようで、どうしたら良いのか判らなくて…だから」

 幼馴染みはレティシアを真正面から熱く見つめる。

「どうしたら良いのか判るまで、傍に居ようと思った」


「でもそれが何故、わたくしが貴方の番だということになるのか、全然判らないわ 確かに女性は男性ほど番を強くは求めない、とは良く聞く話ですけど」


 困惑しながらそう言いつつ、レティシアは幼馴染みを観察する。レティシアと同じ、一族特有の黒髪黒目、レティシアの兄や若様にも似た面差しは幾分野性味が強い。


「レティが指環を外したからだ」

「指環」

 レティシアが婚約者と定められた時に、本家の奥方様に

『貴女を守護するものだから、肌身離さず身に着けているように』

と渡された指環。

 そういえば先日、他のお祝いの品々と共に若様と番様にお渡ししましたわ。と左の薬指を擦りながらレティシアはぼんやりと思い返す。


「レティがあの指環を若様に返してから、それまでレティを雁字搦めに縛り付けていた見えない枷が外れたように見えて。あぁ、レティは本当に自由になったんだって実感したら」

 幼馴染みはレティシアの左手を取り

「レティへの想いが溢れて止まらなくなった」

と薬指に唇を寄せた。


 『枷』。確かに指環を外した今、レティシアは自由だ。

「指環を着ける前も、着けた後も、外してからも、形は変わっても俺がレティのことが好きだということに変わりは無かった」

 レティシアの両手を幼馴染みが自身の両手で柔らかく包み込む。

「レティは、俺の想い人。やっとわかったんだ、レティは俺の番だって」


 幼馴染みの熱い告白に、レティシアの頬が真っ赤になる。

 確かにレティシアが昔から頼りにしていたのは兄でもなく若様でもなく、この幼馴染みだった。

 婚約者である若様に素っ気なくされていても、彼がずっと傍に居てくれたから然程気にはならなかった。


 『番』って、なんだろう?


 レティシアには、よくわからない。だから、その今の気持ちを幼馴染みに正直に話す。

「わたくしの傍にずっと居てくれて、好きでいてくれてありがとうございます。

 でも、わたくしは、誰かを…その、殿方を恋愛感情としての『好き』というのが、よく、わからなくて。

 だから、『番』というものも、よく、わからなくて」


 失望させてしまっただろうか、とレティシアは調った眉を下げて不安げに幼馴染みを見つめた。が、彼は幾分安堵した表情で言葉を返す。

「うん。レティに嫌われてない、厭われていないというのがわかって安心した」

「厭うだなんて!そんなこと、絶対にありませんわ!だって貴方がいなかったら、わたくしは…」


 わたくしは、どうしたと言うのだろうか?自分が何を思っていて考えているのか解らなくなりレティシアは軽く混乱してしまった。


 ふわりと暖かさがレティシアを包み込む。気付くとレティシアは幼馴染みの腕の中に収まっていた。


「ありがとう、レティ」

 感極まっているのか、幼馴染みが掠れた声でお礼を言う。

「焦らなくても、時間はたっぷりとある。今は自由を満喫しよう」


 …そうだ、彼はいつもこうやってわたくしを気遣ってくれていたのだわ、とレティシアは改めて幼馴染みの優しさに感じ入る。


「そうね。焦る必要は無いわ。だってこれからもずっと傍に居てくれるのでしょ?」

とレティシアは上目遣いで微笑んでから、幼馴染みの逞しい身体にギュッと抱きついた。


 んん゛っ、と幼馴染みが息を呑み

「あぁ。ずっと、一緒にいる」

とレティシアを抱き返した。


 二人でいられるのであれば、これから何があっても乗り越えていけるだろう。と思いながら、レティシアは幼馴染みの少し速い鼓動を聞いていた。


 完

 とあるコミックを読んで触発されて発露した、みたいなもの。

 番設定の世界観の婚約事情の実情って本当はこんな感じかなとか。『出会ったら白紙』って予め知っているのであれば準備するよね、って話。

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