最後の城
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
むむ~、あのお城の入城料が値上げするんだってさ。
まあ、仕方ないよね。維持費とか考えたら、これまでの収入じゃやっていくの難しそうだもの。一時期の観光ブームのときはともかく、ブームが去った後で安定した稼ぎを保っていくのは難しい……。永久不変の答えがあればいいのにと思いながら、諸行無常にのっとって変わり続けることが求められる。大事だけどしんどいことだ。
物理的なお城でさえ、こうなんだ。物理的でないお城だったら、どのように維持していったらいいものか。ときには強引な手段をとることがあるかもしれないね。
物理的でないお城について?
うん、実際に体を運んでたどり着ける場所にはないものだよ。この国土ひいては世界中の土地に限りがある以上、存在できるものの数や大きさは限られている。
しかし、それが物理に頼らないものなら、いくらでも存在できる。もろもろの法則にとらわれることない、ヘンテコなつくりだって可能だろう。
実は僕も、以前にその物理的でないお城へ訪れてしまった体験があるんだよ。そのときのこと、聞いてみないかい?
当時、通っていた学校でささやかれていたことがある。
この木造校舎で眠気に襲われるのは、「最後の城」への招待状なのだと。
ただ疲れて寝込んでしまうのとはわけが違う。どちらかというと幽体離脱に近い現象らしく、気付いたときにはその城へ取り込まれてしまっていることがあるとか。
実際、学校では年に何度か、数時間の爆睡をかます生徒がいる。よその学校であれば、夜も寝ないで昼寝に費やすどあほう程度の認識だろうが、この「最後の城」のある校舎に関しては事態が重く見られがちだ。
早めに起こすことがのぞまれる。声でも叩きでもつねりでも、どうにか意識を覚醒させてやるのだ。なぜなら、放っておくには危うすぎるから。
最後の城へ招かれている者は、すぐに判断がつく。なにせその間、眠っているように思える当人の呼吸は、完全に止まっているのだ。
本来なら救急車もののはずだが、本人を起こすのが最優先。皆の協力があればすぐに起きることも多いが、その爆睡をかました者はたとえ生き残っても、高確率で身体に障害を残してしまうらしい。
科学的なアプローチでは、校舎環境より原因を見いだせない。ひとえに、本人に問題があるようにしか思えず、このことも「最後の城」のお招きというニュアンスを、より確かなものへ強めていた。
で、僕が「最後の城」へ招かれたときのことを話そう。
その日は水泳の授業があり、だいぶ疲れていた。僕の場合、疲れた直後に眠気が来ることは少なく、ある程度落ち着いてからドドッとなだれをうって、意識へ注ぎ込まれるパターンだ。
体育は一コマ目。なので、ほかの眠たげな子をまわりのみんなと一緒に起こしがちだった二コマ目、三コマ目はそうでもなかった。
給食を間近に控えた四コマ目。これがいけない。
うつら、うつらと舟をこぎかけていたのは、自覚できていた。
そのたび、寝るまい寝るまいと頑張って意識を保っていたのだが、ついに自分でもはっきり分かるほど、ぐっと寝入ってしまったんだ。
「いかん!」と顔をあげる。黒板の表記が少し書き足されていて、僕はそれを慌ててノートに書き写した。
すると、授業終わりを告げるチャイムが鳴る。確かに眠気と戦いながら、授業終わりが近いことは確認していたが、「もう終わりだっけ?」とかすかな違和感を覚えなくもない。
が、そこは若さゆえの食い気のほうが勝る。あいさつが済むや、前を向いていた机たちを班の形に寄せ合ういつもの格好をとる。
今日の給食はほぼ隔月で一回しか出ないハンバーグのはずだ。今朝に献立表を見ている。
配膳を待つ時間がなんとも待ち遠しい……などと思っていたのだけど。
その動きが速やかすぎた。
普段なら給食当番たちが、まだ白衣を着始めているだろうころ、すでに当番たちの姿が見えなかったんだ。
そうこうしているうちに、次々と教室の外から給食の食缶を持って入って来る当番たちの姿。いつの間にか用意が済んでいる配膳台と早くも並び出しているクラスメートたち。
これも冷静に見れば、滞りのなさに違和感を覚えていたはずだ。しかし、ハンバーグの誘惑にくわえ、普段のチンタラぶりに不満タラタラだった僕は「ようやく手際のよさを覚えたか」とむしろ褒め思考な脳内。
配膳の列の最後尾へ並ぶと、またも準備を終えたみんながどんどんとおかずを盛られた皿をもらっていく。僕もそれに続いて、トレイを握ったのだが。
ハンバーグがない。いや、別のものへ入れ替わっている。豚の生姜焼きにだ。
他のメニューは今日の献立と合致している。なのに、ハンバーグだけ。
「ハンバーグじゃ、ないのか」
生姜焼きをもらいながら、そうぽつりとつぶやいたところ。
前後左右、すべてのクラスメートが一斉に僕を取り押さえてきたんだ。不意を打たれたこともあり、ろくに抵抗もできないまま地面にねじ伏せられてしまう僕。
床へぶちまけられたトレイとその中身。その中から生姜焼きを配膳したクラスメートが、そいつをフォークに突き刺して、僕の眼前へ突き出してきたんだ。「食べろ」といわんばかりに。
間近へ寄せられた豚肉からは、先ほどまで放っていたしょうがの臭いが失せ、腐敗臭が漂ってきている。僕が口をぐっと閉じていたが、ねじ伏せていた面々が顔へどんどんと手をやり、無理やり口を開かせようとしてきたんだ。
――この生姜焼きを、食べたらまずい!
そう頑強に口を閉じ続けていたところで。
頭頂部に激痛を覚えて、僕は目覚めた。
四コマ目終了の3分前。シャーペンでつむじを刺されたらしいことがわかったよ。
直後に僕は息が止まっていたことを聞き、あそこが最後の城と思しき場所だったことを知った。城、というイメージとはほど遠い、普段の教室と変わらない姿だったのは驚いたけれどもね。
あそこがどのような場所かは、今もはっきりしていない。
だがあの生姜焼きがヨモツヘグイに近い何かであるのなら、長く寝続けた人がタダでは済まないのも、どこか分かる気がするんだ。