タイトル未定2025/07/10 15:40
まさか現代日本に、こんなにも見目麗しい、ジェントルマンな王子様が存在していようとは。
しかもさっきみたいな気遣いがまったく嫌味なく自然に出来てしまう辺り、きっと彼は優しい人なのだろう。
何故か初対面な気がまったくせず、見た目のせいだけじゃなくあっさり心ときめかされてしまうのは、彼の明るく穏和な人柄によるところが大きいのかもしれない。
こっそり、薬指を盗み見る。
そこに指輪がはめられていないのを確認し、心の中で密かに万歳三唱をした。
「はい、終わりました。これをフロントに返してきたら、先ほど申し上げました通り私がご自宅までお送りさせていただきますね」
しかしそこまでこの人に、迷惑を掛けるワケにはいかない。
だってまだパーティーの途中だから、桐生さんには他にも仕事が残っているはずだ。
「いえ、あの、大丈夫です! 駅からも近いですし、桐生さんはまだお仕事も残っています、……よね?」
無理矢理脳を稼働させ、答えた。
後半が疑問形になってしまったのはきっと、それをちょっぴり残念に思ってしまっているせいだ。
すると桐生さんはちょっと考えるような素振りを見せたかと思うと、もう一度穏やかにほほ笑んだ。
「こういった場での私の主な仕事は、トラブルの処理です。なので今日、これ以上何も問題が起きなければ本当に暇だし、むしろ暇な方が良いぐらいなので」
ということは、つまり。
……現在のトラブル=私、ということではないか!!
ガンと後頭部を、殴られたような衝撃。
その事実に思い至り、恥ずかしいやら申し訳ないやらで、涙目になる私。
それを見た彼の口元が、ちょっぴり意地悪くゆがんだような気がした。
だけど次に見た時、この人はまた優しく笑っていたからそんなのはきっと私の見間違いだろう。
「じゃあ、行きましょうか」
そう言うと彼は当たり前みたいな顔をして足を負傷した私の腰に手をやり、立ち上がらせると、ナチュラルにエスコートしながら再び控え室のドアを開いた。
「車を表にまわして来ますので、櫻木様はこちらでもう少しお待ち下さい」
穏やかな笑みを浮かべてそう言うと、ロビーに備え付けられたソファーに私を座らせて、駐車場へと向かった。
「一緒に行きます、もう平気なので!」
そこまで彼の手をわずらわせるわけにはいかないから、慌ててそう告げた。
なのに彼はにっこりほほ笑んで、怪我人なんだからおとなしくしていて下さいと答えた。
はぁ……やっぱり、不毛だ。
どう考えても、モテるであろう男。
しかも結婚相談所のスタッフで、先ほど散々失態を見せた相手を好きになるとか。
今日帰ったら、母親に質問責めにされるに違いない。
良い出会いはあったけれど、その相手について語ろうものならば、お前は何をやっているんだと確実に罵倒されるだろう。
だからなにもなかったと答える以外、方法はないのだが。
……それはそれで、あぁ気が重い!
座ったままうつむき、どうしたものかとひとり、頭を抱え考える。
するといつの間に戻って来たのか、桐生さんが私に声をかけた。
「戻りました。あの……大丈夫ですか? もし具合が悪いようなら、もう少し休んでからにします?」
その声に反応し、顔を上げた。
心配そうに私を覗き込むその表情に、心音がドクンと跳ね上がる。……無駄に。
「大丈夫です、ありがとうございます」
無理矢理表情筋を動かして笑顔を作り、立ち上がった。
***
ホテルを出たところに停められていたのは、一台の黒い高級外車。
それに少し驚いていたら、彼はちょっと困ったように笑った。
「社用車です、なのでご遠慮なく」
流れるようにエレガントに、後ろのドアを開ける彼。
……そりゃあそうか、助手席なワケがないよな。
それを少しだけ残念に思いながらも、お礼の言葉を口にした。
そして彼の言葉に従い、素直に後部座席に腰を下ろした。
車中で交わされるのは当たり障りのない、本当に普通の日常会話。
だけどその話の中で少しでも彼のことを知ろうと、必死にアンテナを張った。
その結果、いくつか分かったことがある。
彼は私同様、猫よりも犬派であること。
食べたり、飲んだりするのが好きな、食いしん坊であること。
私の住むマンションの近くに、弟が住んでいること。
更にはその弟が、私の高校の後輩であるらしきこと。
実はその、弟。…… 遼河と私の間には、深い因縁がある。
遊び人で、当時高校生とは思えないぐらい派手に女子を喰い散らかしていたアイツを、私はぶん殴ってしまった過去を持つのだ。
もちろん私にも、非はあった。
何があろうと、暴力はいけない。
それは、認める。
しかし私の友人を弄んだあの男の事を、私はどうしても許せなかったのだ。
そして、その結果。
不純異性交遊が発覚し、遼河は10日間の。
……私は暴力事件を起こしたため、一週間の自宅謹慎処分となった。
しかもその女友だちには、浮気などされてはいないからと。
……そもそも自分たちの関係はただの遊びで、すべて合意の上の関係だったのに余計な真似をするなと、こっぴどく責められるなんていうオマケ付き。
これまで人よりも恥の多い人生を送ってきた自覚のある私だが、これはその中でも最大の黒歴史であるといえよう。
……これが桐生さんにバレるのは、さすがにまずい気がする。
婚カツパーティーでとんでもない発言をした挙げ句、酔っ払ってスッ転んで多大なるご迷惑をお掛けしたという既にイエローカードが二枚たまっているようなこの状況。
その上弟を殴った暴力女、なんてバレたら、間違いなく即退場だ。
……この恋、確実に終わる!
しかしそこで、ふと気付く。
そう言えばあの男の名字って、確か早乙女だったよなと。
『りょうが』なんていう名は珍しかったけれど、私の勘違いで、『別りょうが』だったのかも。
それにふたり、ぜんっぜん似てないし!
そう思い至り、クスクスと笑いながら告げた。
「あぁ……、なんだ。一瞬弟さん、私の知り合いかなのと思いました。でも彼の名字は桐生さんとは違ったから、きっと別人ですね」
すると桐生さんは少し驚いた様子で瞳を見開き、それから爽やかな笑顔で言った。
「あぁ。ふたりは、知り合いなんですね。弟とは、名字が違うので。うちね、こんな仕事をしてるからちょっと言いづらいんですが、実は両親が離婚してるんですよ。なので俺は父方の、遼河は母方の氏を名乗ってるんです」
なんてこったい!……地雷しか、埋まってない。
頭を抱える私。
それを見て彼は、困ったように小さく笑った。
「えっと……。遼河と過去に、なにかありました? アイツ高校時代、かなり荒れてたから」
これは、もしかして。
……私もあのクソみたいなハーレムの、住人だったと思われている?
それだけは、嫌だ。絶対に、嫌だ。
それなら百万歩譲って、暴力女だとバレる方がまだマシ!
「たしかに彼、かなり遊びまくってましたよね。あの、大変申し上げにくいお話なのですが……。すみません!!」
真実を告げるべく、座ったまま、ガバッと大きく頭を下げる私。
それにぎょっとした様子で、彼はキキーッと急ブレーキを踏んだ。
そして車を路肩に停めると、こちら側を振り返った。
「えっと……。とりあえず顔を、上げて下さい。でもまさか、アイツとまじでそういう関け……」
くっ……、やはり誤解されていたか。
彼が言い終わるより早く、食い気味に全力で否定の言葉を口にした。
「違います。断じて、そういう関係ではありません!!」