④思わぬ再会〜Side大河〜
今日は日曜日だが、万が一トラブルが発生した時のため、婚カツパーティーのサポートの仕事が入っているからホテルの控え室にて待機中。
というのもうちのベテランスタッフの佐藤さんに、しつこく釘を刺されたせいである。
『桐生さん!今日は絶対に、表に出て来ないで下さいね? あなたや遼河さんがいると、女性の皆さんがそわそわしてしまうから。なにかトラブルが起きたら呼びますから、それまではおとなしく奥に引っ込んでいて下さい』
……あまりにも酷い、言われようである。
俺は大金持ちというワケではないが、昨年東証一部に上場したばかりの『ハッピー・ブルーバード』の次期社長に若くして内定しており、自慢ではないが顔面偏差値も高めな方みたいなので、モテる。……非常に、モテる。
そのため特に何かサービスをしたというワケでもないのに、間もなくカップル成立かと皆から期待されていたお客様に一方的に惚れられ、意図したワケではないが破談にさせてしまった経験も一度や二度じゃない。
結婚相談所のコーディネーターとして働いているというのに一部の心ない社員達からは、縁談クラッシャー兄弟なる大変不名誉なあだ名まで付けられる始末。
まったくもって、理不尽かつ不本意な話である。
しかし人と接するのは好きだし、結婚が決まり、幸せそうに満面の笑みを浮かべるカップルを見るのは嬉しい。
だから親の家業を継いだだけではあるものの、今となってはこれは俺にとっての天職みたいなモノなのだとすら思う。
こういうふうに素直に考えられるようになるまで、かなり時間はかかったけれど。
なにかトラブルが発生したりしない限りはすることがなにもない、今日みたいな日は正直とても退屈だ。
だから女性スタッフ達の目を盗み、隙をみてこっそりパーティー会場へと忍び込んだ。
和気藹々とした雰囲気の中、弾む会話。
でもここは、そう。……弱肉強食の世界だ。
だからそんなのはあくまでも、表現上だけの話だと分かってはいるけれど。
それでも一組でも多くのカップルが誕生したら良いなだなんて、いつものようにほんわかした気分で考えていたのだが、そこで思わぬ人物を発見してしまった。
思わぬ人物というのは、そう。
俺がこの2年半もの間ひそかに心の支えにし、あの時のことを何度も思い出してにやけては、弟に気持ちが悪いと罵倒されながらも再会を望み続けてきたあの女性だった。
2年半前と比べると、髪が短くなっていた。
纏う雰囲気も、あの頃と比べたら少し大人っぽくなったかもしれない。
だけど、見間違うはずがない。……彼女だ。
最初その女性の姿を見付けた時は、純粋にただ嬉しかった。
しかし自身の置かれている状況を思い出し、焦りが生じた。
だって俺は、結婚相談所で働く人間で。
そして彼女は結婚相手を求めてやって来た、いわゆる婚カツ女子なのだから。
***
両親は俺が16歳の時に離婚したため、高校生の頃に俺は父親に、まだ当時中学生だった弟の遼河は母親に引き取られることとなった。
というのも父親は仕事はできても生活能力がなく、自力で衣食住のすべてをまかなえる気がしなかったからだ。……とはいえ俺が甘やかしてしまったせいで、いまだに生活能力が皆無であることには少しだけ責任を感じないでもない。
離れて暮らしていても、母親や弟との関係は良好だった。
だからわりと頻繁に連絡を取り合っていたし、会ってもいたように思う。
しかし、厄介な問題がひとつ。今からおよそ、三年前のこと。
俺は母親が経営する結婚相談所の運営会社である『ハッピー・ブルーバード株式会社』の取締役のひとりに抜擢されてしまった。
というのもワガママで傲慢で性格も口も悪く、そのくせ顔良し、頭良し、カリスマ性もピカイチの弟が、会社を継ぎたくないと突如駄々をこね始めたのだ。
てっきり遼河が会社を継ぐものだと俺自身思い込んでいたし、なんなら母親もそう信じて疑いもしていなかったはずだ。
だけど好きな仕事だけをしていたい、取引先との会食だのなんだのには出席したくない。
そんな余計なことまでやらせるなら、会社を辞めるとアラサーにして弟は騒ぎ立て、会社は上を下への騒動となった。
しかしあの天才肌の大バカ野郎はそもそもの話、人の下で働けるようなタイプの男ではない。
というか、そもそもの話。……社員たちはあの猛獣を飼い慣らす自信なんて、誰一人としてなかった。
だから凌河をさしおいて次期社長になりたいなどと願う野心ある者は、ついぞ現れなかった。
そこで母親は苦肉の策として、公務員として当時すでに働いていた俺に白羽の矢を立てた。
もちろん俺は、抵抗した。そりゃあもう、しまくった。
なぜなら俺の生涯設計の基盤は、平凡で平穏であること。
なので安定した生活を送れたら、それでよかったのだ。
でも結局母親に泣きつかれ、弟も俺の下でなら引き続き働いてやってもいいと言ってくれたこともあり、最終的に折れてしまった。
次の候補者が現れるまでという条件付きで、引き受けてしまったのだ。
しかし公務員を辞め、入社してからがまた地獄だった。
遼河を従える自信はなかったくせに、一部の社員たちはなんであんな部外者をいきなり重役に抜擢したのかと、あからさまに不満そうな態度をとるようになったのだ。
……でも俺は別に野心家でもないし、やりたくてやっているわけではないから、あの頃は本当にストレスがひどかった。
これまで一公務員に過ぎなかった自分が取締役のひとりに抜擢されたせいで、当事者である俺と凌河を差し置いて、激化していく派閥争い。
辞めていいなら今すぐ辞表を叩きつけてやりたかったが、俺よりも先に母親が胃潰瘍でダウンした。
そのため俺は、やりたくもないのに社長代行という重大任務を課せられた。
そこでも真面目な性格が災いし、適当にやり過ごせばいいものを、本気で事業に取り組んでしまった。
……これがまた、良くなかった。
その結果これまで俺を目の敵にしていたやつらまでもが、俺に一目置くようになり。……さらにはこのまま次期社長は大河さんでなどと言い始めたのだ。
だけどそんなの、冗談じゃない!
俺はあくまでも、一時的にヘルプとして入っただけのつもりだったのだ。
人様の幸せな出逢いと人生の門出に立ち会えるこの仕事が、けっして嫌いなわけではなかった。
それでもやはりこうした役職というのは、どうにも性に合わない。
だから母親が復帰次第、俺はこの仕事を辞めたいと伝える覚悟でいた。
そんな時偶然出逢ったのが、彼女だった。
慣れない業務と立場へのプレッシャーに押しつぶされそうになり、公園でひとり、飲んだくれていた時のこと。
たまたまそこを通りかかった彼女が、年甲斐もなく泣き崩れる俺に声をかけてくれたのだ。
『大丈夫ですか? これ、まだ開けていないのでよかったらどうぞ』
未開封のペットボトルを俺に向かい、笑顔で手渡してくれた。
まさかこんな状況で声をかけられると思ってもみなかったから、驚きながらも反射的にそれを受け取ってしまった。
「……すみません、ありがとうございます」
夜の公園で酒に溺れ、ひとり号泣する怪しい男になんか、危険だから絶対に声を掛けるべきじゃないと思う。
だけど優しい彼女は、俺のことを放っておくことができなかったのだろう。
そのまま彼女は俺の隣の席に腰を下ろし、何も聞かずにただ他愛もない話を続けてくれた。
少しかすれた彼女の声は、心地よくて。
見知らぬ人間相手だから気が緩んだということもあり、気付けば俺はこれまで心の中に溜め込んでいた愚痴を、彼女に吐き出していた。