③運命の出逢い【前編】
「ここのホテルのビュッフェはなにを食べても美味しいですが、ローストビーフが特におすすめです!」
取り皿を手に取り、テーブルに並んだばかりのローストビーフを慣れた手付きで器用に取り分けながら彼女は続けた。
「実はこのパーティーへの参加、私はもう三回目なんですよね。ハッピー・ブルーバードには登録してから、もうすぐニ年が過ぎようとしています。自慢出来ることじゃないけど、もはや婚活のプロですよ。だから分かんないことがあれば、なんでも私に聞いてください」
なんて、頼もしい! そして、めちゃくちゃいい子!
「ありがとうございます。こういう場ははじめてだから、勝手が分からなくて。本当に助かります」
お互いスマートフォンを取り出しての、連絡先の交換。
「いっそグループ、作っちゃいます? 他にもひとり、情報を共有し合ってる婚カツ仲間がいるので」
篠崎さんは第一印象とは異なり、かなりサバサバ系の女性みたいだ。
婚カツという戦場で少しでも優位に闘うため、控えめな女子を演じていたということなのだろう。
「よろしくお願いします。よかったぁ! これからのことを思うと、実はかなり不安だったので」
ヘラヘラと、笑って答えた。
すると遠巻きにそれを見ていた、既に今日の闘いを私達同様投げたらしき女の子が声を掛けて来た。
「あのぉ……。私もそのグループに、入れてもらってもいいですか? 婚カツって華やかに見えて、かなり孤独な闘いだから、仲間がいると思うと心強いなと」
結局篠崎さんが中心となり出来た婚活グループの連絡先には、私も含めて5人の参加希望者が集まった。
理想の結婚といっても、形は人それぞれ違うのだ。
皆が皆、家庭を守る良妻賢母になりたいワケじゃない。
ここにいる女子は全員ライバルだと思っていたが、もしかしたら戦友に近い存在なのかもしれない。
***
「じゃあ櫻木さんは、『Carina』の広報を担当されてるんですか? 私も好きで、よくあそこの洋服買いますよ!」
女の子同士での自己紹介タイムに突入し、それぞれの現在やら仕事やら結婚観、さらには好みの男性のタイプについてほろ酔い状態のまま大いに語り合った。
ちなみに篠崎さんは実家が経営する小さな八百屋さんを手伝っているそうなのだけれど、ゆくゆくは結婚して家を出て、あくせく働くことなくセレブライフを送りたいと思っていたらしい。
だけど今日の私の発言を耳にして、その未来計画に疑問を感じるようになったようだ。
よくよく考えてみたら、家でじっとしているのは性に合わない。
だからおそらく、専業主婦には向いていないというのがその主な理由である。
「なのでそもそもの話になりますが今後はセレブ狙いのお高いコースじゃなく、一般向けに絞って頑張ったほうがいいかもですねぇ」
皿にきれいに盛り付けられたミニサイズのケーキにブスリとフォークを刺しながら、ふぅと小さく息を吐く篠崎さん。
さらりと彼女の艶やかな黒髪が、揺れた。
はじめて目にした時の彼女の印象は、可愛いけれど恐ろしい毒女子。
見た目は変わらないはずなのに、今の篠崎さんの方が私にはずっと魅力的に思える。
「私もそんな感じです。どうせならお金持ちがいいかなと思って奮発してこちらのパーティーに申し込んでみたものの、今日参加されてる男性たちと話してみて気付いちゃったんですよね。……なんかこういうの、私には合わないなと」
明るい髪色のショートカットがよく似合う、今時女子といった雰囲気の女の子も、ワインの入ったグラスを片手に告げた。
ほんと、それ! 合わないと感じながら無理をしてお金持ちのお坊ちゃまと結婚したところで、そこに私たちの幸せは残念ながらない可能性が高い。
たしかにお金はあるに越したことはないけれど、それが全てだと私は思わない。
子供の頃母親に読んでもらったおとぎ話の最後はいつだって、『お姫様は王子様と、末長く幸せに暮らしましたとさ』で終わっていた。
だけど実際の人生は、結婚してからの方がはるかに長い。
めでたし、めでたしなどと言われても、平民からプリンセスに成り上がったところで、姑による理不尽で陰湿な嫁いびりが始まらないとも限らない。
現実世界は、厳しいのだ。
私は今日結婚相手はゲット出来なかったけれど、心強い婚カツ仲間を手に入れた。
男性陣の恨みがましい視線が多少気にはなったが、なんだって楽しんだもん勝ちでしょ?
その上で運良く自分好みの、私だけの王子様を見付けられたら、万々歳だ。
選り好み? そんなの、しまくるに決まってる。
見せ掛けだけのハッピーエンドなんて、絶対にお断りだ。
それならひとりで生きる、結婚以外の人生を私は選ぶ。
そして婚活パーティーというよりは、女子会みたいに大盛り上がりして調子に乗った結果。
……私はワインを飲み過ぎ、酔っ払って、さらなるとんでもない醜態を晒すことになる。
***
「あの……。櫻木さん、大丈夫ですか? そろそろ、やめたほうが……」
さすがに少し飲み過ぎたのか、ちょっとだけ足元が覚束なくなった私を見て、心配したように篠崎さんが言った。
だけど阿呆な私はヘラヘラと笑い、大丈夫大丈夫と答えると、さらなるワイングラスに手を伸ばそうとした。
しかし、次の瞬間。
ボーナスが出た際に大枚を叩き、清水の舞台から大ジャンプする気で購入した、真っ赤なソールが魅力のハイヒール。
それをテーブルの脚に、思いっきり引っかけた。
その上無様にも床に前のめりに、ズダーンとスッ転んでしまったのだ。
かろうじて顔だけは死守したものの、右足の膝に激痛が走る。
どうしよう? ……恥ずかしい、死にたい!!
あまりにも見事な転倒っぷりに、周りで一緒に飲んでいた女の子たちも、私に手を貸して起こしてくれた後は腫れ物に触れるみたいになんとなく優しく接してくる。
勝手な望みではあるけれど、こういう時は出来ることならば、アハハと笑い飛ばして欲しいのに。
「櫻木様、大丈夫ですか!?」
慌てた様子でそう問いながら、私の側に駆け寄るひとつの影。
視界に飛び込んできた、見るからに上質そうなスーツの裾と、磨き上げられた革靴。
そういえばさっき私が今日の出逢いをもう諦めて、食に走った際。
その姿を目にして堪えきれずに肩を震わせて笑っていたあの男性が確か、こんな濃灰色のスーツを身に付けていた気がする。
それにこの人は私の事を、『櫻木様』と呼んだ。
だからやはりおそらく、結婚相談所のスタッフのひとりなのだろう。
男は私の腰を支えるようにして、優しくそっと肩を貸してくれた。
あまりの恥ずかしさに、一気に酔いが醒めていくのを感じる。
「あぁ……。膝のところ、擦りむいてしまいましたね。とりあえず、控え室に行きましょう」
子どもみたいに擦り切れた、ワイドパンツの膝小僧。
恥ずかしいのをごまかすみたいにヘラヘラと笑う私に肩を貸したまま、耳元で穏やかな口調で促された。
実際はたいした怪我でもなかったけれど、このままここにいるのはあまりにもいたたまれなかった。
だからもう一度にへらと笑って、顔も見ぬまま男の言葉に素直にありがとうございますとだけ答えた。
***
控え室に着くと男は私から手を離し、すぐ側に椅子をセッティングしてくれた。
そして爽やかな笑顔を浮かべ、彼は告げた。
「改めまして。私は結婚相談所『ハッピー・ブルーバード』のスタッフの、桐生 大河と申します。よろしくお願いいたします」