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②良妻賢母?なにそれ、おいしいの?〜Side春呼〜

 フゥと小さく深呼吸をして、自分好みの()を探すべく、そっと周囲を見渡した。

 だけど既に大概の男性の隣には、若くて可愛らしい女の子たちが陣取っている。

 人気らしき人の側には、それこそハーレムかっていうくらい、群がっている。

 ……今さらあそこに割り込んでいく、自信も体力も気力もない。

 

 あれ……? ちょっと待って。一人群れから離れた、雛鳥発見!


 背は高いが華やかさはあまりなく、見た目的には多少地味な感じもするものの充分及第点といえよう。


 さっき他の女の子と話している姿を目にしたが、その子とはうまく行かなかったのだろうか?


 聞き耳を立てたつもりもないが、優しい語り口調と穏和な雰囲気が素敵だったため、なんとなく彼の事は印象に残っていた。

 ……これはなかなかの、優良物件なのでは?


 すすっと彼の側に寄り、にっこりとほほ笑んで話し掛けた。


「こんにちは。人が多くて、なんだか圧倒されちゃいますね」


 突然話し掛けられるとは思っていなかったのか、一瞬戸惑った様子だったが、すぐさま大きな声で答えてくれた。


「えっ……。あっ、どうも! そ、そ、そうですね。あ、あの……(わたくし)木ノ下(きのした)と、申します!」


 しかしそれは自分でも予想しなかった声量だったらしく、真っ赤な顔で照れ臭そうに彼は笑った。


「すみません。僕の声、ちょっと大き過ぎましたよね……」


 それに母性本能のくすぐられ、気付くと自然と私もほほ笑みを返していた。

 なかなかの、好感触。とりあえず、まずまずのスタートといえよう。

 名札を相手から見えやすいように手で持つと、笑顔のまま告げた。


櫻木(さくらぎ) 春呼(はるこ)といいます。こういう場って、どうしても緊張しちゃいますよね」

 

 事前に用意していたプロフカードを交換しての、自己紹介。


 『33歳』『✕なし』『開業医』『次男』『親とは別居で、マンション所有』。

 私の年齢を聞いても怯む事なく、態度を変えなかったのも好印象だ。

 少し頼りなさげにも思えるが、優しそうな柔和な雰囲気と穏やかな語り口調も、好印象と言えよう。

 これはもしや、かなりの強カードなのでは……?


 たしかにこんな男性ばかり参加しているのであれば女の子たちが目の色を変えるのも、職場の後輩の安里ちゃんが羨むのも納得である。

 ……あと大変不本意ながら、母親が勝手に大枚を叩いて参加を申し込み、いい人を堕として来いと鼻息荒く訴えるのも。


 仕方なく参加したはずの、婚活パーティー。

 だけど合コンなどに誘われる機会も最近はめっきり減ってしまったから、結婚をするしないは別としても、貴重な出逢いは大切にしたい。


 ……などと考えていたのだがそのタイミングで、先ほど控え室で私に不躾な視線を投げ掛けてきたあの女の子が、私達の間に割って入ってきた。


「木ノ下さん、お医者様なんですかぁ? 人を助ける、立派なご職業ですね。尊敬しちゃいますぅ!」


 聞いてもいないのに勝手に始まった自己紹介によると、黒髪のさらさらストレートヘアが似合う彼女の名前は、篠崎(しのざき) (もも)

 ネタにしかならないような間延びしたベッタベタな媚びた語尾も、ここではきっと武器になる。

 

 それにしても。……恐るべし、ハイエナ根性!

 さっきまでこの人には見向きもしていなかった癖に、やっぱり美味しそうだと感じ取るや否やの手のひら返し。そこは敵ながら、天晴れと言えよう。


 だが相手は、草食系男子なのだ。ことを急いては、いけない。

 小娘よ、見るがいい。 

 踏んできた場数が、違うのだ!


 明らかに怯んだ様子の木ノ下さんを前に、穏やかに微笑んでみせた。

 すると彼は少しだけホッとしたように、また表情を綻ばせた。


「ほんと、立派なお仕事ですよね。私の友人にも小児科医をしている子がいますけど、いつも聞言っています。忙しくても、とてもやりがいがある仕事だって!」 

  

 彼女の発言に同調しながらも、こちらは引く気はないのだと暗にアピールしてやった。

 だけど篠崎さんもそれで引き下がることなく、にっこりと笑みを浮かべた。


 突然訪れたモテ期に戸惑う、木ノ下さん。

 居心地悪そうに所在なさげに視線をさ迷わせるその姿は、もはや肉食獣に狙われた草食動物にしか見えない。

 ……こんなのなんだか、少し気の毒になってきてしまうな。

 しかしそこで彼は、思わぬことを言い始めた。


「あのぉ……。お二人は将来、どんな家庭を築きたいとお考えですか?」


 いきなりの、直球!! さすがは、婚活パーティーである。


 しかし生憎私は、結婚至上主義者ではないのだ。

 縁があれば一度くらいはしてみてもいいが、出来なければ出来ないで別に構わない。


 おそらくこの会場内でそんな風に考えているのは、私ぐらいのものだろうけれど。


 どう答えたものかと悩んでいる隙に、しっかりちゃっかり篠崎さんがもはや模範解答かというような見事な返しをした。


「私は料理が大好きなので、旦那さまよりも早く仕事から帰宅して、毎日手料理を用意しておうちで待っていたいです。あと休日には、子どもと一緒にお菓子を作ったりとか」


 その言葉を聞き、木ノ下さんは満面の笑みを浮かべ、答えた。


「素敵ですね! とはいえ僕は、出来れば妻になる人には、家庭に入って貰えたらなって思っています。家族を養える程度の収入は、充分にありますし」


 あまりにも時代錯誤な発言に、ドン引きした。


 お医者様をしている、優しい優しい自慢の旦那さま。

 キッチンから漂ってくる、お菓子が焼ける甘い香り。

 広い庭付きの一軒家ではきっと、ゴールデンレトリバーか何か、大型犬を飼うに違いない。


 ホームドラマのワンシーンみたいな、家庭。

 この人ならきっと、そんな願いも叶えてくれるに違いない。

 ……不気味なくらい完璧な、テンプレ通りの幸せ。


 だけど、どうしよう?……びっくりするぐらい、そんな将来に興味ないんだけど。


 その幸せ家族の情景にふりふりレースの真っ白なエプロンを身に付けた自分を無理矢理当てはめ、脳裏に思い描いてみたけれど、あまりにも違和感があり過ぎた。


 やめだ、やめ! そういった人生を否定するわけではないが、私の望む幸せはやっぱりそこにはない。


 木ノ下さんは悪い人ではないが、これ以上会話を重ねたところで、この男と私の間に未来はない。

 そう確信した。


「確かに、素敵ですよね。私もそういう生活、憧れます」


 にっこり笑って告げると、木ノ下さんも嬉しそうにほほ笑みを返してくれた。


「それなりに私も、収入はあります。結婚しても仕事を辞めるつもりはないので、そんな風に家で待っていてくれる、優しくて料理上手な素敵な旦那さまが私もほしいです。お互い、頑張りましょう」


 見る間に変わる、木ノ下さんの顔色。

 ……はは、完全に終わったな。


 こんな発言をしたら木ノ下さんだけじゃなく、もう今日私に声を掛けてくれる物好きな猛者は現れないだろう。

 でも、いい。ここからは当初の予定通り、食に走る!


 くるりと彼らに背を向けて、料理がセッティングされたテーブルへと向かった。

 いそいそと取り皿を手に取り、用意された料理を物色する。


 私が食べてあげなければ、数時間後にはゴミと化すであろう可哀想なご馳走たち。

 なんて、もったいない!私が美味しく、頂いてあげよう。  

 これもある意味、いま流行りの『サステナブル・ライフ』ってヤツだ。


 お、ワインもあるじゃないか!

 やっぱり肉料理には、赤ワインだよねぇ。


 婚活パーティーの会場で料理とワインをマリアージュさせている場合じゃないだろう、自分がマリアージュする相手を探さないでどうするんだという心のツッコミは、この際無視することにする。

 

 誰も飲み食いなんかほとんどしていないため、一人バイキング状態と化しているから、まるで異質なモンスターでも見るみたいな、信じられないとでもいうような視線を背中に感じる。


 その時聞こえてきた、ブハッと吹き出す声。

 それに驚き、振り向くと、篠崎さんがそのままお腹を抱えて爆笑した。


 さらにその奥ではスーツ姿の男性がうつむき、口元に手をやったままふるふると肩を震わせているのが見える。

 ……その人はうつむいているため、顔はよく分からないが、見ず知らずの人間にまですごい笑われている。


 先ほどパーティーの概要を説明してくれた女性スタッフにたしなめられているようだから、こちらの男性はおそらく、あの結婚相談所の社員か何かなのだろう。


 しばらくするとようやく笑いがおさまったらしき篠崎さんは笑い過ぎたせいで溢れ出した涙を、上品なピンクベージュのネイルが施された華奢な指先で拭い、笑顔で告げた。


「あぁ、おっかしい! だけど考えてみたら私も、家でおとなしく旦那さまの帰りを待つだけの、セレブ妻には向いてないかも。ってことで失礼しますね、木ノ下さん。  お互い素敵なご縁が、ありますように!」


 唖然とする木ノ下さんをひとり放置したままパタパタと駆け出したかと思うと私のすぐ側に立ち、彼女はニッと笑った。

 そして先ほどまでとはまるで異なる、ハキハキした口調で言った。


「今日はもう私も、出逢いは諦めます。というかそもそもの、方向性を間違えていた気がするし。作戦の立て直しが必要みたいですね、お互いに」

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