①強制婚活のはじまり〜Side春呼〜
「あぁ、そうだ。春呼、あんたの代わりにお母さんが、お見合いパーティーの参加を申込んでおいてあげたから」
およそ1ヶ月ぶりに実家に帰省した際に、まるでお風呂が沸いたと伝えるかのような軽いノリで母に言われた。
だけどその内容に驚き、思わずブフォッと飲みかけの麦茶を思い切り吹き出してしまった。
慌てて布巾で机を拭きながら彼女の顔面をギロリと睨み付け、大きな声で叫んだ。
「はぁ!? ……なによ、それ。私そんなの、行くつもりないから!」
なのにお母さんはにっこりと余裕の笑みを浮かべ、非情にも告げた。
「駄目よ、春呼。あんた選択肢は、ないから。ちなみに料金は、もう支払い済み。クーリングオフの期限も過ぎてるし、絶対に行ってもらうわよ」
……まさかクーリングオフ制度を、そんな風に逆手に取るとは。
もはや悪役の言葉にしか聞こえない、脅しのような台詞。我が母親ながら、本当に恐ろしい女である。
唖然とする私をしり目に、母親は続けた。
「可愛い娘のために、老後の蓄えに手を付けたのよ? キャンペーン中だったから、会員登録もしっかり済ませてきたわ。このパーティーの参加以外にも、AIを使ったマッチングシステムなんかも、1ヶ月間は無料で利用出来るみたいよ。ほんと、便利な世の中になったものよねぇ」
感嘆した様子で言われたが、そんなの冗談じゃない。
私の悠々自適な独身ライフを、邪魔されてたまるか!
「キャンセル出来ないなら、そのお金は全額私が返す。だからそんなの、私は絶対に行かない!」
ガルルと吠えるごとく、行きたくないと必死に訴える。
しかし泣き落としにも近い数々の脅迫の言葉を口にされ、最後は泣く泣く引き下がった。
***
「えー、そうなんですか? いいなぁ、羨ましい!」
月曜日。
私の愚痴を一刀両断し、そう言った彼女の名前は職場の後輩で、受付嬢をしている安里 梨花。
社内の一部の女の子達からはあざとちゃんなんて呼ばれる事もある彼女に、お見合いパーティーに強制参加させられる事になった話をしたら、愛らしくこてんと小首を傾げ、言われた。
「羨ましい、って……。安里ちゃんたしか、恋人いたよね?」
幾分呆れながら聞くと、彼女はフゥとため息をひとつ吐き出した。
「いましたけど、この間別れちゃいました。将来は絶対に両親と同居して、老後の面倒を見てほしいって言われて。そこまでは覚悟してたし、別に問題なかったんですが。じゃあ私の親のこともよろしくねって言ったら彼、それは妹さんに任せたらいいだろうって」
「あー……。たしかにそれは、ないわ。自分の親だけ大切にするような男と結婚しても、安里ちゃんも大切にして貰えなさそうだしねぇ」
うんうんと、大きくうなずく彼女。
いくら見た目が格好良く、高給取りで、世間的な評価が高くとも、そんな男との将来はあまり輝かしいモノにはならなさそうだ。
それならばとあっさり見切りをつけて、次に向かおうとするパワフルさは、見習いたいところでもある。
それにしてもやはり安里ちゃんは、めちゃくちゃしっかりしている。
あざと可愛い見た目と言動に反し、芯が真っ直ぐなこの子のこういうところ、私はほんと好きだなと思う。
「なのでいい人が出来たら、絶対に教えて下さいね! それでそのお相手の友だちを、是非私に紹介して下さい」
にっこりと天使みたいな微笑を浮かべ、安里ちゃんはたくましく訴えた。
だから私はちょっと苦笑して、もし出来たらね、とだけ答えておいた。
***
そして迎えた、婚活パーティー当日。
トップスは袖にシフォン素材のフリルが付いた、ネイビーのやや女性らしいデザインのカットソーを選んだ。
ボトムスは迷った挙げ句自分らしさを最優先して、普段仕事の時もよく履いている黒のシンプルなワイドパンツにしておいた。
どちらも私が働くアパレルを主に扱う企業、高安コーポレーションのものだ。
着回しが利くとお客様たちにも好評で、スタイルを抜群によく見せてくれるこのパンツは毎年少しずつデザインを変えて登場する、自社ブランド『Carina』自慢の逸品だ。
しかしその服装を見た母親には心底ゲンナリした表情で、もう少し女の子らしい服は持っていないのかと呆れたように言われた。
それと私はお気に入りの大ぶりなピアスを着けていたのだけれど、それはあまりにも品がないと言って母親に奪われ、代わりにちょっと古臭い印象のパールのネックレスを身に付けさせられた。
そもそもの話、私は別にこのパーティーに命を懸けてなどいないのだ。
それに最近は自分の好みの服ばかりを選ぶため、男性に媚びたようなデザインの洋服なんてもう何年も手にとってすらいない。
母親に泣きつかれたから、仕方なく参加するだけ。
だからわざわざ男受けしそうな洋服を、新調するほどやる気があるワケでもなんでもない。
あえて楽しみなことをひとつあげるとしたら、ホームページで見たバイキング形式のランチが美味しそうだなってことぐらいである。
「頑張るのよ、春呼! イケメンじゃなくても、お金持ちじゃなくても良いから、優しくてアンタを大切にしてくれる人をゲットしてくるのよ!」
……簡単なようでいて、めちゃくちゃ難しい条件を出してきたな。
そりゃあそんな相手がいたら、私だって結婚を考えないでもない。
私だって別になにか強い想いや考えがあって、独り身を貫いているんじゃない。
でもいないから、今現在も独身なのだ。
……そんなに簡単にゲット出来たら、苦労しないわよ。
しかしそれを言ったところで、努力が足りないだの高望みをしているんだろうだのといちゃもんをつけられる気しかしなかったから、笑顔で行ってきますとだけ答えて玄関の扉を開けた。
***
会場となる、ホテルの大広間のあるフロアに到着すると、受付の女性が笑顔で声を掛けてくれた。
名前を名乗り、フルネームが書かれた名札を受け取る。
そしてそれを胸元に着けると、控え室へと通された。
蒸せ返りそうなほど、甘い芳香。
たぶん単体だと良い香りになのだろうとは思うのだが、様々な香水の匂いが入り交じり、悪臭にも近い状態になってしまったらしきその匂いに思わず顔をしかめた。
自分のようにパンツスタイルの人間は他にはおらず、場違い感が半端ない。
スカートの裾からから覗く足は皆美しく、きちんと手入れも行き届いている気がする。
それに年齢的にも、私よりも若い女の子達ばかりのように思えた。
うん、勝てる気がしない!
そんな風に珍しくネガティブな感情に飲まれそうになったタイミングで、再びドアが開いた。
そしてまだパーティーのスタート時間には少し早かったけれど、どうやら私が最後の参加者だったらしく、先程受付に立っていた女性が室内へ入ってきた。
穏やかな笑みを浮かべ、これからの流れを説明してくれるスタッフさん。
いっぽう華やかで可憐な装いとは裏腹に瞳をギラギラと輝かせ、まるで獲物を狙う肉食獣みたいな表情でそれに聞き入る女の子たち。
どうしよう。……既に家に、帰りたい。
するとその時隣に座っていた黒髪のロングヘアーがよく似合う清楚系女子が私に一瞥をくれ、フッと小さく笑った。
それに、少し。……いや、かなりカチンと来たけれど、私は大人なのでにっこりと余裕の笑みを返してやった。
しかしこの些細なやり取りに闘争心を煽られ、妙なスイッチが入るのを感じた。
そこまで乗り気ではなかったものの、出逢いがまったく欲しくないワケじゃない。
女同士、決戦の火蓋はいま切って落とされたのだ。
案内された会場内には既に、男性陣の姿が。
参加者は一定以上のレベルの男性のみ、と事前に聞いてはいたが、着ているスーツや腕にはめられた腕時計などの感じからも、なかなかにハイスペックな人達ばかりが集められているのだろう事が推測される。
こういった場は基本、普通は女性の方が安めの参加費に設定されているものだとばかり思い込んでいたが、調べたところ今回は、男性の方が格安になっていたのもそういう事情からだろう。
さっきまでのギラギラした肉食獣みたいなオーラは綺麗に包み隠し、キラキラとまばゆい笑みを振り撒き、フェロモンと愛らしい雰囲気を垂れ流す女の子達。
……皆、なかなかの手練れのようね。
立食形式のバイキング料理をちまちまと、お上品に頂きながらのフリータイムが始まった。
その間に思い思いに、好みの男女に声をかけていく。
人見知りであったり、タイミングを逃して話せなさそうな奥手な人とも後から総当たり制で話せるらしい。
女性は所定の席に座ったまま、男性のみが移動して、まるで回転寿司みたいに回ってくるのだそうだ。
きちんとそういった時間も確実に取れるあたり、よく出来たシステムだなと思う。
それぞれの思惑と欲望を隠し、繰り広げられるさも清廉潔白な聖人君子みたいにスマートでお上品な会話。
幸い私にも、話し掛けてくれる男の人も何人かいるにはいた。
しかし話していく中で、私の年齢を聞くと、潮が引くように離れていく男性達。
若く見えても、やはりオーバー30というのは、こういう場ではかなりネックになるらしい。
だがここで、折れるワケにはいかない。
今はまだ結婚はする気がないけれど、戦果のひとつやふたつ持ち帰らないことには、母親になにを言われるか分かったもんじゃない。
意地でも戦果のひとつやふたつ、もぎ取って帰ってやるわい!
フンスと鼻息荒く、そう心に決めた。