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帝国戦記  作者: 東雲 優李
序章
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第一話 台頭

 アレストピア帝国。そのヴォルゼル州エノトレリー郡と呼ばれる領地がある。この小領地を治めるのはサルケリス男爵家だ。そして、そのヴォルゼル州を統治する者こそ、帝国建国前に『凄惨の傭兵団(ザイラル・クロウ)』と呼ばれ恐れられていたクラン・トロムセフ。彼らは帝国皇帝家に大きく貢献したとしてヴォルゼル州を下賜された後に伯爵を叙爵し伯爵家となった。

 トロムセフ伯爵家はヴォルセル州にある五つの郡―ファバーク・エノトレリー・フィコラ・クラウダート・ニネント―の統治をより磐石にするために、各郡に分家を配置した。

ファバーク郡をトロムセフ伯爵家が自ら統治し主郡に定める。

 フィコラ郡を伯爵家当主の叔父の家からアンドレリ家を指名し配置。

 クラウダート郡を伯爵家当主の正室の父の家からサランティディ家を指名し配置。

 ニネント郡をサランティディ家の近親であるサラキ家を指名し配置。

 そして、エノトレリー郡を当主の叔父の家からサルケリス家を指名し配置した。


 帝国の法律として皇帝は全階級の授爵権を持つ。公爵・侯爵は自らのくらいより下の階級を授爵することができる。そして伯爵以下はその授爵権は無い。しかし例外がいる。皇帝家に貢献したクランは『献伯』の称号を授かることがある。トロムセフ家はこの称号を受けていたため、指名した分家にはそれぞれ男爵位を授けたのだ。

 これは帝国内でもかなり稀な例である。無論過去に、また別の領内で起こり得ない話では無い。しかし、通常は宮廷から『宮邸代官』と呼ばれる帝国宮邸側にいる代官補佐を付けるか、元々その領地を統治していた名士たちを代官に取り立てて統治を代行してもらうのが一般的だ。これはその領地の安定を崩す―代官を呼ぶ、または付けるということは、従来その地を支配していた名士を廃すことになる―ためだ。

 だがトロムセフ家は違った。彼らは領民の今までの安定よりも、トロムセフ家に忠誠を誓わせ、ヴォルセル州をトロムセフ家一強の地盤にしたかった為だ。周辺の山脈を利用した天然の要害に加え、郡ごとに関所を設けさせた。他州のことを敵視させ「ヴォルセル州で良かった」と領民に感じさせることが非常に効果的だった。しかし一つ誤算があったとすれば、それはトロムセフ家に忠誠を間接的に感じているとしても直接的にはその代官である男爵家に感じているというところだ。これは各郡に強固な関所を設けたことで非常に閉鎖的になったことに起因するのだが、唯一の過ちであったと当主は感じていた。


 時は経ち建国から二〇〇年。帝国、または皇帝を頂き栄華を誇る国というのは腐敗していくのが世の常である。特に、皇帝または帝室の権力が強ければ強いほどその腐敗度は飛躍的に増していく。

 帝国はいわゆる封建制だ。帝国建国後、皇族が国の全土地の所有権を持っていた。そこで貴族―トロムセフ家のような―を叙任し、各領地を州・郡に区分しそこを与えた。代わりに軍事・資金・資源など様々なものを帝都―宮廷―に献上させていた。そのため、皇族の治めるエグリヨ州はは巨万の富と力を有していた。

 しかし、外から見れば宮廷は潤い、その富の集中が皇族の力の象徴と言わんばかりであるが、内部ではもう少し違った。宮廷内では主に「召人」「宮人」「臣人」という階級が存在していた。

 臣人は宮廷内の貴族以外では最も位の高い者たちである。というのも、この者たちは貴族―侯爵位―と同程度の階級であり、宮廷内の財務や宮廷内貴族―公爵―の給仕などの役割を担っていた。

 宮人はその臣人の補佐のような役割で、宮廷内の人事や管理を行っていた。主に伯爵位と同程度の階級である。

 召人は一番下の階級であり、字面の通り召使のことだ。清掃やその他の雑事全般、また仕える宮人や臣人の周りの世話などを行う役割だ。

 無論、これらの者たちの階級というのは貴族と同程度だが、それは宮廷内のみの話であり、実際は領地をもっている者たちのほうが若干上だったりもする。この宮廷人たちはいわゆる貴族の中での次男や三男、次女や三女などがなるものである。そのため家の強さなどによってこの貴族位のようなものが決まるのだ。


 そんな中、野心深く虎視眈々と皇帝の権威を見つめる者たちがいた。宮廷には臣人の中でも特に権力が強い権家けんかと呼ばれる者たちがいた。その中でもリドルフィ家・イヴォン家・ゴードネタン家・ラハカモ家・フェリッサーリ家は『五権家』と称されていた。彼らは皇帝の給仕や幼帝の傅役などを執り行ったり、または帝領ていりょう―帝の直轄領―の代官を選出する権限を持っていた。

 ある時、彼らの野望が叶わんとする事件が起きる。第七代冷帝サロギニスが内紛によって暗殺されてしまったのだ。これは後継を決める際、后と側室の息子同士で諍いが生じてしまったためだ。后側と側室側で真っ向から対立し、アコン妃―側室―陣営の策謀により、冷帝サロギニスとカリア妃―后―とその息子であるハルカルス親王は暗殺されてしまった。これは後に『冷帝の変』と呼ばれるようになる。

 暗殺された後は、継承第二位であったアコン妃の息子であるルネリアン親王が帝位を授かる。十四の成人の後に第八代尖帝を授かった。しかし、その治世も長くは持たなかった。病に侵されてしまったのだ。その病は治ることはなく、尖帝ルネリアンは急逝する。享年は十八であった。

 その後、現在の皇帝である第九代の幼帝クルン。彼はアコン妃の四男であり齢は七。そんな若年とも言えない幼少の者が即位できたのには二つの要因があった。一つ、それはアコン妃ひいては前皇帝の直系であるということ。そしてもう一つの要因こそ、宮廷内での絶大な権力を有する権家の支持だ。筆頭であるリドルフィ家が支持し、その摂政には権家が出るというのだ。通常であれば摂政とは皇族が行うものだ。特にアコン妃がいるのに、それを差し置いて権家が摂政に任ぜられたのには、アコン妃と五権家の繋がりがあるのだ。冷帝の変、その暗殺事件の首謀でありアコン妃に取り入った者たちこそが、件の五権家なのである。

 しかし、アコン妃はこの失態に気づかなかったのだ。権家たちの目的は、傀儡の皇帝を作り出し、自らが権威の傘を持つこと。つまりここにアコン妃を差し置いて傘を持つことのできた権家たちにとって、アコン妃の存在は如何に映るか。真の野望を知り、そして事変の真相を知る唯一の者。それがアコン妃だ。

 権家の次なる行動。それはアコン妃の謀殺である。これは非常に簡単なことであった。権家たちは「逆賊アコンは冷帝を陥れ、その権威を我が物せんとしていた!」と触れ回った。宮廷内の諍いというものは血を血で洗うが世の常。この権家たちの行動によって、宮廷内は「アコン派」と「権家派」に二分された。後にアコン派は裏切りやそもそもの立場が逆賊と噂されるものとして弱化し、誅殺という形でアコンとその派閥の者たちは処刑されてしまった。

――ここに権家の専権体制が成ったのである。


 その影響はヴォルゼル州でも表れていた。代表のトロムセフ伯爵家が帝国を離反するという謀逆が噂されるようになったのだ。近州の伯爵家もそれを耳にし、ヴォルゼル州の影響力は弱化してしまった。それを憂いたのはエノトレリー郡の支配者にして、サルケリス男爵家の当主であるペトロス・サルケリスであった。彼の一族はトロムセフ家の人間ではあったが、それは嘗ての話。自分の二〇〇年前の遠縁など知っていても親近感のある者はほとんどいないのである。クラウダート郡のサランティディ男爵家やニネント郡のサラキ男爵家はまだ近縁であるが、フィコラ郡のアンドレリ男爵家とサルケリス家は当時でも叔父の親族からの出なのだ。当時から若干の遠縁である者たちは、あまりトロムセフ家に擁護的ではなかった。

 ペトロスは思案した。ヴォルセル州の評判を上げ、領民を豊かにし、そしてサルケリス家が台頭する策を。そしてふと思いついたのだ。この噂を宮廷に報告し、逆賊としてトロムセフ家を討滅できないかと。

 思いついたら行動は早かった。まずは筆頭文官であるジノンに文書を書かせる。そしてそれを宮廷に届ける。宮廷の使節が屋敷に来るのにそう時間は要さなかった。


 屋敷の門が叩かれる。兵士たちは混乱していたが、ペトロスは有無を言わさずに通し客間に案内させた。その来客は綺麗な服を身にまとい、皇族の紋章を携えていた。正規の使節である証拠であった。

「お初にお目にかかる。私は宮廷使節に任ぜられているフォバゴス・トロヴィヌスと申すもの。今回の使節の長を任されている。サルケリス殿。貴殿の文を見て陛下もお怒りでしたぞ。」 

「これはトロヴィヌス様。よくぞこの辺鄙な場所までお越しくださいました。これはほんの路銀です。」

 そういうと銀貨が数十枚入った布袋を差し出した。いわゆる賄賂のようなものだ。

「ふむ。なるほど。――それで、トロムセフ家は帝国から離反したいという噂が立っている。という話でしたな。」

「えぇ。そしてこれは私の手の間者からの報告ですが、どうやらファバークの都市でも民たちが言っておったようです、これからは我らの時代が来ると。」

「それは捨て置けませんな。畏まった。では逆賊トロムセフには退場してもらうとしよう。我らが仲立ちをして討伐していただきたい。」

「承りました。その任、果たして見せます。」

 ジノン、そして筆頭給仕のジーコックは実に恐ろしき主人の謀略を目の当たりにして驚愕の色が隠せなかった。ペトロスは冷静な表情を崩さず、宮廷使節との会話を終えた。彼の策略が成り、トロムセフ家が逆賊として帝国の標的にされれば、サルケリス家は領内での地位を大きく高め、さらにはヴォルゼル州全体の勢力構図を再編する機会を手にすることになるだろう。


 トロヴィヌス使節長が退出すると、ペトロスはジノンとジーコックに一言、彼の考えを漏らした。

「これで帝国は、トロムセフ家の処分に乗り出さざるを得なくなるだろう。もしトロムセフの討伐が成功すれば、ヴォルゼル州には新たな統治者が必要になる。サルケリス家が統治の中心となるべきだ」

 ジノンは感嘆を抑えつつ頷き、慎重に口を開いた。「しかし、旦那様。もしトロムセフ家が逆賊でないと証明されるような事態、特にこの噂が嘘である、もしくはデマであるということが証明されてしまえば、我らがサルケリス家は非常に危険な立場に立たされるのではないでしょうか…。むしろ各郡がそれぞれ協力し合い、我らを逆に討滅するということも考えられるのでは…?」

 ペトロスは静かに微笑んで答えた。「それは承知の上だ。しかし、私だって帝国が衰退を続けていることを看過しているわけではない。現にあの舐めた態度の使節を見たであろう? まるで我が世の春とでも言わんばかりの宮廷の人間には反吐が出るものだな。」

 そう苦笑するとペトロスは、また冷静に続ける。

「衰退の一途を辿る帝国に縋っていれば、いずれそれに対を為す勢力が現れるだろう。そしてそれは我らの味方とは限らない。トロムセフ家のように我が一族で各州を支配する、これも今の州の形ではなく別の形にして支配するなどは容易に想像がつく。我らが領民を守るためには、この一手が必要だ。トロムセフ家の命運は既に風前の灯火。いずれにせよ、宮廷の不信は奴らを追い詰めるだろう」

 こうしてペトロス・サルケリスの策略が動き出し、ヴォルゼル州はさらなる混乱へと引きずり込まれることとなった。トロムセフ家への不信が膨らむ中で、サルケリス家の野心は少しずつその形を成し始めるのであった――。


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