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8 新しい友達

おかしな子のせいで遅れることになったのは植物学の授業だった。こっそり教室の後ろの扉から身を滑り込ませ何食わぬ顔で後ろの方の自分の席に座る。先生からはあきれた視線が飛んできたけどそれだけ。先週までの振り返りをしていたらしく別の生徒がこの国の大まかな植物域について述べていた。先生は不正確な部分に指摘をいれると地質とそこで育つ植物について述べ始めた。


植物学の先生は経験豊富なお年寄りグリューネ先生で学園の中でも古株だって聞いてる。前の僕の態度について注意を受けたことがあるけど改善しない僕にあきれたのか最近では何もいわれない。他の先生方と同じでどうしようもない僕に匙を投げたわけだ。


久しぶりにちゃんと受けた授業はなかなか面白かった。前世の植物と同じようなものかとおもったらこっちの世界には魔法があるからか魔法使いがポーションを作るための素材になる植物も多くて、魔素の含有量が色々違って強すぎる魔素は人を死なせることもあるし組み合わせで毒になるものもあるんだって。


前世でもスズラン、あじさい、彼岸花、身近なところに危険な植物が色々あったもの。この世界でも知識がないことで簡単に命を落とすかも。きのこ狩りとか素人がするべきことではないよね。まぁ貧乏貴族の僕は子供の頃平民たちに混じって食べれる草とか採集してたから野草狩りは得意だけど、えっへん。


授業を終えて出ていく先生になにか言いたげにひと睨みされたんだけど、今日も遅刻したし前までの行動もあるし心当たりしかない。ごめんなさい。


心を入れ替えて勉強に邁進する予定の僕は隣の席に座る黒髪の前髪オンザ眉毛おかっぱストレートのメガネ君に声をかけた。ちなみにこの彼、大体僕の隣の席にいて前世日本人の僕にはとても親しみの湧く外見。勝手に親近感を覚えてる。確か頭も良くてテストで上位、名前はルシルだったはず。背が高い物静かな子だという印象で多分僕と関わったことはないから僕が失礼なことはしたことないと信じてる。頼むぞ昔の僕。出きるだけ好印象になるようににこにこ笑って話しかける。


「ねぇルシル君。授業の最初の方で先生が言ってた補講ってなんのこと?」


ルシルは僕が話しかけてくるとは思ってなかったようで目を大きく開いて僕を見た。一瞬怪訝な表情を見せたけど答えてくれる。


「前回までに王国内に自生する植物のレポートを出すように言われてただろ。出してないなら君も対象だよ」


「え?」


当然ながらそんなことは聞いてないしレポートなんて出してない、僕。ありゃりゃと困る僕に彼は言葉を続けた。


「まぁいつもみたいに僕は王太子様と仲良しだから出さなくてもいいってことなら関係ない話だけどな」


あ、そういえばそうだったよね。僕レポートとか面倒なものは「僕は王太子様のお気に入りだぞ!」ってぶっちしてたね。でも僕は心を入れ替えたのでその補講にはしっかり出席して挽回せねば。


「ううん。出るよ。補講。あさっての午後?学園の野草園って言ってたっけ」


「そうだよ。転移門を使って郊外にある野草園で先生が指示した野草を採集したらとりあえずレポートの期限を延ばしてくれるって……君、本当に出る気?」


「出るよ」


もちろんさ!やる気満々の僕の返事をルシル君は不思議そうに見ていた。そっけないけど悪い子じゃない、それが僕からのルシル君の第一印象。


***


そして補講の日僕は転移門の前でルシル君を見つけた。彼も僕のように野草取りのカゴを背負い手袋をして立っていた。


「なんで君が補講対象なの?」


びっくりして思わず大きな声になっちゃった。いや、知り合いがいてくれて心強いんだけども、でもなんで?。補講の対象者って僕とルシル君そしてあの僕をモブ呼ばわりしたおかしな子と他に知らない子が3人だけなんだよね。しかも彼女は今日もトップギアで僕を睨みつけてくる。気に食わない!って顔に書いてある。ほんとに意味がわからないけど、これはおかしな子を全力で避けるしかないよね。僕はルシル君の方だけを見ることにした。


「うるさ……レポートを出せなかったからだよ」


すごく嫌そうに言われてしまった。


「だってルシル君いつもちゃんとしてるでしょ」


「出せなかったものは出せなかったんだ。だから補講に来た。それだけだ」


あ、いけない。ちょっと不機嫌になっちゃったみたいだ。ルシル君は僕から離れて転移門の直ぐ側で立つ補講のお手伝いをする助手の男性のところにいってしまった。僕は慌てて口をつぐむ。でもおかしいなぁ。ルシル君いつも真面目にしてるから今回のレポートだけ出すの忘れたとかやってないってことはないと思うんだ。ちらちらと横目で彼を見ていると助手の人が紙を配りだした。僕も受け取って目を通す。紙によるとポカポカ草とヒンヤリ草をそれぞれひと袋いっぱいに集めるのがノルマ。どちらも知ってるし群生するやつだからそんなに大変じゃない。


「準備はいいな。俺はグリューネ先生の助手。シダーだ。今日は君たちの付き添いだ。補講時間は2時間。俺も野草園に行くけど俺は俺で採集するものがあるから、グリューネ先生から指示されたものは各々でちゃんと採集するように。さぁ転移門をくぐるぞ。皆来い」


その言葉で皆ぞろぞろと転移門をくぐる。石でできている小さな門は学園の敷地を結ぶだけの機能なのでこちらからくぐれば野草園へ。あちらからくぐれば学園へとつながるシンプルなものだ。前世の青い猫型ロボットの出す便利道具のようにどこにでも繋がっているわけではない。でも馬車を使って半日の距離にある薬草園まであっという間に行けるのでとても便利。


転移門をくぐった僕は眼の前に広がる原っぱとその先の森を見た。野草園というけれど人の手がかけられているのはほんの一区画あとは野草の名のごとく自然そのまま。僕の割り振られた草は森の中にある湖の辺りでとれるはず。30分歩いて湖へ、そこで採集に一時間かけて戻るって感じの時間配分でいいはずだ。


皆も三々五々に野草を取りに散らばり始める。野草園は授業でも何度も来たことがあるし学園の生徒には庭のようなものだから気楽なものだ、と歩きながら周りを見ると、少し離れたところからまたあのおかしな子が僕を睨みつけている。えー、面倒な気配。とりあえずあの子の視線から逃げるように僕は歩みを早めた。


「ちょっとモブ!」


キンキンとした声にまたかと思ったけど僕は歩みを止めない。触らぬ神に祟りなしって言うでしょう。どう考えてもピンクの彼女は祟り神の部類だ。


「待ちなさいよモブ!」


驚くことにあっという間に近づいてきた彼女に肩を掴まれて止められたので仕方なく振り向く。


「だからモブじゃないって。僕の名前」


あぁ面倒なことになったぞ。そう僕の顔に出ていたんだろう。彼女は更にぷりぷりと怒り出した。


「あんたまだアーノルトの周りをうろちょろしてるでしょ!私この前やめろって言ったでしょ!なんで言うこと聞かないのよ」


すごく怒ってくるけどこの子なんで僕がこの子の言うことを聞くと思ってるんだろうか?そこが本当に不思議だ。たしかに一昨日彼女にアーノルト様に近づくなって言われたけど。彼女がどんな立場であっても王太子殿下のお気に入りである僕が従わなきゃいけない相手ではない。エリカ様だって僕がすることを苦々しく思ってはいても苦言をていされたことはない。それは王太子様の言葉があったから。


それにアーノルト様からお誘いを受けたら無視するわけにもいかないよね?僕がどんなに遠慮してもアーノルト様がお昼とかお茶する時とかはお膝に載せられちゃうこともまだあったんだ。でも前の僕みたいにアーノルト様を見かけたら抱きつきにいったりとかキャッキャウフフをすることは控えてる。だって授業に遅刻とかしないようにしないといけないからね。


それにアーノルト様の授業のある教室と僕の授業のある教室は離れてることが多いから真面目な生徒になろうとする僕がアーノルト様に会うのはお昼ごはんの時間くらいになってる。放課後は勉強しないといけないから図書館に行ってるし。部屋でゴロゴロしなくなったからミカにもすごく驚かれてる。


だからこの子が言ううろちょろってどういうことなのか僕にはさっぱりなんだけど。


「あんたがアーノルトの気を引こうとしてるのはわかってるのよ。フィルの様子がいつもと違うって気にしてたもの。押しても駄目なら引いてみろってやつでしょ。ない頭使って馬鹿な作戦たてたんでしょうけどお生憎様、アーノルトは一すぐに私と恋に落ちるのよ。だからお昼ご飯アーノルトと一緒に食べるのやめなさい!!」


ピンクの髪の毛を振り回して怒ってる子を前に僕が思っていたのはアーノルト様が僕の様子が違うって気にしてたってこと。そしてこの子が言うには僕が作戦でそういうことをしてるってアーノルト様にも思われちゃってるかもしれないってこと。男心を弄ぶみたいな、そんなのってそんなのって……


(あざとい)


小悪魔系あざとモブ男ってそれは誰得……僕は思わずがっくりと肩を落とした。肩にかけてたカゴが地面に落ちる。


「だからほんとにアーノルトに近づかないって今誓いなさいよ!」


「誓う?」


すごく偉そうに上から物を言ってくる彼女。その言葉にはちょっと頷けなかった。だって僕が誰と仲良くしようとこの子には関係ないよね。それなのになんで誓うなんて大げさなことを言われないといけないの?何様?どちら様?あ、僕この子の名前すら知らないや。ちょっと怒っていいかな?


「君がなんで僕にそんなこというのかわからない。僕からアーノルト様にまとわりついてる訳じゃない。お昼だってサイラー様が誘いに来てくださるん」


イライラしてたから口調を優しくできなかったけどその言葉も途中で遮られた。


「それ!あんたサイラーにも取り入ろうとしてるでしょう!この尻軽!」


「はぁぁ?」


何をいってるんだよこの子!!ほんとに訳がわからないよ。僕が好きなのはアーノルト様だし。サイラー様に嫌われてる自覚あるし!


「手当たり次第媚び売って嫌らしい。モブの癖に私の邪魔ばかり。とっととお腹すかせて倒れた私とアーノルトのランチイベントさせてよ。絶対アーノルトから始めないいけないの。そしたらサイラーの好感度も上げにいけるんだから」


え?この子はアーノルト様が好きなんじゃないの?サイラー様とも仲良くなりたいの?どういうこと?お腹すかせて倒れるってこの子はご飯食べれないくらい貧乏なの?うちより貧乏?え、ちょっとかわいそうかな?ポケットの飴ちゃんいるかな?


「わかったわね。今度私の邪魔したら許さないわよ!さっさと誓いなさい!」


きーきー叫ぶ彼女に困っていたら誰かが僕の腕をとった。


「フィル、僕の採集を手伝って」


ルシル君が僕のかごを拾って腕を引いてくれる。


「あ、うん」


「待ちなさいよ!」


「君も、薬草採集終わらなかったらグリューネ先生に怒られるよ。急がないと終わらないギリギリの量が指示されてるはずだ。違うかい?他人に構う時間はないよ」


ルシル君は顔も見ずに彼女に冷たく言い放つとぐいぐい僕を引っ張って進む。僕より背の高いルシル君の一歩は大きくて僕は駆け足になってしまう。後ろからきーきー声が聞こえるけど僕らは振り向かず森へと進んだ。


「あの子嫌な感じだったから、余計なことだったかな?」


森の入り口でふと足を止めたルシル君が僕にたずねた。もちろん助かった以外の感想はないのでお礼を言う。


「ありがとう助かったよ」


「別に、偉そうにする人が好きじゃないだけ」


少し口を尖らせたルシル君はそっけなく言った。あ、これは前の僕もダメだったんでは?だから隣にいても喋ったことなかったのかな。


「あ、じゃあ前の僕も嫌いだった?」


「最近の君はちょっとマシだからいいよ」


そう言うとルシル君は少しだけ口の端を上げた。分かりづらいけど笑ってる?あ、なんだか嬉しいな。


「ルシル君ありがとう」


「ルシル」


「君はいらない。同級生だしさっきちょっと可哀想だったから。さっさと採集するよ」


そう言ってルシル君は森へと進んで行った。


「うん!!」


なんかよくわからないけどおかしな子に絡まれたお陰で新しい友達出来ちゃった!嬉しくて返事が大きくなっちゃったら周りの木から鳥達が飛び立った。びっくりさせてごめん。前を行くルシル君が「うるさ」ってって言ったの聞こえたからね!



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