3 優しい王子様とポンコツな僕
「なんで?」
状況からしてもこれは僕一人で階段から転げ落ちたどんくさいやつだと思われている?え?じゃあ誰が運んでくれたの?エリカ様階段から落ちた僕を放って説明もなしにいなくなったの?でも口止めもしないってどういうこと?バレても別にいいってことなんだろうか?僕に怪我させたとしても王子様に怒られないだけの何かを彼女は持ってるの?
おかしいおかしいと僕の記憶が叫ぶ。上級貴族は体面にこだわるしパワーゲームが不利になるようなことは絶対しないものだ。王太子妃の婚約者候補である彼女が王太子のお気に入りである僕を害そうとしたあげく証拠隠滅を図ろうとした様子もない。だって僕はここに運ばれて死んでないしミカが手当をするのも誰にも邪魔されていない。彼女が本気で僕を殺したかったなら気を失っている僕の首を絞めるなりすれば簡単に殺せたのに。だとすれば答えは一つ。
(生きていても僕が何を喋ってもいいのか?アーノルト王子との婚約がなくなってもいいと思って?)
そう悩んでいた僕はエリカ様の行動が読めなくてベッドの中で思考停止していた。昔の僕は自分がアーノルト王子と楽しく過ごすことに夢中で今まであまり貴族間の関係とかわざと考えずに過ごしてきた。アーノルト王子が僕をかわいいって言ってくれるそれだけが大事だったから。それ以外はいらなかったから……そう考えると記憶を思い出す前の僕って下級貴族なのに王子様の寵愛にあぐらかき過ぎ。
でもおかしいな、記憶の中では今まで露骨に嫌がらせをされたりしたことはない。僕が入園してからアーノルト王子のお気に入りとして学園で周知されるのもあっという間のことで「誰にもかしずかない」ことを許された僕にいちゃもんを付ける人もいなかったこの2年間。今回のエリカ様の行動が意外すぎる。アーノルト王子とエリカ様が学園を卒園される半年先にはきっと彼女との婚約式も行われるのと皆思っているのに。
なんだか、遠くから僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「フィル?」
パチリと瞬きをすると僕の心の中をいっぱいにしていたアーノルト王子がいた。僕の眠るベッドに腰掛けて優しく微笑んでいる。
「大丈夫かい?」
そう言うアーノルト王子は今日も月の光が似合う冴え冴えとした美貌で、ひと目見て「あぁ!今日もかっこいい好き!!」って僕の中の僕が叫んだ。けど一方で僕は王子様ってこんな感じだったかなぁと思っている。なんだかベールが一枚かかった他人事な感じ。
銀色の肩までの髪が彼が首を傾げるのに合わせてサラリと揺れる。夜空に星が散っているような深い藍色に金の混じった虹彩。
(これは王子様だぁ)
見事な美貌に目が離せないでいるとアーノルト王子は優しく頬を撫でてくれた。
「もう君の魔法使いは来たみたいだね。身体は大丈夫?」
(優しい!!大好きアーノルト!!)
僕はガバリと起き上がりその手を両手で胸の前で抱き込んだ。優美な外見とは裏腹に男らしい大きな手には毎日練習を欠かさない剣を持つことによってできた胼胝がある。小柄な僕の両方の手でも包みきれないアーノルトの手も「かっこいい!!」
自分のことながら僕の体に尻尾がはえておしりの下でブンブン振り回しているのが見える。「お膝に乗ってナデナデしてもらいたい!」ってなんだろう僕。ちょっとアーノルト王子のこと大好き過ぎではなかろうかと一線隔てたベールの向こうで僕は思う。変な感じだが前世の記憶を思い出した僕は一歩引いていてでもアーノルト王子のことを好きって気持ちが体を勝手に動かすというかなんというか。
「元気そうで安心した。私のかわいいフィルが階段から落ちたって聞いたときは心臓が止まるかと思ったよ。どうしたの?慌てて行かなくては行けない場所でもあったのかい?」
(え?エリカ様がその場にいたことは聞いてないんだ?誰も見てなかったのかなそれとも誰か意図的に隠して報告した?じゃあやっぱりエリカ様が?これって言っていいのかな?)
アーノルト王子は僕の手からその右手を抜いて優しく頭を撫でてくれる。気持ちが良くてふにゃりと力が抜けてしまう。なんだこれ、僕ほんとに犬かなんかだった?
「あの」
その撫でテクにふにゃふにゃとアーノルト王子に甘えたくなったけれど大事な話をしなくては、ちらりと部屋のドアの横に立つ人物に視線をやるときつい視線が返ってきた。一国の王子であるのだからアーノルト様が一人で僕に会いに来ることはない。
(やっぱりか)
部屋の入り口にいるのはアーノルト王子の近侍兼御学友であるサイラー様だ。記憶が確かならサイラー様は僕のことを好きじゃないって態度に出す珍しい人だった。アーノルト王子の言葉があるから何か意地悪されるわけではないけど彼の態度が「お前なんか認めない」って言ってるんだもの。一度だけ彼から言われた言葉は「アーノルト様のなさることだから俺は従う」だった。すっごくすっごく嫌そうに言われた覚えがある。
「フィール?」
優しく甘いしらべでもってアーノルト王子が囁やくから僕はまたふにゃふにゃになって呟いた。
「アーノルト好きぃ」
くすくすわらってアーノルトが僕のことを撫でてくれた。優しい手付きはいつもの通り。幸せに満たされた僕はサイラーからの視線を無視した。
チクリと痛んだ気持ちも無視した。
(アーノルト王子は僕に『好きだよ』って言ってくれたことがない)
ベール一枚隔てたところで僕は僕の一方通行な恋を自覚した。
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