おまけ 王太子のばあやのある日
あら、お嬢様どうなさったの?こんなところに来られて、見つかったら大変なことになりますよ。
一人で部屋にいるのが退屈?まぁお嬢様あなた一応幽閉中なんですのよ。お立場をおわかりになっていただかないと。え?悪いことはしてないのに皆がいじめる?困りましたねぇ。自分が何をしたのか忘れてしまわれてるんですものねぇ。子供がえりされてしまって……ばあやを困らせないでくださいな。
『アーノルト様』のことですか?まぁ私でお教えできることなら……昔話ならね。
ええ、私がアーノルト様の乳母となってから二十年。昔は体が弱くて良く泣く弱虫なお坊ちゃんでした。あら、こんな事言ったら怒られるかしら?ふふふ。アーノルト様が内気でいらっしゃったからあの時はアーノルト様のことを大事にしない馬鹿者が屋敷にもけっこういたのですよ。今思い出しても腹が立ちますね。
ええ、アーノルト様は前王に世継ぎが産まれなかったから養子縁組をすることで王太子になったんです。それはご存知でしょう?前王はアーノルト様にとって父上の兄君、叔父上でしたから特におかしなことではありませんわ。でもそれが正式に決まるまではアーノルト様の性質を王太子としては優しすぎると見る貴族もおりましたしね。アーノルト様の母上様が妊娠したことで王太子を決めるのは待ったほうが良いと言う者たちも出ましてね、ご実家も王宮もあまり居心地が良くなかったので息抜きに街の市にこっそり遊びに行っていたのが昨日のようですわ。
ええ、危ないですよね。でも私もアーノルト様も少し古ぼけたドレスを着て変装してしまえば買い物に来た母と娘。誰にも気づかれやしません。アーノルト様が可愛らし過ぎて誘拐されそうだとは思いましたけど。アーノルト様は粉砂糖をまぶしたまあるい揚げ菓子がお好きでね。嫌なことがあって泣いていらしてもこっそり食べに行きましょうという約束だけでニッコリご機嫌をなおされたものですよ。
え?迷子?あらよくご存知ね。そうね、一度だけ。あの日はお祭りだったからすごい人出で、ほんの一瞬手が離れただけでアーノルト様が見えなくなってしまって。護衛の者と探して一時間もせずに会えましたけど、ほんとに肝が冷えました。なのに私達が見つけた時アーノルト様はいつも行く揚げ菓子屋で売り子のおかみさんと知らない女の子と一緒に仲良く待ってたのよ。女の子がアーノルト様を見つけて揚げ菓子屋まで連れてきてくれたのですって。私が泣きながら探してたのにアーノルト様ったら、ほんとにもう。その時の女の子の髪の色ですか?貴族にはよくある髪色ちょうどフィル様みたいな色合いの金髪でしたよ。
ピンク?お嬢様みたいな髪の色でしたらばあやも流石に忘れませんわよ。おかしい?おかしくなんかないですよ。お嬢様みたいなピンク色の髪はめったにないんですから。あら、泣きそうな顔しないでください。どうされたんですか?え?続き?はいはい。お嬢様はアーノルト様が大好きなんですねぇ。本当になんであんなことをされてしまったんでしょうね。
えーと、それからはアーノルト様も元気になられて剣術も頑張るようになられましてね。レディを守れる様になりたいんだっておっしゃって。可愛らしいでしょう。多分あの女の子が初恋の相手だと思うんですよ。アーノルト様は何もおっしゃらなかったけどばあやにはわかりますもの。あら、お嬢様がそんな顔したって昔のことですわよ。怒らないでくださいな。
あとはもうそんなに手がかかることはなくって。あ、そういえば学園に上がる前ですわね。夢見が悪いって青い顔をされてることが多い事がありましてね。
腕のいい夢見占い師のところに行きましたの。たかが夢?まぁそうですけどね、あの頃はアーノルト様にとってこれは大事なことだと思いましたの。ばあやの勘ですわ。
え、夢の内容?何でも学園で運命の女性に出会うんですって。あら、そんなに目を輝かせて。女の子は恋のお話がすきですものね。どんな相手なのか?おかしなことに何度も夢に見るけどその方の姿はわからないんですって、目を覚ますと思い出せないそうでね。あら、がっかりしなくても大丈夫ですよ。これは悪い夢なんですから。その運命の相手の顔が夢でわかっていたら学園のお嬢さんをばあやがひどい目に合わせるところですわ。何も出来ないように。あら、そんな怯えないでお嬢様。あなたには関係のないお嬢さんの話しだわよ。
それでねぇ、その方と結婚したんだけれど、とても異性に好かれる方だったらしくて国母になっても彼女を慕う男性を取り巻きに侍らせて、アーノルト様が嫉妬で苦しんでも止めようともせず、挙げ句にある日のこと、アーノルト様はお妃様の不義の現場を見てしまいかっとして殺してしまうんですって。それを止めようとした周りも粛清して王宮内を赤く染めて狂王と呼ばれるようになると。取り押さえられて結局は一人の従者をつけられて幽閉されて死ぬんだと。
嫌だ。そんなのは嫌だ。でも本当に起きることが私には分かるんだ。そう言って涙を流されるアーノルト様が可哀想で。だからたとえ気休めでもいいから何かしてさしあげたかったんですよ。
はい、結論として夢見にいってよございましたよ。夢見がアーノルト様の話を聞いて水晶玉をしばらく眺めた後「学園に在籍中に婚約者を決めなければいい。婚約者を決めるのは学園卒業後、そうすればよいのです。そうすれば絶対不幸な未来は起こりません」と断言しましたの。
いぶかしげなアーノルト様に「ではアーノルト様と私で契約を結びましょう。私が不幸な運命の歯車を今この時より止めましょう。もちろん簡単なことではありません。それ相応の縛りが必要となります。アーノルト様は恋に落ちても「好き」と言わぬこと。それを破った時不幸な未来が荒波のように押し寄せてそれを打ち破るのに大変な労力を費やします」って契約魔法まで結んだんですよ。
ご存知かしらね?特別な羊皮紙の、契約魔法に使う魔導具ってやつはかなり高価なんですけどね。それなのに夢見から請求された礼金は大して高くなかったので、あぁこれは王子様のお心をなだめるための方便だなと見当がつきました。夢見は魔法使いの端くれですもの、自分の技能を安売りしたりはしません。契約であの夢見が得をするようなことがあったなら別ですけども。
私は夢見の言葉なんて信じませんでした。でもアーノルト様はとても真摯に受け止められましてね。夢見にあった後から悪夢も見なくなったということもあり「好き」という言葉に気をつけて過ごされてましたね。まぁ、王太子と言う立場ですものそう簡単に女性に甘い言葉を吐かれては困ります。皆さん婚約者に選ばれるのではと期待しますもの、そうでしょう?
あら?どうしてそんなに青い顔をなさっているんです?
大丈夫ですよ。アーノルト様が出会ったのはフィル様ですものお二人が幸せになる未来しか来ませんよ。女性でしたらばあやはもしかしたら、って少し心配しましたけどね。
え?夢見がどうしました。許さない?私の世界を壊した?お嬢様の世界は壊れてませんよ。大丈夫。ばあやと一緒にここに居ましょうね。そのうちアーノルト様がお決めになるまでは、ばあやがお側におりますよ。
ばあやもアーノルト様が大好きなんですよ。お嬢様といっしょです。アーノルト様の幸せのためにばあやはなんでもいたします。だからいい子にしていましょうね。
ばあやの祖先も魔物退治で名をあげたんですよ。ちゃんと分かってるんですから、お嬢様いい子にね。
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