溺愛された妹はある日勘当される。ただし、従者付きにて!
名前すら知らない彼らの、これからも続いていくお話の、そのごく一部。
有能すぎる兄姉がいるせいで、お嬢様は産まれ落ちたその瞬間からあんまり期待はされていなかった。一切期待をされていないからこそ、年をとってから産まれた末の娘は可愛いもので、跡取りや政治利用の道具としてそれはもう厳しく育てられたお二人とは違い、存分に甘やかされた。不思議なもので、可愛がっていれば少々おつむが足らないことも、わがまま放題言うくせに、そのわがままを叶えれば花が咲いたように笑うところも何もかもお可愛いらしい。だから、お嬢様がしたいと言ったことで叶えられないことはなかった。一応お嬢様もおつむが少々弱いとはいえ、絶対に叶えられそうもない願い事は一切口にしていなかったし。それは賢さからなのか、諦めなのか。俺には判断つかないが。
まあ、その叶えられる範囲内ギリギリの我儘。最たる例が俺である。慈善活動の一環で孤児院に慰問に訪れた時。退屈そうにしていたお嬢様に、その孤児院で虐められていた痩せっぽっちの俺は拾われた。犬や猫を拾うような感覚で、人を拾う。素性も知らない身元も定かではないガキをそばに置くことを、安全よりもお嬢様のご機嫌のために選ぶ。これ以上ないくらいの放置だ。事実、上のお二人についている執事役や護衛騎士は身元も確かで男爵家の末っ子とかとはいえ貴族なわけである。扱いの差は外から見ても歴然で、厳しくされていたのは自分たちの未来を期待してからなのだ、期待されていない末っ子はああなのだ、なんて扱いの差を見せつけることで上二人の不満も上手く封じ込め、敵にならないと認定されたお嬢様は、上二人からもおおよそ思いつく限りにたっぷり甘やかされてはいた。
そんなのだから常にお嬢様は外からも内からも軽んじられていた。軽んじられていることに薄々気付き始め、我儘ではなく癇癪が増え初めていても、この家名でも庇い切れないほどのバカをやらかせば、修道院にでも放り込めば寄付金をたっぷり渡している地で、そう悪く扱われることもないと楽観視されていた。
そもそも、それなりの年頃になった時点で俺と共に森で迷い、一晩帰ってこなかった時点で淑女としての価値は暴落している。暗くて怖くて眠くてお腹が空いて、べそをかいたお嬢様を適度に慰めつつ、流石に俺の方はその事実を理解して内心青くなった。だが、毎日腹を減らして寝れないこともなく、殴る蹴るの暴力に怯える必要とない日々は手放しがたく。いつか終わるぬるま湯の日常をややヒヤヒヤしながら従っていた。お嬢様の相手をほぼ全て引き受ける俺に、身分の高い方々は空気と同じに扱ったが、メイドや料理人や庭師とか同じ従者の人たちは結構同情的で。だから実は割と俺も甘やかされていた訳だし。なのでそれなりのお給料は全て貯金して、いつか来る終わりに自分なりに備えていた。
そうして、想像していた通り、お嬢様は勘当された。結果的に王族に喧嘩を売りかけた形になってしまったので流石に。
と言うか第4王子とはいえお嬢様に惚れるとは見る目がありすぎる。最近周りを滅茶苦茶うろちょろしてんな、王族がやたらと側に来まくるのは荷が重すぎるなぁという俺の正直な感想がそのまま採用されて王子にぶちかまされたのは大誤算だったが。正直王族とのパイプをこれ以上増やさなくてもいいご家庭だし、家はお兄様が継ぐから王族が婿入りとかも滅茶苦茶困るし、爵位を貰えるかギリ微妙な感じの方だしとかお嬢様のご家庭的にもやんわりと穏便にお断りしたいと思ってた矢先に盛大にぶちかましちゃったのである。うーん、そりゃもうそうなる。
修道院は嫌と泣いて嫌がるお嬢様の我儘は結局採用されて、行き先はなんと俺の出身地の孤児院である。確かに寄付して世話を焼いている場所の一つだ。元とはいえ貴族女性が教育するという箔は、孤児院から出る上でもそれなりのプラスになる。ついでにお前の出身地なんだから恩に報いて面倒を見ろと邪魔な俺も一緒に放り出せる。思ったより納得出来そうな理由ばかりあることに首をすくめつつ、帰省と言っていいのかわからない帰省をすれば、自分が記憶しているよりご綺麗になった孤児院があった。よく清められた服を着て、頬を健康的に赤く染めたチビたちがワラワラと俺たちを歓迎する。高貴な人を迎え入れるためにその時だけ綺麗にされ精一杯の媚を売っている、とかそう言うのとは全然違う類の目をしていた。
様々な声がお嬢様の名前を呼び駆け寄ってくる。その一人一人に確認するように名前を呼んで、正解!とかちがうよぉ!なんてクイズ大会じみたことになっている。どう言うことだと目を白黒させて居たら、記憶していたより老けた先生が現れた。唯一優しかった彼女は今はこの孤児院の責任者らしい。気に入らなければ何度も他の子供を殴り罵っていたような人間は、よく洗われた犬のようにお行儀良く先生の言葉を聞いて、子供達の面倒を見る側になっていた。
びっくりするほど甘やかされていたけれど、軽んじられていたこの人は。軽んじられている者たちが、甘さひとつ与えられていないことが許せない。だから。
俺を拾い上げてからと言うもの。あちらこちらに寄付やらなんやらを。できる部分は手を出して、手の回らない部分にはあちこちに助力を求めたりして。そうして自分が迎え入れられる場を、自分で作り上げていた。
結局、お嬢様一人でできることは限られているのだと教えられながら、勘当したあの家の方々も、甘やかすだけ甘やかして溺愛をした責任をきちんと果たしていたってことを思い知る。家から追い出した娘が、不自由なく自由に生きられるように。やりたいことをできるように。貴族社会では軽んじられる娘が、手を回せばある程度の居場所を作れる平民たちの社会の中で立てるように。
私はお腹が空いているせいで、殴られたり殴ったり、そんなことをする人が居るって事がどうしても許せなかっただけよ。なんて、とびきりの悪戯が成功した時とおんなじ顔で、お嬢様が微笑んだ。
──ああ、まったく!この人には!どうしたって敵わない!
自分の見えている世界がひどく狭いことも。備えていたつもりになっていたことも。お嬢様を軽んじるあれそれに俺なりにむかついていたことも。全部子供じみたそれだったと思い知りながら、俺は俺にできる範囲で、お嬢様の我儘を聞き届けようと苦笑した。
お嬢様はある日突然前世の記憶が蘇ったのかもしれないし、第四王子はお嬢様の隠れた戦友の一人だったかもしれないし。でも全部、従者の「俺」は知らないことなので。そうじゃないのかもしれない。そんなお話です。
嫌なやつばかりの話は寂しいなぁと思って書いたそんなお話。軽くつまんで貰えたなら幸い。