神様、病院に行くってよ
月に一度、我が家での大きなイベントがある。その日が終わると婆様は、ぐったりし、テレビの前で、茫然自失となる。
「もう、先生も笑ってるの」
窪んだ目で、僕を見つめる婆様に、部活帰りで、腹ペコの僕を気遣う余裕はない。僕は、冷蔵庫を開けて、すぐ、食べれそうな物を探して、食べ盛りの体に流し込む。
「何で、笑っているの?」
聞いたら、最後。婆様の愚痴は、止まらない。
「自分の名前も、生年月日も言えないの。何を聞かれても、ニコニコ笑っているの」
そりゃ、そうだ。爺様は、認知症。毎日、何かを落としていく。もう、自分が、誰かなんて、わからない。そう、嘆くな婆様。まだ、自分で、歩いて、食べれて話せるじゃないか。欲を掻いたら、ダメだ。
「病院の中も、どこに行ったら、いいか、わからない。私の後をついて歩くの」
考えてもみると、足の悪い婆様の後をちょこちょこ歩く婆様と爺様は、老老介護の日本の未来を象徴している。僕が、大人になる頃には、いったい、何人のお年寄りの面倒を見ることになるのやら。あまりにも、婆様が、可哀そうなので、夜遅く帰ってきた親父に相談する事にした。
「ははは」
親父は、楽しそうに笑うだけで、何の答えもなかった。
「少しくらい、助けてあげたらいいだろう?」
「いやー。目に浮かぶ」
「なんでだよ」
「お前が小さい時は、婆さんがお前たち2人を連れて病院に行っていたんだが、右と左に別々に動くんで、同じ事、言って嘆いていたんだ」
親父は、僕達の世話を婆様に任せっきりだった。今も、昔も。こんな親父、お袋に捨てられても仕方がないよな。
「でも、婆様も歳だし、もう、手のかかる爺様の病院通いは、無理じゃないかな」
「何だ、かんだ言って、張り合いになっているんだ。まだ、大丈夫」
そう親父は、思い込みたいんだ。結構、婆様にストレスは、たまってきている。夕方に、最高潮を迎え、僕が帰宅する頃は、家のそばまで、婆様の雄叫びが聞こえてくる。
「お金は、持たなくていいの」
病院代を自分で、持つと言って、ポケットに入れた一万円を、爺様は、落としてしまったらしい。爺様にわたした婆様も、悪いのだが、意外と、爺様は、頑固者で、言い出したら聞かない。認知症なのに、忘れないのだ。そして、困った事に、落とした事は忘れ、
「病院行くのに、お金がない」
そう言い、婆様を追い詰める。
「知らんがな!」
とうとう婆様は、爆発して、自分の部屋に、引き篭もってしまった。お腹を空かせた兄と僕を残して・・・。そして、その夜。いつもとは、異なり、うなぎの弁当を土産に帰宅する親父が、どこからか、臨時収入があった事は、誰にも、言うまい。