第二話
月曜になって、いくらかのオリエンテーションがあった。大部分を寝ながら聞き流して終えた俺は、午後の部活に備えて昼をとっていた。
阿の後ろの席を借りて、食べようとした頃、そいつはやってきた。
「阿、隆弘、久しぶり!」
「おう」
「久しぶり、お昼?」
「俺もここで食おうかと」
弁当を掲げながら、丸っこい笑顔でそう言った。
近くから机を持ってきて、三角に並べる。
「佐月、理系クラスはどう?」
「そこそこ。みんな良いやつだから」
「良かった」
佐月と呼ばれるこいつは、名字を名倉という。名倉は明るい性格からムードメーカーとして皆に愛されている存在だ。
こいつと阿、俺で『主権国家イノーウェ共和国』を組んでいたが、悲しいことに名倉だけ理系へと行ってしまった。もう、彼は手の届かないところにいるんだ…
「そっちこそどんな感じなん?」
「こっちか?まぁ、そこそこだな」
「先生も良い人だし、クラスも明るくていい感じだからね」
「そへは、ほはった」
口いっぱいに頬張りながら言った名倉を、「食べてるときにしゃべりません」と阿が叱る。
阿は、見目もいいし、こういう穏やかなところが女子から人気あったりするんだけどな…
1つ、欠点があるけれど。
しばらくぐだぐだと食べていると、急に阿が目を見開いた。
来た…!
「今、かなり良いストーリー思いついたんだけどさ」
「おう」
「短編なんだけど、ずっと一人称視点での語りが続けられて、で、その語る内容は自分のことじゃなくて別のやつ、まぁライバルかな?の前半生についてでさ、あ、口調は淡々としたのでね、客観的な感じなんだけど、でも、その人から見たライバルだから、主観も微妙に混じってんの。そこをどうするかだなぁ、んで、あ、そうそう、話を通して誰も名前は出さないでおいてさ…」
「はは…」
名倉が助けを求めるような視線を送ってくるが、気づかないことにした。
こうなったら、しばらくやつは止まらない。
阿は昔から小説が好きだったらしく、文芸部に入った今は創作意欲が昂ぶってしょうがないという。
中間試験前日に溢れ出るインスピレーションを抑えきれず勉強しなかったやつだからな、こいつは。
「んで、田中はどう思う?」
「んぐっ」
いきなり阿の矛先が俺へ向いた。少しむせたが、水と一緒に流し込んで事なきを得た。
「なんだっけ、その天才的なライバル?に対する憧憬?と反発を主軸に据えるんだよな」
「うん」
断片的に聞いていたものから必死に捻り出す。
「いいと思うわ。最終的にその語り手が吹っ切れるけど後悔を残す感じだと俺的には好きだな」
「そっか…んじゃ、ライバルは…危惧されて処刑…悔恨…」
ぶつくさと何やら呟く阿を見て、ひとまず乗り切ったと安堵する。
再び箸を動かそうとすると、今度は名倉がこちらに話しかけてきた。
「そういえば、杜はどしたん?」
「杜?あぁ、あいつはなんか風邪で休んでる」
杜は、阿経由で仲良くなったやつで、今年同じクラスになった。『イノーウェ』で2人目の国民として頑張ってもらっている。
「あら、可哀想に。お見舞いは?」
「いや、あいつの家知らんし行けん。そもそももし俺らが感染ったら杜に申し訳ない」
「逆にか。まぁ、熱出てるなら、行くのは迷惑だろうし」
「あぁ。風邪の看病しに行くのは漫画だけだっつーの。恋愛漫画じゃねぇんだから」
「あら、残念ですわ」
何お嬢様っぽく言ってんだよ。
「仕方ありませんこと。男に看病されてもムサイだけでありますし」
「でも、杜なら喜ぶんじゃね」
「…あいつなら、そうかもな」
そうして、俺たちは杜のことを話しながら食事を終えたのだった。