第一話
私立大平学園高等部にも春が来た。
満開、とは行かないまでも、八分咲きくらいには咲き誇った桜が新入生を祝うようだった。
その新入生たちは正門前に貼り出されたクラス表を、期待と不安が入り混じった瞳で眺めている。
初々しいなと思いながら、彼らの横を通り、ロータリーから少し奥へ行ったところにある掲示板へと向かう。掲示板は西棟前と北棟前にあるが、俺が向かったのは西棟前のほうだ。
そこには、在校生、特に2年生のクラス掲示がある。まだ入学式の始まる前、式に参加する3年生はともかくとして、俺ら2年生はまだHRまで時間がかなりある。
そんな時間に俺がここへ居るのには、深い理由がある──と、思うかもしれない。
だが、そんなことはない。
単純に、人混みが嫌いなのと、遠くから来ているので電車の本数が少ないからだ。
本当は、もう少し遅くに来たいんだけど、まぁ、人より早く見ることが出来るからちょっといいかなとは思っている。
ちょっぴり優越感に浸れるのだ。
後ろに人もいないから、急かされる心配もない。のんびりと表から自分の名前を探す。
名字が"た行"だから、少し探すのに時間がかかった。こういう時、"あ行"のやつとか最後の方のやつが羨ましく感じる。
そんなことを思いながら、俺は2組に自分の名前を見つけた。2組の先生は優しい人だから、当たりだ。
自分のを見つけたら、次は友人のを探す。
これで、もし親しいやつが外だったらジ・エンドとなるが…よし、居るわ。
なんとか、ぼっち飯は回避されたようだ。
ほっと安堵し、同じく貼られている新教室配置を見て、俺は階段を上って2階に進んだ。
不思議なことに、西棟はなぜか各階に昇降口が設置されていて、外階段を使って出入りをしている。
まぁ、それはどうでもいいか。
教室へ入り、電気をつけて座席を確認する。
今回は、かなり後半の席だった。"か行"がかなり多い。
席に着いて、荷物を置いてから、俺は眠ることにした。新学期、どうせ、やることがないから。
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「…なか、田中」
ゆさゆさとゆすられて、目が覚める。
見ると、馴染み深い顔があった。
「おはよう、田中」
「はよ」
「同じクラスだったね、良かった」
そう言って、そいつはにこりと笑った。
「まぁな、去年担任に親しいやつって言ったし」
「奇遇だね、俺もだよ」
こいつは、俺がいま、一番この学校で仲良くしてる(と思っている)阿だ。この漢字一文字で、『いのうえ』と読む。なかなか珍しい。
去年、同じクラスで、ちょっとした出来事からかなり親しくなった(と俺は信じている)。
「んで、なんで起こしたん?」
聞くと、阿はあぁ、と思い出したように、
「ほら、もうすぐ始業式始まるからさ、移動」
「あぁ、そっか」
と言って、離れていった。
この学校の不思議はまだまだある。
全校生徒が体育館に入らないので、2年生だけが始業式を別にやる。他の学年は入学式と共にやるから、実質的に学年集会だ。
だらだらと並んで進み、第ニ体育館(この学校には合計3つの体育館がある)に集まった。
壇上に立つ校長の話は、長いけれど、これがなかなか面白い。
啓発セミナーとかにいそうだが。
担任紹介が終わって、何か先生たちが話して(よく聞いていなかった)、解散となった。
阿の側に寄っていく。
「なぁ、今回も校長の話キレッキレだったな」
「自転車のタイヤ持ってきたから何かと思ったら、まさかあんなふうにつながるなんてね」
などと、くだらないことを話しながら、のんびりと帰っていく。
「あ、やべ、今日部活勧誘じゃん」
「あれ、忘れてたの?駄目じゃん部長さん」
「吹部はステージ発表あるんだよな」
「うん、ボドゲはブースだけ?」
「あぁ…やべぇ、新入生0だったら首斬られるわ、物理的に」
「物理的て。まぁ、頑張れとしか言いようがないね」
「おぅ、必ず、生きて帰ってくる」
「死亡フラグやめてよ」
そう口では言うが、顔はめちゃくちゃ笑っている。楽しんでやがるな、こいつ。
実際、うちの顧問は厳ついけれど、かなり緩めだから問題は無い、だろうと信じている。
それよりも、目下の問題は部活動勧誘だ。
今日、新入生は一斉に体育館へ集まり、部活動の紹介をうける。
俺はボードゲーム同好会の代表だから、これに参加しなければならない。これがかなり面倒なのだ。
一時間近く、勧誘のために声を張り上げ、見に来た新入生へ部活の説明をする。
終わる頃には声はガラガラとなり、疲弊するだろう。去年の先輩方がそうだった。
「お前も大変じゃないか?文芸との掛け持ちだし」
「そこまででもないよ。ステージは数分だけだから、残りは文芸部の勧誘に参加する予定」
阿は吹部だけではなく、文芸とも兼部している。週5日ある吹部の、唯一空きがある火曜日がちょうど文芸部の活動日だそうで。
「そうか、ま、頑張れよ」
それからまた、他愛もない話を続け、教室へと戻った。