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エピローグ

 夢から覚めるように、急に現実へと引き戻される。月光を浴びた真夜中の空気は肺に突き刺さるほど冷たかった。

「ずいぶん遠くまで来てしまいましたね」

「そうねー。アスマークともお別れかしら」

 眼下では夜に浮かぶかすかな明かりがありのように動いている。主に住宅街のある大通りぞいと、ルイスやヘアンのいる教会のあたりに集中している。

 朝日が昇るまで、まだ時間があるようだ。夜はまだまだ長い。

 イリスがロートの様子をうかがいながらいった。

「あたしは別にいいんだけど、ロートはちゃんと挨拶してこなくてもいいの。行っておかないと後悔するかもしれないわよ。ヘアンちゃんにだってお別れしないと」

「あー……」

 ロートは空に瞬く星を見上げた。何年もの月日を旅して、ようやくたどり着く一筋のメッセージ。

 そして、悲しげに微笑む。

「でも、時にはお別れをしない方がいいこともあるでしょう。旅は一期一会。いつも師匠がいっていることじゃないですか。いつかまたアスマークに来るようなことがあれば、その時に僕は改めて自己紹介をすることにします。一人前の冒険者になってから。僕が独り立ちしたらの話ですけど。だから、今はこのまま去りましょう。逃げることになるかもしれないけど、僕らはきちんと役目を果たしました。その内手紙でも書いて指輪を持っていくことを事後承諾で許してもらいましょうよ」

「あんたがそこまでいうのなら、止めはしないわ。ただし後悔だけはしないこと。うじうじしていたら置いていくからね」

「百も承知ですよ、そんなこと」

 夜風がふたりの旅人の髪をないでいく。一人は誰もが目に留める艶やかな紫の長髪。一人は印象深いショッキングピンクの短い髪。

 物語の一部始終を天から見下ろす満月は、薄笑いを浮かべながらゆっくりと太陽へバトンタッチする。毎日、毎日。姿を変え、形を変えながら陽は昇り夜を迎える。そんな無限の繰り返しの中で生まれた一つの物語は、海で暮らす人々の記憶にしっかりと刻み込まれた。

 一夜限りの幻のような奇跡。

 偶然に通りかかった自由な旅人によって、複雑に絡み合った歯車がまわりだした。ねじまき時計はイレギュラーな軌跡を描きながらも、時を示し続ける。それが運命という名の必然に縛られているのか、奇跡という名の偶然の上に成り立っているのか、それはだれにも分からないけれど。

 淡い銀色を背中に浴びながら、また新しい出会いへと歩き出す。

 人生という儚い時計が疲れたというその時まで、人は進み続ける。その足跡を、世界中に残しながら。


これでおしまいです。

ご拝読、ありがとうございました。

もし彼らの冒険がお気に召しましたら、感想など残していってくださると幸いです。

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