プロローグ 船上
この小説は『プレシャス × プレシャス』の続編です。
独立した物語としても楽しめますが、出来れば先にお読みください。
(ごめんなさい、リンクの貼り方とかわからなくて……)
「ちょっと、しっかりやりなさいよね! 全然防ぎきれてないじゃない!」
「そんなこと言われても――それっ――なかなか数が多くて……。てやっ! 師匠も見ればわかるでしょうに」
少年が、また一人敵を薙ぎ払いながら叫び返す。その声は潮風に乗ってとおく地平線へと運ばれていった。大きな波が白いしぶきを立てて船の横腹に衝突する。
船の上特有の、強い風がロートの薄汚れたローブをはためかせていく。厳しい船での生活にもまれて、服はあちこちくすんでいた。
強く握りしめた刀を横に一閃する。
間合いを詰めようとしていた男の一人が驚いて尻餅をついた。
彼の愛剣、インフィニト・ノイテの形状はサーベルだ。
漆黒の刀身は直線ではなく、先頭にかけてやや反り返っている。柄の部分こそ形を変えていないが、手元を守れるように練成されたガードが作られており、かなり趣向の凝ったものとなっていた。やはり、海賊と戦うにはサーベルがよく似合う。
――そう言ったのはイリスで、だからこそ無駄に精巧な作りになっているのだ。ロートが溜息をつきたくなるのも無理はない。
「でも、援護役のあたしにまで敵が回ってきたら意味がないでしょうが! からだ張ってでも食い止めなさいよ!」
潮騒と怒声に負けないようイリスが大声を出しながら、イリスは今まさに乗り込もうとしていた海賊を撃った。男は大きく目を見開いて、痛みを感じる間もなく海へと落下していく。
その光景を見届けることさえ出来ずに、次の標的に目を移して――。
グラナートを後にして、行くあてもなく彷徨っていた。毎度のことではあるのだが、流石に目標もなく歩き続けるのはつらい。山賊から奪った金品も底を尽きかけて、そろそろ路頭に迷うかと思った時にその話が耳に入ってきた。
とある町はずれの、それなりに人の入った酒場でのことだ。
商人風の口の軽そうな男と、素性の知れないあやしい客が話していた。酒をちびちびとはさみながら、世間話に花を咲かせている。
適度に間をあけられたテーブルは8割が埋められていて、どこに座っている者もやかましく騒ぎたてていた。
「最近はどこも世知辛い。まったく、昔の義理やら人情やら、ロマンやらはどこに消えたんでしょうねえ」
小太りの商人がいった。
顔中が愛想笑いをしている。
「さあ。弱い者が消えて、実力主義の仕組みに変わったんじゃないか。他人に構っているようじゃ、今の時代は生きていけない。僕は運よく勝ち組になれたようだけどね」
「ほんとうに。頭がよくて、能力がある人しか成功しませんからねえ、厳しいったらありゃしない」
二人は軽く笑った。
貴族風の客は気分を良くしたようで、一気に酒を飲みほした。調子よくお代わりを注文した。コップになみなみと注がれた薄茶色の強そうな酒が、すぐに渡される。
自称成功者は一息で半分ほど喉に送り込むと、すこし赤らんだ顔になった。
「ロマンといえば、聞いたことありますか。海神の指輪の噂を」
商人が、さも思い出したようにいった。
客は得意顔で頷く。
「もちろん知っているよ。アスマークに眠っている指輪の話だろう。前に一度、小耳に挟んだことがある」
他になにをするでもなく店内に充満しているくだらない話に耳を傾けていたイリスが、ぴくりと反応した。酒場であるから、子供のロートは連れてきていない。
乗せられていることも気づかずに、客が続ける。
「どうせただの出まかせだろうけど。一度でいいから目にしてみたいものだ」
イリスは料金を正確に投げつけると、店を飛び出していた。まるで疾風のような勢いで、夜の中を駆け抜けていく。
紫の長髪が、夜の中になびいていった。
深夜に、夢の世界で楽しく過ごしていたロートをたたき起して、これ以上ないくらいに迷惑げな顔をされたのを知っているのは、静かに夜を支配する三日月だけだった。
早速アスマーク行きの船を見つけたのだが、いかんせんお金がない。そのため、用心棒として乗せてもらうことにしたのだ。腕っ節を証明するために、かなりの数のならず者を相手にしなければいけなかったものの、イリスとロートにかかれば大して時間はかからなかった。
船長も大層驚いて、これなら安心と喜んで雇い入れてくれた。それもそのはずで、航海には賊の出没する海域を通らなければならないのだ。これまでにも、幾人もの同業者たちが命を落としたり積み荷を奪われたりしており、強い味方は何にもまして必要だった。
二人はまさに、救世主といえただろう。
特に準備することもなく、乗船した。船出こそ順調であったが、ついに危険区域に踏み入れると待っていましたとばかりに海賊船が現れ、襲いかかってきた。
その数が尋常ではなく、苦戦を強いられているのだ。輝かしい海上の景色を眺める暇もなく、次から次へと波のように押し寄せる敵は、きりがなかった。
もうかれこれ30分は戦い続けているだろうか。
彼らは小さなグループをいくつも作っていて、獲物を見つけると近寄ってくる。そのため、戦闘が長引くと新たなグループからも発見されてしまい、際限がなくなるのだ。
今は完璧に負の連鎖の真っただ中にいた。
続編開始。こちらもどうぞよろしくお願いします。




