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御伽の住み人  作者: 佐武ろく
第壱幕:人と御伽
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【9滴】空からの刺客

 夜空に浮かぶ黒い羽根に包まれた鴉天狗の体を、満月がバックライトのように照らしていた。満月を背景に羽ばたくその姿はさながら悪魔。


「か、鴉天狗!?」

「ほう、我ら一族を知っているか」


 鴉天狗の声の調子が落ち着いた雰囲気だったこともあり、優也の中にはそれほど焦りはなかった。話せばわかってくれるのではないか。そんな淡い期待を心のどこかに持っていたからだ。


「あなたも僕を狙ってきたんですか?」

「いかにも。それが我に与えられし使命」

「でも僕はあなた達の問題に関わる気はないんですが……」


 期待にすがるように必死に無害であることを伝えようとする。


「それは真か?」

「はい」


 すると鴉天狗はその場で考える素振りを見せた。その姿に優也の中では期待がその存在感を強め、やはり話が通じるのではないかと希望の光まで灯り始めた。

 だが期待と希望はただの個人的な感情に過ぎず、この事態に影響を与えることはなかった。


「ならば、不運であったな小僧」


 そう言うと錫杖を構え空から獲物を狙う鷲の如く急降下してきた。それに対し本能が瞬時に逃げを選択したおかげで優也は間一髪、横にヘッドスライディングをするような形で飛び込み躱す。

 うつ伏せ状態になった優也は体を反転させ先ほどまで自分が居た場所を確認した。そこには舞い散る粉塵の中、地面に突き刺さった錫杖とそれを強く握りしめる鴉天狗。黒く大きな翼を広げ、薄い煙の中に佇むその姿はやはり悪魔のように怖ろしかった。


「ちょこまかと。逃げなければ一撃で楽にしてやるのだがな」


 そんな鴉天狗を見ていた優也はハッとした表情を浮かべると上着の内ポケットを探り始める。

 そこから取り出したのは赤い液体が入った小瓶だった。


         * * * * *


 それは今朝の出来事。


「ほい、これ持っとけ」


 家を出ようとした優也にノアが欠伸をしながら小瓶を差し出した。


「え? 何コレ?」

「血だよ」

「誰の?」

「俺の」

「え!? 一体これをどうしろと?」


 お手本のような反応をした優也に対しノアは人差し指を立てた。


「いいか、もし襲われてやべー時はこれを飲め! そして全力で逃げろ」

「えぇー。そんなこと言われても」

「いいから持ってけって」


 だがノアは有無を言わさず無理やり内ポケットに押し込んだ。


「ちょっと勝手に……」

「あんま戦うことはオススメしねーからな。そんじゃ、俺は寝るから」

「ちょっと待ってよ。あっ! でも、時間が」


 その言葉と伸ばした手を無視したノアは再び大きな欠伸をしながら寝室へと戻っていき、優也は慌てて家を飛び出した。


         * * * * *


 小瓶を見つめてい優也は意を決すると蓋を開け目を強く瞑った。そして一気に中身を飲み干す。口に広がる鉄の味は何度か体験したことがあるが、やはり美味しいと思える味ではなかった。それでも無理矢理呑み込み喉を通って体内へと流れていく吸血鬼の血。

 そして小瓶の中身を全てを飲み干した優也は、ゆっくり目を開け両手を見下ろす。


「あれっ? 何とも無い?」


 てっきり犬族の時のように意識が遠のいていくとばかり思っていたが故に、困惑していた優也へ鴉天狗は容赦なく再び錫杖を構え襲い掛かった。そんな鴉天狗に対し思わず狼狽えてしまうが、同時に《《あること》》に気が付いていた。

 だがそれが勘違いではないことを確認する前に、胸を狙い一直線に伸びてくる錫杖を横へ転がり回避。錫杖では優也を捕らえ損ねた鴉天狗だったが、その鋭い双眸はしっかりとその影を捉えつづけていた。

 そして優也が立ち上がるのを見計らい錫杖を横に一閃。優也はこの錫杖に対して見ることすらなく上半身を反らして躱した。しかしその一手を皮切りに錫杖は怒涛の攻めに転じる。が、優也は全ての攻撃を悠々と躱し続けた。

 その最中、先ほど気が付いた《《あること》》が勘違いでないことを確信する。


「(動きが最初より遅く感じる。それに、次に来る攻撃が分かる気がする)」


 そんなことを考えながら攻撃を躱し続ける優也だったが、自分から攻撃することはなかった。

 そして突き出された錫杖を躱すと同時に大きく距離を取ったところで鴉天狗が手を止める。


「ふむ、先ほどのは血か。噂には聞いていたがこれほどとは……。だが、なぜ反撃してこない? チャンスは何度もあったはずだが?」

「えーっと。何でですかねー」


 自分でも分かっていない問いに苦笑を浮かべ手持ち無沙汰のように頬を指で掻く。

 すると突然、優也は脚の力が抜け膝から崩れ落ちてしまった。四つん這いになり眩暈に襲われ、全身に上手く力が入らない。何が何だか分からないまま地面をただ見つめていた。


「もうガタがきたか……」


 鴉天狗はその理由が分かっているのか哀れむような目を向けた。


「楽に逝きたければそのまま動くなよ。と言ってももう動けんか」


 そう言いながらゆっくりと歩み寄ってくるカッカッという下駄の音。それは今の優也にとって死神の足音だった。

 そして目の前までやって来た鴉天狗は先端を向けた錫杖を頭上に構える。一瞬の静寂が二人を包み込んだ後、一気に振り下ろされた錫杖は確実にその距離を縮め頭へと近づいていた。


「(死……ぬ……?)」


 死という文字が頭を過りどんどん活発になり始める心臓。そして死を間近に感じたその時、頭に浮かんできたのは何故かノアの顔だった。

 その間も錫杖は進み先端が数本の髪を掻き分けついに頭皮へ手を伸ばす。だがその時、横から飛び出してきた黒い影が鴉天狗を襲った。一瞬にして影と共に近くの車まで飛ばされた鴉天狗。立ち込める煙の中では赤い点滅と防犯ブザーが鳴り響き鴉天狗が黒い影と争っていた。

 すると、逃げろと言わんばかりに体に少し力が入るようになった。優也は全身に力を入れ立ち上がると、鴉天狗が飛ばされた所など見向きもせず一心不乱に走り出した。息は乱れ滝のように汗を流しながらも走って走る。

 そんな風にがむしゃらに走っていると時間切れと言うように再び脚に力が入らなくなり自分の足に躓き豪快に転んでしまった。

 それでも、少しでもあの場所から離れようと優也は這いながらでも前へ進んだ。

 そんな彼の前へ突如現れた編み上げのロングブーツと革靴。そのうちのロングブーツは近づいてくると目の前でしゃがんだ。


「やぁ、少年」


 聞き覚えのある声にゆっくりと顔を上げる。そこには微笑むマーリンと大量の紙袋を持つアモが立っていた。口を開き説明しようとするが、もうどこからかも分からない痛みにただ歯を食い縛る事しか出来なかった。

 だがマーリンはそんな優也の頭をぽんぽんと軽く叩く。


「大丈夫。少年にはあの子を助けてもらった借りがあるからね。《《今回は》》助けてあげるわ」


 そう言い片手で両目を優しく撫でると優也は眠るように目を閉じた。

 それからどれくらい時間が経ったのか。大きなベッドの上で目を覚ました優也にとってはほんの一瞬だった。目を開くとまだ少しぼーっとしている頭のまま天井を眺める。

 そして徐々に意識がハッキリしてくると、ここがどこで何故ここにいるのか、様々な疑問が頭を埋め尽くした。更に不思議と体から痛みは消え驚くほど軽くなっている。

 だが色々と解決すべき疑問はあるがとにかく今は起き上がると、辺りを見回した。部屋はあの出来事が嘘のように森閑としていて、客室なのか必要最低限の家具しか置いてないが決して質素ではなかった。一通り部屋を見回すが、やはりこれだけでは名探偵でもない優也が得られる情報は皆無に等しくただ戸惑いが続くばかり。

 すると部屋にあった唯一のドアが音を立てて開きマーリンの執事だと思われるアモが入ってきた。


「失礼いたします」


 言い切ってから前で手を組みお手本のように綺麗な会釈をする。優也はキョトンとした目でその姿を見ていた。


「お体の方はいかがでしょうか?」

「あっ……はい。大丈夫です」

「それではこちらへどうぞ」


 そしてアモに誘導されるがままベッドを降りた。その時、初めて気が付いたのだが服装はスーツからシルクのパジャマへと変わっていた。初めて着るシルクのパジャマに若干の感動を覚えながらも、どうやって着替えたのかという疑問が更に積もる。

 だがそんなことを気にかけている間にアモは廊下へ出ており優也もその後に続いた。

 そして周りを見回しながらしばらくついていき辿り着いたのは、大きなお風呂。そのまま『湯』の文字が書かれた暖簾を潜り脱衣所まで行くと前を歩いていたアモが立ち止まり振り返った。


「我が家のお風呂は様々な効果がありますのでゆっくりとお入りになってください。お洋服は同じ物をあちらにご用意させていただきました」


 アモの手が示す方を見遣るといつも身に付いているスーツが綺麗に畳まれ置かれていた。


「それではごっゆくりどうぞ」


 再び会釈したアモはそのまま外へ。

 少しの間、戸惑い立ち尽くしてしまっていたが、自分の匂いを嗅ぐとすぐに入ることを決断。

 そして早速、服を脱いでドアを開いてみるとそこには温泉にでも来たかと錯覚させる程に大きく立派なお風呂が広がっていた。思わず感動の声が口から独りでに飛び出す。

 そしてどこか特別な気持ちのまま潤った煙の中で体を洗い、メインの湯に足からゆっくり浸かっていく。足先から徐々に湯に呑み込まれていき、最後は肩まで。全身があまりにもいい湯加減に包み込まれると自然と口から大きく息が出て行き体の力が抜けていった。


「アタシのお風呂はどう?」

「はい。最高です」


 答えた直後に気が付いた違和感に優也はすぐさま声の方へ顔を動かした。そこには体にタオルを巻いたマーリンが立っていた。


「ま、マーリンさん!?」


 そして足先からゆっくりと湯に入ってきた彼女はまだ愕然としている優也の隣に腰へと下ろした。


「それだけ元気があれば大丈夫ね」


 笑みを浮かべ安心した様子でそう言うと、そんな彼女から少し離れた優也は遅刻してきた戸惑いと共に身を縮めた。

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