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御伽の住み人  作者: 佐武ろく
第壱幕:人と御伽
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【1滴】小さな運命の歯車

 混じりけのない白髪は少し長く好青年な印象を与える髪型。シミひとつ、汚れひとつなかったであろう真っ白なワイシャツと白いスーツパンツは今となっては血に汚れていた。上から三つのボタンが外れたシャツからは首につけられたリングのネックレスが顔を出し呼吸に連動して揺れている。その際に時折、内側に刻印された【F-M】という文字が光を反射し輝いていた。

 そんな男の右手に握られていたのは柄頭が蛇頭形の剣。その剣はまるで何かの呪いを宿しているような禍々しさを纏っていた。

 そしてこの男と対峙していた男が一人。

 左耳で僅かに揺れる十字架のピアス。右手に握られていたのは赤と黒で彩られた鍔の無い太刀。そして黒いスーツパンツとワインレッド色のシャツを着た黒髪の背中。

 二人はそれぞれ武器を構えると、同時に動き出し武器を振り上げた....。


        * * * * *


 仕事を終え深夜の並木道を歩く六条優也。彼の冷え切った片手に提げられたコンビニ袋は歩くリズムに合わせ揺れていた。

 そして口元まで覆ったマフラーの隙間から呼吸に合わせて漏れる白い息がその日の寒さを物語る。そんな寒さからマフラーに加えスーツの上に着たコートで身を守っていた。


「また残業引き受けちゃったよ」


 ため息交じりで零れた愚痴からは彼の人の好さが垣間見えた。それに加え今まで一度も染めたことのない黒髪の清潔感ある髪型と整った顔に漂う少し自信なさげな雰囲気から彼の大人しめの性格が窺える。

 そんな優也は鼻歌を歌いながら自宅に向かっていた。しばらく歩き続けマンションに着くと階段など見向きもせずエレベーターに直行。目的の階のボタンを押すと疲れを吐き出すようにゆっくり息を吐いた。


「ふー。今日も疲れたなぁ」

 

 そう呟くと早く着けと言わんばかりに位置表示器へ視線を向ける。しばらくして到着の合図と共にドアが開くと、すぐにでも家に帰りたかった彼は開ききる前にエレベーターを降りた。そして少し早めの足取りでいくつかの部屋を通り過ぎると一番端のドア前で足が止める。。ここまでの間に取り出していたカギのおかげでドアはスムーズに開けられた。


「ただいまぁ」


 小さな疲れ声はあっという間に室内の暗さへと吸い込まれ消えていった。

 だがそんな日常には気にも留めず、玄関を上がって真っすぐリビングに向かい電気をつけると、ソファにジャケットと鞄を放り投げネクタイを緩めながら真っ先にカーテンを閉めに向かう。

 しかしそれは片側を閉め終えもう片側に手を伸ばした時だった。彼は視界の端で僅かな違和感を捉えた。気のせいだろうと無視することも出来たが、その違和感を確かめる為に彼は視線を向けた。

 だが彼の目に映ったのは予想すらしない光景。

 そこにはベランダで座り込む人影があった。帰宅しカーテンを閉めようとしたらベランダには座り込む人影がある。そのあまりにも奇怪な出来事が身に降りかかっているにも関わらず優也は不思議と冷静だった(というよりあまり理解出来ていなかっただけだ)。落ち着き冷静にその人影を観察していた。

 室内からのおこぼれのような光に照らされたその人影は黒のレザージャケットと黒のジップパーカー、その下に黒いインナー、下にはスラっとした脚のラインが分かる黒いスキニーパンツを穿いている。そして足にはショートブーツを履いているのがなんとか見えた。

 だが俯いた顔は光のおこぼれをもらえておらずよく見えない。しかし見た目から恐らく女性。その理由のひとつとして左脇腹に添えられているバングルを付けた手が細く綺麗で女性的だったからだ。

 だがそんなことより重要なのは優也が一人暮らしだということ。当然ながら家に他の人が居るはずもなくましてやベランダで誰かが座り込んでいるなど想像すらしたことのない出来事だった。

 そして現状を一つ一つ改めて理解していくうちに段々とこれが異常でありえないと言うことに気が付き始めた。その所為かハッキリと見えているにも関わらず見間違いだと言い聞かせ優也は人影を数秒見た後、一度顔を逸らしてみる。この時、幽霊という単語が思い浮かんだがそれは怖すぎると無理やり頭の隅に追いやった。

 そして一度逸らした視線を再び戻すが彼の双眸には同じ光景が映し出されていた。しかしまだ信じきれない優也は次に右頬を摘みゆっくり捻ってみる。


「いっつっ!」


 痛みを感じたことでようやく現実だと認めた。というよりは認めざるを得なかった。

 そして恐々としながら窓を開けしゃがむと肩へ手を伸ばしてみる。指先がジャケットに触れその感覚が伝わると少し手を引いてしまったが、すぐに肩を掴み軽く揺らしながら声をかけた。

 そんな行動を取りながら優也は意外にも終始冷静な自分に内心驚いていた。それは異常な現状ではあったが不思議と目の前の人物から恐怖の類を感じなかったというのもあるのだろう。


「あのー、すみません。あのー」


 だが返事がない。どうしようかと考えながら一旦手を離した優也だったが、引いた手と一緒に女性は人形のように一切抵抗せず倒れその体を彼は慌てて受け止めた。この時、中からの光に顔が初めてハッキリと照らされた。黒いショートヘアに透明感のある健康的な肌、両耳では十字架のピアスが揺れている。

 そしてそんな女性のクールな雰囲気の顔に赤色の液体が付いていることに気が付いた優也。

 そしてふと、先ほど彼女の手が添えてあった脇腹に目をやった。無意識なその行動に意味なんてない。

 だがその視線の先にあったのは、先程まで添えられていた手が(倒れる時に)ずり落ち露わになっていたその下に隠れていた血。

 しかもよく見てみると未だに彼女の体から血は流れ出し下の方には血だまりが出来ていた。インナーは傷口ができた時に破けたであろう部分を中心に血が滲んでいる。

 ここまで自分でも分からない冷静さを保っていた優也だったが、この血を見た瞬間、思考は一気にかき乱され驚嘆の声と共に尻もちをついた。放り捨てられるように床に倒れる女性の体。少しの間、訳が分からず少し固まっていた優也だったがすぐに我に返ると真っ先に女性を見遣る。そしてパニックになりつつも再び女性に近づき肩を軽く叩きながら必死で呼びかけた。もう既に彼の頭の中では目の前の女性が誰で何故ここにいるのかなど些細な問題でしかなった。


「大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!?」


 すると呼びかけに応じるかのように女性の体がピクリと動く。


「良かった、生きてる」


 死んではいないことに少しほっとしたが心臓は未だ強く脈打っていた。

 だがとりあえず少し冷静になった頭を回転させポケットからスマホを取り出すと救急車を呼ぼうとロックを解除。しかしそれを阻むように突然、ベランダの窓が大きな音を立て割れた。音に反応し顔を上げるとそこには人ではない《《なにか》》が立っていた。

 それは全身を覆う茶色の毛とそこら辺の物なら簡単に切裂いてしまいそうなほど鋭い爪。牙を剥き出しにした見覚えのある口は獲物を狩る肉食獣のように荒く呼吸している。それは人のように二本の足で立ち印象は違えど優也も良く知る動物――犬だった。

 突然入ってきたその人型の犬は優也を横目で見下ろしていた。今にも襲い掛かってきそうだった鋭い目つきで。


「なんだ人間か、わん」


 それは邪魔者を見るような目というよりは嘲笑うような雰囲気だった。

 だが今の優也にそんなことを気にする余裕はなく、スマホを落としあまりの恐怖で声すらも出せずにいるだけ。しかし同様に優也の反応など気にも留めていない人型の犬はもう彼に興味はないと言わんばかりに顔を逸らし辺りを見回しながら鼻で匂いを嗅ぎ始める。

 そして恐れおののく優也の横に倒れている女性を見つけ二ヤリと笑った。


「死んだか? わん」


 人型の犬が一歩足を進めると優也は反射的に左手を女性の方へ庇うように出した。それを見た人型の犬は立ち止まり再び鋭い目つきで睨む。今度は邪魔者を見るような目だった。


「その邪魔な手をどけるわん。人間」


 優也は返事をする余裕はなくただただ向けられる目つきに対して怯える目で見返すことしかできなかった。まさに蛇に睨まれた蛙。そして優也を睨みつけたまま人型の犬は目の前へ足を進めた。


「ならお前から死ね、わん」


 そう言うと片足を足裏が見えるまで上げ、突き出す。

 優也は足が突き出された瞬間、目を力強く閉じ顔を逸らす。同時に片腕で身を守るが、左手は彼女を守るように依然と伸びていた。

 そしてその状態のまま彼は長い人生の中であまり体験することのない「死」を確信する瞬間の中にいた。死の間際になると走馬灯として思い出を見ると言われているが、この時の優也も例外ではない。果たして彼はどのように二十五年という短い人生を振り返ったのか。

 しかし人生を振り返り終えても尚、顔には――それどころか体のどこにも痛みや衝撃の類はない。疑問を感じながらも恐々と目に入れた力を緩め、ゆっくり開いていくと、足は左から伸びてきていた手に受け止められていた。

 その状況に優也と人型の犬の視線は伸びた腕を辿りその右手の持ち主、倒れていた女性へ。だが女性はまだ俯いたままで手だけが自立して動いているようだった。


「やっぱり生き――」


 言葉を言い切る前に足を掴んでいた手は独りでに動き人型の犬を軽々と投げ飛ばした。宙を飛んだ人型の犬はまだ目新しい食器棚に体をぶつけられ綺麗に並べられた食器は容赦なく粉々に。

 すると自分の家の家具が無残にも壊れていく様を唖然としながら見ていた優也の横で女性が動き始めた。

 立ち上がった女性は真っ先に目を脇腹へ。だがもうそこに傷は無く、破けた服からはまだ血が残る綺麗な肌が顔を覗かせているだけ。

 一方、女性が立ち上がったのに気が付いた優也だったが、既に色々な事が起こり過ぎてもうすっかりと頭は混乱状態。

 そんな状況についていけない彼を突如、脇に抱え上げた女性は何も言わずベランダに出ると隣の建物の屋上まで一っ飛び。そのまま止まることなく次から次へと建物を移動していったかと思うと広めの屋上で立ち止まった。

 すると優也を捨てるように降ろした女性は、片手を顔に当てると急にふらつき体勢を崩して片膝を付いてしまった。恐る恐ると心配の入り混じった状態で優也は、俯き歯を食いしばった女性の横顔を覗き込み肩に軽く手を乗せた。その時、唇からは普通より少しだけ長めで立派な犬歯が顔を覗かせているのが見えた。


「大丈夫……ですか?」


 優也の声に横顔が彼の方を向くと凛とし気の強そうな双眸と目が合う。

 だがその時、どこから飛んできたのか突然二人の体にプラズマエネルギーのようなもので出来た紐状のものが巻きつき体を拘束してしまった。

 そしてあっという間に身動きが取れなくなった彼らの後ろから声が聞こえた。


「どうだ? 俺ら犬族けんぞく紐縛じゅうばくわ? わん」


 そこには野球ボール程度の丸い機械を持った先ほどの人型の犬の姿があった。

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