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第3話:新しい生活

玄関の扉を開くと、外には清々(すがすが)しい朝の光景があった。

天気は快晴。

高校生活の始まりの日にふさわしい朝だった。


「渚、行くか!」


「うん!ぁ・・ぇと・・行ってきます〜〜!!」



今日は、俺と渚がこれから通う、神奈川県立聖立(せいりょう)高校の入学式だ。

入学式には、俺の両親、そして渚が今まで一緒に暮らしていた、渚の母方の祖父母が来てくれる。今日のために、昨日飛行機で兵庫から神奈川まで来て、聖立高校の近くのホテルに一泊しているのだと聞いた。



俺たちの新しい家は、新築ではないが一戸建てで、前に人が住んでいた期間はたった4年だったということもあり、白くぬられたコンクリートに特に目立つ汚れもなく、外観はとてもきれいだった。

家の中もピカピカで、気持ちよく引っ越してくることができた。

聖立高校は、その家から徒歩20分程の距離にある。


通学路を渚と2人で歩くのは初めてだった。

緊張して、お互いあまり会話もしないまま高校に到着した。


「着いたな」

「うん・・・」

「緊張してるのか?」

「うん、ちょっとね」

「クラス・・・一緒だといいな」

「え・・・?あ、うん・・・!!」


昇降口までいくと、クラス発表のされたプリントが、全部で10枚―――10クラス分、入口のドアにセロテープで止められていた。

俺と渚は一緒に、左から順に一枚ずつプリントを確認していった。

そして7枚目にさしかかったとき、


「「あった!!」」


俺と渚の声が重なった。


俺と渚は、同じ7組だった。



「雄輔と同じクラス・・・??」

「だな。」

「うわぁ・・・嬉しい・・・!!」

「あぁ、俺も。」

「良かったぁ〜!!!」


まさか渚と同じクラスになれるとは思っていなかった。

全部で10クラスもあるのだ。

まぁ、そのうち1組は数理コースで、10組は英語科のクラスになるので、普通科の普通コースは2組から9組までの8クラスということになるのだが。


渚と同じ空間で、同じ授業を受けることができる。

その時間を渚と共有することができる。

そう考えただけで、俺の高校生活はきっと充実しているだろうと思った。

しかし、同じクラスに渚がいるとなると、俺たちの関係はすぐに周りにバレてしまうだろう。

どう対処するべきか・・・。


いろいろと考え事をしていると、後ろから、トン、と軽く肩を叩かれた。

「はぃ」

少し驚いて振り向くと、そこには、黒いスーツを身にまとい、黒い縁のメガネをかけ、黒のハイヒールを履いた、黒いショートヘアーの女性が立っていた。

この学校の教師だろうか。

「あなたが・・・」

その見知らぬ女性は、観察するように俺の顔をじろじろと見ていた。

「あの・・なんですか?」

俺が尋ねると、女性はチラリと渚を見てから、また俺に向き直り言った。

日比谷雄輔(ひびやゆうすけ)くんね。」

「・・・そうですけど。」

俺がそう答えた瞬間だった。

隣に立っていた渚が、急にガクンと膝から倒れた。

「渚ッ!?」

「はぁッ・・はぁ・・」

渚は過呼吸の状態だった。

「渚!?落ち着け!大丈夫だ!!」

俺はすぐにしゃがみこみ渚の背中をさすった。

周りにいた新入生が、渚をみて保健室に先生を呼びにいってくれた。

そのおかげで、すぐに先生がやってきて渚の呼吸も落ち着いた。

気付いたときには、黒スーツの女性の姿はなかった。

なぜ自分の名が知られていたのかは気になったが、渚のことで頭がいっぱいで、そんなことはもう忘れていた。

ここの教師であれば、いずれまた会うことになるだろうと思っていた。



それから渚は少し保健室のベッドで横になることになった。

俺は渚に付き添い保健室に行った。

そして、ベッドに横になった渚の隣においてあった椅子に座り、渚に話しかけた。

「渚、もう平気か?」

「うん・・・もう大丈夫。なんか心配かけちゃってごめんね。」

「それなら良かった。てか、急にあんなふうになることとか、前にもあったのか?」

渚は少し考えてから言った。

「たぶん・・・ないと思うけど。うん、私が覚えてる限りでは初めて。」

「そうか・・。」

―――キーンコーンカーンコーン・・・

予鈴がなり、保健室の女の先生に声をかけられた。

「そこの男子生徒〜。名前、なんていうの?」

先生は机の前から立ち上がって渚の寝ているベッドに近づいてきた。

「あ、日比谷です。」

「そう、日比谷ね。そろそろ教室行っといで〜!白水(しろうず)さんのこと心配なら、休み時間にまた来てあげなさい。」

先生の胸には、田神と書かれた名札がつけられていた。

「わかりました。」

「それで、あなたと白水さんって・・・付き合ってるの?」

先生は、俺と渚の顔を見てにやにやしながら言った。

「え!?な・・」

渚はベッドの上で赤面していた。

「あら。図星みたいね。」

そう言って先生は満足そうな笑顔をみせた。

「いやいや・・・っ」

「大丈夫!秘密は守る女よ!!」

「いや、そういうことではなくて・・・」

俺と先生がそうこうしている間、渚はずっと顔を赤くしたまま黙り込んでいた。


「じゃ、渚。また後でな。」

「うん、ありがとう。」

そうして俺は保健室を出た。

ドアを閉めたあと、中から先生と渚の話声が少し聞こえた。

「で、白水さん。ほんとのとこどうなの?」

「え!?えっと・・・」

渚が恥ずかしがっている顔を目に浮かべながら、俺は教室へ向かった。


校内はまぁまぁきれいで、教室にはエアコンも配備されていた。

「へぇ、クーラーつくんだな。」

席について独り言を言っていると、隣に座っていた男子生徒から声をかけられた。

「よ〜」

そいつは茶髪で制服の着こなしもなかなかのもんだった。

いわゆるヤンキーなのだと一目でわかった。

俺は真っ黒な短髪で、「優等生」というわけではないが入学初日から髪の色を変えてくるようなことはしなかった、

クラスのやつらを一通り見まわしたが、あからさまな茶髪はそいつだけだった。

「おぅ。」

こいつ、このクラスでつるむ奴いんのかな・・・とか考えながら軽く返事をした。

「お前、中学どこよ?」

「あー、俺、兵庫から来たばっかなんだよ。」

「兵庫?俺の友達で兵庫に行ったやついた〜!」

「そうなんだ?」

「お〜!!」

そいつと話してみると、その友達っていうのが偶然にも俺の隣町の中学のやつで、兵庫に遊びにきたこともあるらしくて、話が合った。

「お前〜、名前は?」

「日比谷。」

「俺、夏樹!」

「上が?下?」

「村上夏樹!」

「村上ね。」

「夏樹でいいって!!」

「いや、村上で。」

「なんで!?」

「なんでって・・・」

俺は、神妙な顔つきで言った。

「村上じゃ不服か?」

「うん!」

「夏樹って呼んでほしいの?」

「うん!」

「お前・・・ホモか。」

「うん!って、ちっげーーーーよッ!!アホか!!」

「お前がな。」

「あぁ!?」

「お前、おもしれぇ〜なぁ〜!!」

「あぁッ!?」

村上とは出会ってすぐに仲良くなった。

今までつるんだことのないタイプだったが、悪い奴じゃなさそうだ。

見た目とは打って変わって、ドМなやつなんだと悟った。


入学式が終わって、村上としゃべりながら教室に戻ると、渚の姿があった。

「渚!」

渚が振り返って笑顔を見せてくれた。

「雄輔〜」

村上が過敏に反応した。

「え!?何!?渚!?誰!?彼女ッ!?!?」

「あぁ〜?さぁね〜。」

「はぁ!?ちゃんと説明しろよ〜〜っ!!」

「あぁ〜?俺に彼女いたら、お前になんか不都合でもあんのか〜?」

「えぇ!?マジで彼女!?!?」

「お前・・・」

「うん?」

「やっぱホモか。」

「だから違うって!!てか!!ホモだったとしてもお前を好きになんかなんねーーーっ!!」

「あー、はいはい。」

「ちゃんと聞け!!」


村上のわめき声を隣に聞きながら、渚に歩み寄った。

「渚、もう大丈夫なのか?」

「うん!入学式の途中から体育館行ってたよ!」

「そかぁ。気付かなかった;;」

「もう大丈夫だよ!元気〜!!」

「良かったぁ〜」 

「あの・・・お友達?」

渚が村上を見ていった。

村上は、まってましたといわんばかりにしゃべりだした。

「うん!!そーそー!!雄輔の友達!!で、村上夏樹っての!!よろしくね渚ちゃん!!あ、渚ちゃんて呼んでいぃ?え、ていうか雄輔の彼女なの!?こいつに聞いても聞き流されちゃってさぁ〜!!ねぇ、渚ちゃん、渚ちゃんは・・・うぉッ!?」

「うるさい。」

俺は村上の頭を軽くなぐった。

「いってーーーー!!」

さらにわかったことだか、村上は無駄に声がでかい。

おかげでクラスメートのほとんどの視線が俺達にそそがれていた。

「いてぇよ〜〜っ!!」

「お前、声でけぇ。」

「だからって殴らなくていーんじゃないですか!!」

「はいはい。」

「てめぇーーー!!」

俺らのやりとりをみて、渚は笑っていた。

「あははは!村上くん、面白いね!」

「え、そう!?あは♪ありがとう♪」

「お前・・・女もアリなのか。」

「いや、女の子だけだよ俺は!?勘違いしないで!?!?」

「はいはい。」

「おぃ〜〜!!!」

「あはは!あ、あたし、白水渚です。よろしくね、村上くん!」

「え!?あ、うん!!夏樹でいいよ!!よろしく渚ちゃん♪」

「お前。渚は駄目だぞ。」

「ん!?やっぱ・・・2人って付き合ってるのかぁーーーっ!!!!」

「・・・」

むろん、クラス中がこの言葉に注目していた。

そうして初日早々、俺と渚のことはクラス中に知れ渡った。


帰り道、俺と渚が一緒に帰ろうとしていると、村上が寄ってきた。

村上も通学は徒歩で、家も俺たちの家からそう遠くない距離にあるらしい。

騒がしい高校生活になるな・・・と、少し鬱になりかけたが、その反面、こんなやつとつるんでみるのも悪くないかもしれないと思っていた。


結局3人で下校した。

「つか、村上さぁ〜」

「ん?なになに?」

「俺と渚のこと・・・しばらくは秘密にしとこーと思ってたのに。」

「え?何?俺のせい!?」

「当たり前だろ!!お前はいちいち声がでかいの!!」

「えぇ!?マジ!?あ、でもほら!これで渚ちゃんにへんな男が寄ってこなくなるんじゃない!?」

「あぁ、お前みたいなな。」

「俺ですか!?俺はそんな男じゃねぇ〜よ!!なぁ、渚ちゃん!!」

「え〜?どうだろ〜・・・??」

「ほら、渚も嫌がってるぞ。」

「渚ちゃーーーーーーん!!!!!」

「お前ッ!それ以上渚に近づくなぁ〜!!」

「あらら〜嫉妬しちゃってまぁ〜。大変な彼氏さんだね〜〜」

「あはは〜;;」

「村上〜!」

「うわ!暴力反対〜〜〜〜〜!!!!!」


渚と村上と3人で笑いながら帰った。

村上とは途中で別れて、渚と2人きりになった。


「渚。」

「うん?」

「手・・・つないでいい?」

「・・・ぅん。」

そうして繋いだ渚の手は、白くて小さくて、とても温かかった。


「渚、ちょっと寄り道していいか?」

「うん、いいよ〜」

「良かった」

「どこに行くの?」

「ちょっとね。」

寄り道して渚を連れていきたい場所があった。

家から少し離れたところにある桜並木。

500メートル程続いていて、今が満開だった。


「うわぁ・・・」

「どう?」

「雄輔が来たかったところって・・ここ?」

「うん♪」

「凄い・・・キレイ・・」

「渚に見せたかったんだよ。中学の卒業式のときみたいだな・・・」

「うん、そうだね」


中学の卒業式の日も、兵庫の桜が満開だった。

仲間と別れるのはとても悲しかった。

中学のときの仲間たちは本当に最高だった。

皆、高校はばらばらになるといっても、地元は変わらないから会おうと思えば会える距離だ。

だが、俺と渚のように引っ越してしまうと、もうしばらくは会えない。

だから本当にさびしかった。

卒業式の後、特に仲の良かったグループで集まって、俺と渚を送り出す会ってのをやってくれた。

みんなと別れるのは寂しくてしょうがなかった。

別れは悲しい。

俺は、その時に出会いは大切なんだと思った。

別れの瞬間は覚えている。

きっと、これからも中学の卒業式のことは覚えていられると思う。

だけど、その仲間たちと最初に出会ったときのことは正直覚えていなかった。

その中で一番の親友だったやつとは、幼稚園からの付き合いで、最初に交わした言葉や、最初に出会ったときのことなど覚えているわけもなかった。

小学校からの付き合いのやつとの出会いも、中学からの付き合いのやつとの出会いも、思いだせなかった。

なんとなく知り合って、なんとなく一緒に過ごして。

きっと、出会いなんてちっぽけでなんでもないことだったんだろうと思う。

でも、そこから全てが始まったんだ。

あのなんとなくで生きた、最高な日々が・・・。


中学のときのことを思い出すと、なんだか泣けそうになった。

あの頃に戻れたらいいのに・・・なんて考えてしまう。

まだまだガキなのだろうか。

それか、もっと大人になったら、もっと戻りたいと、そう願いながら俺は生きていくのだろうか。


人との出会いって、ちっぽけなわりにかなり重要なんだよな。きっと。

これから先の出会いは大切にしたいと思った。

引っ越してきて、環境も変わって、これからは新しい出会いばかりの毎日だ。

そのうち、こんなこと考えもしなくなるんだろうけど。

今はただ、この思いを忘れたくないと思った。

大人になりたくない・・・なんて思ってた。

今が幸せだから。


「なぁ、渚。」

「うん」

「お前は・・・今、幸せか?」

「どうしたの急に?」

「いいから」

「うん・・・幸せ。とっても。」

「そっかぁ・・・良かった」

「どうしたの〜?」

「いや、何でもないけど」

「なんか雄輔が変!」

「そう?」

「うん!!」

「はぃはぃ。」

「も〜!!」


桜の花びらが渚の頭のてっぺんに落ちた。

花びらをとってやろうとして、髪に触れた。

黒くてツヤがある、さらさらのショートヘア。

指をおくと、するりと通りぬける。

しばらく無意識に渚の頭をなでていた。

「雄輔?」

名前を呼ばれて我に返り、渚の頭から手をどけた。

「あ、ごめん!」

「ううん、いいよ」

俺は、もう一度渚の頭をなでた。

「俺もさ、幸せだよ。お前がいてくれて。」


渚と桜を見ながら、俺は、大人になったときのことを考えていた。

まだちゃんとした大人になれるかどうかもわからない。

だけど、俺には夢がある。

渚と結婚して、幸せにしてやること。

渚の幸せが俺の幸せ。





そのときの俺は明るい未来に胸躍らさせていた。

幸せしか感じていなかった。

高校生活の始まりに、ただ充実感をいだいていた。




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