第1話:約束
人混みの中、隣にいたはずの彼女――渚がいなくなっている。
―――渚・・・??
前方に渚の後ろ姿が見えた。
―――あ・・・渚・・・おぃ!!渚!!
渚は俺の声に振り向きもせずに行ってしまう。
―――渚!!渚!!
渚が・・・渚が行ってしまう・・・。
待ってくれ・・・お願いだから行かないでくれ・・・!!
「渚ぁーーーーーっっ!!!!」
ドタッ
――痛ッ!?
「雄輔!?」
ベッドから落ち、夢だったのかと気づきホッとする。
「雄輔大丈夫!?」
「あ・・・あぁ。おはよう。」
「うん、おはよう。」
そうだった。
今日から渚と一緒に住み始めたんだった。
一緒に・・・といっても、二人きりでというわけではない。
渚が俺の家で一緒に暮らすことになったのだ。
渚は5歳のときに交通事故で両親を亡くし、祖父母の元に引き取られた。
そのときのショックで、渚は記憶喪失になってしまい、両親の記憶が全くないんだと言っていた。
俺が渚と出逢ったのは小学校に入学した年だ。
小学校の間は6年間同じクラスで、渚は俺の初恋の人。
いつから好きになったのかはよく覚えていないが、初恋が実ったのは小学校5年生のときだ。
学校行事のキャンプの夜、俺と渚は宿舎をこっそり抜け出して2人で星空を眺めながら約束した。
―――いつか結婚して、幸せな家庭を築こう―――
渚は祖父母の家で育てられてとても幸せだったと言っていた。
おじいちゃんもおばあちゃんも優しくて、毎日楽しいんだよ、と笑顔で話してくれた。
ただ、両親との思い出がないために、お父さん、お母さんという存在がどういうものなのかはよくわからない、と言って渚は寂しそうに笑っていた。
そのときの渚の表情をみて、俺は、渚に家族の温かさを教えてやりたいと思った。
俺がきっと渚を幸せにしてやるんだと、そう決めた。
高校受験の少し前に、俺の父親の都合で神奈川へ引っ越すことになり、渚にその話をすると「どうしても一緒に行きたい」と言っていた。
俺たちが前に住んでいたところは兵庫で、引っ越すとしばらく会えなくなるのがお互い寂しくて、渚と一緒にお互いの家族に、2人で暮らしたいと説得した。
その結果、それはまだ早いしいろいろ不安があるから、俺の家で一緒に暮らすのがいいんじゃないかという結論になった。
そのとき俺はまだ14歳だったが、渚の祖父母に、渚と結婚させて下さいとお願いした。
俺が本気だということが伝わったのか、快くOKをもらうことが出来た。
受験では俺も渚も同じ神奈川の公立高校に合格し、今年から一緒に高校に通うことになった。
渚にはまだ正式なプロポーズはしていないのだが、高校卒業して、俺が18になったら、すぐにでも籍を入れたいと俺は考えている。
引っ越しが決まったときは、どうしたらいいのかわからずかなり悩んだが、こうして渚が一緒にきてくれることになって嬉しかった。
渚のそばにいてやれることも、渚がそばにいてくれることも、本当に嬉しい。
ベッドから落ちたことを心配してくれた渚の明るい表情を見ながら、俺は最高に幸せを感じていた。
―――そしてその幸せが、ある日突然消えてなくなるかもしれないなんてことは、考えもしなかった―――