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色なし魔法士は今日もご機嫌  作者: 橘中の楽
色なし魔法士は主席魔法士のお世話役
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5の十三 明かされる真実

「話し合いが終わったならこっちの状況も整理しましょう。」


ひどく落ち着いた様子の女王にライラは違和感を覚えた。

先ほどまで「ライラを殺せ」と感情的に叫んでいた人物と同じだとは思えない。

シリルも怪訝そうな顔である。


ジョシュアだけは「そうだな」と女王に応じた。

その瞬間ジョシュアからふっと赤の魔力が湧き上がり…キラキラと瞬いて消えた。

女王はその魔力を懐かしげに見ていた。

すぐにキリッとした顔に戻ったが。


「我々はグレイトブリテンの黒竜さまに関わる人物に手を出した。ーーーそれで赤竜さまの怒りをかった…その解釈で間違いない?」


女王の問いにーーージョシュアがうなずく。

傍系王族からは「そんな!」「なぜブリテン王族が赤竜さまのことを知っている?」などという声が聞こえてくるが女王は取り合わなかった。

彼女の強い眼差しは一つの嘘も見逃さないとばかりにずっとジョシュアを見つめたままだ。


「赤竜さまはなんと?」


女王の問いにジョシュアは少し考える仕草をした後で…首を振った。


「起こらなかった未来を語るつもりはない。…赤竜さまとフェルの尽力でブリテンとプロイセンは守られた。ーーー必要な事実はそれだけだ。」


ジョシュアの答えに女王がそう、と頷いた。

そこで無視されることが我慢できなかったのか、傍系王族がジョシュアの前に走り出てきた。

しかし、口を開く前に…なぜか背後にいた女王から「ドカン!」と音を立てて攻撃されていた。


うぐう、と呻き声を上げてうずくまるマスキラ。

責めるように女王を見るがーーー彼女は心底嫌そうに傍系王族を見た。


「…これ以上罪を重ねるな。庇ってやれなくなるだろうが。」


女王の言葉に傍系王族のマスキラは驚いたように目を見張り…すごすごと退散して行った。


ライラはジョシュアに支えられた状態で自分の前に立つ女王をずっと見ていた。

彼女の顔は覚悟を決めた人間の顔になっていた。


ジョシュアは黙って女王を見つめている。


「赤竜さまに見捨てられ、他国の要人の暗殺未遂まで犯した我が王家は…消えた方がプロイセンのためであると妾は思う。」


女王の言葉にジョシュアはピクリと眉をあげた。

傍系王族が再び立ち上がったところでーーー「待ってください!」とシリルが声をあげた。


「待ってくださいよ…女王、あなたはまるで自分を死刑にしてくれと言っているように聞こえます。」


シリルは青ざめている。

目も合わせている。女王はそんなシリルを見て…呆れ顔になった。


「あれだけ顔をあげよと念じても届かなかったというのにお前は…。まあ良い、ギリギリ間に合ったしな。シリルは間違っていない。今ならまだ妾の首一つで間に合う。ーーーシャーマナイト殿、そうではないか?」


話を振られたジョシュアは首を振った。


「わたしは外交のことはわからない。ーーーでも、何も死ななくても良いのではないかと思う。」


ジョシュアの答えに…女王は苦笑いになった。


「どこまでも甘いのう。シャーマナイト殿下は。…強さゆえの優しさかもしれんが、これはけじめだ。ライラック殿の魔獣…しかも竜証が出ている魔獣に手をかけた。なんの処罰もなしではブリテンの魔法使いが納得しないであろう?それに、妾がいなくなるのはプロイセンのためでもある。」


女王の言葉にシリルはギョッとした顔になった。


「プロイセンのためというのはどういうことだ?」


ジョシュアは無表情のままで問うた。

女王は即答する。ーーーまるでこの問答を予想していたかのように。


「…赤竜さまから見捨てられている王家は滅びるべきじゃ。シリルが我が国ではなく異世界から連れられてきたときから感じていた。赤竜さまは今の国にやり直しを命じられたのではないかと。そして…シリルに王になって欲しいのではないかと。」


シリルが「ヒッ」と喉を鳴らした。

真っ青になったシリルを見てーーー女王が優しく笑った。


「シリルは気が大きい方でもない。平和な世から来てプロイセンの王などという物騒な地位につけというのはあまりに自分勝手に思えた。だから妾なりに自分が国を支えようとした。ーーー空回りしてばっかりだったが。」


はあ、と女王がため息をつく。

ライラは微妙な顔になっていた。

プロイセンのためと言って命を狙い続けられたのだ。女王の境遇に同情はすれど、許す気には到底なれないのであろう。


女王の独白は続く。


「ついに赤竜さまが隣国の王子に助けを求めたと聞いて…さらにその王子が我が国も支えてくれそうなくらいに懐の深そうな人物であることを知って…妾は決めた。シリルに国を譲ろうと。」


そのためには王家は邪魔だ。女王はキッパリと言い切った。


何か言いたげなシリルを片手をあげるだけで制した。

その仕草はどう見ても彼女が王だった。


「千年近い歴史を持つ王家だ。ーーー妾がいくら望もうとそうそうシリルに王座を譲ってやれない。うるさい連中も山ほどいる。だから、妾は悪役になることにしたのだ。魔法使いや国民が納得できるように。…シリル、お主は我らが暴走している間に手を回してブリテン王族をなんとか説得、今後の赤竜さま加護取得の協力を取り付けたということになっているからそういうつもりで振る舞いなさい。」


シリルは呆然としている。

その時に女王につかみかかるものがいた。

傍系王族の一人だ。

すかさず前に出たジョシュアが容赦なく打ち払っていた。


地面に倒されたフィメルは憎しみのこもった顔で女王を見上げた。


「勝手に決めてるんじゃないわよ!何が協力を取り付けたよ。異世界の魔法使いよ。私たち王族が一番に決まってる…「最後くらいいうことを聞かんか。」


ヒステリックに叫ぶフィメルをーーー女王が呆れたように遮った。


「お前らは本当に余計なことばかりした。王族の血を根絶やしにしかけて妾のような血が薄い人間しか残らない状態にしたし、シリルにも散々嫌がらせ。隣国の黒竜の加護継承という最も手出ししては行けない儀式にも手を出した。…本当に最後くらいいうことを聞きなさい。」


女王は近くにいた騎士に目配せして倒れ込んだままのフィメルを下がらせた。

そして再びジョシュアに向き直る。


「妾のサークルストーンはグレイトブリテンに献上する。それをもって今回の騒動を不問としていただきたい。」


ジョシュアはしばらく無言だったが「王に確認してくる」と言って魔力通話を取り出し人気のない方に歩いていった。


話がやんだのを見てシリルが女王にすがりついた。


「他に方法はないんですか?ジョシュアもパーシヴァルも甘ちゃんだから説得できますよ。俺も一緒に読みますから、他の手を考えましょう?」


しかし女王はシリルを優しく見下ろしーーー首を振った。

そしてシリルを立たせる。


「ーーーこのような混乱した状態で責任を押し付ける形になって本当にすまない。…傍系王族はあれでも赤竜さまの加護を継いだ血だ。思う存分こき使ってやってくれ。」


シリルは呆然としていたが…女王と傍系王族を見て困った顔になった。


「ーーー俺に異世界の野蛮人って言ってくる方々がいうことを聞いてくれるとは思えないのですが。」


眉をハの字にして女王を見つめるシリル。

しかし女王はニヤリと笑った。


「王族は解体するから心配せんで良い。妾の遺書にそう書いておいた。ーーーあいつらは王族ではなくなる。」


女王の声色は落ち着いたもので…決意が硬いのだというのは誰の目にも明らかだった。

シリルだけが「でも、他に方法が…。」と言い続けている。

女王はそんなシリルを名前を呼んで遮った。


「シリル。ーーー妾の名前が後世に残るか、どのような形で残るかはお前次第じゃ。…妾の一番の臣下なら、わかっておるな?」


シリルは聞きたくないとばかりに首をふる。

赤い瞳からは透明な滴がいくつもこぼれ落ちている。

それでも、女王は優しくシリルを見つめ続けた。


女王の視線に根負けしたようにーーーシリルが口を開いた。

表情は暗い。

現実を受け入れたくはないが…彼に、女王は託すと言っている。

逃げることなど許されないのだ。


「俺に赤竜さまの加護継承を成功させて、…全て終えた後で事件の裏の真実を歴史に残せと言っていますか?」


女王はよくできましたとでも言いたげに笑った。


「お主は優秀じゃ。プロイセンの王に一番必要な魔法使いとしての才能もピカイチだしな。ちょいと自信が足りぬがそんなものは場数を踏めばどうにでもなる。ーーー妾は愚かな暴君として語り継がれるのは絶対にごめんじゃ。くれぐれも頼んだぞ?」


シリルの両眼からは壊れた蛇口のように涙が溢れ続けている。

「いやだ、置いて行かないでくれ」と繰り返す声は震えており悲壮感に満ちていた。


ライラまで泣けてきた。どうして皆自分の命を使いたがるのか。


ジョシュアが戻ってきた。女王と目が合うとひとつうなずく。許可が取れたようだ。


女王はふっと笑って…カバンから銀色に鈍く光る短剣を取り出した。

心臓に当てる。

シリルが悲鳴をあげた。


そんなシリルを見てーーー女王は泣きそうな顔で笑った。


「サークルストーンさえ残してやれずにすまない。」


ズグンと鈍い音を立てて女王の胸に短剣が食い込んだ。

身体の中心へ向け魔素が集まっていく。

カクリと力が抜けた。ドレスに縫い付けられた魔石がシャラリと音を立てる。 


ふらりとかしいだ体をシリルが受けとめた。


ーーーうわあわああわああああああ!


シリルの慟哭が響き渡った。



二月十五日。

一人の王と一体の魔獣が亡くなり…プロイセンには新たな王が誕生した。



世界中の魔法使いに衝撃が走った。

二月十六日の記事には新たな王の誕生と…ブリテンの黒竜の儀の準備が整った旨が掲載されたためだ。


フェルから受け継いだ「黒竜の器」の役割によって正真正銘黒竜の儀の関係者になったライラ。

しかし、ライラは夜になって学園へと押し掛けてきた記者に囲まれても一切表情を変えることがなく…ミシェーラやデニスは心配そうにライラを見ていた。

ライラは誘拐されさらに次々に衝撃的な出来事に立ち会ったせいであろう。

疲労のせいか記者たちの前で倒れた。


パーシヴァルとレイモンドに連れられて特別寮へと送り届けられる途中で目を覚ましたライラは、ずっと肩を貸してくれていたパーシヴァルから慌てたように距離をとった。


「支えてくれなくて大丈夫ですよ。フェルがいるから…」


言った瞬間ライラは自分の過ちに気が付いたのだろう。

「あ、フェルはもういないんでしたね。」と寂しげに呟いた。

痛ましそうな顔になった二人。


「寂しいなあ。」


ライラの声は湿っていて…聞いている方が泣きたくなるくらいに切なさを含んでいた。


パーシヴァルたちに連れられ、自室に戻ったライラ。

ライラの机の上には大量の魔法陣の紙束と薄い冊子が置かれていた。

フェルの遺した魔法陣と日記だ。

吸い寄せられるように机に近づいていくと日記の方を手に取った。


薄い冊子をパラパラとめくりーーークスリと笑うライラ。


「フェルが遺していった日記…見ちゃダメなんていうから何か大事なことが書かれているのかと思ったら、自分の食べたものばっかり書いてあるんです。あとはわたしの体調…今日は腹出して寝てたからとか…お母さんかよ。」


ほら、見てくださいなどと明るく言って見せるライラ。

パーシヴァルは複雑な顔で言う。


「自分がいなくなった後でお前が少しでも寂しくないようにって。フェルは言ってたよ。」




フェルの魔法の影響で魔力がかなり動かしづらくなったライラ。


しかし時の流れは止まらない。

ライラは悲しみもそこそこに卒業試験の準備に追われることとなった。


プロイセンで起こった悲劇は学園中が知るところであったが、「すべては解決した」というジョシュアの発言もあり卒業試験は予定通り二月二十日に行われた。


デニスやミシェーラに励まされながら迎えた卒業試験。


開始一時間ほどでパーシヴァルチームの勝利宣言が流れる。

「さすがだねえ」ライラが笑う。デニスとミシェーラも呆れながらも誇らしそうな顔だ。…パーシヴァルが規格外なのは皆がわかっていることだ。


パーシヴァルの主席卒業が決まったのだ。

以前出会ったら大騒ぎしそうなライラだが…口元を少しだけ緩めただけだった。

笑うことがめっきり減ったライラをデニスとミシェーラは心配している。

何か言いたげな二人の視線には気が付きながらも…ライラは「ほら私たちも頑張ろう!」と明るく言って見せた。


二人の心配をよそにライラはクルミとともに淡々と試験課題をこなしていった。


「俺が魔石全部取ってくるよ。」


デニスはそう言って走り出そうとしたがライラに止められている。


「私たちの姫をデニスは守って。ーーークルミ、上位魔獣十体くらい余裕だよね?フェルはやってくれたよ。」


フェル、という単語を聞いただけで涙がこぼれて仕方なくなるというクルミはボロボロと泣きながら…それでも姿を消せるという最大の強みを生かしてあっという間に魔石を集めてきた。


「フェル…フェル!」と泣きながらクルミが集めてきた魔石が黄色ばっかりであったため、ライラは微妙な表情になっていた。


「…フェルを倒したみたくなるから名前呼びながら魔石にすがりつくのやめろよ…。」


デニスがクルミを摘み上げたが、クルミは「うわーん!」と泣くだけだった。


ミシェーラが「私の出番ね!」と立ち上がる。

ミシェーラは器用に建築魔法の模型を作り上げる。

ミシェーラの手つきは淀みがない。毎日寮で練習していたとかでデニスに手伝いも拒んでいた。


「その素敵な筋肉と魔力は邪竜との戦いにとっておいて頂戴。」


ミシェーラはデニスの目でなく足や腕ーーーまあ要するに筋肉を見ながらそう宣言した。

「ブレねえ」とデニスが引いた目で見るも全く気にした様子はない。

ミシェーラが作ったのは黄色と白を基調にした…学園の特別寮とそっくりの建物だった。


「素敵な筋肉がない私は魔力を提供するよ。」


ガラスのような瞳のままで…それでも冗談を言ってみせるライラ。

宣言通りミシェーラが持っていない青属性の魔力をクルミに指示を飛ばして流し込んでいく。


建物はあっという間に完成した。


ミシェーラも魔力は多い。しかも彼女の出番はこの建築魔法のみ。

ものすごく気合を入れて魔法陣を起動したようだ。


建物が立った瞬間、眠るように気絶して慌てた手を差し出したデニスに支えられていた。


ライラはミシェーラをデニスに任せ、急いで建物を駆け上がった。

そしてとっさに駆け込んでいたのは自室の場所だった。

三階の右から三番目の位置からクルミに指示を出してイアハートの作り出した邪竜へと攻撃を加えていく。

デニスが準備オッケーの合図をしてきた。

巻き込まれぬように窓を閉める。シールドも貼った。ダイヤモンド構造のシールドもこのために練習したのだ。自分一人守るだけならライラにもできるようになっていた。


デニスが最後の一撃を放ったことで終わりを迎えた戦い。


デニスは特に疲れた様子もなく三階へと跳躍して窓を突き破り…ライラを抱き上げた。

気絶した後にデニスが魔法薬を飲ませたのだろうか。

いつの間にか目を覚まし、駆け寄ってきたミシェーラもライラを抱き上げているデニスにギュッと抱きついた。


[デニス=ブライヤーズ、ミシェーラ=ビリンガム、ライラック=ガブモンド…討伐成功!順位は二位だ!]


アルフの声が三人の耳にも入る。

顔を見合わせあってほっとしたように笑う三人。

抱き合って喜び合う様子が遠隔モニターへと映し出された。

見学に来ていたダスティンはデニスに抱きつくミシェーラを見て青筋を立てていたとかいないとか。


成績はパーシヴァルチームの次。

つまり次席での卒業だった。


色なし史上初の快挙と話題になったライラの成績。

しかし、一度たりともライラの表情に喜びという感情が乗ることはなかなった。

瞳に魔素が流れることも無くなった。


「側近候補が次席卒業ですよ!お祝いの言葉くらい送ったらどうです?」…とオズワルドにせっつかれたらしいジョシュアがライラを王宮へと呼び出してもライラは作り笑いを浮かべるだけだった。


ジョシュアはそんなライラの表情を見て…後ろに立っている秘書のアイリーンへと向き直った。


「次の予定は?」


突然話を振られたアイリーンだが特に動揺も見せずに「三時間後の大臣との面会です」と応えた。


ジョシュアは「そうか」と言って立ち上がりーーーなぜかライラをひょいと抱え上げた。


「…竜舎へと行ってくる。」


ジョシュアは唖然とする皆を置き去りにして窓から飛び降りた。

「ひゃあああああ!」というライラの悲鳴だけが聞こえてくる。

オズワルドが頭を抱えていた。護衛のパーシーは焦った様子で部屋から走り出ている。正しい道順で竜舎へと向かうようだ。


人間離れしたスピードで王宮ないを移動したジョシュアは…黒の真四角な建物の前でズザザザという音を立てて止まった。

竜舎の建物はジョシュアが魔力を流すとぐにゃりと歪んで入り口を作った。


ジョシュアはスタスタと中へ入り…飛び回る竜達にパン!と魔力弾で合図をした。

そこでようやく下されたライラ。


ライラは戸惑ったようにジョシュアを見るも…ジョシュアは何も言わない。

ただ、飛竜を見つめている。


ライラも説明を求めるのをやめたのか、ジョシュアの横で同じように空を見上げた。


「ーーー綺麗ですねえ。」


しばらくしてライラが言った。

ジョシュアが「そうだな」と同意した。


ーーージョシュア様なりに気遣ってくれたのかな?わたしが飛竜が好きなのを知って。


ライラは情けない気持ちになった。

フェルはライラの命を繋いでくれた。

残された時間は多くない。

下を向いている暇などないのに。


多くの人に心配をかけた。

パーシヴァルは毎日のようにライラの様子を見にきてくれ、熱が高いとプレートに乗せてシャロンの元へと連れて行ってくれる。


「ーーーフェルがいなくなったらお前は絶対に自分で体調管理ができなくなるからな。」


パーシヴァルはそう言ってライラの頭を撫でるのだ。本当に兄のように優しい人だとライラは思う。


デニスとミシェーラは卒業試験でライラが何もしなくていいようにと入念に準備を勧めてくれた。

他にもデニスは昼間は頼んでもいないのにライラの自室前で護衛をしてくれたし、ミシェーラはライラの首筋に浮かんだ竜証が好奇の目線にさらされることのないようにとジョシュアのチョーカーに合わせたスカーフを送ってくれた。

一房の黒髪が目立つことがないように髪留めもくれた。ライラは「フィメルみたいで嫌だ」とごねたのだがミシェーラが無理やりライラの髪を編んで黒髪を隠すようにつけた。

黒は高貴な色だ。ライラの髪が突然黒くなったとわかれば大騒ぎになる。ライラもミシェーラが心配してくれているのがわかったために素直にされるがままになった。文句だけは言っていたが。


ジョシュアまでもがこうしてライラを元気付けようとしてくれている。

ライラを連れてきただけで何も語ることのないジョシュアが何を考えているのかライラにはわからない。

きっと、「特別扱いをしない」彼なりの精一杯の励ましの行動がライラに自分の飛竜を見せることだったのだろう。

しかし、抱き抱えてきてしまっては特別扱いにしか見えない…ライラは走るジョシュアを見てギョッとしたように振り返った王宮勤の人々の顔を思い出す。


そんなどこか抜けた行動がジョシュアらしいとライラは思った。


ジョシュアがこの半年間ライラに優しかったのは赤竜の頼みであったとライラはすでに知らされていた。

だから、その頼みが終わってもジョシュアがこうしてライラに優しさを向けてくれることが不思議だった。


ーーー竜証が出たからかな?…だとしたら、それを渡してくれたフェルのおかげだ。


ライラは空を自由に飛び回る飛竜を見ながら…「幸せだなあ」と笑った。


ーーー何もできない自分が嫌いでも、この命が続く限りは前を向かなければいけない。


「辛いなあ。幸せだなあ。…情けないなあ。」


ライラはボロボロと涙を流しながら同じ言葉を何度も繰り返した。

ジョシュアはそんなライラをチラリと見た後でーーー「そうだな」と言った。


ライラが泣き止むのを待ち…「渡すものがある」とジョシュアが言った。

ライラはキョトンとした顔でジョシュアを見上げた。

ジョシュアが腰につけていた鞄を開けるために下を向いたことで黒の髪がさらりと流れる。

ライラはジョシュアが動くたびに不思議な気持ちになる。

ジョシュアの美貌は人間離れしているのだ。しかも彼は表情も滅多に動かさないし、動きには一切の無駄がない。

流麗。長身のマスキラなのに美しいという言葉が似合うのがジョシュアだ。


ライラは黒竜とジョシュアだけは一生見ていられる…そんなことを考えていた。


しばらく鞄の中を探るようにしていたジョシュアだが探し物が見つかったようだ。

手の平にすっぽりとおさまるような…見事な魔石を取り出した。

金色の魔力が魔石の中でゆらゆらと揺れているのを見て…ライラは首を傾げた。


「ーーーどなたかの形見石、ですか?」


ライラは自分の胸の青のストーンとジョシュアの手に乗せられた黄色の魔石を見比べながら言った。

ジョシュアはライラの言葉に首を振る。


「サークルストーンではない。…フェルが残していった魔石だ。『ライラにはボクの魔力が入りきらないからジョシュアにあげる』そう言って押し付けられた。」


ライラは淡々とした口調でフェルの口調を繰り返すジョシュアがおかしくて場違いにも吹き出した。


ジョシュアはクスクスと笑い出したライラを不思議そうに見た後で…「手を出しなさい」とライラに言った。

ライラは条件反射で手を出した。ジョシュアの命令には脊髄反射で従うのがライラだった。

ポトリと落とされた魔石は暖かく…ライラはフェルのひまわりのように暖かい魔力を思い出して笑いながら…涙が溢れてくるのを感じた。


ジョシュアを見上げる。

夜空のような色合いの黒い瞳と視線が交わる。


「ーーージョシュア様にフェルが残して行ったものですか。…素敵な石ですね。」


ライラはそう言ってジョシュアへと石を返そうとしたが…ジョシュアは受け取らなかった。

じっとライラを見つめ…ボソリと呟いた。


「母上、プロイセン女王…フェルまで。わたしに形見の石を押し付けていくのだ。ライラにやる、わたしは二十一歳で三つ目の形見の石はいらん。」


ジョシュアはそう言ってライラの開いた手に自分の手を重ねることで再びフェルの魔石を握り込ませた。


驚いたように目を見開くライラにーーージョシュアが優しい目をして言った。


「…後少しで黒竜の儀だ。ーーー最後まで共に戦おう。心配はいらない、わたしに全て任せてくれ。」


ライラはジョシュアを見上げてーーーハッとしたような顔になった。


ーーー自分が悲しい時って周りが見えなくなるけど…しょげている場合じゃないよ。フェルとも約束したじゃない。


「ジョシュア様…ありがとうございます。フェルの石を継いで私にできることは全ていたします。」


ライラの瞳に光が戻ったのを見てジョシュアはうなずいた。

魔力が流れなくなった金色の瞳はガラス玉のようだとジョシュアは場違いなことを思っていた。


明日から最終章です。

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