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色なし魔法士は今日もご機嫌  作者: 橘中の楽
色なし魔法士は主席魔法士のお世話役
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5の九 ジョシュアvsシリル

プロイセンの女王ーーーアデーレはごくごく普通の子供として…王家に生まれたにも関わらず、あまりにも魔力が少なく転移魔法もほぼ使えなかったために非常に伸び伸びと育てられた。

王族に生まれたアデーレとって、期待されていないというのは非常に気楽なことだった。

末っ子として生まれたアデーレには三人の兄がいた。

三人ともが王になれるくらいの強力な魔法使いだった。

だから三人はいつもいがみ合っていたし、命の奪い合いさえしていたようだ。

それでもアデーレには皆が優しかった。

兄たちには厳しい帝王教育を施す国王夫妻もアデーレには甘いと言われていた。

十六歳で降嫁し、一人のフィメルとして幸せな家庭を築く…そんな平和で穏やかな人生を過ごしていた。


しかし、アデーレは女王になった。

内乱が起きたのだ。

誰が次期王としてふさわしいのか。

血を血で洗う戦いが行われた。

こういう時に転移魔法というのは恐ろしい、一瞬で移動できるので暗殺も一瞬で行われるのだ。


アデーレが知らぬ間に、自分と血を分けた親兄弟はみんないなくなっていた。


怒ればいいのか、悲しめばいいのかーーー呆然としているうちにひどく怒った赤竜がやってきた。

アデーレは赤竜に興味を持たれていなかった。

顔を合わせたこともあったが、転移魔法に使える魔力が少なすぎて他の人間とほとんど見分けがつかないとまで言われている。

そんな赤竜が事件後、一度だけアデーレの前に現れた。


赤竜は告げた。


「ーーーお前しかいないのか。これはダメだね。」


赤竜の言葉を聞いていた周囲はアデーレを侮るようになった。

シリルが来るまでは本当に酷かった。

今でもシリルがいないのをいいことに好き放題している。今は内輪揉めしている場合ではないのに。


勝手に王へと祭り上げられ、勝手に失望されたアデーレ。

彼女が絶望したのも無理はない。

夫だった魔法使いとは勝手に離縁されていた。王配にするには不十分だと思われたらしい。アデーレと同程度ほどの魔力しか持っていなかったので仕方がないことではあったが。


絶望の中でアデーレが決めていることがある。


自分の両親家族を煽って全滅させた傍系王族に復讐すること。

史上最悪の王などと言われている自分の名前を歴史に残すこと。


シリルはこの話を聞いて必ずやり遂げると誓ってくれた。

シリルがいなければアデーレもプロイセンもとっくに崩れ去っていただろう。


だからアデーレは必死にシリルに応えるべく、王として国を守るべく動いていた。隣国が先に加護を受け継ぐと聞けば様子を探らせたし可能なら邪魔もしようと考えた。


施政者として。

世界最強の魔法王国の王として。


必死にやってきた彼女だからこそーーージョシュアの存在は死ぬほど忌々しかった。


自らがどんなに望んでも手に入らない竜からの寵愛を一身に受け。

自由がままならないのが普通の王族なのに、敵国へ留学したり、自力で世界を回ってみたり、一人で敵に立ち向かったりとどこまでも自由に行動してみせる。


先ほどだってそうだ。自分とは格が違う。

ジョシュアが来た時の皆の顔がアデーレの脳裏には焼き付いていた。


殺気立っていたパーシヴァルはふっと緊張を解いた。

こちらをずっと不安そうに伺っていたダスティンとミシェーラも安心したように談笑に戻った。

フェルまでもがうっすらと出し続けていた魔力を引っ込めた。今はジョシュアがいるから自分の仕事はなくなったとばかりに。

そして一番アデーレの胸に刺さったのはシリルの表情だ。


ーーーあなたがそんな風に拗ねてみせるところをわたしは見たことがないわ。


アデーレはわかっていなかった。シリルはずっと気を張っていたのだ。

プロイセンで一番になった彼はその責任からか常に周囲を警戒しているのだ。

しかしジョシュアの前では無意味なのだと彼自身がよく語っている。

シリルの立場を思えば職務を放棄していると取られかねない発言であまり褒められたものではないがーーージョシュアが理由もなくシリルや女王を傷つけたりしないとわかっているから全てを諦め警戒を解くのだ。


信頼。


信頼されるというのは簡単なようで非常に難しい。

アデーレは羨望と嫉妬を込めて今まさに戦っているジョシュアを見ていた。



「無理無理無理無理無理」


シリルは開始直後からずっとヒイイイイ!と悲鳴をあげ、逃げ回っている。

ジョシュアがいつになく瞳を輝かせてシリルの後を追いかけ回しているからだ。

ジョシュアの両手には大振りの真っ黒な鎌。


「死神みたいでかっこいい!」とライラは興奮していた。

ライラを見ておけと命令され、木星の部屋に残されたデニスは「得物が大きすぎて扱いづらくないのかな?」と首を傾げていた。選手らしい視点である。


解説のはずのレイモンドはずっと笑っている。

シリルのビビリっぷりがツボに入ったらしい。


[無理って言いながらも避けているあたりさすがですねー。シャーマナイト殿下も楽しそうですし二人とも本気じゃない気がします。あはは、異次元異次元。]


ブンっとジョシュアが大釜を放った。

シリルが「ギャアアア」と叫んで転移した。しかし鎌はなぜかシリルの転移先を予想したかのように軌道を変えるのだ。


「魔力を読むんじゃねえ!誰だあの化け物に転移魔法の魔力を教えたのは!」


「赤竜さまだ。」


「はいはいプロイセンのね。ーーー誰に文句言えばいいんだよ!」


シリルも攻撃はしている。

重力魔法を放っているのか時折シリル自身が青く光っているし、ジョシュアが肉薄してきた際には剣で斬りつけ応戦していた。

しかし、ジョシュアが自分を取り囲むように常時黒魔法を展開しているせいか「フォン」という楽器のような音が鳴るばかりでシリルの攻撃が届く気配がないのだ。


ライラはご機嫌だった。

あれほど楽しそうなジョシュアは見たことがないのだ。

試合開始直後は黒魔法の使いすぎでまた破壊衝動とやらが出ないか心配だったのだが、パーシヴァルいわく「あれくらいじゃジョシュアは問題ない」とのことなので安心して見ていられた。


ーーーやっぱりマスキラだからかな?戦う相手が強いほど燃えるのかもね。


シリルの悲鳴にまじり、観客からも楽しげな野次が飛び交っていた。

「逃げるなー!」だとか「もっとやれ!」だとか。


イアハートを倒したシリル。

観客は「まさかジョシュア様まで…?」という不安があったのだろう。

開始前は試合を楽しみにする一方で皆がどこか不安げな表情だった。

しかしいざ蓋を開けてみればーーー自分の国の王太子が今まで本気の一割も出していなかったことを理解したようだ。

集まっている魔法使いたちは安心したような誇らしいような顔で試合を見守っている。

ジョシュアから何やら頼まれたらしいイアハートはシールドを張りつつ、二人の戦いを見て若干頭を抱えていたし、同じくジョシュアの頼みで端っこに立っているシャロンに至っては「はしゃぎすぎだろ」と呆れ顔だったが。


しかし、シリルはそろそろ限界だったようだ。

「これで決めてやる!」と言ってジョシュアに向け大量の魔力弾を打ち出した。


「ーーーあの弾丸、すっごい精度だ。」


デニスが感嘆している。

シリルの魔力弾は一つ一つがイアハートの貼ったシールドでは突き抜けてしまうような威力があった。

ジョシュアが避けるのではなく黒魔力を広げて回収するような動きを見せる。


シリルはそれを見越していたのだろう。

ジョシュアの猛攻が止んだ隙を見逃す彼ではない。


空中に素早く魔法陣を書き付けた。


「ーーーサモン。赤飛竜。」


シリルの声に合わせて大量の赤魔力が魔法陣へと吸い込まれていく。

ちょうど天井の光源の魔石が赤魔力を放っているせいもあってかあっという間に魔法陣は起動しーーー巨大な赤飛竜が現れた。


観客からはどよめきが上がる。

すすり泣きを始めた子供もいるようだ。


ジョシュアは何をしていたのかと言えばーーーなんとシールドを強化して回っていた。

流石にこの広範囲をイアハート一人で飛竜から守らせるのは酷だと判断したらしい。魔力が薄そうなところを回ってシールドを重ね掛けしていた。


ジョシュアが競技場に降り立ったのと赤飛竜から召喚の光が消えたのが同時。


赤飛竜に騎乗しているシリルがジョシュアに向け突撃しようとしたところでーーー戦いの最中とは思えないほど静かな声でジョシュアがシリルに向けて言った。


「赤飛竜を殺してしまったら流石に怒るよな?」


シリルだけでなく会場全体がピタリと固まった。

赤飛竜とシリルを同時に相手にするのだ。

流石のジョシュアも少しくらい慌てるのかと思ったのだろう。


しかしジョシュアは赤飛竜の心配をしている。

呆れ顔になったシリル。


「ーーー殺さないでくれればありがたいけど…ああ。魔獣に治癒魔法は聞かないもんね。」


シリルの答えを聞いてジョシュアは「そうか」と頷いた。

そして…スッと黒魔法を消したのだ。


ライラが不安そうにフェルに尋ねている。


「どういうこと?なんでジョシュア様はシールドを消したの?」


ライラの問いにフェルは「黒魔法が当たったら二度と再生しないからじゃない?」と応えた。


女王は苦笑いだ。


「少しは焦るとか人間らしい反応をすれば良いものを。」


パーシヴァルとダスティンは「まあジョシュアだしな」とほぼ同じタイミングで言っていた。お互いに被ったのが嫌だったのか顔をしかめていてミシェーラが笑ってた。


「手加減どーも。ーーー負けても言い訳しないでね。」


シリルがそう呟くとジョシュアに向け飛び立ちーーー途中で飛竜の背中から消えた。

ジョシュアは迎え撃つつもりなのか動かずに青魔力を右手に込め始めた。

魔力の球を作っているようだが…その大きさは手の平サイズだった。


グオオオオオ!という赤飛竜の咆哮でシールドがビリビリと音を立てて震える。

ジョシュアは赤飛竜に比べるととても小さく見えた。

ぐんぐんと赤飛竜がジョシュアに近づいていく。逆方向にシリルも姿を現した。挟み撃ちするつもりのようだ。

三者が肉薄し、突っ立ったままに見えるジョシュアに会場からは悲鳴が上がる。


ドギャーーーーーーン!


爆風と土煙が上がる。

ライラは青ざめている。

心配顔のライラを見て、気持ちはわかるとフェルがうなずいている。見た目のインパクトがすごいのだ。


パラパラと音が鳴りーーー土煙が晴れていく。


観客が固唾を飲んで見守る中でーーー目に入ったのは風に揺れる黒のマント。

赤竜はいつの間にか姿を消している。

そしてぐったりとしたシリルがジョシュアに俵のように担がれている。

中央に立つジョシュアがスッと腰から剣を抜き、まっすぐ上に突き出した。

勝利宣言である。

会場からはワッと破れんばかりの歓声が上がった。


[ジョシュア=シャーマナイト殿下の勝利!]


ーーー何が起こったの!?ジョシュア様が死ぬほどかっこいいことしかわからなかったよ!


ぽかんと口を開けているライラにーーーフェルが楽しそうに説明してくれる。


「赤飛竜とシリルは見事にシンクロした動きだったけど、ジョシュアが右手に持った青の魔力球を赤飛竜にぶつけて背中側のシリルには蹴りを入れてたね。

シリルが意識を失ったから召喚魔法が解けて赤飛竜も戻ったみたい。シリルより赤飛竜を優しく扱うあたりがジョシュアっぽいね!」


ジョシュアは竜種が両眼の間を叩かれると動けなくなる性質を利用したらしい。


ライラがなるほど。とうなずいていると「じゃあなぜシリルは抱えられているのだ?」と女王の質問が飛んできた。


女王の疑問に応えたのはデニスだ。まるで自分が戦っているかのような真剣な眼差しで会場を見つめている。


「蹴った後で吹っ飛んで行ったシリルをシャーマナイト様自ら回収に行ってましたね。あの高さから落ちたらまずいと思い直したのかな。ーーー身体強化ってあそこまで無駄をなくせるのか…シャーマナイト様の戦いは本当に勉強になる。」


デニスは声に高揚を滲ませて言った。

目は真剣だが口元が緩んでいる。今すぐ体を動かしたくて仕方がないと言った表情だ。


そこでジョシュアに回収されたシリルが目を覚ましたようだ。

ジョシュアの上でバタバタと暴れたため下ろされている。


頭を抱えて蹲み込んでしまったシリル。

恥ずかしかったのかもしれない。大画面に映し出された耳が赤くなっている。

ジョシュアが目線を合わせるように同じく蹲み込んだ。

言い争っているのだろうか。

ジョシュアが心配するように伸ばした手をシリルが振り払っている。


イアハートに説得されていたシャロンがものすごく不愉快そうな表情でしゃがんでいる二人へと近づいていった。

シャロンへと苦手意識を持っているらしいシリルが逃げようとしたがジョシュアが素早く羽交い締めにしていた。

シャロンが手を振るとシリルがオレンジ色にふわっと光る。治癒魔法が使われたようだ。


ーーーあれはいつもかけてくれる方じゃなくて普通の治癒魔法だな。


ライラがそんなことを思っているとーーーダスティンが戸惑ったように言った。


「ジョシュア様とシリル殿は、その、随分と気安い仲なのだな。」


女王もおかしそうに「ああしていると二人とも年相応に見えるな」と同意している。


そんな風に一日目は幕を閉じた。

シリルは不機嫌そうな顔で女王を国へと送り届けていた。

まだそんなに魔力が残っているのかと女王は驚いていた。

ジョシュアだけでなくシリルも本気を出していなかったようだとライラは感心する。


「こんなお遊びで手の内明かすわけないでしょうが。ーーーほら満足したでしょう。帰りますよ。」


シリルは女王の前で負けたのがよほど悔しかったようだ。

ジョシュアを恨めしげに睨みながら転移していた。


パーシヴァルも戻ってきたジョシュアを少しだけ心配していた。

口では「心配するだけ無駄」と言っておきながら最後に追加でシールドを貼ったりしていたせいか、黒魔法を使いすぎていないか自分の目で確認したかったようだ。


魔力を確かめるようにジョシュアの手を握ったり離したりしているパーシヴァル。

ジョシュアはされるがままになっていた。

行ってよし、とパーシヴァルに言われた後でコクリとうなずきライラに大ダメージを与えていた。


ーーー二人ともかわいすぎか!


ライラがグフっと声を上げる。フェルが蹲み込んでしまったライラを浮遊魔法で運び始める。

皆は慣れた様子でスルーしていた。デニスまでもが「また興奮してんのかよ」と呆れ顔になっている。


大穴だったシリルが優勝したことでフレイザーは随分儲けたようだ。

しばらくの間、いつになく機嫌がいいと生徒たちの間で話題になった。



特別寮の廊下を歩くレイモンドを呼び止める声があった。


「デニスか。ーーーこんな遅くにどーした?」


パーシヴァルの世話をしていたのだろうか。

未だに制服のままのレイモンド。

デニスはそんなレイモンドの前で止まり…バッと胸で十字を切った。


「レイモンド先輩…先に謝っておきます。本気でエゲート様を倒しに行くんで傷つけたらすみません。」


レイモンドは驚いたように目を見開いた。

それもそのはず、明日の最強位決定戦で優勝はまず間違いなくパーシヴァルであろうと言われている。

デニスが本気で勝ちに行くつもりであるのが意外だったのだろう。


「戦う以上はそういうこともあるでしょ。ーーーいくら俺でもそんな理不尽な怒りをぶつけたりはしないよー?」


あははと笑ったレイモンドを見てデニスがニコッと笑った。

爽やかな笑顔に反し、次の発言はひどく恐ろしいものだったが。


「俺がライラを傷つけたやつを許せる気がしなかったんで、逆の立場になって考えてみたんですが…レイモンド先輩がそう言ってくれてよかったっす!」


レイモンドの笑顔が引きつる。

ライラとは当たらないように祈っているに違いない。


ーーーそういえばいつからかデニスに勝てる気がしなくなったなあ。


デニスは夏、化けたように強くなっていた。

純粋な剣術のみでは学園で頭一つ分抜き出している。

サマーバケーションで何があったのかと噂になっていたりしたほどだ。


取り巻く雰囲気も変わったようにレイモンドは思う。

どこか幼さを残していたデニスだが、最近は戦闘時にはひりつくような殺気を放つ。


自分よりも年下に抜かれていくのは辛い。

それでもデニスが「兄ちゃんにも負けなくなりました!」と部活で語っていたのを知っているので諦めの気持ちが強くなったが。


デニスの兄二人は高等部在学中で騎士団入りが確実視されている有望な魔法使いだ。レイモンドも面識はないが噂は耳にすることがある。

そんな兄にも勝てるデニスは天才なのだと誰かが語っていた。


レイモンドは少し悔しくなってデニスにデコピンをかましておいた。

「なんすか!?」と額を抑えたのをみて少し満足する。


「パーシヴァル様は強いよ?ーーーデニスこそ怪我しないようにね。」


レイモンドが言うとデニスは真面目に「はい!」と返事をして踵を返した。

見事な赤髪の少年の背中は広く、鍛え上げられた肉体をしている。

デニスの後ろ姿だけ見てもとても年下には見えないなとレイモンドは苦笑いしたのだった。


皆に異変を感じさせるほどに変わったデニスの話をここで少しだけ挟もう。


時は少し遡る。

レイモンドや魔法剣術部の部員が感じた通りデニスは夏にあることに気がついたのだ。

きっかけはミシェーラの一言だったが。


魔獣狩りが長引きビリンガム家の所有する別荘に帰ったのが真夜中を過ぎたことがあった。

デニスが部屋への道を歩いているとーーー外へと歩き出そうとしているミシェーラとばったり遭遇したのだ。

悪い夢でも見たのだろうか。

心配そうな使用人や護衛騎士に囲まれたミシェーラは魔石灯の白い光よりもさらに青ざめた顔をしていた。

大丈夫と笑うミシェーラはどう見てもしんどそうでーーー心配になったデニスも散歩に付き合うことにしたのだ。


二人はよく晴れた月夜、庭へと歩き出した。

デニスの横を歩くミシェーラには迷いがない。

スタスタと寄り道することなく歩き、池のほとりのベンチに座った彼女。

そしてすぐさまブランケットや紅茶を用意するクーガンの慣れた動きを見てデニスはミシェーラが真夜中に頻繁にここへきていることを察した。


デニスは先読みの占い師としてのミシェーラに何を聞いていいのかわからなかった。

だから黙って夜に光る黄色の魔素を見ていたのだが…ミシェーラがポツリと言ったのだ。


「ライラの魔力荒れーーー前よりひどくなってるわよね。」


ミシェーラが他人の魔力を読むことが得意ではないことを知っているデニスが意外そうな顔になったのに気がついたのか、ミシェーラが「わたしが気がついたわけじゃないわ」と弱々しく笑った。

ミシェーラは親衛隊の子に言われて気がついたらしい。

デニスはぐっと歯を食いしばった。

気のせいだと思いたかった事実を指摘された気がしたからだ。


その日を境にデニスは周りが心配するほどに稽古に打ち込むようになった。


長兄などは「お前、何をそんなに焦っているんだ?」と問うてきた。

まるで追い立てられるように一身に鍛錬を重ねるデニス。

父や兄、同行している騎士ら…自分よりも実力が上の者には手当たり次第に試合を挑んだ。

黒竜の儀が迫っていることやデニスが同行を望んでいることを知っている父親は、何かを察したように熱心に鍛えてくれた。


デニスには才能があるのだろう。

驚くようなスピードで教えられたことを吸収していった。


別荘で過ごす最終日。

ついにデニスに打ち負かされた長兄に向かってデニスの父親は悲しげな顔で言った。


「最年少で騎士団長となった祖父は…魔力が成長する子どものうちにマスキラになり敵う事のない想いを抱えて生涯過ごしたらしい。」


父親の言葉を聞いてデニスの兄はハッとしたような顔になっていた。

屋敷の方を振り返ったのは自分の婚約者を思い出していたのかもしれない。


デニスは天才だと彼を褒めそやす周囲を適当にあしらいながらーーーずっと目標だった兄を打ち負かしても全く喜びを感じていない自分に気がついていた。

それもそのはず、デニスはわかっていたのだ。


ーーーライラはもうすぐ死ぬ。


デニスは悲しくて叫び出したくなる衝動を抑えるように毎日剣を振った。


ーーー俺はこんなに悲しいのに…なんで肝心のあいつは楽しそうなんだ!


ライラの幸せそうな笑顔を思い出すたびにデニスは幸福を感じ…同時に張り裂けそうなほどの痛みを感じた。

ライラの笑顔が迫りくる残酷な未来を受け入れているように思えて仕方がなかった。


ミシェーラとともに少し早めに学園へと戻ってきたデニス。

テキストメールを送ってくる友人や先輩たちに適当な返事をしつつーーー目の前の扉がそっと開いたために視線を上げた。


デニスは思わず立ち止まった。

ものすごく綺麗な人がいたからだ。

真っ赤なドレスを着て頭に上品なティアラをのせたそのフィメルはーーーデニスと目が合うと真っ赤な瞳をこれでもかと言うほどに見開いた。


しばし時が止まったかのように見つめあった二人。

先に動き出したのはデニスだ。


どう見ても一人でここにいていい人ではない。

慌ててシリルはどうしたのかと確認し…「秘密で来た」などと応えられてガックリと肩を落とした。


王族らしく自由奔放なフィメルは危険なので帰ってほしいというデニスの訴えを完全に無視した挙句、なぜかデニスをシリルの部屋へと引き込んだのだ。


シリルの部屋が装飾品など興味がなさそうな彼らしくないほどに飾り立てられている理由をデニスは心の底から理解した。

女王が勝手に来るからだろう。まさか本人が不在の時も来ているとは思わなかったが。


女王は秘密にしろと言ったがデニスは当然シリルに連絡した。

真っ青な顔でフランク王国から飛んできたシリルを見て女王がデニスに抗議の声をあげたが、デニスは騎士として当然のことをしたまでだ。


はじめデニスに掴みかかろうとして女王に止められたシリルは続いて女王を責めるように見た。いつもの恥じらいはない。どうやら相当腹に据えかねているらしい。


「見知らぬ未婚のマスキラと二人きりなんて何考えてるんですか!」


シリルの怒りはもっともだ。

女王は聞く耳を持っていないようだが。


「デニスと言ったか?シリルは学園でどうじゃ?フィメルからモテておるか?」


自由すぎる女王にはシリルも勝てないようだ。「もう嫌だこの人」と疲れたように肩を落としていた。

そして女王はシリルの様子を根掘り葉掘り聞いた後で…なぜかデニスのことまで質問し始めた。


「思い詰めた顔をしているが何があった?お姉さんに言ってみなさい。」


こう見えてバツイチだぞ?とウインクした女王がおかしくてデニスは笑ってしまった。

一瞬でデニスが悩んでいることを見抜く観察眼はさすがであると感じた。

プロイセンで王をやるには必要な能力なのだろう。


デニスは話すか迷った。

ライラの体調不良の原因がこの二人にある気がしてならなかったからだ。


それでもあえて話すことにしたのだが。

反応を見る意味も含めてライラの病気のことを打ち明けると…二人は痛ましい顔になった。その表情を見てデニスはこの二人は敵ではあっても悪い人間ではないのかもしれないと思った。

だからといって全面的に信頼するほどデニスもおめでたい性格はしていないのだが。


「自分のためとか言って…黒竜さまを救うだとか王族に仕えるなんて結局国のためじゃないっすか。恨み言だって全然言わないし。本人は認めないけど、滅私ってライラみたいなのを言うんだなって思う。そんなやつが死ぬんです。それも他のマスキラのそばで。俺はまだ子どもだから…このままだと死に目にも立ち会えない。」


悔しげにギュッと拳を握り締めたデニスに…女王は不思議そうな顔になった。


「そのマスキラを倒せばよかろう?」


直後シリルが微妙な顔になった。

マスキラに心当たりがあったせいだろう。

デニスも思わず口を曲げてしまった。


「…世界一強い魔法使いなんです。」


ああそれは…と女王も渋い顔になった。

「年齢とジョシュアは簡単に倒せるものではないな」と頭を抱えている。


しかしすぐに女王は顔を上げた。

「ではライラ殿の心を動かせばどうか?」と名案を思いついたとばかりに言った。

またもやシリルが微妙な表情になる。

ライラの王族への熱狂っぷりを身をもって知っているからだろう。


しかし女王は気にせずに話し続ける。


「妾が今まで心動かされたのは、赤魔法の才能がないと落ち込んでいたら『私が一番強ければ私が仕えているあなたが一番でしょう』と言って上にいた魔法士全部やっつけて主席魔法士になったマスキラの言葉だ。」


参考にせい、と笑う女王の横でシリルが真っ赤になっている。

デニスはシリルやるなと感心していたが…直ぐにポンと手を打った。


ーーー同じことは無理でも…みんなにわかる形でライラに伝えるっていうのはいい考えだな。


デニスは二人にとある相談を持ちかけた。

プロイセンの加護竜は赤竜だ。

デニスが一番得意とする赤魔法においてこの二人以上の相談相手はいないと言ってもいい。

そして作戦を立てると…輝かんばかりの顔で笑った。


「最強位決定戦で優勝して、表彰台のてっぺんで宣言してやります。」


二人は頑張れとデニスを応援してくれた。

作戦成功のためシリルなどはイアハートに手回しまでしてくれるらしい。


ーーーライラが自分を大事にしないなら、その分まで俺がライラが大事なんだって世界に示してやる。


部屋を出て行ったデニスを見送った後でシリルが少し責めるような目で女王を見る。

女王がライラの暗殺命令を撤回していないことをシリルはよく知っていたからだ。

しかし女王は心底楽しそうに笑った。デニスは有名になりそうなので面識を持っておけて良かったと言っている。


「歴史に名を残す妾の念願に一歩近づいたの。」

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