5の八 予想外の訪問者
太陽系と名付けられた競技場でアメリアイアハート魔法学園の生徒たちは言葉を失っていた。
彼らは真の意味で理解できていなかったのだ。
本当に実力差があると戦いにならないのだということを。
教師最強決定戦はどの順番で対戦させれば一番盛り上がるか、フレイザーが引きこもらないか、ジョージが必死に頭を悩ませた結果、一回戦でフレイザーとアルフが対戦。
順当にフレイザーが勝ち上がっていた。予想通りの結果だ。お互いに手を知り尽くしている教師戦において番狂わせなどはほとんど起こらない。
そしてその後、シャロンとシリル、フレイザーとイアハートが対戦することとなった。
シャロンとシリルはお互いに治癒魔法と転移魔法は使わないことをジョシュアとイアハートによって約束させていた。わざわざパーシヴァルが契約する徹底ぶりだ。
ーーーそうしなければ今にも殺し合いが始まりそうだったのである。
[ジョシュアに宥められるとか大人げなさすぎる…シャロンはシリルのこと本当に嫌いだね。]
放送席に戻ったパーシヴァルが呆れたようにコメントしていた。
ライラはほっとした。治癒魔法の攻撃はグロテスクなのだ。子供が来ているこの場でそんなトラウマになりそうな戦いが繰り広げられなくてよかった。
戦いが始まるとシャロンが鬼のように切り掛かっている。
大画面に映し出されたシリルが完全に引いた顔になっている。
「いや、殺す気満々すぎ…うお!?あっぶねえな!」
文句を言いながらも全ての剣撃を受け切っていて会場にどよめきが起こった。
「あのシリルって何者だ!?」
「早すぎて目で追えないわ。」
「というかあの剣筋って…国王の側近の?」
シャロンはそんな周囲の反応を意に介さず、ただひたすらにシリルの首を狙い続けていた。
しかし、シリルはどうやら剣技で押しきれないと判断したのだろう。魔法攻撃に転じようとしたときに…シリルがニヤアと笑ったのだ。
「俺のテリトリーに来たらもう遠慮はしねえよ?」
シャロンが剣を投げ捨てようとした一瞬の隙とも言えないような間。
大画面に映し出されたシリルが剣を持った腕を横に薙いだ。
シャロンは何かに飛ばされるように吹っ飛び…ドシャ!という鈍い音がして壁に激突したシャロンが地面に横たわっていた。
[まあこうなるわな。…勝者シリル。]
パーシヴァルの試合終了宣言とともに、治癒魔法適性の高いオレンジ色の髪をした救護班が入ってきた。
指揮を取っているのはデニスのようだ。
シャロンを見て泣きそうになる生徒たちを叱咤したり、担架に乗せるのをのを手伝ってやったりしている。
ーーーシン。
皆はシャロンの強さを知っている。
だからこそ、全く反撃も許されずに戦闘不能にされたシャロンを見て自分の目を疑った。
目の前の光景が信じられなかったのだろう。
静まり返った会場に…いつの間に移動したのだろうか。放送からジョシュアの声で解説が行われた。
[純粋な魔力勝負では魔力量がものをいう。シリルが魔法を使えない状況素作り出すためにシャロンは剣を捨てるべきではなかった。]
言外にシリルの魔力はシャロンとは比べ物にならない量だと言ったジョシュア。
解説が他の人間であれば観客からは反論の声が上がったかもしれない。
でも、あのジョシュアが言うなら間違いないと皆は思うのだ。
[二人とも自分の得意分野は封印しての戦いだから純粋に勝負したらどうなるかわからないけどね。]
パーシヴァルのシャロンへのフォローが入る。
ジョシュアがそれに同意した。
[確実に流血沙汰になるから止むを得ん。…本番は戦場だけで十分だ。]
冷静な王子二人の会話を聞いていたせいだろうか。会場にも音が戻ってきた。
シリルは何者なのだと言ったようなざわめきが広がっていく。
その後行われたイアハート対フレイザー戦ではフレイザーが粉塵爆発を引き起こそうとしてイアハートだけじゃなくシリル、ジョシュアまでが止めに入っていた。
イアハートがフレイザーの魔法陣を書き換えて無効化。
すでに起こり始めていた爆発のエネルギーをシリルが転移。
ジョシュアは万が一のために観客全員を守るようなシールドを張っていた。
[あいつ馬鹿すぎでしょ。全員木っ端微塵にする気かよ。ーーー念願のイアハートと戦えて浮かれてんのか?]
パーシヴァルの呆れ声。
ぎこちない空気が残っていた会場からはドッと笑いが起きた。いくら危険な行為が行われようと自分らの安全は守られる。
イアハートとジョシュアが対処しきれない事態など自分らにはどうしようもないのだからーーーそれがこの会場にいる魔法使い共通認識なのだ。
ライラはイアハートに説教されながら担ぎ出されて行ったフレイザーを見て笑ってしまった。説教されているというのにどこかウキウキした顔だったからだ。
フレーザーでもあれほど楽しそうな顔をするというのが新発見だった。
昼休憩を挟んで決勝戦が行われる。
会場の周りに出ている屋台でマジックキャンデーを買っていたライラとフェル。
すると近寄ってきた生徒に写真撮影を求められた。
「…わたしとですか?」
本気で怪訝そうな顔になったライラを見て、声をかけてきた生徒たちは怯んだ顔になった。
しかし勇気を振り絞ったように「お願いします!」と言われたのでライラは無表情で写真に収まった。
ライラはそこでようやく自分を取り巻く集団が一年生で…しかもかなり魔力が少ない生徒が多いという事実に気がついた。
髪色がパステルカラーなのだ。魔力が多ければこんな色にはならない。
ーーーもしかして色なしでそこそこ目立ってるわたしに憧れてるのか?
ライラはわたしに憧れるんじゃなくて王族にしなよなどと考えていたのだが、そんな内心を知らない生徒たちは写真撮影に応じてもらったせいか緊張が緩んだのだろう。次々にライラを質問責めにし始めた。
王族以外に興味がないと散々からかわれているライラも、自分の肩ほどしか背丈のない年下をむげに追い払うこともできなかったようだ。
「ライラックさん、マジックキャンディー好きなんですか?私のいりますか?イチゴミルクみたいな味になるんですよ。」
「私はメロンみたいな味になるんです。」
「実技の授業どうやって優良評価もらいましたか?」
ライラはタジタジになりながらも下級生たちの相手をしていた。
マジックキャンディーは美味しかった。魔力が弱いとミルクを混ぜたような味になるのは意外だった。
「ライラックさん、私のレモン味のキャンディーもぜひ食べてください!」
そう言って差し出された5本目のキャンディーをライラが受け取ろうとした時ーーー頭上からひょいと腕が出てきた。
ライラに差し出されたキャンディーを勝手に奪い取り、自分の口に放り込むとガリガリと噛み砕き、一瞬で食べ尽くしてしまった。
ライラは見覚えのある魔力と…自分にここまで気安く覆いかぶさってくる存在など一人しか知らなかったので呆れ顔になった。
「下級生に意地悪すんなよ…デニス。」
なぜか「見つかってしまった」と言わんばかりの顔になっている下級生は、青ざめた顔でデニスをチラチラと見た後で走り去っていった。
デニスはと言えば、逃げるように去っていった下級生たちにフンッと鼻を鳴らすと自然な動作でライラを抱き上げた。
持参したのかマフラーまで巻きつけてくる。
相変わらずの過保護さにライラは呆れ顔になった。
「デニス仕事はいいの?」
フェルの質問にデニスは「昼休みはレイモンドさんに任せてきた」と応えている。
デニスが歩くとモーゼのように道が開く。
「あれが」とか「学園名物」とか聞こえてくる気がするのは気のせいだろうか。
ライラはものすごく目立っているのを感じていたが今更だとしか言いようがない。
普段は意識が朦朧としている時に抱えられていることがほとんどのため、今日みたいな元気な日だと周りの反応が気になるようだ。
「デニス下ろして。」
ライラが口を曲げていうがデニスは「ミシェーラちゃんに早く連れ帰って来いって言われてんだよ。」とライラの反論を封じた。
「『番犬がいないからここぞとばかりに囲まれてるに違いないわ!』って言うからみんなで大げさだって笑ってたのに…事実かよ。」
デニスがミシェーラの声真似をしたのがおかしくてライラは吹き出してしまった。
ーーー確かにミシェーラやデニス、シリルとパーシヴァル様たちとしか会話しないもんなあ。珍獣扱いされているのか。
ライラがなるほどと頷いている間にライラは木星へと戻ってきていた。
デニスに下された途端に「遅いわよ!」とミシェーラが抱きついてきたのでよしよしと頭を撫でておく。ダスティンが後輩に会いにいってしまったので寂しかったらしい。
「動物園のパンダ状態だったんだよ。」
ライラが言うと怪訝そうな顔をされた。
そういえばグレイトブリテンにはパンダがいないのだった。通じるはずもない。
本日のミシェーラの衣装は黒のサテンドレスでーーー気軽にライラは触れない。当の本人が抱きついてくるので気にしすぎなのかもしれないが。
なのでライラが触っても良さそうな場所…ミシェーラのふわふわのツインテールを自分の指に巻きつけているとーーーウィーンと四角い箱が近づいてくる音がした。
パーシヴァルだろうかと検討をつけていたライラだが…現れた人物にあんぐりと口を開けた。
まずはシリルが入ってきた。
姿変化の魔法はどうしたのだろうか。
すっかり主席魔法士の姿に戻っているシリルは油断なく室内を見渡し…危険がないことを確認したのだろう。四角い箱へと引き返した。
見たこともないほど渋面のシリルにエスコートされてきたのは小さな顔を半分ほども覆い隠してしまうようなサングラスをつけた美女だ。
真っ赤なドレスには最高品質の魔石がこれでもかというほど縫い付けられており、彼女が歩くたびに光を受けて上品な輝きを放つ。
しかし彼女自身の圧倒的なオーラは煌びやかなドレスに負けていない。彼女のために作られた衣装を着こなしていた。
魔力量はそこまででもないのに。
ここまで存在感を放つフィメルを見たことがなかった。
ぽかんとしたライラをよそにーーー驚いたように目を見張ったミシェーラとデニス…そしてジョーハンナまでがその場にざっと跪いた。
ライラも慌てて同じように膝をついて胸の前で両手をクロスさせる。
フェルだけは不思議そうにふよふよと空中を漂ったままだ。
王族であるジョーハンナが上位とみなす相手…
挨拶の口上を述べたのはジョーハンナだった。
「プロイセン女王陛下。お会いできて光栄でございます。ーーー訪問の旨を事前にお知らせくだされば歓待しましたのに。」
残念そうに告げたジョーハンナに呼びかけられ女王は「いいのよ」と軽く手を振った。
「護衛を撒いてお忍びできたの。あっという間にシリルに見つかったけど。」
ある魔力を辿ってジョシュアの元に飛んだそうだ。
突然現れた女王にジョシュアが仰天していたらしい。見物だったと笑う女王。
「あの能面を崩せたのならわざわざ抜け出してきた甲斐があったのいうものよ。ーーージョシュアとパーシヴァルとともにいれば護衛など要らないと思ったのに、一分もしないうちにシリルがきて追い出された。みんな頭が固くて困る。」
快活に笑う女王の横で、言いたいことがありすぎて何も言えないとシリルが疲れたようにため息を吐いた。
同情したような視線がシリルに集まる。
デニスが困った顔で「シリル…さんはこの後の決勝戦辞退にしますか?」と問いかけた。
護衛しますよね?というデニスの問いにシリルがうなずく前に…女王が「ダメだ」と首を振った。
「妾がなぜきたと思う?シリルの勇姿を見るためよ。ーーー戦うのじゃ。これは命令と心得よ。」
シリルはものすごく嫌そうな顔になったが満面の笑みを浮かべる女王を見て諦めたように首を振った。
「ーーーそうおっしゃる気がしたので真っ直ぐにここにお連れしたのです。魔道具内に直接転移したので姿は見られていないはず。…ここで大人しくフェルに守られていてください。今のプロイセン情勢であなたが外遊している場合じゃないのはよくわかっているでしょう?」
シリルに叱られた女王はムッと口を尖らせた。
子供っぽい仕草にライラはときめいた。
ーーーこれがギャップ萌え。…わがままな美人、推せる。
女王がコクリと頷いたのを見てシリルはライラを見た。
頼めるか?問いかける視線にライラは大きく頷いた。
「いつもフェルがわたしのことシリルに預けていくしね。今日はそのお返しということにしよう。…フェル、女王陛下をお守りして。」
フェルは「ボクがライラから離れるのはヤナが追いかけてくるせいだから結局こいつらのせいじゃん」と文句を言いながらもクルミを呼んでライラにつけた。自分は女王とライラの中間くらいの位置に移動する。二人まとめて守るつもりらしい。
女王は真っ白でふわふわとした毛に覆われたクルミを見てはしゃいでいた。
フィメルらしく可愛い魔獣には目がないようだ。
「ワードスクウィールか?可愛いのう。お主は使役術師として優秀なのだな。上位魔獣を二体も使役しているなどプロイセンでもそう多くないぞ。」
そこで午後の部の開始を告げるアナウンスが鳴り響く。
シリルは「時間か」と言うとデニスを掴んで転移していった。
リンと涼やかな音が鳴り、室内には女王、ライラ、ミシェーラ、ジョーハンナが残された。
「シリルの転移は相変わらず見事だ。」
そう呟いた女王の表情が悲しげで…ライラは違和感を覚えた。
すぐに戻ってきたダスティンが「なんでここに女王陛下がいらっしゃるんですか!?」と叫んだために深く考えるには至らなかったのだが。
ライラがポーッと女王に見惚れている間…ミシェーラとダスティンは筆談で議論を交わし合っていた。
それもそのはず、この時期にプロイセンの女王がやってくるなど不穏極まりない。
何かの結論が出たのであろう。
ミシェーラが魔力通話を開いた時ーーーウィーンと言う音が聞こえ始めた。
注目を集める中で現れたのはパーシヴァルだった。
ライラがすかさず立ち上がった。
女王を置き去りにしてパーシヴァルに駆け寄る。
女王はあっけに取られたようにライラを目で追っていたがーーーライラの雰囲気が花咲くように明るくなったのを見て笑いを堪えるような仕草をした。
「パーシヴァル様、なんでここに?解説のお仕事は良いのですか?」
ライラがすり寄っていくとーーーなぜか責めるような目でライラを見上げたパーシヴァル。
そんな目で見られる意味がわからないとばかりにこてりと首を傾げたライラはガシッと顔を掴まれている。
「急に隣国の王が現れて…止める間も無くシリルが拉致して行きやがった。戻ってきたら女王はいなくなってる。シリルが預けるなんてお前以外にいねえと思って急いで来たんだよ。予想通りポヤポヤと女王と喋ってるし…お前は誰に真名を盗まれて呪われかけてるのか忘れたわけじゃねえだろうなあ?」
あ゛あ゛!?とすごむパーシヴァル。
しかしライラはと言えば「パーシヴァル様心配してくれたんですか!」と満面の笑みになっただけで反省している気配はない。
「ちょっとは危機感を持て!馬鹿野郎!」
グイッと耳を引っ張られ、涙目になるライラ。
「解説はいいんですか?」と聞いて「あんな誰にでもできるもんはレイモンドに放り投げてきた」と答えている。
そこでようやく会場の放送がレイモンドに変わっていることに気がつくライラ。
パーシヴァルに引っ張られて女王から離れた位置に座らされた。
突然役目を振られたレイモンドの解説だが…
「イアハート先生もう少し頑張りましょう。転移魔法なんかに負けないでー。」
ーーー特に動揺した様子もなくいつもの調子でゆるく解説を行なっていた。
いつの間にか始まっていた戦い。
主席魔法士と黒竜団の団長という両国の最高峰の魔法使い同士の対戦カードとなっていた。
先ほどあっさりとシャロンを下したシリルへの評価は…イアハートとの戦いを経て、確実なものとなっていた。
そもそもこの場にいるのは魔法使いばかりである。
シリルが何者なのか気がつくものも出始めているようだ。
「隣国の魔法士がなぜいるんだ?」と言ったような声がちらほら聞こえてくる。
シリルも諦めがついたのだろうか。ジョシュアが転移魔法を禁じなかったのもあるだろう。
先ほど見せていた遠慮はなんだったのかと言いたくなってくるほどにひょいひょいと姿を消してイアハートに切り掛かっている。
イアハートは必死で避けているようだ。空中から急に現れる斬撃を避けれるのだからやはりイアハートも異次元の強さなのだろう。
ライラにはよくわからないレベルの戦いが繰り広げられていた。隣にいるパーシヴァルに質問しては瞳を輝かせている。
フェルは楽しそうだった。「来るぞ来るぞ!」などとシリルが消えたときは声を上げている。
一気に騒がしくなった室内だがーーーミシェーラとダスティンがほっとしたように肩の力をぬいた。
ジョーハンナだけが変わらない様子で会場を見下ろしている。
ダスティンが安堵しているのには理由がある。
竜の加護を受ける国の間には暗黙の決まりがあるのだ。
固有魔法を使える者と使えない者。また固有魔法の熟練度。
魔法使いは実力主義…王族であっても例外ではなかった。
グレイトブリテンでいえば黒魔法にあたるのだが、他国からすると黒魔法が使えないダスティンやジョーハンナは王族であって王族でないとみなされているのだ。
女王に無茶振りされた際に言い返せるのか。
ダスティンは非常に焦った。
だからパーシヴァルが来て安堵したのだ。
ポツンと取り残される形になった女王は再びライラに接近しようとしてパーシヴァルに射抜かんばかりに睨まれていた。
「若いわねえ。ーーー逆に守るべき存在なんだってバレバレよ?」
女王が挑発するように言っても鼻で笑うだけだった。
つまらなそうに座り直した女王。
しばらくは大人しくシリルとイアハートの戦いを見守っていた。
その瞳は穏やかでシリルの勝利を疑っていないようだ。
早く終わらないかしらと言いたげに会場を見ている。
女王の思いが伝わったのかはわからないが、シリルが急に転移をやめた。
口元がわずかに動く。
ここぞとばかりに切り掛かったイアハートだが…なぜか急にがくりと膝をついた。
大画面に映し出されたイアハートの表情が苦しげに歪んでいる。
歯を食いしばり、必死に剣を地面に突き立てる。
その表情はまるで何かに抵抗しているようでーーー
「重力魔法…シリルは固有魔法なんでも使えるのかな?」
フェルが驚いたような声を上げた。
言われてみればうっすらとシリルが青く輝いている。
「重力魔法ってどこの固有魔法ですか?」
ライラが隣のパーシヴァルにこっそり聞いている。
パーシヴァルは会場を凝視したままで「フランク王国」と答えた。
パリン、と食器が割れる音がした。ジョーハンナが持っていたカップを落としたようだ。
ーーー転移魔法、鑑定魔法、さらに重力魔法…シリルってさすが赤竜さまが誘拐してきただけのことはあるな。
シンと静まり返った室内で女王の声が響いた。
「シリルは選ばれた魔法使い。魔法に関係するかは知らぬが『囲碁と同じで読みが大切』などいってかなり正確に未来を予想していたりする。…あやつがいなければプロイセンはとっくに倒れていたであろうよ。」
そういった女王は誇らしげで…ものすごく悲しそうだった。
ライラは女王の表情から目が離せなくなった。
じーっと見ていると女王と目があった。
女王が笑う。
その笑みは毒を含んでいてーーーライラはゴクリと唾を飲み込んだ。
ーーーものすごく憎まれている?
ライラが表情を曇らせた時、パーシヴァルがライラを庇うように抱き寄せーーー口を開いた。
「そんなことを言うためにわざわざ足を運んだのか?自分の親戚が国で暴れまわってる時期に他国で油売ってて大丈夫か?」
パーシヴァルはにっこりと笑っていた。
完璧な笑顔は逆に不気味だった。
ハラハラとやりとりを見守っているミシェーラが「暗黒微笑…!」と呟いてダスティンが頷いている。
パーシヴァルと女王の間にひんやりとした空気が流れる。
ライラは幸せのあまり「うへへへへ」と言う笑いが溢れそうだったが必死で堪えた。さすがに空気を読んだらしい。
[勝者、シリル=オゾン!ーーー皆さんお待ちかねのシャーマナイト殿下が登場するエキシビションマッチは三時から行います。]
会場からワッと歓声が上がったことで室内の緊張が途切れた。
チラリと目線を外にやったパーシヴァルがライラを解放する。
ライラは残念そうな顔でパーシヴァルを見て「お前は本当に…」と呆れられていた。
ーーーリン。リン。
転移魔法の音がなる。
会場の声援が収まらぬうちにデニスを連れてジョシュアがやってきた。
後ろからはシリルが現れた。すぐさま女王のそばへと移動している。
駆け寄ってきたデニスにパーシヴァルが「危機感ないアホを守れ」と命令している。デニスはライラをひょいと抱えながら真面目な顔で頷いていた。
ーーーなんか今日は抱えられてばっかりだな。
ライラが「なんで?」と首を傾げるとフェルが「近距離にいないと守れないレベルの敵がゴロゴロいるからみんなピリピリしてるんだよー」と教えてくれた。
フェルはピリピリしていないようだ。さすがである。
ジョシュアはシリルと女王、パーシヴァルとライラたちを順番に見た後でーーー何かを考えるように顎に指を当てた。
そしてシリルへと向き直る。
「慌ててパーシヴァルがいなくなったし、女王の魔力も細波だっている。ーーーわたしにもわかるように説明してくれないか?なんでこんなところで揉めている?ここは学生が集まる場所だ。戦いを持ち込むのであれば消すぞ。」
あまりにもいつも通りの表情でジョシュアが言った。
脅しでもない。
ただ確認しているのだ。
女王がさーっと青ざめた。
シリルは逆に「言わんこっちゃない」と呟いて緊張を解いている。
パーシヴァルはジョシュアが現れたことで自分の役目は済んだと思ったのであろう。ニヤニヤとジョーハンナの方へと近寄って行った。何か企んでいるようだ。
シリルが女王に向き合うように立った。ジョシュアには背中を向ける格好だ。
「いつも散々釘刺してるのにプロイセンの王族はどうして考えなしに突っ込んでくるのかな。俺が敵わないって言ってるんだよ?赤竜さまでさえジョシュアには《《お願い》》したんだよ?ーーー女王、間近で見てわかったでしょ?数年前のイメージのままでした?残念でした、さらにパワーアップしちゃってるんです。」
シリルは女王の目…は見れなかったようだが、鼻あたりに視線を合わせ言いたいことを一息で告げた。
そして女王がグッと黙り込んだのを見て今度はジョシュアに向き直る。
「ジョシュア、プロイセンは…とは言い切れないけど少なくとも俺と陛下は何も企んでない。身体強化の魔道具にも真名事件にも関わってない。前報告した通り。今回陛下が来たのは臣下に情報を曲げられてイライラが溜まって飛び出してきちゃったらしい。あとは俺の本気を出させるためという非常に下らない理由。」
ジョシュアはシリルをじっと見た後で…「そうか」と頷いた。
そして、なぜかいつにないほどに瞳を輝かせた。
「ーーーお前が本気で戦ってくれると思っていいのか?」
シリルが「なんでそんなに嬉しそうなの?馬鹿なの!?」と叫んだものの、ジョシュアの耳には入っていないようだった。
「観客の安全を考慮しなければ…イアハートとシャロンを待機させよう。」
よし、とうなずいた後でジョシュアは消えていた。姿を消す前に喧嘩になっていたパーシヴァルとジョーハンナを撫でていった。自由である。
ライラはフェルと顔を見合わせーーーぷっと吹き出した。
それもそのはずーーー
「ジョシュア様の魔力、珍しく波立ってたね。よっぽど楽しみなのかな。」
シリルが「俺明日生きてるかな」と絶望したように呟き、女王に「すまん」と謝られていた。