5の七 久々のあの人
特別寮の談話室。
いつも通り黒薔薇団の定例会議が行われていた。
そして今回の議題は一週間後に迫った最強位決定戦についてだった。
パーシヴァルが会議の進行をする中でライラは必死に魔法陣を描きつけていた。
実技の時間に久々に追加課題をもらってしまったのだ。
授業単位はもらったのだがライラ本人が反魔法も魔力増幅もできないことがアルフにバレてしまったのだ。
「フェルとシリルがいたから全く気がつかなったぞ!ーーーよし、この魔法陣を発動してみなさい。少し外部の魔素を動かす感覚がわかるかもしれない!」
ーーーというアルフの100%の善意をライラは断りきれなかったのだ。
この時期、生徒と一緒になって教師も浮かれているために授業課題が減っているというのに追加課題なんてというライラの必死の訴えはアルフには届かなかった。
「何?課題をやりたくない?ーーーやっておきなさい!最強位決定戦に出るのだろう?君自身も鍛えた方がいい。」
アルフはそう言って「反射」と「吸収」の効果のある魔法陣をくれた。
アルフ自身が反魔法が苦手でこの魔法陣で散々練習したらしい。
「これを使って優勝するんだ!お前ならできる!」
ーーーいつの間に優勝する話になったの!?
ライラは暑苦しいまでの期待の込められた魔法陣の記号の意味を教科書で調べ上げていた。意味を理解しているのといないのとでは発動効率が異なるというのがフレイザーの口癖だ。ライラも新しい魔法陣をもらったら意味を調べるというのが習慣になっていた。
ビバリーが課題もらうなんて馬鹿ねといった意味のことを言ってきて二人の間に冷気が漂ったが、パーシヴァルが「まあライラは馬鹿だよな」と言ってきたために険悪な空気は霧散した。ライラはパーシヴァルにならなんと言われてもご機嫌になるためである。
ライラがそうして必死に課題に励む中ーーー肝心の会議の方は硬直状態に陥っていた。というのもーーー
「ライラック=ガブモンドの魔獣は参加しないでほしいという嘆願書が十件。シリル=オゾンは参加するのかという問い合わせが三十件、シャーマナイト殿下に参加してほしいという教師陣の嘆願が五件。…エゲート様、どうします?」
最強位戦の実行委員長であるビバリーからの報告にパーシヴァルは「俺らが決めることじゃなくねえ?」と心底面倒臭そうに言った。
「そもそも使役獣はオッケーだろ。何が問題なんだ?」
パーシヴァルに応えたのはレイモンドだ。
何やら険しい顔をしている。
「フェルが竜種同等という情報が回ったみたいで賭けの倍率が凄いことになってるらしいです。みんなお金がかかってるからかライラ本人が出るのかフェルが出るのか気になって仕方ないみたいで。」
「…勝手に賭けといて何言ってんだ。ライラが単体で出るわけねえだろ。」
パーシヴァルはフェルの出場賛成派のようだ。
しかし、隣のレイモンドの意見は違った。
「ーーーでもフェルが出たらパーシヴァル様が危ないじゃないですか。」
「「「「(ついに本音言いやがった!)」」」」
「お前なあ。」
呆れた顔でパーシヴァルがレイモンドを見るがレイモンドも譲らない。
そんな時ミシェーラが「ちょっといいですか?」と口を挟んだ。
「そもそもライラがパーシヴァル様に攻撃することを許可するわけないと思うんです。」
ミシェーラの発言に全員が確かにと頷いた。
「それを言ったらデニスもライラに攻撃しないだろ。」
「レイモンド先輩こそパーシヴァル様に本気で攻撃しないですよね?」
平行線を辿る話し合い。ビバリーは勝手にしてくれと言わんばかりに魔力通話ないじっている。ライラはそんなビバリーとみんなを必死になってなだめている副実行委員長のジョージを見比べて、「ビバリーがジョージに面倒ごとを全て押し付けている」という噂は恐らく正しいなと思った。
ジョーハンナも暇そうに雑誌をめくっている。
なんでも今年は出場しないそうだ。「去年より良い成績が取れるわけないもの」と潔く出場辞退を表明していた。
口論に発展しかけている話し合いに終止符を打ったのはパーシヴァルだった。
バンと机を叩いて皆を黙らせる。
パーシヴァルの隣に座っていたライラもびくりとして顔を上げた。
「皆の意見も分かれているようだが学園の伝統は変えない方がいい。例外はよくないと俺は思う。ーーーフェルは出場許可。ただしフェルの学生への攻撃は禁止。シリルは教師の部に出させる。ジョシュアは出る気満々だから問題なし。以上解散。」
パーシヴァルは唖然とする皆を置いてスタスタと出て行った。
しかし反論の声は上がらなかった。
パーシヴァルがそう言うなら、と各自動き始める。
ライラは魔法陣を片付けようとして…ジョージに呼び止められた。
「ライラとフェル、あとデニスも入れとくか。今回の決定含めて公式掲示板更新するから写真撮らせて。」
ライラが公式アカウント?と首を傾げているとミシェーラが「わたしも入りたい!」と駆け寄ってきた。当然ジョージが「むしろこちらからお願いしたいくらい!」と喜んで許可を出す。
はてなマークを浮かべるライラにデニスが笑って説明をしてくれた。
「魔法使いが多く登録している掲示板に書き込むんだよ。魔力通信で見られるんだけど…ライラそういうの興味ないもんなあ。」
ライラは前世でいうSNSのようなものだと理解した。
確かに興味がない、今まで知らなかったのも頷ける。
「ミシェーラちゃんなんて一人で専用の掲示板持ってるんだぜ?」
デニスの言葉でライラは「え!見たい!」と急に掲示板への興味を発揮し始めた。
「お前ほんとにミシェーラちゃん好きだな」と呆れられたが事実なのでライラとしては問題ない。
デニスの魔力通話を覗き込むとーーー「ミシェーラ=ビリンガムちゃんを見守る掲示板」という名前で登録者数が100万人を超えていた。
「100万人!?魔法使いの総人口よりも多くない?」
ライラが叫ぶとミシェーラも近寄ってきた。
そして画面を覗き込んで呆れた顔になる。
「なんでわたしの掲示板見てるのよ。」
「ライラが見たいっていうから」とデニスが答えると「本物をいつでも見てるでしょ?」と不思議そうにされた。それとこれは違うのではないかとライラは思ったが。
ライラは写真を見つつ…これを撮った人は本当にミシェーラが好きなんだなあと納得できた。彼女がどういう角度でどの瞬間が一番輝いて見えるかをよくわかっているのだ。
「よく撮れてるねえ」とライラが感心しているとミシェーラがパタンと画面を閉じてしまった。ちょっと口を尖らせているところを見ると恥ずかしかったらしい。
「親衛隊の子が更新してくれるの。ーーーいいから写真撮りましょ。」
更新した写真のミシェーラの表情がいつもより幼くて可愛いといって魔力通話上で凄まじい速度で拡散してしまい、ジョージが慌てることになるのだが情報共有という意味での目的は果たされたのだった。
◯
最強位決定戦の日になった。
初日は教師陣の部だ。
ライラはデニスに今年も渡された長すぎるマントにすっぽり包まれた状態で特別寮を出た。
寮を出ただけで遠くの方から喧騒が聞こえる。
会場はすごい人になっていそうだ。
昨年と同様…いや今年はイレギュラーが多いためか昨年以上に大盛り上がりのようだ。デニスによれば賭けも大荒れらしい。きっとフレイザーも喜んでいるだろう。
今年のイアハートが用意したのは「太陽系」という名の競技場だった。
真っ黒に塗られたドームの壁に沿って設置された魔力灯。
天井には絶えず流れ星のように光が旋回している。絶えず光り輝く色とりどりの光はミーティアウィークの空を彷彿とさせた。
観客席はすり鉢状で、所々惑星をモチーフとしたいくつかの部屋が設置されている。
一番の光源は天井の真ん中に取り付けられた巨大な赤魔石だ。
ライラに原理はわからなかったがメラメラと燃えるように赤い魔力を発しながら光り輝いている。
暖房の役目も果たしているのかもしれない。競技場の中は外と比べてずいぶん暖かかった。
ーーーあれものすごく魔力食うらしいよ。イアハート学園長がジョシュア様が対愛に出る記念だっていってわざわざ引っ張り出してきたんだって。
入り口まで一緒だったシリルの情報だ。リハーサル時に教師の間で話題になっていたらしい。ジョシュアも赤魔石を見て「綺麗だ」といって喜んでいたそうだ。イアハートが得意げだったとか。
途中でシリルを下ろし、ライラ、デニス、ミシェーラ乗ったプレートが通るとさーっと人だかりが割れた。
きゃあきゃあ騒がれるとライラまで自分が人気者になってような気にさせられる。プレートはミシェーラの親衛隊が片付けてくれるらしい。
「ここはいいので早く行ってください。…お気をつけて。」
補助員の生徒たちに案内され、四角い箱に乗ったライラとデニスとミシェーラ。黒薔薇団は木星という部屋が与えられていた。
ベージュを基調とする家具はどれも一級品。黒薔薇団の在籍者は家柄の高いものが多いためだろう。
その価値に気がついたミシェーラは「さすがね」と呟いていた。
ライラは「ちゃいろーい]と言って、デニスに「バカ丸出しだな」と笑われている。
三人は右端のふかふかのソファに座った。競技場との間にはガラスのような透明のプレートがはめ込まれている。表面にうっすらと見えるのは防御の陣だろうか。安全を重視するイアハートらしい細やかな気遣いである。
次々と部屋には黒薔薇団の生徒がやってくる。
レイモンドとジョーハンナが連れ立ってやってきたのがライラにとっては意外だった。
「エスコートしろって言われちゃって。ーーーパーシヴァル様も一人で解説席行きたくないってごねるし、みんなわがままで困っちゃうよー。」
あははと笑ったレイモンドにライラが「王族の方に好かれるなんて羨ましいです」と口を曲げた。
デニスがお前が言うか?と言いたげにライラを見ていたがライラは気がついていなかった。
レイモンドとデニスがソワソワとし出した。ジョージはすでに行ってしまっている。
「そろそろ時間」「でもまだ来ていない」二人でそんな会話を交わしている。
ーーー今日はフェルがいるから護衛は大丈夫なのにどうしたんだろう?
ヤナはシリルと一緒なので…フェルは元気だ。最近の鬱憤を晴らすように伸び伸びと空を飛んでいる。
開始時刻まで三十分を切ったところでウィーンと四角い箱が上ってくる音がした。
ーーーあれ、誰か戻ってきたのかな?
ライラと同じく何も聞かされていないらしいミシェーラと顔を見合わせ…現れた緑色の頭を見てミシェーラが息を飲んだのがわかった。
「ダスティン様…どうしてここに?」
ミシェーラが呆然と呟いた。
ライラがミシェーラの横からそそくさと退散する。
ジョーハンナが手招きしてくれたのでありがたく隣に座った。
ダスティンはデニスとレイモンドに「もういっていいぞ遅れて悪い」と声をかけ…なぜか少し怒ったようにミシェーラの元へと歩み寄っていた。
ライラが聞いた感じ、ミシェーラがダスティンの連絡を無視し続けていたらしい。
ーーーそれはミシェーラが悪いかも。
ライラが二人をじっと見ていると…ジョーハンナがライラへと話しかけてきた。
「あなたから見てミシェーラはダスティンのことどう思っていそう?…黒薔薇団はダスティンの味方が多くてミシェーラ側の意見があまり聞けないのよ。」
ーーーなんと黒薔薇団のメンバーであるジョーハンナ、レイモンド、デニス、ジョージ、ビバリーまであまりに落ち込んでいるダスティンを励ますために今日この場所にダスティンを招待したそうだ。
ジョーハンナの期待に応えるべく、ライラはミシェーラがダスティンからメッセージが来るたびにミシェーラが百面相していた話を披露する。
まさか返信していないなんて思いませんでしたとライラが真顔で言うとジョーハンナが「そのせいで今怒られているのでしょうね」と呆れ顔になっていた。
「ダスティン様のこと皆さん大好きですね。」
ライラがダスティンのことをちらりと視界に入れた後で、若干の驚きを込めて言うとジョーハンナがすごく優しい顔になった。
二人の仲の良さが伝わってくる表情で、ライラまでほっこりとした気持ちになる。
「わたしはダスティンがずっとミシェーラ一筋だったのを知っているからどうも肩入れしてしまって…。」
ライラはジョーハンナが口にした「ずっと」という言葉が引っ掛かった。
首を傾げたライラにジョーハンナが「これはここだけの秘密よ?」と悪い顔になった。その笑みが普段の楚々とした印象とのギャップであまりに可愛らしかったのでライラは一瞬ポーッと見惚れてしまった。
告げられた内容に一瞬で正気に戻されるのだが。
「ーーーダスティンが一度も飛び級をしなかったのは学生生活で三歳年下のあるフィメルに会いたかったからなのよ。…馬鹿でしょ?」
ーーーダスティン様はミシェーラと学園生活を共にしたかったから飛び級していないってこと!?うひゃああ。
ライラが瞳がこぼれ落ちそうなほど目を見開いたのでジョーハンナがおかしそうに笑った。
〜〜〜パパパパーン!パラパラパ〜♫
思い思いに雑談していた観客たちは、わっと歓声をあげた後で、静かになった。
音楽に合わせて魔法弾が花火のようにパーン!といくつも上がる。
その中でひときわ大きな赤と黄色の華がライラたちの方目掛けて飛んできて、しかも二つの魔力が器用にハート型になっているのを見てライラはクスリと笑った。
「デニスとレイモンドさんからのお祝いかな?」
ライラがミシェーラとダスティンの方を見るとーーー二人して呆れ顔になっていた。どうやら喧嘩は終わったようだ。
「同じ量の魔力を同じ方向に飛ばす…多分相当練習したんじゃない?相変わらず変なところにこだわるわね。」
内容とは裏腹に弾んだ声でジョーハンナが言った。
ライラが思っていた以上にジョーハンナは感情豊かな人のようだ。
花火が終わるとーーー本日の主役の教師たちの登場だ。
パーシヴァルの声で「選手入場です」というアナウンスがあった。
淡々としたパーシヴァルの声と会場の「パーシヴァル様ああ!」という歓声とのギャップが面白い。
一人一人がパーシヴァルの紹介に合わせて入場するのだ。
ライラはそこで呼ばれる役割を今年も楽しみにしていたのだが…ジョシュアとパーシヴァルで話し合ったと放送が告げ、その内容に思わず吹き出してしまった。
[毎年恒例、先生方には黒竜伝説で有名な5つの大罪を背負っていただきます。…っていう台本なんだけど今年は参加者がやたらと多いので俺とジョシュアで話合って勝手に肩書を増やしました。色欲、怠惰、貪食、強欲、非嘆、異世界人、最強…ですね。]
パーシヴァルの淡々とした解説に笑いを堪える黒薔薇団とは対照的に会場からはざわめきが起こる。
しかし、パーシヴァルはそんな観客の動揺など全く気にした様子もなく選手紹介を始めた。
[では改めまして、選手紹介です。色欲のシャロン。彼の就任以来、無敗記録は十一年破られていませんが今年はイアハートが初めからいるから負けるかもね。]
シャロンは白いベガサスに乗って会場にスッと入ってきた。
上下左右と流れるようにペガサスを操り観客の目を楽しませながら、見事な乗馬技術で会場を一周してみせる。
ピンと伸びた背筋に剣を数本下げた姿は、本物の騎士のようだ。
普段のバッチリメイクはどこへ行ったのか。
服も完全に戦闘服だ。彼の本気度合いが窺える。
「誰?」
「え、シャロン先生ってあんなにイケメンだったの?」
「どっかで見たことあるぞ?」
ライラはシャロンのノーメイクの状態も似たことがあったので「ああ化粧してないなあ」くらいにしか思わなかったのだが…隣にいるジョーハンナ、斜め前のダスティン、ミシェーラが固まっている。
ーーーどうしたんだろう?
ミシェーラが慌てたようにダスティンへと何か耳打ちしていた。ダスティンも「やっぱりそうだよな!?」と同意しているのでどこかで見た顔だったのかもしれない。
「毎度、毎度、色欲なんて失礼極まりない。」
声も普通だった。
オネエ言葉じゃないし変に高い声でもなかった。
怒りながらも赤魔法でハート型などを作って飛ばしているところだけがシャロンっぽさだろうか。騎士とハートマークは似合わないなとライラは思った。
「続きまして、万年準優勝…今年は強者が多すぎてやる気がないとの噂。怠惰のフレイザー。」
行けー!怠けるなー!下克上を見せてやれ!
パーシヴァルの放送にフレイザーの眉間のシワがさらに深まった。
生徒から人気は相変わらずだ。かなりの声援を受けたフレイザーだが、用意された黒のベガサスにまたがりながら、ひどく不機嫌そうな表情を隠すこともなく中央の選手立ち位置まで一直線に飛んでいった。去年と全く同じ行動だった。ブレない。何があってもブレない。
歓声に応えるどころか今すぐに帰りたいと言いたげな顔で中央に立っている。
しかし、ペガサスからひらりと降りたフレイザーの身のこなしは軽かった。
事前情報によればフレイザーに賭けている人間は例年と比べれば少ないそうだ。
イアハートが初めのトーナメントから出ているので仕方がないとも言える。
「今年こそ出ないってごねられてどうしようかと思った。」
ーーー今年のフレイザー説得役のジョージのコメントだ。結局、賭けで儲かるのに出なくていいんですか?と聞いたら承諾してくれたようだ。相変わらずである。
その後、「貪食」のアルフが会場中にマジックキャンディをばらまいて、保護者に連れられてきていた子供たちを笑顔にしていた。アルフは子供達からの人気者だ。
[続きまして、今年の大穴。異世界人でプロイセンからの留学生…シリル。]
ーーーえ、異世界人とか大々的に言っちゃって大丈夫なの?
ライラの心配をよそに観客はワー!と盛り上がっていた。
なんとジョーハンナによればプロイセンにはそこそこ頻繁に異世界人がやってくるらしい。しかも大抵が魔力持ちなのだそうだ。新事実である。
「ーーーシリルって主席魔法士なんでしょ?ジョシュアより強いの?」
ジョーハンナの疑問にライラはないないと手をひらひらさせた。
「シリルがよく『ジョシュアは戦っちゃいけない相手』って言ってますからジョシュア様の方が強いんだと思います。ーーーでも二人の戦いは見てみたいですね!」
その後で「悲嘆」としてイアハートが呼ばれた。その理由がーーー
[ジョシュアとあたる前にシリルとぶつかるんでガチ凹みしてました。…グレイトブリテンの黒竜団のトップなんだから悲嘆してないで勝ってください。]
呆れた声の放送に会場からは笑いが起こった。
勝利者予想では堂々一位のイアハート。
しかし、その表情は硬い。
「イアハート学園長はどれくらい本気で戦うんでしょうか?」
ライラの疑問にジョーハンナはさあねと肩を竦めた。
「ただ、こんなに大勢が見てる前であっさり負けたらまずいからシリルとは打ち合わせしてるんじゃないかしら。ーーーシリルが主席魔法士って明かすかどうかにかかってそうね。」
そのときフェルが、あ!と声を上げた。
「今まで全く気がつかなかったけどシャロンとイアハートにも黒が入ってるね!ーーー今年は黒の子が多いねぇ。」
フェルから衝撃の事実が告げられライラはパカンと口を開いた。
ジョーハンナはそうねとフェルの言葉を肯定した後で「みっともない顔はやめなさい」とライラを注意している。
イアハートへの歓声がおさまったところでーーー最後の一人の登場だ。
ライラはすくっと立ち上がって透明な板ギリギリまで近づいた。
少しでも近くでジョシュアを見るのだという強い意志を感じる行動だ。
「動画を撮らなくなっただけ成長したよ」とフェルはしみじみとつぶやく。
ジャジャジャジャーン!
ジャジャジャジャーン!
ジャジャジャジャン♫ジャジャジャジャン♫ジャジャジャ…
クラシックの音に合わせて会場の照明がかなり絞られる。
ドーン!という打楽器の音とともにババババババ!と魔力弾が打ち上げられた。
[魔法使いでこのマスキラを知らない人はいないでしょう。グレイトブリテン史上最強の魔法使い。ーーーパーフェクトプリンス・ジョシュア=シャーマナイト!]
パーシヴァルの解説に合わせて氷竜に乗ったジョシュアが入ってきた。
氷竜はジョシュアをようやく乗せられるようになって嬉しいのか誇らしげに見える。
スポットライトに照らされ悠々と会場を一周するジョシュア。
観客の多くはジョシュアの魔法を楽しみにしているのだろう。本日一番の盛り上がりを見せた会場。
至るところでシャーマナイトコールが上がり、ジョシュアも手を振り返したりしている。
しかし、ライラはその口元がほんのわずかにだが歪められているのを見てーーー「ジョシュア様不機嫌!パーシヴァル様がわざとらしい紹介したから不機嫌!」とはしゃいでいる。非常に楽しそうだ。
ジョシュアたちは木星にも近づいてきた。
氷竜が「らいらだー!」と竜の言葉で叫んで突っ込んできそうになったためにフェルが慌てて浮遊魔法で止めていた。
ジョシュアはそのやりとりをいつも通りの凪いだ目で見守っていたが…ライラだけ立ち上がって前で手を振っているのを見て呆れたように眉を上げていた。
去って行ったジョシュアを見ながらーーーダスティンが驚いたように言っていた。
「ジョシュア様はあれほど感情を表に出される方だったか?」
ダスティンの呟きにミシェーラが笑いながら応えた。
「今でも対して感情出ているようには見えませんが…ライラが常に上機嫌なので引っ張られるのかもしれないですね。」
ミシェーラは半分冗談のつもりだったのだが、ダスティンは真面目な顔で頷いている。
「ジョシュア様を安らかな気持ちにできるなら、ライラックも役に立つな。」
ミシェーラは「ライラのあの明るさは才能ですよね!」と嬉しそうに言った。
ダスティンは悔しげに頷いている。自分もジョシュアの役に立ちたいのにとライラへ対抗心を燃やしており、ミシェーラに笑われていた。
「ふふふ、相変わらずダスティン様はシャーマナイト様が大好きですね。」