5の四 おしごとしましょう
七日間続いたミーティアウィークは慰霊祭で締め括られる。
黒竜の力が不安定になったことが原因で起こった事故の犠牲者の冥福を祈るこの式典。
有名なのは十年前と二年前ーーー第二王妃やライラの両親がなくなった事故だろう。
黒竜に関連した事故の遺族はこの日、王宮内の広間に集められる。
昨年は参加者だったが、今年のライラは一味違う。
「もうライラさんは側近ですよね!」と良い笑顔でオズワルドが宣言したため、開催者側に回されたのだ。
ライラとしてもジョシュアのそばに多くいられそうな開催者側で参加できる方がが嬉しかったので問題は無い。
式典当日はキラキラとした会場にたくさんの美味しそうな料理が並んでいたが…それを準備する方は大変なのだ。
ライラは招待客のリストを元に招待状を手書きで作成した。
こういう時にこそ魔法陣が使いたいと思ったライラだが、手紙を代筆するような魔法陣は存在しないらしい。手書きに拘っているのなど王宮くらいだから他で必要とされていないせいだと説明された。今すぐ王宮にもデジタル化を導入すべきだとライラは心から思った。
しかし、この作業をライラが楽しく続けられたのは…なんとジョシュアの執務室で作業することが許可されたためだ。
「でも、ジョシュア様は防衛のお役目があるからあんまりいらっしゃらないよね。」
ライラはそんな風に考えていたのだが、ライラが予想していた以上にジョシュアは執務室に戻ってきた。
なんでもパーシヴァルがフルタイムでいる分、去年よりもよほど楽らしい。
「ジョシュア様とパーシヴァル様はお一人いらっしゃるだけで十分すぎるほどの黒魔力をお持ちなのです…もっと王族内での黒魔力が弱まった時代はいくらでもありましたからね。」
オズワルドがそんな風に語っていたのでライラはなるほどと思った。
代替わりの緊急時なだけあって黒竜も加護を強めていたとどこかで聞いたなとライラは思う。
ペンだこができるほどに招待状を書き続けたライラ。
終わった後は会場に飾る魔石飾りの手配を任された。
「わたしセンスとかないんですけど…。」
ライラは戸惑いがちに言ったが、両手いっぱいに仕事を抱えたオズワルドに笑顔で「お願いしますね」と言われてしまい断れなかったのだ。
ライラはフェルと相談しながら飾りを作っていった。
クズ魔石にほんの少し魔力を込めて光るようにした後で、糸を通して天井から吊すのだ。
接着の魔法陣をちまちまと書き続けているライラを見てフェルが言った。
「ーーーボクの浮遊魔法で浮かせてあげよっか?」
ライラは葛藤した。一瞬だけ。
悪目立ちしそうだからやめといたら?という想いと面倒だし任せちゃいなよ!という誘惑。
ちょうどその時に執務室へと戻ってきたのはジョシュアだ。
ライラは早速上官であるジョシュアの意見を聞いてみた。
「ーーー浮いてればなんでもいいんじゃないか?」
「いいわけねえだろ!」ーーーパーシヴァルがいれば突っ込んだであろうジョシュアの回答。
聞く人選をライラは間違えている。
しかし、ライラにとってジョシュアは絶対だ。
当日、例年は天井から吊るされているはずなのに、今年に限って四方八方に動き回る飾りを見てオズワルドが頭を抱えることになるのだが…とにかくライラは降られた仕事を着々とこなしていった。
一方、そのころ学園では。
ミーティアウィークで黒薔薇団のまとめ役であるパーシヴァルやジョーハンナといった上級生が出払い、ジョージが学園で起こる騒ぎに四苦八苦。
ライラに応援を求める連絡が一日に何件も届く中でーーーそして全く返信が来ないことにジョージがショックを受けていることなど知らずにーーーいよいよ慰霊祭の日になった。
慰霊祭の出席者はスタージュエリー以外の装飾品は一切外し、黒と白を基調とした衣装に身を包む。
出席者は数百人にものぼる。ライラは当日受付で笑顔を振りまきながら登録されている魔力と実際の魔法使いが一致していることを確認していく。
「なんでここに色なしが?」
怪訝そうな顔でいう魔法使いもいたが、大抵は去年も参加しているのだろう。
「去年はひどい目にあったね」だとか「シャーマナイト殿下によろしく」などという表面上は友好的な態度を取ってくるものがほとんどだった。
傑作だったのはビバリーだった。
受付はもう一人の方ですませたらしい。ライラの存在に気がつかなかったようだ。
どうやらライラがいないか会場を確認した後で、ホールへと戻ってきて親戚の中で「例のあの子、今年は参加できなかったみたいよ」などと内緒話になっていない声量で言っていたのだ。
しかし、親戚内でもそろそろライラを攻撃するのはまずいのでは?という考えの人間がちらほら出てきたようだ。
慌てた様子で大人の一人がビバリーに何か伝えに行った。
その時には招待客の列も落ち着いて暇になっていたライラは…ビバリーが驚愕の顔で振り返った瞬間をバッチリ見ていた。
あえてジョシュアからもらった指輪が見えるように手を振ったらビバリーが真っ赤になっていた。
ライラとしてもいい暇つぶしにはなったと思う。
受付の役目を終えたあとーーーライラはご機嫌でジョシュアの斜め後ろをついて回っていた。
こういう書き方をするとストーカーのようだが、きちんとした仕事だった。
ジョシュアに渡されるスタージュエリーを回収し、代わりにこちらで用意したブレスレットをジョシュアに渡すという役目だ。
空間魔法の付与されたカバンにしまうと、どれがどれだか、すぐにわからなくなってしまうため、普通の木箱を持ってライラは立っていた。
実はこの仕事、数百個のジュエリーを小一時間持ち続けなければいけないため、騎士たちからも嫌がられている役目だった。ジョシュアのそばについていけると聞いたライラがやりたがった時は「正気か?」と心配されたほどだ。
「浮遊魔法でフェルが運んでくれますから。」
ライラがそう応えると皆が納得の表情を浮かべていたが。
「やりたいってライラは言うけど結局はボクに任せっきりなんだよ。」
呆れたような声で言うフェル。
しかし騎士たちからも「この細腕にあの仕事は無理だ」と言われてしまうほどにライラは筋力がないのだ。
ライラはフェルに感謝しつつ、笑顔でジョシュアとジュエリーの受け渡しをしていたのだが…そんなライラが暇そうに見えたのだろうか。
ジョシュアが話し込んでいるタイミングで五十歳くらいのおじさんに話しかけられた。
魔法士団に所属しているというおじさんの自慢をはいはいと聞き流していたのだがーーーなぜかこのおじさん、ライラとジョシュアにずっとついてくるのだ。
途中でライラとは逆側に立ってジョシュアをサポートしているオズワルドから「大丈夫ですか?」と言わんばかりのアイコンタクトをもらったが、忙しそうなオズワルドを煩わせるほどのことではないと思って一つ頷いておいた。
しかし、あまりに話を聞き流しすぎたせいだろうか。
自称魔法士団のおじさんの話は話題の美少女…ミシェーラの話になっていた。
「こう見えてもいろんなところに伝手があってさ…ミシェーラ=ビリンガム嬢のことにも詳しいんだよ。」
ここまできてもライラはそうなんですか、と頷いていた。
フェルなど吹き出していた。
ライラより詳しいわけないでしょ、とささやいてくるフェル。
ーーーこういうおじさんは話したいだけだから頷いておけばいいんだよ。
ライラは内心でそう思ったが、ちょうどジョシュアがジュエリーを求めてきたので素早く差し出した。
ジュエリーのやりとりの間は少し離れてくれるという気遣いができるんだかなんだかわからないおじさんは、ジョシュアが招待客と話し始めたのを見て再びミシェーラ嬢について語り始めた。
「ーーーそれでね、アメリアイアハート魔法学園の三年生らしいんだけど、ライラックさんは会ったことある?」
ライラは一瞬迷った。ないと言おうかどうかをだ。
しかし、ここで嘘をつくと全てのおかしな話を肯定しなければいけなくなりそうだったので「ありますよ」と応えておいた。
「え!?見たことあるの?ーーー学園ではどういう感じ?」
ワクワクとした顔になったおじさん。
しかしライラは大好きなミシェーラの情報をこんなよく知らない人に渡す気などさらさらない。
「綺麗な子でしたよ。」
ーーーなどという百人に聞いたら九十九人が応えそうな回答をした。
当然おじさんはライラをミシェーラとそれほど親しくないと判断したようだ。
様々な噂を語った挙句ーーーこんなことを言い出した。
「ダスティン王子といい感じらしいんだよ。ーーーいいねえおぼっちゃまは。」
おじさんが「いい感じ」と語るのがすごく嫌だったライラはそうなんですか。と雑な返事をしておいた。
しかしライラの反応にもめげずにおじさんは語り続ける。
「ライラックさんは色なしだもんねえ。ああいう中心的な子たちとはあまり関わりない感じかな?」
ライラが「そうですねえ」と頷いたところで…ライラはグッと後ろに引かれた。
ライラがびっくりして突然の行動をとった犯人ーーーパーシヴァルを見上げた。
「どうかしましたか?」
心底不思議そうな顔をするライラには応えず、代わりに鼻をつまんだ後で…ずっとライラに話しかけていた魔法使いを睨みつけた。
「…俺はこいつに用があるんだけどあなた誰?」
言外に邪魔だと言っている不機嫌MAXパーシヴァルの登場。
これには流石のおじさんも退散していった。
パーシヴァルとすれ違いざまに「覚えてろ、わたしの故郷をめちゃくちゃにしたこと後悔させてやる」などと捨て台詞を吐いていたのをライラは知らない。
「おじさん」の統治する地方の守りの魔法陣を薄くする命令をしたパーシヴァルは「やれるものならどーぞ」と…ありきたりな捨て台詞に鼻で笑った。
そして「身から出た錆だろ」と内心舌を出しつつーーーご機嫌でジョシュアを見つめているライラを視界に入れる。
ライラは振り返ったジョシュアにブレスレットを渡しつつ…パーシヴァルに向けて輝かんばかりの笑顔を向けた。
「パーシヴァルさま!わたしに用事ですか?」
ワクワクと顔に書いてありそうなほどご機嫌なライラを見て…パーシヴァルは助ける必要なかったか?と思った。
訝しげな表情になっている。
「ーーーいや、あいつミーティアウィーク後の要注意人物だったから心配だったんだけど…こっちの話。というかお前さっきみたいなのに絡まれて嫌じゃないの?…めちゃくちゃなこと言ってたし。」
しかしライラは本気で気にしていなかったようだ。
パーシヴァルにわざわざ足を運ばせてしまったことについて反省し始める始末である。
「これからはさっさと追い払いますね」と真面目にうなずき「そうじゃねえ」と呆れられていた。
「だってジョシュアさまのお声に集中していたのでおじさんの話あまり集中して聞いてなかったんですよね。」
そうやってパーシヴァルと会話しつつもジョシュアの話が途切れるとすかさずブレスレットを手にしているあたりライラはなかなかに器用だった。
「ーーー心配になるからあんまり絡まれるな。」
パーシヴァルはそう言って去っていった。
ライラは心配してくれるなんて優しいなあとデレッとした顔になっている。
ジョシュアが去っていくパーシヴァルを見て「なんの様だったんだ?」と聞いてきた。
「わたしが知らない人と話しかけられてたので心配して見にきてくれたんですって。」
ライラがこそこそと言うとジョシュアもつられた様に小声になった。
「パーシヴァルはライラに対しては本当に過保護だな。」
ですねえと頷いたライラ。
そんな二人を見てオズワルドが必死に笑いを堪えていたのだがジョシュアとライラは気がついていなかった。
その時ライラの生家であるガブモンド家の黒地に黄色のラインが入った衣装の集団が近づいてきた。
ライラはジョシュアからサッと離れて定位置である斜め後ろに戻った。
先頭に立っていたのは祖母ではなく天敵である叔父だった。ライラはゲッと表情を曇らせる。
オズワルドがそんなライラの表情の変化を見てジョシュアに何事かささやいた。
ジョシュアはそれに対して少し眉間にシワを寄せて「知っている」と応えている。
ジョシュアはライラの叔父の挨拶にうなずくと、他のものにしていた様に世間話を振ることもなくすぐにライラに腕輪を要求した。
少し硬い表情をしていたライラがびっくりしているのを見てーーージョシュアがボソリと言った。
「わたしだってたまには空気を読むんだ。」
振り返り様に告げられたジョシュアの一言にライラは腕輪を差し出しながら笑ってしまった。
ライラの叔父は何事か話したそうにしていたがオズワルドが「お時間です」と言って追い払っていた。
スタージュエリーの交換が終わると、会はほぼ終了だ。
ジョシュアが会場を去ると言ったためにライラも便乗して帰ることにした。
他の側近は仕事をしているのだが、ライラは熱が上がっているのではないか?とフェルから指摘を受けてしまったのだ。
フェルに運ばれながらジョシュアに付いてライラは王宮内を移動した。
「ーーーミーティアウィークは楽しめたか?」
ジョシュアの問いかけにライラは笑顔で頷いた。
「働いているジョシュア様を間近で見れてとても幸せな気持ちになりました。」
「そうか。それならよかった。」
ミーティアウィーク関係ないだろ!というツッコミを入れる人は残念ながらいなかった。まあ、贈り物で飾られた格好だけ見ればライラは非常にミーティアウィークを満喫しているので楽しんでいないわけではないだろう。
どうしてもライラの比重が王族に偏りがちなだけだ。
ジョシュアが離宮の一室を貸してくれると言うので、ライラはフェルと一緒にジョシュアの離宮の扉を開けた。
「寮まで送ってやることもできなくは無いが…今日の学園は教師も出払っていて守りが薄い。ここにいた方が安全だろう。」
ジョシュアは他国もミーティアウィークが終わったので再び敵からの攻撃が再開するかもしれないと険しい顔で言った。
ライラは真面目な顔で頷いているが頭の中では「ジョシュア様の顔は国宝級」という非常にしょうもないことを考えていた。
ーーーそれにしてもジョシュア様はどうしたんだろう?特別扱いすることをあんなに嫌がっていたのに、最近はご自身で送り迎えや体調確認までしてくれて…わたしにとってはご褒美みたいな時間だから嬉しいんだけどさ。
平和ボケしているもののそこまで鈍くないライラは「もしかしてわたしって狙われている?」と気がつき始めたのだが…すぐにライラの思考は中断された。
ジョシュアが魔法を使いーーーそして予想外の人物がいたためだ。
ジョシュアが足を止めることなく腕の一振りで扉の魔法陣へと魔力の球を投げつけた。
ズズズズズと思い音を立ててジョシュアの離宮の扉が開く。
黒で統一された離宮でーーーライラとジョシュアとフェルの視界にひときわ存在感を放つ巨大な竜の紋章の入った赤いマントが飛び込んできた。
今し方敵として話題に上がっていたプロイセンの国家魔法士のマントを着た男…入り口横の柱でズーンという効果音が付きそうなほど落ち込んだ様子のシリルを発見した。
「「「…。」」」
いつの間にブリテンへと来ていたのかだとか、プロイセンへ行っている間に何があったのだとかたくさんの疑問がライラの頭をよぎった。
しかし、固まっているとフェルがライラを運び始めてしまった。
「フェ、フェル…わたし一応お世話係任命されてるし、何があったのか聞いた方がいいんじゃないかな?」
ライラがフェルに呼びかけている間にもフェルは使用人の案内に続いてライラを寝室へと運んでいった。
「ジョシュアの横にいられるからって興奮して気がついていないのかもしれないけどかなり熱あるよ。ーーー明日は朝イチでシャロンのとこだね。」
ライラ本人よりも使役獣であるフェルの方がライラの体調を正確に把握しているのだった。ライラは気分が高揚している自覚があっただけに黙るしかなかった。
「だって…ジョシュアさまが気遣ってくれるなんて嬉しくてもしょうがないと思わない?」
うへへへへと閉まりない顔で笑うライラ。
フェルもそんなライラを見てチロチロと舌を出し入れする。
「ーーー去年に比べて人間らしくなったよね。ジョシュア。」
一方で玄関のジョシュアとシリル。
二人はジョシュアの自室へと移動していた。
使用人たちからどうにかしてくれと懇願されたジョシュアがとりあえず移動させたのだ。
シリルに関しては泊まる場所を用意する必要がない。
彼は転移魔法でいつでも移動できるからだ。
何か話したいから来たのであろう友人をジョシュアは慰霊祭様の黒装束を上着だけ脱いだ状態で、魔煙をふかしながら黙って見つめている。
シリルが重い口を開いたのはジョシュアが一本目の魔煙を吸い切ろうかというところだった。
「ーーー女王が子作りのためってせっつかれてマスキラと寝てた。」
端的な報告。
しかし十分すぎる説明だった。
ジョシュアは黙ってシリルへと魔煙を差し出した。
シリルは「ありがと」と言ってジョシュア愛用の魔煙を取り出した。
そして火をつけた後でーーーゲホゲホとむせている。
「ランカってこんなに魔素濃いの!?ーーーすげえな、ずんとくるわ。」
「ーーーでも、うまいだろ?」
ジョシュアの問いかけにシリルは首を捻っている。
「うまいか否か」答えあぐねている様だ。
室内には魔煙の立てるキラキラとした音だけが鳴り響いた。
再び口を開いたのはシリルだ。
「ーーー女王と結婚できないかもしれないとは思ってたけど、全然覚悟できてなかったんだよな。」
悔しげに表情を歪めるシリル。
ジョシュアはそんなシリルを見つめた後で…ポツリと言った。
「固有魔法継承のために子孫を残すことが五大魔法国の王族にとって最も大事なことだからな。ーーー特にプロイセンは王族が減りすぎてる。焦る奴がいてもおかしくはない。」
シリルはそう言ったジョシュアを睨みつけた。
シリルは知っていたのだ。縁談をジョシュアが全て断っていることを。
「ーーーよく言うよ。結婚する気ないくせに。」
ジョシュアはシリルの恨みがましい視線をフンと鼻で笑った。
「黒竜さまと番うからな。」
ーーーとジョシュア以外が言おうものなら頭がおかしいのではないかと心配されそうな台詞を吐く。
「…黒竜さまって結婚相手として成立するの?」
シリルの疑わしげな顔にジョシュアは「知らん」と応えた。
「結婚ができるかは知らないがーーわたしは自分を黒竜さま以外にくれてやるつもりはない。」
キッパリとジョシュアは言い切った。
シリルは「俺も言ってみてえ」と口を尖らせている。
「女王ももっと赤に愛されていれば…いろんなことが自由にできたんだろうなあ。」
シリルは独り言の様にこぼした。
ジョシュアは何も言わなかった。ただ、シリルの表情を見て痛そうだとは思った。
ーーー王だからといって何もかもが好きにできるわけではない。
ジョシュアは自分が守れなかったものや諦めてきたもののことを思う。
胸で淡い光を放っているサークルストーンへと無意識に手を伸ばしているジョシュア。
シリルはちびちびと魔煙に口をつけつつ魔力通話をいじっていた。
沈黙が気にならない程度に二人は気を許しあっているのだ。
ジョシュアは「今日の使用人はやたらと紅茶を勧めにくるな」などと考え…使用人相手には社交的な笑みを浮かべ、今まさにフィメルを真っ赤にさせているシリルのことを見た。「プロイセン仕込みの野性味あふれる魅力があって素敵」などというささやき声が聞こえてきて、ジョシュアは内心首を傾げる。
ーーー主人の顔を見て話すこともできないシリルが野性味…?
取り繕うということができないジョシュアの前ではーーーいいところも悪いところも含めーーー全てをさらけ出しているシリルだが、世間的な評価は力にものを言わせて最年少で首席まで駆け上がった魔法使いなのである。
女王のためとあればなんでもやる、そんな彼は恐れられているしフィメルからは「野性的で素敵」などと言われていた。
ちなみに使用人がここぞとばかりに近寄ってくるのにはジョシュアにも原因があった。
ジョシュア一人だと離宮つきの使用人でさえ近づくのを躊躇ってしまうほどオーラがあるのだが、シリルが訪問しているとほんのわずかだがジョシュアの雰囲気が柔らかくなるのだ。
あの魔法大国の首席魔法士を一目見ようと。
さらに普段は近寄りがたい主の目に止まるチャンスだとジョシュアの離宮の使用人たちが張り切っているのだ。
そんな周囲の反応を「魔力がざわめいているな」とわかっているんだかいないんだか怪しい思考で捉えているジョシュアはーーーふと、ずっと魔力通話を覗き込んでいるシリルを見た。
「ーーーところで顔を見て話せる様になったのか?」
「…うるせえ。」
「お前…わたしが言うのもあれだが大丈夫か?側近なんだよな?」
シリルは無言でジョシュアに蹴りを入れようとしていたがジョシュアにパシンと掴まれていた。
二人はお互いを睨みつける様に見ていたが…ふとジョシュアが表情曇らせた。
「ーーーフィメルとの話し方はわたしに聞くなよ?」
真顔でジョシュアが言い放ち、シリルを吹き出させていた。