4の十九 中間試験
「ジギタリス、セイヨウオトギリソウ、マンドコラ、地底竜の肝、E2受容体…。」
ライラが次の時間の魔法医薬学の暗記内容をぶつぶつと呟いている。
ジーゴプレートを操縦しているのはデニスだ。次の試験会場である、魔法薬草園へと向かっていた。
ライラにとっては二回目の中間考査の時期が来ていた。
一限目の魔法陣学をなんとか終えたと思えば息つく間もなく次の科目がやってくる。
鬼気迫る表情を浮かべるライラのすぐ横で、シリルは今日の試験はもう終えたとばかりにヤナのお腹に顔を埋めている。
そんな対照的な二人を見て呆れた顔をしているデニスとミシェーラ。
二人ともすでに試験内容は頭に入っているのだろう。
時たまライラが書き付けているメモに「ここちがってんぞ」などと口を挟んだりしている。
パーシヴァルとレイモンドの姿はない。
彼らは昨年の時点で中間考査を受けているのだ。
「南の貴族がきな臭いからしめてくる。」ーーーと言い残して三日ほど前から姿を消していた。
おそらく今年のミーティアウィークで南の地方は落魔石の被害が出るだろう。
パーシヴァル自らが向かう事態を引き起こしたというのはそういうことだ。
シャロンが寝坊したとかでスッピンの姿ーーーつまりはただの好青年として薬草園へと現れ、生徒たちをざわつかせたが試験自体は淡々と行われた。
普段は座学が中心だが試験時には実技が一部行われる。
試験で答えた内容をもとにシャロンが持ち込んだ様々な薬品を手に取って各自魔法薬を実際に調合するのだ。
ライラは筆記試験を終えた後、調合用の机へと向かう。
どうやら調合薬の課題は数種類にしか分かれていないらしい。
ライラは自分の解答用紙を見てちゃっかりとすでに自分と同じ調合を進めている生徒を発見した。
その中にミシェーラがいるのを見てライラは内心ガッツポーズする。
ミシェーラであれば細かいことも聞きやすいからだろう。
ーーーカンニングとかいいの?っていうツッコミはするだけ無駄なんだろうなあ。シャロン嬉々としてデニスに教えちゃってるし。
筆記試験を早々に終えたデニスが調合を始めたかなり序盤から、シャロンはデニスにひっつくようにしてアドバイスを送っていた。
贔屓だといった周りからのブーイングにも「アタシ綺麗なものが好きなの。」という全く答えになっていない回答を返していた。
PTAがいたら間違いなく怒り狂いそうな態度だが…残念ながらこの学園は実力主義。強者である教師が言ってしまえば多少の横暴はまかり通るのである。
教師に気に入られるのも実力のうち…そう言った生徒がいたとかいないとか。
「オネエに好かれても嬉しくないんだけど…てか重い。どけよ。」
デニスは初め肩に回されたシャロンをの腕を引き剥がそうと奮闘していたのだがーーーやがて諦めたらしい。周囲のブーイングを聞き流しながら着々と調合を進めている。
シャロンもデニスにアドバイスや声援を送りながら…危険なことをしようとする生徒がいると目にも留まらぬ速さで動いて静止していた。
しかもたまに何か手元に書きつけていることから評価も行なっているようだ。
ライラはそんな喧しい光景をボーッと見ていたが、フェルから「ライラはこの先やらないの?」という至極まともなツッコミが入ってようやく調合を開始していた。
ワードワームという魔獣から魔力を採取しなければいけない際に、ウネウネと動く巨大な芋虫を前に硬直していると…試験を終えたミシェーラ、デニスがライラとフェルの元へと近寄ってきた。
魔力採取用の透明な魔石を手に持ったまま気持ち悪くて近寄りたくないと顔をしかめるライラ。
デニスは虫が嫌いなのだろう。同意するように頷いているが…ミシェーラは首を傾げていた。
「体液採取の課題じゃないだけマシじゃない?去年とか針刺さなきゃいけなかったらしいわよ?」
ライラは想像したのかヒエエという情けない声をあげていた。
デニスも引きつった笑いを浮かべている。ミシェーラだけが二人の反応を見て楽しそうに笑っていた。
結局見かねたフェルがライラの手から魔石を奪い、口にくわえて魔力を採取していた。
「あんまり甘やかすと何もしなくなりそうなんだよね」とぶつぶつ呟きながらせっせと魔力回収する様は子供の宿題をやってしまう親のようでライラやデニス、ミシェーラの笑いを誘った。
そしてライラが何とか試験課題を提出した後でーーー薬草園の一角に人だかりができていることに気がついた。
三人は顔を見合わせーーー何が起きているのか確認に向かう。
身長のせいで人混みに埋もれてしまうミシェーラをデニスが抱き上げる。
ライラは若干背伸びしながら中心にいる人物…シリル、そしてシリルに説教をしているシャロンを見て呆れ顔になった。
ーーーシリル、まだ筆記試験やってるのね。
シャロンの説教の内容をかいつまんで解釈するとーーーつまり、留学生としてきた以上落第などという情けない結果を残すなとシャロンは言いたいらしい。
「ーーー大体、アタシも配慮して回復薬の試験にしてあげたのよ?なのに何でできないのよ!行軍中に作るでしょ!?」
シャロンの説教にただ顔をしかめていたシリルだがーーー「回復薬」という言葉には目を見開いた。
「ーーーえ、これ回復薬の試験なの?」
「そうよ!…今までの時間なんだと思って解答用紙を凝視してたのか聞きたいけど、回復薬の試験よ!」
へえ、と初めて興味を持ったかのように試験用紙を見下ろすシリル。
しかし、やはり答えはわからないらしい。首を捻っている。
シャロンは眉間にシワを寄せたまま、シリルにずいっと近寄った。
そして何事かささやいている。
シリルは黙って聞いていたがーーーやがて「ああ、そういうことか」と納得の表情を見せた。
「回復薬の精度を今の主席魔法士が上げたっていうのはほんと。ーーーそいつは魔法薬の素材に触ると大体どの薬にはどの材料をどのくらい入れればいいかわかるんだって。」
呆れ顔になったシャロンをシリルが不思議そうに見返している。
「バカと天才は紙一重ってやつね。」
ミシェーラがボソリと呟き、ライラとデニスがうなずいている。
シャロンはといえば何かを諦めたかのように首を振りもういいわ、と言った。
「ーーーシリル、わたしから特別な合格条件を提示するわ。…あなたの回復薬の調合を見せて。」
シリルはシャロンの言葉に首を傾げる。
彼がいつもの回復薬を作るには材料が足りないらしい。
シャロンはそれでもいいと言った。
というのもーーー
「基本的な回復薬の作り方でも調合者によって性能はピンキリになるのはよく知ってるでしょ?お手本を見せて。」
シリルは手本になるほどうまくねえよと顔をしかめたが、このままでは一向に試験が終了しないと感じたのだろう。
立ち上がるとざっと開いた人混みを通ってのそのそと材料の置いてある机のほうに歩いて行った。
シャロンはそんなシリルの後ろ姿を満足そうに見やるとーーーまだ教室に残っていた、ほぼ全ての生徒に向けて告げる。
「魔法、魔法陣、魔法薬ーーー全て教科書で習うけど結局は良いものを実際に見るのが一番勉強になるわ。シリルの調合を見てみんなよく学びなさい。」
生徒たちは半信半疑の表情だった。
何しろ今まで解答用紙を埋めることもできずに説教を食らっていたのがシリルだ。
からかいを含んだ表情のものも多くーーーシャロンがそこまでいうなら見ておくかという内心が透けて見える。
ライラもいつも寝てばかりいるシリルを知っていたのでさほど期待していなかったのだがーーーシリルが材料を用意した後でガラリと雰囲気を変えたのを見て思わず息を飲んだ。
シリルの真っ赤な瞳に大量の魔力が集まっているのがわかる。
瞳に身体強化をかけ、視力を強化しているのだ。
そして分量よりも多く取ってきていた薬草を素早く選別し、指から出した魔力の刃を使って切り抜き始めた。
決まった分量を図りとり、刻めばいいと習ってきた生徒たちは首を傾げる。
あっという間に細かくなっていく材料を生徒たちはじっと見ていたが、シャロンはシリルの凄さを理解できていない生徒に向け楽しそうに解説を加える。
「あれは薬草の中でも品質がよく魔力の純度が高い部分だけを使っているの。」
シャロンの言葉に生徒たちが顔をしかめる。言っている意味がよくわからなかったのだろう。
「うーん、専門的な言葉を使えば有効成分が多く含む箇所だけを正確に切り取って抽出しているって感じね。簡単にいえば、普通に作った薬の何百倍の効能が得られる薬が作れるわ。」
シャロンの説明によって生徒たちの表情が驚愕のものへと変わった。
しかし、シリルは嫌そうに顔をしかめたまま流れるように調合を行なっていく。
魔力を流す量、速度、タイミングーーーどれを取っても文句がつけようがない。
まさにお手本。
調合の教科書に書いてあった小難しい説明も、こうして実現している人がいるとスッと入ってくるものだ。
生徒たちが見惚れるように見つめる中で、シリルの調合はものの五分ほどで終了した。
シリルはオレンジ色の液体を見て「六十五点」という感想を述べていた。
シリルは出来上がった鍋ごとシャロンに押し付けるとライラたちの方へとそそくさと退散してきた。
耳が若干赤くなっているのを見てライラが吹き出す。
「笑うなよーーー注目されんの好きじゃねえの。」
不満そうに口をへの字に曲げる姿は先ほどまでの堂々たる魔力操作を行っていたのとはまるで別人のようだった。
しかし、これで終わりではなかった。
シャロンはシリルに渡された鍋の匂いなどをクンクンとかぎーーー呆れた顔になった。
「これが六十五点ってどういうことよ…デニス、ちょっとその辺にいる小さめのワードワーム二匹捕まえてきて。」
シャロンの突然の指名を受け、デニスは嫌そうな顔になったが…すぐに指示された通り、二匹の緑色の魔獣を捕まえてくる。
シャロンに指示されるまま机の上へと置く。
シャロンはその二匹の魔獣を見て満足そうにうなずきーーー本日いちばんのいい笑顔で言った。
「あの規格外魔法使いがどれほど凶悪な薬を作ったかこれから見せようと思いまーす。ここにあるのは購買で売ってる基本的な魔力回復薬。…みんなも見たことあるわね?」
見慣れたロゴの入った未開封の瓶をシャロンが見せる。
そして先ほどのシリルの作った薬を同じ分量はかりとるとーーーニヤリと笑った。
「よーく見てなさい。ーーー3、2、1。」
シャロンが二体の親指ほどの魔獣に薬をかけるとーーーボンっという音がして、シリルの調合した方のワードワームが巨大化した。
ワッという声をあげた後で近くにいたデニスが慌てたように剣を構えている。
無理もない、親指ほどだったワードワームが3メータほどまで巨大化していたのだ。しかもまだまだ何か起きますと言わんばかりに虹色に発光している。
ーーーどれだけの魔力回復量なの?…というか元の持っていた量より魔力量増やすってそれどういう薬!?
ライラがあんぐりと口を開けている。
ミシェーラはシリルの方をおかしそうに見ていた。
シリルはやはり不満そうだ。出来に満足がいかないというのは本当らしい。
シャロンは「育ったわねえ」と楽しそうに笑った後で腕を一振りし、二体の魔獣を跡形もなく消し去っていた。焦げ臭い匂いが漂ったことから赤魔法を使ったのだということだけがライラたちにはわかった。
こちらはこちらで規格外である。
何はともあれ、ライラが魔法医薬学でなんとか合格点を獲得した後ーーーライラたちは食堂で来たる長期休みの予定について話し合っていた。
ライラはこの前もらった身体強化の魔道具を身につけて、腕を曲げ伸ばしなどしている。
この魔道具をつけるとライラでも身体強化ができるようになるのだった。
すごい魔道具である。
ライラはお礼を言おうと一年の教室を訪れたりしてみたのだが件の生徒を見つけることができなかった。
ーーーつけるとちょっと体の中の魔素の流れがいつもと変わるけど、めちゃくちゃ便利だなあ。
ライラはその魔道具をどうしても必要なときにだけつけていた。
というのもフェルが「なんとなくやな感じがする」とコメントしたためだ。しかし、魔法実践学では戦闘の時間などもある。身体強化がないとまずまともな評価がもらえないためにライラはこの魔道具を重宝するようになっていた。
そんな風に魔道具ばかり見て全く話を聞いていない様子のライラの頭をパシリとデニスが叩いた。
「ーーーてなわけだけど、ライラの予定は?俺らの別荘についてくる?」
なんのこと?と首を傾げたライラを見てミシェーラは「ちゃんと聞いてなさいよ」と頬を膨らませている。
「休みのたびに言ってんだろ。ーーー俺の家族とミシェーラちゃんの家族で一緒に別荘行ってるんだよ。護衛代って言って衣食住は全てビリンガム商会が出してくれる。だからブライヤーズ家はタダで避暑地に行けるんだ。…ライラはいつもなんだかんだ言ってこないよな。今回はどうするの?」
期待のこもった眼差しを向けられたライラだがーーー気まずそうに頰をかいた。
「実は、今回もパーシヴァル様と一緒にフランク王国に行こうってなってて…ごめんね。」
「またかよ!」と叫んで突っ伏したデニスの頭をポンポンとミシェーラが叩いて慰めている。
「パーシヴァル様は随分とライラをお気に入りね?」
ミシェーラのからかいを含んだ言葉にライラは「そう見える!?」と瞳を輝かせたがーーーすぐに苦笑いになった。
「レイモンドさんが他の人に頼めないだけだよ。自分がいない間に誰かにパーシヴァル様を取られたらって心配してるんだって。」
「パーシヴァル様が言ってた。」と語るライラに残りの面々は微妙な顔になっている。
突っ伏したままだったデニスが急に顔を上げたせいで、シリルがびくっとなっていた。
恨めしげな視線に気付いた様子もなくデニスは「でもさ、」と首を傾げた。
「フランク王国って飛竜でいくには遠くねえ?片道一週間くらいかかるって聞いたけど。」
デニスの疑問にーーーライラはニコッと笑った。
「今回は足があるからね。パーシヴァル様も今しかないって思ったらしいよ。ね?」
ね?ーーーライラに顔を向けられたシリルは嫌そうな顔でそっぽを向いた。
そう、彼が足である。
シリルは主席魔法士だ。
空間魔法の唯一の弱点である術者の行ったことのある土地にしか飛べないという制限もあまり関係がなかった。というのもシリルは主席魔法士として世界中を飛び回る立場にあり、外交でフランクへ行ったことがあるのだ。
部活動は全て休止となり、夜遅くまで寮の魔力等が灯っている日々が続く試験期間。
多くの生徒が寮と校舎だけを行き来する生活の中ーーー
ライラは魔法詠唱学で舌を噛みそうになり、魔獣学では試験の回答欄を一つずつずらすなどハプニングに見舞われながらも試験をこなしていった。
筆記試験が終われば息つく間もなく実技試験だ。
実技試験の課題は反魔法だった。
反魔法は体内ではなく外部の魔素へと働きかけなければいけない魔法であるため、低学年の試験と比較すると難易度が跳ね上がっている。
試験のためだけに魔法陣を用意する生徒が増えてくるのも高学年の特徴だ。
実戦ではその場で相手の攻撃を計算し、空中の魔素に働きかけなければいけないのだが…そんな芸当は皆にできるものではない。
いくつかの魔法陣を用意し、一回の試験で不合格となれば再試験を実施する。できない生徒を全て切っていては不合格者が発生しすぎるためだ。
…それくらい反魔法は難易度が高いのだった。
ーーー普通であれば。
ライラにはフェルという最強の使役獣に加え今年はシリルまでいる。
「ボク細かい魔法得意じゃないんだけど」というのがフェルの意見だが、それはあくまで他の上級魔獣と比べての話である。
こんな学園の試験程度なら余裕で合格させられるくらいの魔力操作技術はあった。
ライラの描いた反魔法の魔法陣とは別にすり抜けてしまっている魔法に対して、反魔法をかけていた。
アルフが少し呆れていた。こんな使役獣は見たことがないらしい。
ライラはシリルとペアでシリルからのサポートもあったために二位になっていた。一位はジョーハンナとデニスのペアだった。
「ライラが赤と青の記号書き間違えなければ確実に一位だったよな」とデニスなどには呆れられたが「受かったからいいんだよ」とライラは聞き流していた。
ライラのやらかしは中々に重大なものであり、咄嗟にシリルが暴発しかけた魔法陣のエネルギーを転移させなければ大惨事となっていたのだが…結果よければ全てよし。
暴発は起きなかったし、証拠はフェルによって隠滅されたしで試験官であったアルフはライラのミスを知らない。
尻拭いをさせられたシリルやフェルからは呆れたような目がライラへと向けられているが、試験が終わった瞬間からもう思考はパーシヴァルと過ごすサマーバケーションにしか向いていなかったのだ。
筆記試験の結果発表は実技試験の翌日だった。
ライラの結果だが…一番出来が悪かった魔法詠唱学など六十点合格で六十二点。
非常にギリギリな成績を取りながらもなんとか試験を乗り切ったのだった。
試験が終わるとすぐに八月に入り太陽が一番輝く月になる。
黄色の魔素が増え、フェルは元気いっぱいに。
ライラは反対にぐったりとしてきた。
心配そうな表情を浮かべる周囲にはいつものことだからと説明しつつも…胸がざわめくのをライラは感じていた。
というのもーーー
ーーーおかしいな。プラチナ様に直してもらう前くらいまで熱が上がりやすくなってる?
日々しんどそうにしているライラを見て、ギリギリまで一緒に過ごしたいとごねるデニスをミシェーラが連行していった。ピンクゴールドのプレートにデニスが乗ると同級生というよりは姫と従者といった風貌でライラは寝かされた状態のままで笑ってしまった。
ちなみになぜかシリルがライラを膝枕している。
デニスはブチ切れそうになっていたが、寮に一人でいろとは言えなかったようだ。早く大人になりたい、ライラの護衛になりたいと心底悔しそうに言い残していった。
デニスへの嫌がらせが成功して満足そうに笑う大人気ないシリルを見て、ライラは苦笑いしていたが…ふと疑問が浮かんだようだ。
「シリルは帰らないの?」
ライラの疑問にーーーシリルは何かを思い出したのか目に見えて落ち込んでいた。
なんでも「帰ってきてはいけません」と女王に釘を刺されたらしい。
「あの人まだ俺に内政の汚いとこ見せたくないって思ってるから…傍系王族の奴らが最近だいぶうるさいみたいで、今僻地に飛ばせないか証拠を探ってるらしい。」
「魔力では頼りっきりだからこういうとこくらい任せてくれ」と言われれば頷くことしかできなかったのだという。
そんなシリルとIGOなどしながらのんびり過ごしていると、パーシヴァルとレイモンドが帰還してきた。パーシヴァルはレイモンドの腕の中で眠っている。
ーーー黒魔法を使わなきゃいけないような事態になったのかな?
ライラは顔をしかめてパーシヴァルを覗き込んだ。
呼吸は穏やかで、ただ眠っているだけのようで少し安心する。
レイモンドはライラとシリルを交互に見やりーーー渋々といった様子でシリルにパーシヴァルを預けた。
学生の姿が消えた寮内で、元の姿に戻っているシリルであれば、パーシヴァルを抱え上げられるだろうという判断からだ。ライラは身体強化も使えずさらに筋力もないためにこういうときは戦力外なのだった。
「ーーー手出したら殺す。」
レイモンドは笑顔でシリルに向け物騒なことを言い残して消えていった。
レイモンドの牽制を受けたシリルはヒクヒクと口を引きつらせていた。
「嫉妬こわ。」
その後パーシヴァルは二日ほど眠り続けたのだが、息を吸うようにライラが世話をするためにシリルもつられて体を起こしてやったり汗を拭うお湯を運んだりしていた。ちなみにライラは薬服用の上に身体強化の魔道具を使用している。そこまでするのかという周囲の呆れ顔もライラには聞き流された。
そんなライラに自然と追従していたシリル。
時折はっと気がついたように叫んでいたが。
「なんで俺まで使用人みたいなことを!?」
しかしライラが「騒いでないでちゃんと背中を支えていてください」と冷たくいうために渋々と従っていた。
三日目の朝にパチリと目を開けたパーシヴァルが何かを探すようにキョロキョロとして、すぐにわずかにだが肩を落としているのを見てしまい、ライラとシリルはおそらく同じことを思った。
「「(レイモンドじゃなくてごめんね!)」」
すぐに「水飲む」と言ったパーシヴァルにサッとコップを差し出したシリルは完全にパーシヴァルの使用人のようになっていた。
パーシヴァルが不可解な顔をしていたくらいだ。
「…なんでお前までライラみたいなことしてんの?」
パーシヴァルに見つめられーーーシリルはわずかにだが目を逸らしていた。
「おかしい、ちびの頃から知ってるから耐性あるはずなのに」などと呟いている。
モゴモゴと呟くシリルの代わりに答えたのはライラだ。
満面の笑みで宣言する。
「全人類がパーシヴァル様の前では召使になるのです!」
「ーーーそれは言い過ぎだろ。」
パーシヴァルは呆れたように言ったがーーーすぐにニヤリと笑い、わざとシリルの手を取ると頰をつけて擦り寄った。
自然に上目遣いになったままーーー「お願いなんだけど」と言った。
「俺、まだ体がだるいの。ーーー抱えてフランクまで連れてって?」
シリルはぼん!という効果音がつきそうなほど真っ赤になった後で壊れた機械のようにカクカクと頷いていた。
ライラは「あざと可愛い!そこも好き!」と合いの手を入れている。
パーシヴァルの目覚めの連絡を受け遅れてやってきたジョーハンナが、部屋に入ってきた際に…目の前に広がる光景を見て呆れていた。
「プロイセンの菓子に、風を作って涼まで取らせて…手玉に取られるの早いわね。」
そう言っているジョーハンナも実はパーシヴァルにごねられて別荘を貸し与える約束をしてしまっていた。
結論としてはーーー
「ーーージョシュア様も甘やかしまくってるって聞くし…パーシヴァル様最強なのでは?」
ライラのつぶやきを拾ったパーシヴァル本人が悪戯っぽく笑っている。
「俺の魅力の前には皆がひれ伏すのさ。ーーーシリル、これもっと食べたい。」
なんで俺がとぶつぶついいながらも鈴の音を鳴らしてわざわざプロイセンまで菓子を取りに行ったシリルを見てジョーハンナがため息をついていた。
「早く行きましょうよ…。」
作者ひょっこりさせてください。
誤字報告くださった方ありがとうございます。今までも含め、ほんとにいっぱい直していただいて…
これを目にしている人は誤字があっても読んでくれているってことで。優しい世界ありがとうございます。