1の六 クラスメイトとの邂逅
ライラは図書館棟の前から実技場に移動していた。
道に迷って途方に暮れていたところを、放課後デート中だったリサさんたちに見つけてもらえたのは運がよかった。
「え!?図書館棟に行って帰る間に道が変わったの!?それはびっくりするわね。私たちが送ってあげましょうか?」
ーーーリサさんはそう言って、実技場まで移動プレートに乗せて連れて行ってくれたのだ。
ライラははじめ、デートの邪魔をしてはいけないからと辞退しようとしたのだが、リサのパートナーであるマスキラのジェイクがさっさと魔力を足して、ライラが乗れるようにプレートの面積を広げてしまったのだ。
「ーーーリサもこう言っているし、俺たちはただぶらぶらしているだけだから。早く乗れ。変わってしまった図書館棟から実技場までの道を教えてあげるから。」
ーーーここまで言われてしまっては、断るのも逆に失礼になるだろう。
そう感じたライラは、ありがたく同乗させてもらうことにしたのだった。
密かに、「ジーゴ社」のプレートに乗ってみたかったのもある。
さすがは人気のプレートだと、ライラがいつもの倍速で流れていく景色に感心している間に目的地に着いた。
止まった赤いプレートに、周囲の視線が集まっている。
ーーーそういえば、なんで、この特別なプレートに乗っている生徒がいるのだろう?
ライラは内心首を傾げた。
入学案内には、「移動プレートの個人使用は禁止」と明記されていたはずなのだ。
ライラの親戚たちは、親に買ってもらったプレートを持って行きたかったと大騒ぎしていたので、ライラの印象にも強く残っていた。
ライラはプレートを持っていなかったので、自分には関係ない話だと、今まで気にもしていなかったのだが。
しかし、ライラが疑問を口に出す前に、二人はいってしまうようだ。
「ーーーしばらくはこの道のまま変わらないだろうからきちんと覚えるんだぞ。」
「不安だったら描いてあげましょうか?」
「いえ、覚えたので大丈夫です。ご親切にありがとうございました。」
お礼の合図である額に掌をかざす仕草をしたライラに手を振って、2人は去っていった。デートを再開するのだろう。
ライラは赤いプレートが見えなくなるまで、見送った後、背後に立っている巨大な建物を見上げた。
実技場は4階建ての四角い建物だ。
真っ青な鉱石がタイル状にされ壁一面に貼られているため、日の当たるときには、反射光でキラキラと輝き、非常に存在感がある。
なんで青いのかライラは不思議だったのだが、グレイトブリテンでは青が騎士の色で、強さの象徴なのだそうだ。
どちらかというとライラには赤の方が強そうに思えてしまうのは、きっと前世の記憶のせいなのだろう。
そんな実技場のドアを開けると、そこはすぐに一階フロアである。
しかし、ここは4年生のスペースなのでライラはさっさと1年生に与えられた4階へと上がっていく。
1階を横切る際に、ちらりとコーラの姿が目に入った。
こちらに気づき、話しかけようか迷っていることにライラは気がついたが、あえて視線は向けなかった。
ーーーさすがに先ほどあれほどミシェーラに言われてコーラに自分から接触しようとは思えなかったのだ。
ライラとしても課題の手伝いを頼めるなら頼みたかったが、いかんせんコーラは要領が悪い。
コーラさんに頼むくらいなら1年生の優秀な生徒に聞いた方がいいな、などと考えているライラも大概コーラに対して失礼である。
4階に上がると競技場の中には5人程度の生徒がいた。
スカーフの色からして同級生だ。
ーーー入学して3ヶ月が経つというのに、ライラはクラスメイトの顔と名前を全く覚えていなかった。ライラは興味がない人間の名前を覚える気が一切ないらしく、スカーフの色で見分けがついて良かった、などと考えている。
ブーン、という魔石が起動するとき特有の音がして扉が開いたため、入口の扉に背を向けて何やら話し込んでいた生徒たちが、一斉にライラの方を振り返った。
視線を受けたライラは、特に表情を変えることもなく、問いかける。
「ーーーわたしもここ使っていいかな?」
「あ、あああ。もちろんだ。っていうかここ共有スペースだし。許可なんていらないよ。」
「そう?では端の方を借りるね。」
ライラが話しかけただけで、同級生たちはなぜかかなり驚いたようだった。
あいつミシェーラちゃん以外に話しかけることあるんだ!などと思われていたとはライラは微塵も思っていなかった。
ライラは端に行くとの宣言通り実際に隅の方へとスタスタと歩いて行き、課題とされている水球の魔法陣を描き始めた。
突然現れたライラのいつも通りのマイペースな行動に呆気に取られていた生徒たちだったが…何やら視線を交わし合い、先ほどライラと会話した一人が立ち上がってライラの方へと近づいていった。
燃えるような赤い髪と同じく熱量の高そうな真紅の瞳をした生徒がライラに話しかける。
「ーーーあのさ、ライラック、ちょっといいか?」
「うん?ちょっと待ってね。途中で描くのをやめると暴発したら大変だから。…待ってもらう間に自己紹介を頼んでも?」
「お、おう。(こいつ同級生の名前まだ覚えてないのかよ…)デニス=ブライヤーズだ。マスキラ目指してるからこういう喋り方してる。火の魔法の方が得意で、今回の課題には手を焼いてるところーーーって、ライラック魔力量めちゃくちゃ多くないか?」
デニスの声にかぶせるように、ライラの静かな声で放たれた水球は、バスケットボール大の大きさであり、三十メータほど先で落下していた。
デニスが驚いているのは魔法陣から出てきた水球の大きさが予想以上に大きかったためだ。
普通の生徒は手の平サイズの魔力球を作ることが多いのだ。
苦手属性ともなるとピンポン球くらいがせいぜいといったところか。
ライラが今しがた作ったようなサイズの球を飛ばせる時点で魔力量は比較的多いと言えた。
デニスは、先に行われていた「自分に可能な最大サイズの魔法球を作る」という課題でライラが身長ほども大きさがある火の玉を出していたので、てっきり赤属性の方が得意だと思っていたのだ。
ーーーちなみに、その授業ではライラははじめて一発合格をもらい…同時にはじめて授業中に魔力コントロールを失い昏倒する、という経験をした。
「自分に扱える魔法陣の見極めもできないのなら使用禁止にするぞ!」とアルフに怒られたのは、ライラにとって苦い思い出だった。
水球が的に当たって消えたのを確認し、ライラはデニスの方に向き直った。
「魔力量は多い方って言われてるけど、発動がどうしても自力じゃできないんだよね。ーーーそれで、デニス。どうかしたの?」
デニスはライラの金色の瞳に少し驚きながらも、ライラのことをしっかりと見つめ返した。
ーーー理由はわかっていないが赤や青と比べ、金色(黄色)の瞳をした生徒は少ない。また、ライラは黄色属性を使えるわけでもないのに金色の瞳をしているため、周囲からは不思議がられたり…気味悪がられたりしていた。
ライラ自身は、両親が綺麗だと言ってくれた瞳の色を気に入っていたのだが。
デニスはあまりに見事な金色に、内心動揺しつつも言葉を続ける。
「ーーーああ。ライラックも明日の実技の課題をやりにきたんだよな?よかったらあっちでみんなで相談しながらやっているから一緒にやらないか?」
デニスの申し出に、ライラは驚きのあまり、たっぷりと二呼吸ほど返事ができなかった。
まさか自分が誘われるとは思っていなかったのだ。
「ーーーいいの?わたし知っての通り成績悪いからあんまり助けにならないと思うけど。」
「いいに決まってんだろ。クラスメイトなんだから。ーーーでも、集まってるやつらみんな成績悪いから課題が終わってないんだけどな。…むしろ行き詰まりすぎて、賢そうなライラックに助けを求めてみようって話になったんだ。」
利用してるみたいになったごめんな、といったデニスにライラは気にしていないと首を振る。
ーーー関わっていなかったから、全然知らなかったけど、クラスメイトの彼らもいい子たちなんだなあ。
ライラは入学当初から遠巻きに噂されていたため、自然とミシェーラ以外とは距離をとってしまっていた。
なんとなくクラスメイトの方もライラを敬遠していると思っていたのだが、勘違いだったらしい。
デニスに連れられてクラスメイトたちの輪に入る。
「わたしは同じクラスのライラック、ライラでいいよ。よろしく。」
ーーーと笑顔で言ったら、みんなに驚かれた。
ーーーちょっと、今まで愛想がなさすぎたのかもしれない。
もう少し普段から愛想良くしてみようかと考えたが…すぐに却下した。
ミシェーラがすねそうだと思ったのだ。
ーーーあのお嬢様は案外嫉妬深い。わざわざ不安の種を増やす必要はないな。
スッと無表情に戻ったライラを見て、同級生は安心したような残念なような気持ちになったのだった。
ライラを加えて六人になり、試行錯誤しながら課題の「五つの魔法効率を上げる方法を考える」のうちの四つ目までは完成していた。
「ーーーあと一つがちっとも浮かばねえ。」
デニスが、ぐわー!と声を上げて地面にバタッと倒れ込んだ。
課題が行き詰まり、集中力が切れたのだろう。
他の五人も自然とペンを置いたので、一度休憩する空気になった。
「うちらみんなちょっとバカじゃん?杖持ち多いし。ーーーああ、ライラは賢そうだけど。」
隣に座っていたクラスメイトの言葉に、ライラは苦笑いする。
「部活もやらないで毎日勉強してれば誰でもこれくらいにはなるよ。しかも、多少賢くってもできないことが多すぎるから。」
「ーーーでも、ライラってめちゃくちゃ魔力量多いし、もしあとちょっとでも赤か青かの属性が多いか、黄色属性があって、魔法が発動すればめちゃくちゃ優秀な生徒だったんじゃねえ?」
「ーーーたらればの話をされてもなあ。わたしは魔力が少なくっても、発動できる人が羨ましいよ。」
「俺は赤属性がバカみたいにあって、青属性がさっぱりなんだよな。爪の先くらいしか水球作れねーし。」
「デニスは赤系の課題のときはほぼ一番で、青系の課題のときはほぼビリだもんね!」
「うるせーよ、ヴァネッサ!俺だって、いっそのこと青適正がなければっていつも思ってるっつうの。しかもビリはライラだよ!」
「ーーーデニス、わたしをバカにするとはいい度胸だね?」
「え、今の流れで俺だけ怒られるの!?ちょ、ライラのそれどういう表情!?」
ライラとしてはちょっとしたジョークだったのだが、五人にお願いだから、ミシェーラには言わないでくれと懇願されてしまった。
「これくらいでミシェーラに言いつけたりしないよーーーちょっと大げさじゃない?」
「いや、入学してちょっとで一人退学にしてたじゃん。大げさでもなんでもねえよ!」
「退学…?もしや、わたしへの嫌がらせと、退学した生徒は関係してるのかな?」
「「「「(まずい、本人知らないやつだったのか!!)」」」」
「ミシェーラ過保護だから追い出したのかなあ。そう言えば『わたしのナイトに手を出すなんて』みたいなこと言ってたかもーーー。」
ライラの思っている以上にミシェーラの持つ「権力」は大きいらしい。
ふむ、と考え込んだライラのことを、若干顔色が悪くなっているデニスが見守る。
ーーーちなみに。この話を聞いても、ライラにミシェーラを利用しようだとかそういう感情は生まれてこなかった。
ミシェーラが頑張ってライラに嫌がらせをする犯人を調べたり、それをどこかに報告したりしてくれたことに対して感謝するだけだ。
ライラにはミシェーラに返せそうなものはないので、明日いつも以上に甘やかそうと決める。
「ーーーお、おーい、ライラ。すっごい甘ったるい顔してるけど、どうした?」
「ーーーああ、ミシェーラのことを考えていたんだ。それで、なんの話だっけ?」
「いや、ライラが気にしていないんならいいんだ。むしろ俺の身の安全のために一生忘れていてくれ。ーーーずっと気になっていたんだけど、ライラとミシェーラちゃんってパートナーなのか?」
デニスの質問はおそらくクラスメイト全員の疑問だったのだろう。
ライラに注目が集まる。
ーーーおかしいな。ミシェーラは結構交友関係も広いはずなのに、パートナーでないことが伝わっていないのはなぜだろう。
ライラは内心首を傾げながら、デニスの言葉を否定する。
「違うよ。わたしがマスキラに分化してないんだからみんなもわかってると思ってたけど。」
「やっぱそうなのか。ーーーいや、ミシェーラちゃんが色んなところで『ライラはわたしのナイトなの!』って笑ってるから、いまいちどっちなのかわからなくてさ。」
「それ、たぶんみんなミシェーラにからかわれてるよ?」
「そーなのか!?」
「うん。あの子結構読めないところあるから、わたしも全部理解できてるわけじゃないけど。」
「ーーー俺、結構付き合い長いんだけどな…。俺たちからかわれてたのか…でも、ミシェーラちゃんになら、からかわれてもいいって思ってる俺がいるわ。なんの問題もなかったわ。」
そんなバカ話をしていると、門限前の最後の鐘が鳴った。
あと1時間と少しで寮に帰らなければいけない。
ライラとデニス以外の四人は課題を諦めて寮に帰ることにしたらしい。
アルフ先生には未完成の課題を提出すると言っていた。
「みんなは今までの方法で五十メータ飛ぶもんね。ーーーはあ、わたしはどうするかな。」
ため息をつきながら、胸元の魔石をいじるライラ。
デニスはしばらくそんな姿を見つめていたがーーーふと思い出したように言った。
「ーーー俺のエルダーめちゃくちゃ成績優秀なんだよな。今、下にいるんだけど、ライラもついてくるか?」
「それはとても助かる。ーーーお言葉に甘えようかな。」
デニスの思ってもない提案に、ライラは迷うことなくうなずいた。
デニスは顔が広く、しかも面倒見がいいタイプのようだ。
腰に下げている剣が使い込まれているのを見てライラは魔法剣術部なのかなと見当をつける。魔法剣術部は部員も多い。知り合いが多いのも納得だ。
目の前にある真っ赤な頭を見ながら、ライラはこっそりこれからも困ったら頼ろうと決めたのだった。