ライラとパーシヴァルの冬休み〜後編〜 (白金竜視点)
パーシヴァルたちが来て三日目の朝です。
今日は起きて早々に何やら喧嘩をしています。
パーシヴァルを見てポーッとしているジョン・スノウを叩いて状況を説明させました。…ジョンは大丈夫でしょうか?恋の病は専門外なのですが。
「治癒魔法の前に依頼を達成するとおっしゃってくださっていて…パーシヴァル様とライラックさんが言い争っているのです。ーーーいや、パーシヴァル様が怒っているのですがライラックさんが譲らないって言った方がいいかな?」
なるほど。さっぱりわかりません。
ボクは自分で確認することにしました。
パーシヴァルはーーー手袋をして、ライラックのほっぺを鷲掴みにしています。
ライラックはひょっとこのような顔になっていますね。ちょっと面白いです。
パーシヴァルは眉間に深い溝を作りつつも「聞き分けろよ。」とライラックに言っています。
「いやですーーーあんな性格悪い王族のためにパーシヴァル様が出向く必要ありません。…今日だけでいいのでわたしに任せてください。作戦失敗したら大人しく引き下がりますから。」
「ダメだって言ってるだろ!熱あんじゃねえか。薬が効いてねえんだよ。この国は黒の魔素も薄いし、フェルの力も弱ってる。一人で行かせるわけねえだろーが。」
ーーー先ほどからこのやりとりをずっとしているそうです。
ライラックが引かないんですね。
しかし、意外にも折れることになったのはパーシヴァルの方でした。
ライラックがこれは秘密って言われてるんですが…と前置きした後でなんと、ジョシュアのサークルストーンを取り出したのです。
血のように赤い…真紅の巨大な魔石。石の中央には真っ黒な薔薇が咲いています。
黒の王族を産んで死ぬとこういうストーンができるそうです。不思議ですね。
ジョシュアの母の形見…世界中が知っています。決して壊してはいけないものだと。
それがライラックの手にありました。これにはパーシヴァルも驚きで言葉を失っています。
ボクも正直驚いていました。この石をジョシュアが他人に預ける日が来るとはーーーやっぱり人間は変わるのですね。
静まり返った室内で、ライラックのアルトの声が響きます。
「ジョシュア様とお約束したのです。ーーー普段、辛い役目を負わせているパーシヴァル様のことをせめて休暇中くらい休ませてやってくれと。…パーシヴァル様、ジョシュア様はお気づきですよ。」
二人はしばらく見つめあっていました。いや、ライラックが睨まれていたという表現が正しいかもしれません。
わたしはこのとき意味がわからなかったのですが、後でパーシヴァルに聞くとなんとパーシヴァルは国の後ろ暗い部分を取り仕切るトップについたそうです。
「ミーティアウィークでどこの力を削るか…黒竜の儀を調べながら、各地を視察して回ってる。地方は腐敗しやすいからな。貴族のボンボンが来たと思わせて不正を探すわけ。…まあ、ダメな線を超えてる奴がいれば消したりもするから、ジョシュアは気にしてたみたいだな。」
バレていないと思ったのにーーー誰が漏らしたのかと首を傾げるパーシヴァル。
しかしボクからすれば、バレないはずがありません。
ジョシュアはパーシヴァルが大好きですからね、きっとしょっちゅう覗きに行ってるのでしょう。
誰が伝えたのかと考えるだけ無駄です。本人でしょう。
ボクが優しくそう教えてあげればパーシヴァルは頭を抱えていました。
…ジョシュアがパーシヴァルに目印をつけて飛びやすくしていたことは黙っていてあげましょうかね。
そんなわけでサークルストーンを武器に一人行動の許可をもぎ取ったライラックは早速行動を始めました。
パーシヴァルは不貞寝するようです。ジョンが寄っていって使用人のようなことをさせられていました。…いや、勝手にしていました。パーシヴァルは息を吸うように周りに世話をさせますね。眉間にシワを寄せただけで果実水が差し出されていました。…この建物でそんなおしゃれな飲み物初めて見たんですが。用意したの誰でしょう。
ライラックはフェルに運ばれながらボクの方へと飛んできて…飛竜に会いたいと言い出しました。目は合いません。いつまで俯いている気なのでしょう。
「その、散歩したいと言っている子がいればお借りしてもいいですか?」
ライラックはおずおずと言いました。
ボクは子供達の管理はしていませんのでご自由にと言いました。
金蛇に目配せします。
白金竜種はわがままなのです。初対面の人間の言うことなど聞くと思えません。
万が一喧嘩になったらお前が責任とれよとそう言う意味で送った視線をーーー金蛇は心配ないとでも言うように舌をちらつかせました。
我が子たちのわんぱくっぷりを知っているボクは少し心配していたのですがーーーすぐにフェルが正しかったとわからされました。
なんと、十体いる子供達全員がそろって待ち合わせ場所になっているという東の森へと向かって行ったからです。
そういう魔法を使ったのかとボクは首を捻りました。
後で子供たちに聞いたら「遊びたくなる人間だった!」と教えてくれました。
竜に好かれる人間のようです。…まあ、そうでなければ金蛇は使役できませんね。
キラキラと光る竜がそろって森へと飛んでいく光景をジョンは唖然と見守っていました。
そして、期待に顔を輝かせます。
「もしかして、ライラック様の助力があれば王族様方も竜が使役できるのでは?」
ーーー言外に無理だと思っていたとジョンは言ってしまっています。王族の前では言わないで欲しいですね。彼は微妙な立場に置かれていますので。
しかし、ジョンの希望をパーシヴァルが打ち砕きました。
「無理だろ。ーーー魔力が足りねえ、質も悪い。加えて人間としてのひねくれ具合も顔に出てた…竜が一番嫌いなタイプだろ。パスをつなげたがるわけねえ。」
パーシヴァルの直球な意見にジョンは「ですよね」と肩を落としていました。
パーシヴァルはそんなジョンを見て不思議そうな顔になっています。
「ジョンの方がよっぽど契約できそうだけど。ーーー黄飛竜なら契約できるんじゃない?」
ジョンは名前を呼ばれた瞬間にぽっと頬を染めていました。
…これはもう手遅れのようです。先ほどから自分の使用人とお金を使っていろんなものを貢いでいます。
ひとしきり食べ物を与えられた後、すやすやと昼寝を始めたパーシヴァル。
ここは彼の部屋なのではないかと錯覚するレベルのくつろぎ様です。
「そういえばジョン、今日の仕事は?」
ボクはパーシヴァルの寝顔を眺めているジョンを見てずっと気になっていたことを聞きました。
ジョンはいい笑顔で「有給取りました。五日分。」と答えました。
補足するまでもないかもしれませんが五日後にパーシヴァルたちは帰ります。
…もう何も言いません、ジョンはあれほど言い聞かせても休まなかったのに、などという恨み言は言いません。
十四時ごろに起きたパーシヴァルがベルギーの音楽が聞きたいと言い出したため、部屋にプロのバイオリニストが来ました。
パーシヴァルの顔がパッと輝いてそのフィメルに駆け寄って行きました。
何曲かベルギーでしか知られていないような曲を聞いてうっとりとした顔をしています。
「エゲート様も音楽を嗜まれるのですか?」
演奏者の言葉にパーシヴァルは「プロの前で弾くのは」としぶっていましたが、ジョンがゴリ押しして弾かせていました。
嫌そうな顔をしながらもパーシヴァルがバイオリンを構えた時、演奏者はずっと変わらない調子で微笑んでいましたがーーーパーシヴァルの音を聞いて驚きで目を見張っていました。
ボクは懐かしくなりました。だってこれはーーー
「なんだか黒魔法の音のようだね。」
優しいけど悲しい、でもずっと聞いていたい…黒の使う魔法はそんな音がしました。赤の魔法は鈴の根のような音がしますがこちらはもっとずっと感情的な音色です。
パーシヴァルはボクの指摘に固まった後ーーー苦笑いしていました。「バレるとは思わなかった」と言っています。
「ジョシュアが本気で魔法を使うと『音楽』が流れるんだ。…小さい頃はそれに憧れて俺も練習したけど…最近になってわかった。ジョシュアはやっぱり特別だ。」
悲しげな顔になったパーシヴァルをボクは慰めました。だって、音楽に聞こえるほどの洗練された黒魔法の使い手にボクは出会ったことがありませんでした。ジョシュアがおかしいのです。ほぼ黒と同じ精度で黒魔法を使っているということでしょう。
パーシヴァルはボクの言葉を聞いてもやっぱり納得できなかったようです。
「俺も鳴らしたかったんだ」ーーーそう言って口をへの字に曲げています。
ここでずっと黙っていた演奏家が控えめに声を発しました。
「あのーーーわたくしはただのバイオリン弾きですので魔法使いの方のお話はわかりませんわ。…でも、エゲート様の音楽の素晴らしさはわかります。毎日何時間くらいバイオリンに触られてますの?」
パーシヴァルはちょっと照れ臭そうな顔になった後で、生き生きとバイオリンの話を始めました。二人は自分たちのバイオリンを比べながら、音楽トークに花を咲かせています。
ーーーまさかパーシヴァルが四時間もバイオリンに触っているとは。
パーシヴァルのバイオリンとの出会いは閉じ込められていたという子供部屋だそうです。
大人たちは眉を潜めましたがーーーパーシヴァルは「抜け出す力がなかった。一、二年の間のことだし気にしてねえ」と首をすくめていました。
「学校行ってたの時はもっと弾く時間あったのに。」
バイオリンを愛おしそうに撫でながら…酷く残念そうに言っています。学生は忙しいとジョンは言っていたのですが、どういうことでしょう。
ジョンは苦笑いしていました。「これが才能の違いか」と言って肩を落としていました。
何のことでしょう。ジョンはバイオリンは弾かないのですが。
とりあえずボクは慰めてあげます。
よくわかりませんがジョンの表情を見るに自分とパーシヴァルを比較して落ち込んでいるようです。
ジョシュアは特別だとパーシヴァルは言っていますが、この子も十分特別です。黒魔法が使えるの役割持ちですからね。竜からの愛情をたっぷり注がれているわけです。
ジョンは微妙な表情のままでパーシヴァルに問いかけていました。
「魔法の練習はしないのですか?」
ボクは納得できました。ジョンの悩みは魔法の話だったようです。
パーシヴァルはするよ?と不思議そうに言いました。
「俺の場合、魔力コントロールできてなさすぎて何度か死にかけたから。練習っていうよりは生存本能だったけど。ーーーなんだったら今もしてる。バイオリン弾きながらもしてる。」
ジョンは今度こそ崩れ落ちていました。
…天才って時に残酷ですよね。魔力との付き合い方が常人とは違うのでしょう。
ちなみにおんなじようなことをボクもジョシュアに聞いて見たことがあります。
ジョンはずっと魔力の扱いに悩んでますからね。竜にはわからないので。戯れに。
ジョシュアから返ってきた答えはーーー「練習ってなんだ?」というもの。
「息を吸うのと同じレベルで魔法を使っているから正直練習しようと思ったことがない…学んだことはある。効率を上げるともっと少ない魔力で多くの魔法が使えると。ーーーまあ、わたしは魔力がなくなりそうだと思ったことがないのであまり役には立たなかったが。」
ボクもジョシュアの答えは役に立たなかったと思いました。同じですね。
…ジョンには当然伝えませんでしたよ。ボクは人間の心の動きにも慣れてますから「気遣い」もお手の物です。
そんなふうに楽しく過ごしているとーーー夕方になってライラックが帰ってきました。
多少ぐったりしていましたが、表情は明るいです。
ボクの前に来て流れるように首を垂れるライラック。シャラリと首元のチョーカーにあしらわれた宝石が音を立てます。
ボクが美味しそうな宝石だなあと思っていると、ライラックはすぐにパーシヴァルの方へと報告へ行きました。
途中、ジョンが使用人と同じ場所で微笑んでいるのを見て一瞬首を傾げていました。
わかるよ、不思議だよね。
「パーシヴァル様、無事王族の方五名と竜種の契約を済ませてまいりました。」
この報告にーーーパーシヴァルはそうか。と頷いただけでした。
ジョンは「ヘッ!?」と素っ頓狂な声をあげています。
ボクも正直驚きました。…あれと契約したがる竜種がいるでしょうか?
パーシヴァルはライラを自分の横に座らせ、首筋に手を当てた後で熱があるなと顔をしかめました。
至近距離で見つめ合い出した二人。
放っておくと話しかけにくくなると思ったのかジョンが慌てて説明を求めます。
パーシヴァルはライラックを休ませたそうでしたが、ライラックの方が首を振っていました。「最後までやらせてください」…そう微笑みを浮かべています。
芯の強い子ですね。…あの魔力の荒れ具合だと平熱よりだいぶ体温が高そうなのですが。
パーシヴァルは不満げな顔で自分の使っていたクッションにライラックをもたれ掛けさせていました。毛布までかけてやる献身ぶりです。
「お兄ちゃんみたい!」
ライラックは歓喜で瞳を輝かせ、「これ以上興奮するな!」と怒られています。
ーーー仲が良さそうです。
そこでようやくライラックはジョンへと視線を向けーーースッと瞳の色を落ち着かせました。
…これが通常なのでしょうが、魔素の流れた瞳を見慣れてしまっていたため酷く冷たいものに思えます。
ジョンが少したじろぎました。ライラックは気がついた様子もなく口を開きます。
「ジョン様のご想像の通り、交渉は難航致したしました。ーーー王族の方々は少々竜種というものを軽んじておられたようなので…わたしは竜種の方と交渉することに致しました。」
その言葉で金蛇が「まじで、あいつら、塵にしてやろうかと思った…百回くらい。」ーーーという素敵な合いの手を入れていました。
ライラックは涼しい顔です。
「フェルありがとう。でもわたしはそんなんで折れたりしないのは知ってるでしょう?ーーーまずはプラチナ様のお子様たちに協力していただいて人間に興味がある竜を集めてもらいました。」
この時点でジョンは「?」と言いたげな顔になっています。
見かねたパーシヴァルが説明を補足していました。
「ライラは竜と話せるから。」
ジョンはようやく意味がわかったのか驚きで固まっていました。
ボクはちょっと楽しくなってきました。
一体何体の竜が集まったのでしょう。
「竜のみなさんはとても好意的でした。ーーーなんでも数百年間話し相手が来なかったとかで。五十体近い竜種の方々が王族の皆様の周りに集まられました。」
ふふふと笑うライラックにボクもつられて笑いました。
だってきっとあの臆病者たちのことです。震えていたに違いありません。
金蛇も今度は楽しそうに叫んでいます。
「最高だったよね!めちゃくちゃ偉そうだったのに、竜種が騒ぎながら集まってくるのを見た途端、急にライラの後ろに隠れたりして。ーーー馬鹿なのかな?恐怖を感じて動けなくなるほど格上の相手と契約できると思ってたなんて。」
ーーー想像以上でした。臆病者には刺激が強かったに違いありません。ジョンも「あの方たちは戦闘もあんまりしないから…それは怖かっただろうね。」と少し同情した顔になっています。
ライラックは金蛇を嗜めながら、淡々と報告を続けます。
「竜種の方々にまずは正攻法での契約をお願いしたのですがーーーこの条件で見つかったのは第二王子のみ。…キラキラしたものが好きだという黄色の地底竜が契約に乗ってくださいました。」
そこで困ったことが起きたのです、とライラは若干表情を曇らせました。
「第一王子ーーーつまりは王太子殿下が『わたしが契約できないなんておかしい』とごね…(ゴホン)詰め寄ってきたのでフェルに意識を落とされました。」
不敬でしたら申し訳ございませんと肩を落とすライラック。
私たちは不敬になるわけありませんと苦笑いすることしかできませんでした。
ーーーあのサークルストーンを持ったブリテンからの使者に詰め寄るとは…第一王子もついに焼きが回ったのかもしれません。
ジョンも「プライド高いから頭に血が上ったんだろうけど相手を見てやってほしい」と頭を抱えています。
金蛇が「ライラに触ろうとしたから首筋をトントンってしといた。」と述べていました。ボクとしてはチョンパしても構いませんのでトントンくらいなら無問題です。
「そこでようやく色々と理解してくださったらしい王族の方々と冷静な協議を行いました。…王太子殿下も目を覚まされた後はとても協力的でしたね。」
「ボクが威圧してたからね!」ーーーという金蛇の合いの手に、ジョンは天を仰いでいました。威圧されるまでわからない王子がこの国の将来の王なのです。ジョンも天を仰ぎたくなるでしょう。
ライラックは金蛇に微笑みかけた後で再び話し始めました。
「こちらが提示し条件は三択。一つ目がわたしの余命が少ないことを伝えた上で、フェルを通した契約を竜種と行う。二つ目が相応の対価を支払った上での契約…竜種の要望に合わせる結果、大体が命を削る契約になるのでお勧めはしませんでした。そして三つ目が竜種以外の上位魔獣との契約。ーーー王太子殿下以外はワードウルフと契約されました。王太子殿下は黄色の飛竜を選ばれましたので、フェルに契約を結んでもらい、黄飛竜によく言い聞かせてから去ってきました。」
「ライラについて行きたいって最後までごねてたねえ。」
金蛇が思い出したように言います。ライラックは苦笑いした後で「ひえ!?」という奇声を上げています。
悲鳴をあげたライラックは、パーシヴァルに横抱きにされていました。
「話終わっただろ。もう寝ろーーーこっちは約束を果たした。明日、そちらも治癒を行ってくれ。」
「きゃー!パーシヴァル様力持ち!」とはしゃぐ声が遠ざかって行きます。
取り残された我々は…頭を抱えていました。
王太子は確実に黄色飛竜を自慢して回ります。
あのアホのことです。ライラックが帰れば自分のものになると楽観視しているに違いありません。
「今から数年後の頭が痛い…。」
ジョンは悲痛な面持ちになって言いました。
ボクは違う理由で…黒の魔素を吹きかけられたような気持ちになりました。
数年後ーーーあれほどパーシヴァルや金蛇に愛された子供がいなくなるということがとても辛いのです。
そんな客間にパーシヴァルが戻ってきました。
明日の予定をジョンと打ち合わせています。
ジョンはこちらをチラチラと見てきましたがボクは無視しました。
治癒魔法のことはできるだけ秘密にしておきたいのです。たぶんライラックとジョシュアにはバレますが。
話が決着した後、パーシヴァルは心配の種がいなくなって眠くなってしまったようです。ソファに丸くなって寝息を立て始めました。使用人とジョンが慌てています。
ジョンがパーシヴァルを自分の手で寝台まで運んでいるのには笑いました。使用人たちを困らせるものではありませんよ。
ボクはその夜、久々に夜空を浮遊魔法で飛びまわりました。
もちろん人には見られないように気をつけて。
…そんな気分だったのです。
翌朝、ボクは治癒院の十階にあるボクの家に窓から帰りーーー懐かしい気配に歓声をあげました。
だって!
「ジョシュア!なんでここに!?」
ボクがだーっと駆け寄るとジョシュアは危なげなく受け止めて抱え上げてくれました。目が合います。相変わらずの真っ黒の目です。日が差すとちょっと青いところが黒を思い出させます。きれいですね。
「大きくなったね。」とボクがいうと「数年前からこのくらいの大きさです」という可愛くない答えが返ってきます。でも、ジョシュアが言えば可愛いです。
ジョシュアにひとしきり擦り寄った後で、ボクは定位置のシルクの貼られたソファに戻りました。
ーーージョシュアに戻されたのです。「話が進まない」と言われてしまいました。
改めてなんで来たのか聞くとーーージョシュアは彼にしてはだいぶわかりやすく表情を輝かせて言いました。
「ライラからプラチナ様が元の姿を見せてくださると聞いて。ーーー本当なのですか?」
ワクワク、と吹き出しをつけたくなるような顔でジョシュアが言います。
ライラックも負けないくらい瞳を輝かせています。昨日よりは元気になったみたいですね。
ボクはちょっと呆れました。そんなことで国を超えてやってきたというのです。
手段は青飛竜だそうです。青の子供は飛ぶのが早い子が多いですからね。
ボクは呆れつつもーーーちょっと嬉しくなってきました。こんなに喜んでもらえるのは正直予想外です。
ジョンは震えています。「普通」の反応です。彼は見学ツアーは欠席になるでしょう。
ボクたちは思い思いに飛竜の背に乗り、南へと向かいました。ジョシュアが自然な仕草でライラックを同乗させていて驚きました。チョーカーを与えるくらいに気に入ったという話は本当のようです。ボクは正直オズワルドが無理やりつけさせたのだとばかり思っていました。
目指したのは海の上です。陸地がなければ早々人間はいません。
ボクたちは一時間ほど飛んで陸地から離れた場所で止まりました。みんながボクに注目しています。パーシヴァルだけがちょっと眠たそうです。
ボクはジョシュアの黒い瞳を見ながら久々に人化の術を解きました。
グルグル巻きにしてあった縄を解くような気持ち良さにボクが身を任せていると、フェルが慌てたように隠蔽魔法を使っているのが視界の端に映ります。
周りに銀色と黒色の魔素が溢れ、煌めき、そして消えていきました。
ジョシュアの瞳に銀色の竜が写ります。まあつまりはボクです。
ボクは五大竜の中では一番小さいです。十メータくらいしかありません。飛竜より小さいんです。飛竜より強いけどね。
特にこの子たちの国は黒だからびっくりしたみたい。あいつはどでかいからまあ仕方ないでしょう。
沈黙が流れーーーいや、ライラックは無言で号泣してたしジョシュアは目を見開いて固まってたんですが、ちょっとボクは恥ずかしくなりました。金蛇は確実に笑いを堪えていました。効果があるかは別として睨んでおきます。
リアクションが欲しくてパーシヴァルの方を向いて…ちょっと笑いました。
パーシヴァルが見たこともないほどに目を見開いて…ぽかんと口を開けていたからね。
「みんなして黙り込んでーーーボクがきれいすぎて何も言えない?」
冗談で言ったんですが、パーシヴァルに真顔で頷かれました。
「羽がないんだな…。」とこれだけやっと言えたようです。
ボクは全身が名前の通りプラチナの鱗で覆われています。
自分でもよくわからないのですが、ずっと浮遊魔法が使えているようで淡く発光しています。夜でも全く紛れません。隠蔽には向いていないんです。
背中にはスッと一本空色の線が入っているのがボク的にはチャームポイントです。
瞳は金色…額には二本の角が生えてます。
首を動かして自分の姿を久々に見ているとーーージョシュアが衝撃から帰ってきたようです。
「美しい…これしか言えない自分の語彙力が嫌になるが、美しい姿だ。ーーーそして魔力も、いつもよりもずっと澄んでいるな。」
…正直気恥ずかしくなってきたため、ボクは人化しました。
「えー!」というパーシヴァルの声が聞こえてきましたが無視です。
僕たちは元来た道を引き返しました。
ジョンが待ちくたびれたよと言いました。手持ち無沙汰すぎて王宮に行ってきたらしいです。有給を取ったと言っていたのに…仕事中毒ですね。
夕食の前にーーージョシュアが帰るというのでここで治癒魔法を使うことにしました。
ジョシュアにはどうせバレそうなのであらかじめ意味ありげにアイコンタクトを送っておきました。
ジョシュアは首を傾げていますが魔力には聡い子なのでこの後の光景を見ればわかってくれるでしょう。
ジョンは少し顔をしかめた後でーーー治癒魔法を使いました。
ジョンの治癒魔法はとっても優しいです。あったかい森のこぼれ日のような魔力。
ライラックがジョンの魔力の副次効果ーーー麻酔で意識が落ちたところで、ボクもこっそり治癒魔法をかけました。
ジョンの魔力が一番大きくなるタイミングに合わせてみました。
ーーードン・ドンドン・ドン…トクトク。ドン・ドンドン・ドン…トクトク。
ボクが魔法を使うと心音がちょっと不思議な時間を刻みます。たぶんボクの魔力のリズムです。
ジョシュアは目を見開いていましたが、パーシヴァルは心配そうにライラックを見つめたままです。…予想通りですね。
ボクは頑張ってライラックの中の魔力を落ち着かせます…元には戻せないですね。やっぱり「時間」は決まってしまっているようです。
せいぜい五年分でしょうか。ぐちゃぐちゃに混ざってしまっていた赤と青をできるだけ揃えて小分けにして押し込んでおきました。全部放出されて混ざってエネルギーが爆発した時が終わりの時になるでしょう。
最後に一瞬だけ閉じていた目を開けると、こちらを見つめていたジョシュアと目が合いました。口パクで「ありがとう」と言われます。ボクは気にしないでという意味を込めてウインクしておきました。
ジョシュアはほんの少し唇をあげーーー何か思いついたように、ジョンに向けてサッと腕を振りました。
「治癒魔法」を使ってーーージョンの治癒魔法は黒魔法とかと同じ分類なのでとっても疲れますーーーへたり込んでいたジョンはびっくりしたように飛び上がっていました。それもそのはず、ジョンを蝕んでいた「呪い」が、なんと…
「従属の魔法が消えた…?」
ジョンが力があるのに今の王族に逆らえなかった理由。
それは十数代前の王族がおかしたミスによるもの。
美しいフィメルに騙された当時の国王がうっかり真名を敵方に教えてしまったのです。しかも呪われてるのに気づかず、ずっとそのフィメルに入れあげていた国王。
ーーー馬鹿ですよねえ。ボクはあきれ返りました。先祖まで服従させられる魔法をかけられるなんて…治癒院に匿ってみましたがやっぱり王家という存在は強いのです。
ここ数百年は大変でした。一人のフィメルにここまでされてしまうなんて…本当にあの賢かったジョン=スノウの祖先なのでしょうか?
でも、その呪縛も今日で終わりました。
ボクは思わず笑ってしまいました。真名を使った魔法を術者以外が解くなんて聞いたこともありません。黒はなんでもありですね。
ジョンが何が起こった?と呟いています。
ジョシュアは不器用にボクに向かってウインクしてくれました。似合わない仕草に、ボクは余計笑いが止まらなくなります。
そこでライラックが目を覚ましました。
歓喜の声をあげる金蛇の横でパーシヴァルがほっと息を吐いています。
ーーーこの子本当にいい子ですね。兄はウインクとかしてましたよ。
ライラックは目を開けーーーパーシヴァルが抱きついてきたためにかたまり、さらに自分の中の魔力が「整理」されていることに気がついたのでしょう。パカリと口を開け固まっています。
そして、そのままギギギと音がなりそうな勢いでボクの方を見ました。
ありゃ、やっぱり気がついたようです。…敏感なんだか鈍感なんだかわからない子だなあ。
ボクはパーシヴァルが背を向けて見ていないのを言いことに唇に手を当てて「秘密」とやっときました。
ライラックは顔を真っ赤にして頷こうとして、パーシヴァルにばれるとまずいと気がついたのか固まっていました。
「し、幸せです…。」
ライラックはそれだけ言って、ジョシュアと視線が合うとふにゃりと笑いました。
唯一ボクの魔法に気がついていないパーシヴァルも魔力の落ち着きようからどれだけ良くなったのかはわかるのでしょう。ライラックを抱きしめたまま泣いているようです。わずかに肩が震えています。
ジョシュアはそんな二人を見て満足したのでしょう。無言で踵を返し、威力をかなり弱くした魔力の球を飛ばすことで窓を開けました。無駄になれた動きです。
ーーーこいつどうやら日常的に窓を移動手段として使っているようです。危ないな。
ジョシュアはそのまま窓から飛び降りて滑り込んできた黒飛竜に降り立つと、挨拶もなしに帰ってしまいました。
ジョンは呆然としていましたが、ジョシュアが帰った後でよろよろと窓に近寄って行っていました。小さくなっていく黒いマントと青の竜を見て一言。
「あれが、世界最強の魔法使い…。」
「かっこいいなあ。」そんな呟きはボクにしか聞こえていないでしょう。
こっちにいたのは半日足らず…でも、やりたいだけやって帰って行きました。自由ですね。
「国の危機にあの人が上にいたら民は安心するだろうなあ。」
ジョンの呟きにボクは考えてしまいました。
ーーー数十年のうちに眠くなる気がしているのです。ボクも準備を始めないと。
ジョシュアは始祖竜たちから孫みたいに思われています。
そしてパーシヴァルはジョンからたくさん貢物を貰ったので国に帰ってからレイモンドに拗ねられました。




