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色なし魔法士は今日もご機嫌  作者: 橘中の楽
色なし魔法士は飛び級したい
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4の一 期末試験を乗り越えよう

師走の終わりかけーーーアメリアイアハート魔法学園では三日間の期末試験が行われる。

三日と聞くと短いと感じるかもしれない。

というか、ライラは実際に思ったし叫んだ。


「試験三日って短か!」


しかし、ミシェーラとデニスはキョトンとしていた。


「いつもやってる小テストで評定は六割ついてるって知ってるだろ?ミシェーラちゃんなんて期末試験0点でも進級はできるぞ?」


ライラとてその事実自体は知っていた。

だからこそ候補者が張り出されるのだ。

落第者候補者に葉っぱをかけ、最後まで頑張れと。


しかし…デニスの言葉に、ライラは驚きの表情になっている。


「ミ、ミシェーラまさか常に小テストで満点を取ってるっていうの?」


「うん?だってもう高等部の内容まで頭に入ってるもの。」


先読みの占い師として眠ったり、国王やパーシヴァルにしょっちゅう呼び出されたりと多忙極まりないミシェーラなのだが、なんと小テストでは満点以外取った事がないらしい。


ふわふわとウェーブがかったツインテールを揺らしながら、ミシェーラは「それが何か?」とでも言いたげな顔でライラを見上げてくる。


普通の生徒であればライラはヘッドロックでも決めたくなっていただろう。


しかしミシェーラであれば別だ。

そうだよね、とライラは満面の笑みになっている。


「さすが神に愛されてる感あるミシェーラ。二物も三物も与えられてるね!羨ましいけど可愛いから全て許す!」


そう言ってライラは腕に囲っていたミシェーラ柔らかな頬をプニプニとつついた。

ミシェーラもくすぐったそうにしながらも抵抗せずにされるがままになっている。

デニスはそんな二人を見ながらーーーライラのだんだんとエスカレートしていく行為に呆れ顔だ。


「おい、ライラ、耳に息を吹きかけるな。ミシェーラちゃんの赤い顔は青少年たちには刺激が強い。」


調子に乗り始めたライラの頭をぺちりと叩き、スタスタと二人のそばに寄っていくとライラの脇に手を入れて持ち上げ、自分の席に戻した。

距離を取らせる事で、強制的にいちゃつきをやめさせる。


ミシェーラはライラから離されて不満だったのかほおを膨らませていた。


「何よ、デニスだってライラにセクハラしてるじゃない。嫉妬は見苦しいわよ。」


「ちげえよ。ミシェーラちゃんは自分の影響力を考えろよ。今の赤い顔の写真市場で売り捌かれるんだぞ?ーーーそれに俺は普段は教室ではベタベタしねえ。」



デニスはライラの体調が悪い時以外はそこまで近くに寄ったりしない。

だからこその発言なのだがーーー


「普段って体調が良い時のことよね?最近のライラは週三で体調悪いじゃない!言い訳にしか聞こえないわ。」


ミシェーラが不満げな顔でデニスに文句を言う。

ライラも「そうだそうだ!ミシェーラをもっと堪能させろ!」と便乗した。

しかし…


「ライラが入ってくるとややこしくなるから黙ってて!」


ライラはミシェーラに注意されシュンとなった。魔石をバリバリと食べているフェルの尻尾をひっぱったりしているのは仲間外れにされて寂しかったのだろう。


竜種の魔石としか思えないサイズの、特大の魔石を次々に食していくフェルを眺めることに飽きたライラは、言い争っている二人を横目に基礎魔法学のテキストブックを開き直した。

そもそも今は基礎魔法学の自習の時間なのだ。

フレイザーが入ってきて、黒板に「自習!」と書き付け出て行ってしまったためお喋りの時間とか化しているだけである。

赤魔法、青魔法、黄魔法ーーーそれぞれの特徴を復習するべく白紙のノートに書きつけていく。


そんな三人のもとへーーービバリーが近づいてきた。


ーーー暇だったのかな。


ライラはそんなことを思った。ビバリーも成績優秀候補者だと自分で言っていた。試験勉強も余裕なのだろう。


ライラはビバリーの目線が自分に向けられているのを察し、渋い表情になりながらも…話を聞くためにパタリとテキストを閉じた。


なぜかビバリーの喧嘩は買ってしまうライラ。

相性が悪いにもかかわらず言い争わなければ気が済まない二人なのであった。


ビバリーは静かにライラに歩み寄ってきた。

お供のマスキラはいない。彼らは上級生なので一年の教室にいないのは当たり前なのだが。


睨み合った二人。


「ーーー何?」


ライラのいつもより低い声にーーービバリーは何がおかしいのかクスリと笑った。

何も知らないものが見れば見惚れてしまうほどに綺麗な顔で微笑む。


「いやね、いとこに向かってそう噛みつかないで?ーーー年末は帰ってくるの?…おばあさまが気にしてるわ。」


ビバリーの言葉にーーーライラはストンと表樹を消した。

実家の話題を振るとライラは大体こういう顔になる。


いつの間にかミシェーラとの言い争いをやめ、心配そうな表情で二人のやりとりを見守っていたデニスが立ち上がりかけたのをミシェーラが押しとどめている。


ライラはそっと頬に手を当てーーースッと目線を斜め上にやった。

そのまま目を合わせることなく応える。


「ーーーいや、帰らない。パーシヴァル様のとこに行くから心配しないでって伝えといて。」


ライラの言葉に、笑顔のまま「王族の名前出すとか自慢?」とライラにだけ聞こえるような音量で呟いたビバリーだったが、ライラが答えないでいると、わかったわと頷いた。


「みんな、とっても寂しがると思うわ。」


「そう、わたしも残念だな。」


ふふふふと吹雪でも吹きそうな空気感で笑い合った二人。

そこで立ち去るかに思えたビバリーだが…ふとデニスとミシェーラに目を向けた。

そして、呆れたような顔になって言い放った。


「あのね、あなたたち三人は座学では比較的余裕があるのでしょうけど…このクラスには落第がかかってる子が何人もいるのよ?もうちょっと静かにしてあげなさいよ。」


ビバリーの言葉に、ライラが眉を寄せた。

ライラには特別三人がうるさくしているという自覚はなかった。

なぜなら皆が思い思い話していたからだ。


しかし、ライラがそう言い返すとビバリーは呆れ顔のままで言った。


「あなたたち三人は存在がうるさいんだから周りより静かにしなきゃダメよ。ーーーというか教室で噂されてるの八割型あなたたちのことよ?…とにかく、今は自習中なの、静かにしなさい。」


ビバリーの暴論…とはいえやけに説得力のある意見にーーーライラはグッと黙り込んだ。


「…気をつける。」


ライラは悔しげな表情だったがこくりとうなずいた。

落第者の心配…実技では自分がそちら側だったにも関わらず配慮が足りていなかったということに、よりによってビバリーに気がつかせられたのだ。


モゴモゴと口を動かし…内心では「性格悪いのにこういう思いやりとかできちゃうから人気あんだよなこいつ、ムカつく。」と思っていたが口には出さなかった。


去っていったビバリーの背中を見て、デニスは意外そうな顔だ。


「なんかすげえ嫌なやつだと思ってたけどあんなことも言えるんだな。」


ミシェーラもコクコクとうなずいている。うるさいと言われてしまったので喋るのがはばかられているらしい。


そんなやりとりを見ていた一部の生徒たちは、ビバリーへ感謝をしていたが…一方で「もうちょっとミシェーラちゃんが喋ってるの聞いていたかった!」と残念がっていたのだった。



期末試験が始まった。

例年一年生三十名のうち、十名程度が落第または留年となる。

三割以上が進級できないというのは非常に厳しい分類に入るだろう。

しかし、アメリアイアハート魔法学園は普通の教育機関ではない。


戦争が勃発すれば、三、四年生は兵士として戦場に投入される。

文字通り、実力がないものは生き残れないのである。

だからこそ進級には厳しかった。それは学長であるイアハートの指導方針でもある。


はじめの日は筆記試験が行われた。

一年生は基礎魔法学、魔法史学。

二年生は複合魔法学、魔法倫理学、反魔法学、属性学。


普通であれば一年生は二教科で良い。

とはいえ、数センチの厚みのある教科書全てが出題範囲だ。

ミシェーラやデニスのような例外を除き、たとえ教科数が少なくても皆が顔色を変えて試験勉強へと臨んでいた。


ライラももちろん例外ではない。デニスの全力サポートを受けながら、二年生の分も含めた六教科分、寝る間を惜しんで勉学に励んでいた。


「ほんっとに期末試験が黒の魔素が多い冬でよかった。他の季節だったら体調不良で倒れてた。」


「…こうならないために普段から部活にも行かずに勉強してたんじゃねえの?」


デニスの呆れ声に、ライラはーーー


「天才と一緒にすんな!ーーー三日前のことは頭の中の消しゴムで消されてくの!結局試験前に全教科復習しないとダメなの!」


ーーー試験の数日前にこんな言い争いをしていた。

昼休みの二人、寝不足でぐったりとしているライラを膝枕してやっている。

「硬い。でもあったかい。筋肉すごい。」そんなことを言いつつ、デニスの手にすり寄って暖をとるライラ。

デニスは「寒くなってきたからデニスを湯たんぽにしたい」というライラの要望わがままに応え手袋をするようになっている。

デニスも全く反対することなく手袋を用意していた。


このことにダスティンは呆れていた。


「魔法剣術の肝は魔力伝達なのにーーーそんな手袋邪魔でしかねえだろ?」


デニスは自身の手に入れられる素材の中で最高品質の素材を使用していたがーーーそれでも当然素手には劣る。

魔力の伝達効率が落ちるのは魔法剣術において致命的だ。ダスティンはそのことを指摘していた。


しかしデニスはあっけらかんとしていた。


「惚れた人の頼みですから。あいつ俺にだけ結構わがまま言うんです。」


ニコニコと笑うデニス。ダスティンは「言わなきゃよかった」と渋い顔をしていた。

それにーーーデニスは続ける。


「最近魔力量がまた増えたみたいで。これつけてないと先輩たち俺と手合わせしてくれなくなったんでちょうどいいっす!」


「…。もういい。とにかく俺とやるときは外せ。」


ダスティンはそう言いながらーー部活前のアップを取っていた三、四年生の元へと呆れ顔で寄っていった。


「お前ら、先輩らしくもうちょっと威厳を持てよ。後輩に手加減求めてんじゃねえよ。」


しかし、三、四年生たちは「無理、無理」と笑っている。


「デニスはもう手つけられないですよ。ーーーダスティンさんも感じてるでしょ?ーーーライラックちゃんだっけ?あの子が危なかっしいのがいいんだろうなあ。」


金髪の四年生がいうとーーーデニスが「危なっかしいのがいいってどういう意味っすか!?」と毛を逆立てている。

そんなデニスを三年生たちがどうどうと言って宥めている。

騒がしい。


ダスティンは確かに、と苦笑いした。


「赤は愛の属性なんて聞いたときはどんなロマンチストだと思ったがーーーデニスを見てると納得するしかねえよなあ。」


先輩たちから生暖かい視線を向けられたデニスはーーームッと口を尖らせた。

デニスにも言い分はあるのだ。


「だって、ライラってなんか出てるのかってほど喧嘩売られるし。その度にみんな俺に通報してくるから駆けつけるために身体強化使うしかないし。流石に複数人の上級生相手はきついからいつも無我夢中だし。」


そんなデニスにーーー同じ学年のせいかよく現場を目にする同級生たちがよくいうわと呆れている。


「お前、無我夢中とか言いながらすっげえ涼しい顔でこの前五人くらいのしてただろ。」


しかし、デニスはそのことを覚えていないらしい。

首を傾げている。


「両親のことを言われたとかでライラが珍しく涙目になってたんだよなあ。そっからはよく覚えてねえや。頭の中でブワッて炎が上がる感じなんだよな。」


あははと笑うデニスに部員たちは引いていた。

ダスティンだけは感心していたそうだ。


「怒りで我を忘れても戦闘自体は冷静なのか。厄介だな。」



ーーーこんなやりとりがあったことをライラは当然知らない。

ただ、ライラは持っているものが少ない。

だからこそデニスの存在のありがたさをよくわかっていた。

自分らしくないなと思ってもわかりやすく甘えて見せる。

これはライラにとってデニスへのお礼でもあった。


手に擦り寄るライラを目を細めて見下ろしながら…デニスは「そういえば」と呟いた。


「どの教科は捨てたの?ーーー山はるの手伝ってやるよ。」


「うーん。基礎魔法学と複合魔法学以外。」


ーーーつまりライラはフレイザーが受け持っている教科以外「捨てる」と言っている。

デニスはマジかよと笑った。


「魔法史学は?前期の試験でも結構稼いでただろ?」


デニスの言葉に、ライラは目を閉じたまま応える。


「だからだよ。ーーーもう魔法史学は合格点いってると思うんだよね。ハン先生はジョシュア様の信者らしいから飛び級も拒否されないと踏んだ。もう勉強しない。」


がんばらなくてもいいとこはサボるーーーそんなことを堂々と言い放ったライラにデニスは笑った。


「お前真面目そうな顔してそういうとこあるよなあ。ーーー白紙はやめてやれよ?」


「ーーージョシュア様の推しポイント書いて提出するわ。」


実際に行われた魔法士学のテストではーーー見事にデニスの予想した「古代史中心」という山が外れ、ライラは頭を抱えることになる。


「ーーーあれ?60点?」


ーーーだから帰ってきた答案用紙を見て驚きの声をあげたライラの口をデニスはそっと塞いだ。


空いた左手で赤い頭をかきむしりながら…疲れたように呟いていたとか。


「…俺、この学校が心配になってきた。」


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問十、薔薇戦争で活躍した白の民出身の英雄の名前を答えよ。(配点5点)


答、白の民の名前は知りません。でもジョシュア様の休日の服装のブランドはナカデ社です。休日も黒一色で統一され、ランカ社製の魔煙をふかす姿は生きているだけで尊いと思います。


◯わかる。10点あげる。


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ーーーいやいやいや、バツだろ!知らないって書いちゃってるじゃねえか。わかるってなんだよ!そもそも配点以上の点数あげる制度存在したのかよ!


実力主義ってなんだっけ、とデニスは遠い目をして思った。

もちろん、前期試験の点数が足りているためこのような凶行にハンも出たのだがーーー


「人間の中でも魔法使いってやっぱちょっとおかしいよねえ。」


ケタケタと笑うフェルにデニスは激しく同意した。

そしてすぐに、ライラに言い聞かせて解答用紙はすぐにカバンへと仕舞わせた。

二つ隣の席で落第だ…と呟いて泣いている同級生に見られたら確実に刺されかねない案件だったからだ。



とはいえ、ライラも点数が足りていない他の教科は進級に必要な点数は取った。小テストを元に最低点を必死に計算していたのだ。


「そんな暇があったら勉強しなさいよ…。」


ミシェーラはそう言って呆れていた。デニスは一緒になって必要最低点を計算していた。

彼のライラと同じクラスに入ろう計画は続行中のようだ。



筆記試験の最後の教科はフレイザーが担当の複合魔法学だった。

ライラはフレイザーお手製の「書けば採点される試験用紙」に解答を書き込みフーッと息をついた。

複合魔法学は九割以上得点しなければいけない科目だ。ミスできないというプレッシャーにこわばっていた肩の力を抜く。


ーーーたぶんほぼ満点だ。…アツムさんとダスティンさんの予想試験問題とほぼ同じテストだった。二人には感謝だな。


フレイザーのだるそうな「そこまで。解答用紙送れ。」という声に合わせて生徒たちが右上に書き込まれた魔法陣へと魔力を流していく。

ライラも杖を使って魔力を流せば自然と教壇に立つフレイザーの元へと用紙は回収されていった。ちなみに採点もすぐに行われるらしい。


「毎年同じことやるのが死ぬほど面倒」…そう言ってフレイザーは独自のこの問題用紙を作成したのだそうだ。

他の教師が同じものを作るよう頼むとものすごい顔で断るのだとシャロンが笑いながら教えてくれた。


「あいつまだ杖使わないと魔法使えないんだ。」とライラを指差して笑った二年生にデニスが殺気のこもった視線を飛ばしている中でライラはミシェーラに抱きついていた。


しきりにありがとうを連呼している。

というのもーーー


「分厚い教科書の中からランダムで問題出されるとか聞いて『あ。終わった』って思ってたけどミシェーラのおかげでたぶんなんとかなったよおお。」


ミシェーラを抱き込んで感謝を述べ続けるライラ。

ミシェーラは「お礼ならダスティンさんに言って?」と笑っている。


「いや、だってわたしが頼んだら100%断られるよ?ミシェーラが頼んだからくれたんだよ?」


真顔で返したライラ。

ミシェーラはダスティンのライラ嫌いを知っているため「そんなことない」といえなかったのだろう。微妙な顔になっていた。



しかし、少々声が大きすぎたらしい。

デニスがさっきを飛ばしている方向とは逆から一人のニュートがライラへと食いかかった。

周りの生徒も興味深そうにそのニュートを見守っている。少しハラハラとした表情になっている生徒もいることから、友達なのかもしれない。


「さっきから聞いてれば!ずりいんだよ!ーーーミシェーラ様の行為にすがって、甘い蜜ばっかり吸いやがって!こっちが必死にやって赤点ギリギリだっていうのに、なんで色なしのお前なんかが95点なんだよ!」


唾を飛ばさんばかりに寄ってきたニュートからさりげなくミシェーラを隠しつつーーーライラはいやそうな顔になり…最後の方で首を傾げた。


「え、なんでわたしの点数知ってるんです?」


ライラの疑問にーーーニュートは赤い顔のままで「あれみろよ!」と黒板に貼られた巨大な一枚の紙を指さした。

そこに書かれていたのはなんとーーー


「フレイザー先生はな、回収後一分で個人の点だけでなく平均点と最高点まで張り出していくんだよ!」


丁寧に説明してくれたニュートにライラは「結構いいやつだな」と思いながらフェルに「あれ見てきて」と頼んでいた。


「聞けよ!」と叫んでいるニュートを無視して…帰ってきたフェルの「本当に95点だったよ!」という声にガッツポーズしていた。


「ってことは午前中にあった基礎魔法学もか?ーーーフェル、基礎魔法学も見てきて!」


「えー!ボクライラから離れたくないのに…。」


数分後。


「92点だったよ。」


フェルの声でライラは天を仰いでいた。


「ああ、ジョシュア様、話ツィやり遂げましたよ。」


テスト後の疲れか、普段よりもテンション高く喜ぶライラにデニスやミシェーラがおめでとうと肩を叩いている。

ーーーそこで、無視され続けていたニュートが再びキレた。


「どうせ複合魔法学も先輩に頼み込んだんだろ?恥ずかしくないのかよ?」


この言葉にデニスが一歩前に出かけーーーライラに押し留められていた。

「わたしにやらせて。」…そう言われてしまえばデニスは引かざるを得ないのだ。


ライラは不満げな顔で元の位置に戻ったデニスの目を見て笑った。

そして、ニュートの生徒へと向き直る。


ライラにじっと見つめられて、ニュートの生徒は怯んだ顔になった。

このニュートは誤解していたのだ。

ライラが大多数の色なしと同じで気が弱く、やり返してこないと。


そして例の漏れず普段は気が弱いこのニュートも…退学が決まってしまっていることもあり、少々自棄になっていたのだ。

だからこそ、ライラの言葉を聞いて頬を打たれたかのような衝撃を受ける。


「先輩の言うとおり、わたしは周りに頼らないと高得点を取れません。ーーーいや、筆記だけじゃないですね。実技だってペアのデニスと使役獣のフェルに最大限頼ろうとしています。」


ライラの静かな声に、ニュートの生徒は「ほら。言った通りじゃないか!」と満足そうな顔になった。

しかし、ライラの話は当然終わっていない。


「ーーーでも、これは全て学校の規則の中でやっています。使えるものは全て使え…これはわたしみたいな落ちこぼれにこそ必要な言葉ですよね?」


ライラの言葉にニュートはグッと黙り込んだ。

ライラは静かに畳み掛ける。


「別に文句を言われても何も思いません。ーーーただ、かわいそうだなとは思いますね。…だって、先輩はわからないんでしょう?周りになんと言われようとやり遂げたいほどの熱意が。」


ライラの言葉は静かでーーー不思議と優しい響きがあった。

真っ赤になっていたニュートは、思うところがあったのか、不意に泣き出してしまった。


突然ポロポロと涙をこぼし始めたニュートにデニスとミシェーラはギョッとした顔になった。

ハラハラとした顔でニュートを見守っていた友人と思われる生徒たちも、驚きで固まってしまっている。


160リュウほどの生徒をーーー170リュウのライラが見下ろす。

その瞳は優しかった。エグエグと声を上げて泣く生徒の頭をポンポンと叩いてやっている。


「ーーーだって、先輩の知り合いなんていなかったんだ。みんな手伝ってくれたけど、どうしても筆記の成績が足りなかったんだ。」


「そうですか、大変だったんですね。」


ライラの声が優しすぎたせいかーーーニュートの生徒の涙は止まらなくなってしまったようだ。「抱きついてもいい?」と上目遣いでライラへと問いかけ、笑われている。


ライラに子供のようにしがみついてワンワンと鳴き始めたニュートを見てライラは困った顔で笑いながらも背中をトントンと一定のリズムで叩いてやっている。


デニスは非常に渋い顔だ。

ミシェーラが「空気を読みなさい」と言って服を掴んでいなければ確実に上級生を剥がしにかかっていただろう。


「だ、だって、実技の…追加課題が多すぎて。普段の小テストの勉強なんてできなかったんだ…。」


「わかりますよ。アルフ先生はできない生徒ほど追加課題を増やしてきますからね。」


「そ、そうなんだよ!ーーーしかも、一回夏に体調崩したせいで余計ついていけなくなって、」


「今年は暑かったですよねえ。ーーー今は治りましたか?」


ライラは痛みを知っている。

立場の弱いものほど相手の言葉の温度には敏感だ。

だからこそ、年上でしかも怒っていたはずのニュートは泣くほどにすがりたくなってしまったのだ。


一見弱そうに見えるライラのーーーどこまでも暖かくて広い心と、その包み込むような温度を感じて。


ーーーバカだったなあ。わたしもこの子みたいにもっと違うやり方であがけばよかった。


反省と恥ずかしさと、後悔とーーーそしてもう落第したからこのエリートぞろいの学校でがんばらなくても良いという安堵。

ライラを見て、我慢していたものが決壊したのだろう。普段は言えなかったような心の内側が、ポロポロとあふれ出していた。


ーーーこの穏やかなやりとりは小一時間続き…ミシェーラがクーガンに用意させた紅茶のおかわりを教室に残る生徒たちに振る舞っているあたりで、ようやく泣いていたニュートも落ち着いたらしい。

おずおずとライラから離れて友人らの輪に戻っていた。

俯いているが若干耳が赤い。正気に戻ると恥ずかしくなったらしい。


「お前、まじかよ。」

「赤ちゃんみたいだったよ。」


そんなふうに言われ、「うるせえ!忘れろ!」などと言い返している。

ライラは「元気になったならよかったです。」微笑み、さっさと教室から出ようとしている。


「ちょ、ちょっと待って!」


先輩のニュートが呼び止め、連絡先を聞こうとした。

しかし、ライラは口元だけ上げていった。


「わたし、初対面の方とは魔力通信交換しないんです。ーーー大丈夫、素直でひたむきなあなたなら新しい場所でうまくやっていけますよ。」


ライラはそう言って立ち去ろうとしたがーーーガーン!とでも言いたげになったニュートの顔に少し慌てていた。


ーーーなんか知らんがめちゃくちゃ懐かれている!?


ライラは嫌われれることには慣れてしまっているのだが、このように真っ直ぐに向けられる好意には弱かった。


ーーーでも、王族の方々を追いかけるのに手一杯で普通の友人とか手に余るんだよなあ。


連絡先くらい教えればいいと言われそうだが、ライラは中等部への入学前に散々親戚たちから嫌がらせを受けてきた。

人と関われば裏切られる可能性がある。知らない人間であればあるほどその可能性は高い。

とっさにこのように考えてしまうほどにライラは苦労してきたのだ。


ライラは考えた末ーーー持っていなノートの切れ端にある番号を書いた。


「これ、退学後の進路についてアドバイスもらってみてください。…この人、魔法学園を退学になった生徒の進路の相談に乗ってる魔法使いです。」


「へ?」と固まったニュートを見て、ライラは満足そうに頷いて去っていった。

逃げたとも言う。

ライラはそこまでお人好しではない。なんだったら初めは食ってかかられたことも忘れていない。


ただ、落第というものはライラにとっては他人事に思えなかった。知らないからあっちへいけと振り払うことはできなかった。

フェルがいなかったら、ミシェーラやデニスがいなかったらーーー確実にライラも落第候補者に入っていたはずなのだ。


「あいつに連絡先教えたの?」


不満げにいうデニスにーーーライラは首を振り手を広げた。

抱っこして、真顔でのたまうライラにデニスはすぐに不満げな顔を呆れ顔へと変えた。


「そんなにきつかったならあんなニュート振り払えよーーーってあっつ!このままシャロンのとこ直行だな。フェル、先に行ってシャロン探しといて。」


デニスはフェルに言って…腕に素直に抱えられ、無表情ながら満足げに瞳を輝かせているライラを見下ろす。


「なんで連絡先教えなかったの?」


先ほどとは逆の質問がミシェーラから投げられる。

ライラはふふふと笑った。


「わたし大事にしたいものにしか時間使いたくないんだ。」


瞳をとろけさせ、魔力を流すライラを見てーーーデニスとミシェーラは嬉しそうに笑った。

二人は「大事」なのだとライラが伝えているとわかったから。


「ライラって大概頑固よねえ。」



ライラたちは知らない。

ニュートがフィメルになってしまったことを。

友人たちから「退学になるのに不毛な恋すぎる」と憐まれていたことを。

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