3の十九 大騒ぎ
バーン!
朝の六時半。
ライラが布団の上で丸くなっていると、自室のドアが突然開かれた。
「!!」
ライラとフェルが同時に飛び上がった。
二人の金色の目がシンクロして侵入者ーーーミシェーラの姿を捕らえる。
…驚き方までそっくりである。
普段だったら笑う場面だが、この日はそんな余裕はなかった。
「どうしたの…?」
ミシェーラがライラの個人スペースのドアを開けることなど入学以来一度も無かった。
起き抜け出回っていない頭を何とか働かせ、ついでにクッションに戻ろうとするフェルを捕まえるライラ。
ミシェーラは何も言葉を発さずにーーーなぜか魔力通話の画面をライラにかざした。
ライラが首を傾げるのとーーー通話越しに、聞き覚えのあるテノールが非常に不機嫌そうな様子で話し始めるのは同時だった。
[ライラ。あのバカがどっか行きやがった。ーーー二十歳で迷子ってどういうことだよ!!!]
キーンと音割れする魔力通話から聞こえてきたのはパーシヴァルの声だ。
ライラは一瞬で覚醒した。
寝巻きをぱっぱとそこらへと放り、私服に着替えながらパーシヴァルに応対する。
「迷子というのはどういうことですか?誰が行方不明なのですか?」
ライラの声に、パーシヴァルは舌打ちを繰り返しながら短く答えた。
[ジョシュアが魔力の暴走を抑えるために昨晩飛び出していった。一緒に出たはずの飛竜だけが戻ってきた。ーーー必死に鳴いてるらしいんだが言葉がわかるやつがいねえ。今すぐ王宮いけ。]
「あ、はい。」
今日は学校があるなどと言っている場合ではないのはライラにもわかった。
ミシェーラは無言で画面をタップしーーー疲れた顔で言った。
「はあ、最近迷子はなかったのに。」
ーーーえ、ジョシュアさまってそんなにすぐどっか行っちゃうの?
◯
王宮のジョシュアの離宮に急いで向かったライラ、ミシェーラ、そしてなぜかシャロン。
最強に不機嫌マックスのーーー化粧もしていない、サングラスをしたただのイケメンのシャロンをライラは三度見した。
「見てんじゃないわよ。三枚に下ろすぞ。」
ーーーシャロンは低血圧だった。早朝から叩き起こされ非常に不機嫌らしい。
サッと目線を逸らし…ライラは目の前で優雅にお茶を飲んでいるジョシュアの側近三人を見た。
ライラたちが入ると、サッと立ち上がってお茶を勧めてくれる。
ライラは戸惑いながらも席へとついた。
三人がほっと一息ついたところで、オズワルドが再度今回の呼び出した理由の説明をしてくれた。
オズワルドの説明をまとめるとこうだ。
ジョシュアは黒魔法を使いすぎると破壊衝動が止まらなくなることがあるらしい。
王宮を壊しては色々とまずいので、証拠隠滅が図りやすい遠くの森へ行くそうだ。
「ギリ理性を保ってるんでしょうね」
ーーーというのがシャロンの批評。
ちなみに皆が口を合わせて迷子迷子というのはーーージョシュアのとんでもない方向音痴に原因があるらしい。
小さい頃のジョシュアは今のように飛竜による移動ができなかった。
そのため、とりあえず飛べる亜空間まで飛んで走ってその周りの木々や岩、魔獣を攻撃していたらしい。
問題はその後。
黒の魔力を使い切り、正気に戻ったところで…いつも途方に暮れていたのだそうだ。
「ところでここはどこだろう。」
賢い飛竜が一緒になってからは、呆然と立ち竦むジョシュアを回収してきてくれるようになった。
だから今回のような捜索隊が組まれるようなことはここ数年は無くなっていたらしい。
「なぜ飛竜は戻ってきてしまったのでしょう?」
オズワルドが首を傾げる。
シャロンなどは「ついに愛想尽かされたんでしょ。」と不機嫌そうに言い放っている。
そんな中で、ライラは今の時期に黒魔法を使うような用事はあったっけと内心首を傾げた。
同じことを思ったらしいミシェーラがすかさず口を挟んでいる。
「黒魔法をなぜそんなに使用する必要があったのですか?」
オズワルドはミシェーラの質問に応えなかった。
曖昧に微笑むだけのオズワルドにミシェーラが再度問いかけようとしたがーーーシャロンが苛立たしげに会話を遮った。
「イタリア王国の残党魔法士が昨夜束になって国王の部屋に押しかけたの。それで、ジョシュアが捕縛したんだけどーーー王族が混じってたみたいでね。感じた事がない種類の魔力で遠隔攻撃をしようとしたみたいなの。しかも狙いがーーー」
狙ったのは、幼い王族たち。
「お前らの未来もなくなってしまえ!」
ーーーそう叫んで、五歳以下の王族の血を引く全ての子供対象に魔法を発動させようとしたらしい。
「当然ジョシュアはキレたわ。一瞬で十名の魔法使いを全て無色にしたーーーそりゃあ反動もくるわよ。」
「「「…。」」」
あまりの衝撃的な話について行けずにライラは固まった。
ミシェーラは暗い顔になっている。しかし、ライラよりは動揺した様子がない。
血なまぐさい話にも慣れているのだろう。
静まり返った部屋。
オズワルドが「なんで言うんですか」と言う目でシャロンを見ているが、視線に気がついたシャロンは「こいつらも巻き込まれてるんだから都合の良いとこだけ子供扱いするんじゃないわよ。」と一蹴していた。
ごほんと咳払いをした金髪美女ーーージョシュアの側近であるアイリーン。
ハッとした顔になったオズワルドが説明を再開した。
「ミシェーラ様、シャロン様、巻き込んでしまい申し訳ございません。ーーー以前もお手伝いいただいた方はだいたいわかっておられるかと思いますが、役割分担を説明させていただきます。まずミシェーラ様、『レーダー』お願いしますね。」
オズワルドの言葉でミシェーラが引きつった笑みを浮かべた。
ミシェーラの役割は先読みの能力でジョシュアが大体の時刻にどこに現れるかみることらしい。
「絶対になるまで何回眠らないといけないのかしらーーー」
ミシェーラは「ふふふふふ」と笑いながら部屋を出て行った。
ライラは何も声をかけることができなかった。あんなミシェーラは初めて見たのだ。
ーーー土日出勤した翌週の上司があんな顔してたな。
そんなことを考えているとーーーオズワルドからは次の指示が飛ぶ。
「そしてシャロン様。ーーー国王から飛竜を借りました。空からの捜索と…ジョシュア様の治癒をお願いします。」
シャロンは「ああ、めんどくせえ。」と低い声で呟きながら、部屋をスタスタと出て行った。
なぜ治癒?とライラは不思議に思ったのだが、後で納得せざるを得なくなる。
というのも、ジョシュアは帰ってくると全身打ち身と擦り傷だらけ。
ボロボロになっていたのだ。
痛覚を切って暴れるらしい。
迷子などという可愛らしいワードに騙されていただけで、ものすごく危険な行為なのではないかとライラは真っ青になることになる。
「そしてフェル殿、ライラックさんを送り届けた後でいいのでありったけの魔獣を狩ってきてください。ーーージョシュア様はお帰りになった後で大量の魔石を御所望になります。食事では追いつきませんのでよろしくお願いします。」
フェルは「なんでボクが?」などと抵抗を見せるかと思われたがーーー皆の予測とは違い、意外にも素直に頷いている。
提案した側のオズワルドもあっさり了承されたことに少し面食らっていたがーーーフェルの「ボクがはらぺこなんだよね」という言葉で皆が納得せざるを得なくなった。
しかし、一方でオズワルドの「ライラさんの守りはこちらの騎士で」という提案にフェルは首をふった。
というのもーーー
「もう一体ライラの使役獣いるから。どーせどんぐり食ってるだけだし呼び出そう。」
フェルの言葉の後で、クルミが呼び出された。
真っ白のふわふわとしたリスにしか見えないクルミーーーしかも今回は名前の通り胡桃を両手で抱えていたーーーフィメルの使用人たちから黄色い声があがる。
オズワルドやパーシーなどは魔獣にも詳しいのだろう。
「ワードスクウィールに護衛ができるのですか?」
ーーーと懐疑的な表情だったが、フェルができると断言したためにその場は収まった。
ライラは内心で「ワードスクウィールじゃないしね」と冷静に思っていた。
オズワルドはまだ不思議そうな顔だったがーーーライラの方に向き直った。
「では、竜舎に行きましょう。ーーーそこまで切羽詰まった様子ではなかったのですが、ずっと何かを伝えたそうなのです。」
オズワルドに先導されてライラたちは賑やかに言葉を交わし合いながら真っ黒の四角い建物、竜舎へと移動した。
ニョーンと開いた扉をくぐり、聞こえてきた声にーーーライラは固まった。
「グガガガガガガガガ。ガーガ!(ジョシュアはまた強くなった。思わず逃げ帰ってきちゃったよ。ーーーあんなの人間が巻き込まれたら骨も残らないだろうなあ。)」
すごーいすごーいと楽しそうに話す飛竜たちの会話を聞いて、ライラは真っ青になった。
そのライラの顔色を見てーーーオズワルドたちも、ようやく何か思い違いをしていたと気がついたらしい。
「く、黒飛竜はなんと言っていました?」
オズワルドがヒクリと顔をこわばらせた。
ライラは真っ青な顔で一同を見渡した。
そして意を決したように言った。
「飛竜はジョシュア様のそばにいたら自分も危ないと判断して途中で逃げ帰ってきたそうです。人間が巻き込まれたらひとたまりもないと。」
「「「「…。」」」」
ーーーそこからの側近三人組の動きは素早かった。
「誰ですか呑気に紅茶なんて飲んでたの。」
「仕方ないじゃないですか、だってジョシュア様が無差別攻撃できるようになったなんて聞かされてませんよ!」
「黒魔法は守りの魔法とか言ったの誰だよ!他国だよ!」
口々に文句を言いながらも各所に連絡しているようだ。
軍、地方ギルド、周辺住民の避難ーーーといった言葉が聞こえてくる中で、フェルはライラを浮遊魔法で運び始めた。
「フェ、フェル、なんか大変そうなのにここにいなくていいの?」
ライラの戸惑いの声に、フェルは「ライラいても何もできないでしょ?」とあっけらかんと言った。
グッと黙り込んだライラ。
ガクリと肩を落としため息をついた。
反動で肩に乗ったクルミが滑り落ちかけている。
「フェル!なんでお前俺には浮遊魔法かけないの!?」
「ーーーでさ、今向かってるのは…。」
「無視すんじゃねえ!ーーうおっと危ね。」
フェルは一直線にジョーワの元へと向かった。
「あの爺さんのとこで魔法の練習でもしてなよ。ーーー守りも相当に硬そうだし。」
そう言ってサッとライラとクルミを置いてフェルはいなくなってしまった。
ライラの「フェルもジョシュア様探しに行ったら?」という声は却下された。
ジョシュアの身に何かあったらと心配するライラをフェルが「心配するだけ無駄」と鼻で笑う。
「アレをどうにかできるのいないでしょ。ーーー黒竜の代替わりに向けてどんどん力増していってるみたいだしね。」
地竜と水竜どっちがうまいかな〜という恐ろしいぼやきを残してフェルは消えた。
「リュ、竜種ってご飯なの?」
ライラの疑問にクルミは「フェルを基準に物事を考えないほうがいいぞ」という非常に冷静な回答をしてくれた。
ライラはガラッとドアを開けーーー相変わらず実験器具や薬品で混沌としている部屋をかき分け、奥に座っているジョーワを発見した。
ジョーワはライラに「よくきたな」と一瞥も寄越さずに言った。
言葉と言動が全く一致していないが、ライラは気にした様子もなく椅子を引っ張ってきてジョーワの横に座った。
ウィーンと音を立ててロボットがお茶を運んでくる。
ライラは前回の苦い記憶を忘れていない。
お茶には口をつけずーーー手に持っていたどんぐりを落としてロボットを見つめているクルミをチョンチョンとつつく。
「このお茶、魔獣的にはすっごく美味しいんだって、前回フェルはお風呂みたいにつかってたよ。」
ライラの言葉に「フェルが!?」と両手を上げて嬉しそうに叫んだクルミ。
すぐに自分の行動をごまかすように「べ、別に俺もやろうと思ってたし?」というべたな反応をするクルミを見てライラはクスクスと笑った。
手に持っていたきのみを放り出すと、湯飲みへとダイブしーーー
「めちゃくちゃ美味え!」
頭から入ったせいか、ふわふわとした尻尾が湯飲みから飛び出している。
ライラはクルミのお尻がふりふりと揺れているのをしばらく眺めていたが、パーシヴァルから連絡が来ていることに気が付き、返信の文を打っているとーーージョーワが横からズッと紙を差し出してきた。
「改良第一号じゃ。」
「え!?もうできたんですか?お忙しいでしょうに。ありがとうございます!」
ニコニコと笑っているライラは知らない。
この改良のためにジョーワが全ての仕事を投げ出し、部下たちが頭を抱えたことを。
無邪気に笑って紙に書かれた魔法陣を見るライラ。
そして早速愛用の購買で買った杖を取り出し、空中に記号を書きつけ始めた。
しかし、途中で手が止まりアレ?と首を傾げた。
「な、なんかこの文字書けない?」
ライラは必死に力を込めたが杖はびくともしない。
そんなライラを見てーーージョーワが「なんじゃその杖は」と呆れた声をあげた。
ライラが「購買の杖です」と素直に応えるとジョーワがカッと目を見開いた。
「そんな魔力伝達率の悪い杖をよく使えたな!」
ジョーワはそう叫びーーーライラがぽかんとしている間に、老人とは思えぬ素早さで杖を奪うと「ふん!」と声をあげて真ん中で折ってしまった。
パキン、と軽い音を立て真っ二つになった杖。
「な、何するんですか!」
ジョーワの突然の奇行にライラが抗議の声を上げるも「不細工な魔装具は存在が罪じゃ」と容量の得ない回答をするばかり。
そして呆れた顔になってライラに言った。
「というかあの杖でよく授業が受けれてたの。一年生だからか?」
答えはライラの魔力量だけは多いからなのだがーーーいまいち自分の魔力量の多さが理解できていないライラは「課題が簡単だったんですかねえ」と首を傾げていた。
そして渋々とーーー主に物理攻撃用でしかつかっていなかったパーシヴァルの杖を取り出した。
ジョーワが再び「なんじゃそれは!」と叫びライラに手を伸ばす。
「ちょ、これは絶対に折らないでくださいね!」
ライラは必死になってジョーワに言い聞かせる。
肝心のジョーワは「わかっておるからよこせ!」と繰り返している。
あまりのジョーワの剣幕にライラが折れた。
ライラが腕を下ろすとパッとジョーワが杖を取り上げた。
そしてじーっと数分間眺め続けた。
「パー様成長したのう。ほう、ここをこうやっていじったのか。」
ーーーいや、持ち主知ってるんかい!
壊されれるのではないかという心配は、完全にライラの取り越し苦労だったのだ。
ジョーワは先ほどとは反対の意味で「なんじゃそれは!」と言ったらしい。
ライラが疲れたようにため息を吐いたところでーーーいつの間にか満面の笑みになっているジョーワが「ほれ」と杖を返してきた。
「ワシの方でもちょいと書き換えたがーーーパー様は腕を上げたの。しかもちゃんとライラ用に魔法陣を書き換えて下賤したようじゃ。見ないうちに大人になったのう。」
好好爺のようなことを言い出したジョーワ。
しかし、ライラといえばジョーワの言った内容に固まっていた。
だってライラは聞かされていなかったのだ。
ただ単に「俺もう杖いらねーから」と投げつけられただけ。
だからこそ、普段の授業で使っていいものなのか迷っていたのもある。
いつか返したほうがいいのではないかと思っていたのだ。
それがなんとーーー
「パーシヴァル様がわたしのために改良してくださった?」
ーーーえ、ツンデレ?これが噂のTSU-N-DE-RE?
「パーシヴァル様ぁぁぁ!!!!!」
ライラは突如叫んで魔力通話の画面をタップし始めた。
ワンコールでパーシヴァルが出る。
「どうした?ジョシュアに何かあったか?」
今回パーシヴァルは迷子作戦に参加していない。
というのも、パーシヴァルが今活動している地点からほぼ逆方向にジョシュアは飛んでいたのだ。
そのため捜索には加わっていないパーシヴァルは、内心でかなり心配していた。
王太子が一般人を傷つけたともなればーーーさらに白の人々を巻き込んだとなれば重大問題となる。
そのためにずっと通話を取れる状態にしていたのだ。
だから、当然の結果としてーーー
「くだらないことで電話してくるんじゃねえ!というかいつの話だ!なんで使ってねえんだよ!」
怒られるライラ。
しかし、当の本人はデレデレと笑っている。
ジョーワはそんなライラたちのやりとりを聞いて「兄弟みたいじゃの」と笑っていた。
パーシヴァルが「お前くだらないことで興奮すんな。また倒れるぞ。」と言って無理やり電話を切った後でーーーライラは気を取り直して魔法陣を描こうとし、ジョーワに止められた。
「やめておいた方が良い。その文字を書いたらライラはここで魔力枯渇になるぞ。」
ジョーワの言葉にギョッとしてライラが止まった。
いつの間にかお茶を飲み干していたらしいクルミもトテトテと近寄ってきた。
そして紙を見てーーー「確かにこれはお前じゃ無理だな。」と頷いている。
「随分と賢いワードスクィールじゃな?」
ジョーワが首を傾げている。
ジョーワがインドア派の研究者じゃなければ確実にクルミの違和感に気づかれていただろう。
しかし、基本的に魔獣に興味がないジョーワはそれ以上追求することがなかった。
「ライラが成長して魔力量が二倍になれば発動できる陣じゃな。」
ジョーワはそう言って笑った。
ライラは「そういう大事なことははじめに言ってくださいよ」と呆れ顔だ。
しかしジョーワは逆に「なんでわからないのじゃ?」と聞いてきた。
「ライラは良い眼を持っているじゃろう。魔法陣が自分に使えるものかくらい判断できるかと思ったのだ。」
ライラが「どうせ私は」と口を尖らせたが、ジョーワは「すねてないで練習するのじゃ」とすっぱり言った。
「わしがここまでやってこれたのは魔力の流れを読み取る能力が高かったからだと思っておる。ものを見て、どこにどの魔力がどれくらい必要かわかるんじゃ。ーーー意味わかるか?」
ライラは頷いた。
ライラも魔力完治の能力だけは高いのだ。
黒竜に近づきすぎて倒れた記憶が蘇る。敏感でなければあんな失態は犯さなかっただろう。
「基礎がある、それならあとは経験で補うのじゃ。ーーーほれ、この棚にある薬は全て魔力が入っているじゃろう?多い順に並び替えてみ。」
ジョーワがそう言って指差した棚には、100本以上の瓶が並んでいる。
うげっと顔をしかめたライラ。
しかし、ジョーワは容赦がない。
「さっさとやるのじゃ。ーーーきっと三の鐘のあたりには捜索隊が帰ってくるぞ。」
さすがはあのパーシヴァルを指導しただけのことはある。
有無を言わさず瓶を並べさせられることになったライラ。
ウンウンと唸りながら瓶を並び替えている。
「ジョーワ様、できましたよ!」
ライラはそう言って顔を輝かせたがーーークルミが「ここ逆じゃない?」などと横から助言していたのを知っているジョーワに追加課題を出されていた。
「自力でやるのじゃ!ーーーほれリス殿。旨い茶をやるからこっちへ来なされ。」
「!?ーーーいく!」
クルミを買収され、「ひえええ」などと情けない悲鳴をあげながらも素早く瓶を並べ替えていくライラ。
その姿を見て、「魔力に敏感」という本人の申告はあながち嘘ではないなとジョーワは納得した。
「瞳もいいし器も大きい。ーーー本当に浮遊魔法を使えるようになるかもしれんの。」
魔力の流し方に無駄がなくなれば、当然使用する魔力が少なくて済むようになる。
ジョーワの狙いはそこだった。
ライラは大雑把な性格なため、「適当でいいでしょ」と魔力を流していたのだが、それでは魔力が足りない魔法が当然出てくる。
「シャーマナイト殿下とパーシヴァル殿下も似たようなことをやっていたのう。」
瓶を目の前に掲げてじっと見つめるライラを見てジョーワが優しげな顔を浮かべていた。
結局ジョシュアが見つかったのは夕方だった。
ジョシュアが次々と亜空間を移動しているために捕まえることができないと頭を抱えていたシャロンとミシェーラの元へ、野生の飛竜が困った顔で運んできてくれたらしい。
慌ててジョシュアを乗せた飛竜ごと王宮へと戻ってきた一行。
飛竜は心配そうな顔をしながらも住処へと帰っていった。黒の王族は竜種全体に気に入られているのだなとライラは場違いにも感心してしまった。
「ーーーほぼ魔力枯渇するまで魔法を使うなんて何事!?」
シャロンは口では文句を言いながらも、若干青ざめながら数種類の薬を飲ませていた。治癒魔法をいきなりかけると完全に魔力がなくなって死ぬかもしれない状態だったそうだ。
ジョシュアは空気中から魔素を取り込めるようになってしまったため、以前のように黒魔法を使えば破壊衝動が収まる身体でなくなってしまった。
そこで「意識が落ちるまで魔法を使えば止まると思った」三日三晩眠り続けたあとーーー寝台でそう語ってパーンとシャロンに後頭部を叩かれていた。
「あんたね、ちょっとは自覚を持ちなさい!死んだらこの国が終わるの!魔力枯渇=全国民の絶望なのよ?このボンクラ!」
不敬罪では?とライラがおろおろしていたが、「シャロンは大丈夫」らしい。
「むしろシャロン様しか言えませんから。ーーーパーシヴァル様に早く戻ってきていただきたいですね。」
オズワルドが疲れ切った顔で言っていた。
ーーーそのパーシヴァルももちろん怒っていたのだが、怒られている側のジョシュアが「久々に聞いたパーシヴァルの声が元気そうでわたしも嬉しい」などと言ったため、効果なしとみなされたのだ。
「誰かを彷彿とさせる反応」ーーーそう疲れた声で言ったパーシヴァル。
皆の視線を受けたライラはすぐに「え?ジョシュア様に似てるって言われました?キャッ!」などとはしゃいでパーシヴァルに電話ごしに舌打ちされていた。