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色なし魔法士は今日もご機嫌  作者: 橘中の楽
色なし魔法士は飛び級したい
57/103

3の十七 不運な日は一刻も早く帰宅するに限る…けどたいてい邪魔が入る

ライラはその日ついていなかった。

朝からやたらと同級生に絡まれるしーーーこれは無視していたが、そうせざるをえないくらいには体調も悪かった。

十二月に入って急に気温が下がり、身体の中で魔素がグルグルとして熱っぽい。

薬が効きづらくなっているのがわかる。

しかし、シャロンの元に通う暇がなかったのだ。


魔法学園の教師陣は自由だ。

どのくらい自由かというと、最強位戦の間にほぼ出ていなかった課題を思い出したかのように一気に放出してくるくらいには自由だ。


熱でぼーっとする思考。

デニスにおぶってもらいながらライラはぶつぶつと文句を言っている。


「学生ってなんで労働組合ないの?明らかに理不尽なのに誰に文句言っていいかわからん。」


デニスは背中に背負ったライラがモゴモゴと文句をいうのを聞いて苦笑いしている。

ミシェーラはその横を歩きながら、冷静なツっこみを入れていた。


「訳わからないことばっかり言って。…さっきの魔法史学の評価がCだったからって拗ねないの。」


ミシェーラが冷たいと言って嘘泣きをするライラ。

二人はいつものことだと相手にしていない。

教室についてーーーデニスに寄りかかりながら、ライラは基礎魔法学の小テストの対策用紙を睨み付けている。


そんなライラを見ながら、ミシェーラがこてりと首を傾げた。


「ライラって基礎魔法学の小テストの勉強ばかりしすぎじゃない?ーーーもっとバランスよくやれば他でC評価がつかないと思うのだけど。」


ミシェーラの指摘に…ライラはキョトンとした顔になった。


ライラが口を開く前に、デニスも魔力通話から顔を上げて「確かに」とミシェーラに同意した。

…彼らは小テストの勉強をしていない。ライラは自分がいくら必死に勉強しても、常にライラよりも高得点を獲得する友人たちにいつも恨みがましい視線を向けている。


「あんまりC評価取ると飛び級できなくなんぞ?」


デニスに言葉に、ライラはだるそうにしながらもデニスの肩から顔を上げ、「知ってるよ。」と頷いた。


「ならなんでーーー」


そう言って不思議がる二人にーーーライラはにっこりと笑って言い放ったのだ。


「パーシヴァル様にこのままじゃ飛び級できませんってダメ元で泣きついてみたらさ…『俺がどうにかしてやるからフレーザーの単位だけは最高評価取っとけ』って。」


「「(こいつ権力使う気満々だ!)」」


あんぐりと口を開けたデニス。

ミシェーラは「あの人ライラにどんどん甘くなってないかしら」と遠い目をしている。


ーーーつまり、ライラは王族の力で飛び級させてもらうことにしたのだ。


そもそも、飛び級する生徒の基準はかなり曖昧だ。

学年ごとの必要単位数を獲得する他に、教師に推薦されるだとか成績優秀であるといったいくつかの基準があったりする。

成績上位者一割の生徒に声がかけられるのが通例だった。


しかし、例外もある。

ライラはまさにその例外になろうとしていた。

黒竜の儀の関係者という言葉は、ライラが飛び級する理由には十分だったのだ。一部難色を示す教師もいたが。


微妙な顔になった二人にーーーライラは苦笑いした。


「いや、わたしだってはじめは正規ルートで頑張ろうとしたよ?…でもさ、前期に一年生の授業を必死に受けてたわたしに、一年半分の単位をしかも成績上位で通過しろとか無謀だったよね。」


わたしか弱いし!と真顔で言い放ち、再びデニスの肩にもたれかかったライラ。

デニスは呆れ顔になりながらも、まんざらでもなさそうにライラの顔にかかった銀色の髪をどけてやっている。


その手つきの柔らかさに渋い顔になりながらもーーーミシェーラは片眉を上げてライラを見た。


「自分でか弱いとか言わないわよ普通。ーーーなんというか流石よね。王族の頼みであれば、何がなんでも飛び級しようとするあたり。」


ミシェーラの言葉にライラはへへへと笑った。

褒めてないわよ、というミシェーラのツッコミが届いたのかは怪しい。

ライラの意識は再び対策用紙へと向けられていたからだ。


ミシェーラは呆れ顔をしながらも…ライラの頑張りを知っているためにそれ以上の言葉は口にしなかった。


ライラ本人の言い方は少しあれだが…ライラは成績上位ではなくても、単位自体は獲得していたからだ。

完全に権力に頼るわけではなく自分にできる努力はする、それがわかっているからデニスや、ミシェーラ、パーシヴァルも協力する気になるのだ。

遅くまで机に向かっているライラを知っているミシェーラはなんだかんだと言って、ライラの面倒を見てやっていた。今ライラが手にしている対策シートもミシェーラが作成したものだ。


ーーーデニスはライラを全肯定するからわたしがしっかりしないと。


ミシェーラは最近そんなことを思っていた。


デニスに任せておくとライラを甘やかしすぎるのだ。

まあ、ミシェーラもライラには甘い自覚があるのだが。…二人は「持っている側」の人間のため、典型的な「持っていない側」の人間を見るとどうしても色々とやってあげたくなってしまうようだ。


デニスの様子を見て今日は食事までデニスが世話を焼くのだろうかとミシェーラは少しおかしくなった。

ライラがこのように体調が悪そうな日、デニスはとことんライラが動かなくていいように立ち回る。

あーんで食事をとらせる姿にはじめは食堂に座っていた学生たちがざわついていたものだ。ちなみに、今では周囲が慣れてきて「またやってるよ」という非常に生暖かい視線が向けられるようになったが。

ミシェーラから見るとペットに餌やりをしているようにしか見えないのだがどうやら周囲の認識は違うらしい。


フレイザーと小テストで見事満点を獲得したライラは、気が抜けたのだろうか。

午後に行われた実技の時間にーーーライラによってはよりによって、と言いたくなるようなデリケート系の課題だったーーーここ最近は見られなかったような最大限のやらかしをしていた。


二年生の授業だ。

炎の輪に水球を通すーーー赤と青の複合魔法と「輪」という形を作らなければいけない課題。

ライラは炎の輪の形態維持に夢中になるあまりーーー水球の方をあらぬ方向に吹っ飛ばしてしまったのだ。


繰り返しになるがこの日のライラは運が悪かった。

体調が悪く、朝から一人になるとやたらと絡まれる。

そして、水球の先にはーーー


バッシャーン!


全身をロイヤルワラントのブランド服で固めた、ジョーハンナが立っていた。


静まり返った教室。

アルフでさえも引きつった笑いを浮かべていた。

ジョーハンナの長い髪からポタポタと滴が落ちる。


よりによって調整が簡単だろうと両手いっぱいほどもある水球を作っていたライラ。


ーーーあ、終わった。


ライラは真っ青になりーーー「申し訳ございませんでしたあああ!」と普段は聞いたこともないほどの大声で叫んで、最敬礼をした。

というかもはや這いつくばっていた。

しかし、ジョーハンナは冷ややかな目でライラを見ている。


だらだらとライラの背中を冷や汗が流れーーー永遠にも感じる沈黙が教室に流れる中で…動いたのはライラの真横にいたデニスだった。


ライラの頭を人なでし「俺に任せろ」とばかりに微笑むと…ジョーハンナの前に立った。

そして、カバンからハンカチを出してジョーハンナに渡す。


またジョーハンナと同じく固まっている側近に、「俺が乾かしてもいいですか?」と問いかけて半ば強引に魔法の使用許可をもぎ取っていた。


「ライラが申し訳ございません。ーーーわたしがジョーハンナ様のために魔法を使うことを許可してくださいますか?」


片膝をつき、普段よりも五割増でキラキラとした笑顔になったデニスはジョーハンナの手を恭しくとった。

ジョーハンナはライラに向けていた視線をデニスへと移しーーークスリと笑った。


ーーーデニスナイスー!!!


ライラが心の中で大喝采をあげる中、デニスはしかめっ面をしながらも優しい火力でジョーハンナの水分を飛ばしていた。

その顔があまりに真剣なものだから周囲の生徒からも笑い声が上がる。


「デニスー!ジョーハンナ様の服焦がすなよー。」

「遅いぞー!」


デニスの部活の先輩と思われる外野からのヤジに「今、集中してんで静かにしてください!」と抗議しながらも…デニスはジョーハンナを乾かし「よくやったわ」と微笑みかけられていた。


ライラが這いつくばった姿勢のままでその二人を離れたところから気まずげに見守っているとーーーデニスとともに、ジョーハンナも歩み寄ってきた。


おずおずと顔を上げたライラに、ジョーハンナの厳しい声が降る。


「いつまでそんな態勢でいるのーーーあなたにプライドはないの?そのチョーカーとブレスレットをつけて、見苦しい真似はよしなさい。」


ライラは耳まで真っ赤になった。

慌てて立ち上がってーーーふらりとよろけたところをデニスに支えられている。

ライラはデニスにお礼を言った後で、腕をそっと外してジョーハンナに向き直った。


しばし見つめ合う二人。

ライラの顔色がまた悪くなっていく中でーーージョーハンナが口を開いた。


「いい騎士を持ったわね。ーーーデニスに免じて許してあげるけど今後はわたしの近くで授業を受けないで頂戴。」


ライラはこの言葉を受けて無言でブンブンと首を縦に振った。

そして敬礼した後、駆け足で実技場の端まで移動していった。

ふらつきながら走って行ったライラを呆れた顔で追いかけようとしたデニスを、ジョーハンナの声が呼び止める。


「ーーーあなた、わたしのところに来ない?…美しいものは好きよ。容姿、動き、真っ直ぐな心…あなたは美しいわ。」


ジョーハンナのこの発言で、再び教室内に緊張が走った。

ジョーハンナはニュートだが、マスキラ、フィメルを問わず絶大な人気を誇る生徒だ。

そのジョーハンナに直々にスカウトされたデニス。

皆が羨望や嫉妬を込めた眼差しを向ける中ーーーデニスが、先ほどと同じよそ行きの綺麗な笑みを浮かべた。

ジョーハンナの片手をとってキスをする。


キザな仕草が似合う十三歳。

ミシェーラが離れたところからそんな分析をする中で…デニスはキッパリと言い放った。



「わたしはもう主人を決めてしまっています。ーーージョーハンナ様のような高貴なお方に似合うような器ではありませんよ。」


デニスが口にした否定の言葉にーーー教室からはざわめきの声が上がった。

「ありえない」「もったいない」そんな声が上がる中で、デニスは敬礼すると今度こそライラの方に走って行った。


ライラは騒ぎに気づかずに地面に座り込んで草を毟っている。

いまだにショックから抜け出せていないらしい。


一連のやり取りを珍しく静かに見守っていたアルフはーーー断られたことでジョーハンナが怒り出すのではないかと内心びくついていたのだが、おかしそうにジョーハンナが笑い出したことでほっと息をついていた。


ジョーハンナが珍しく声を上げてクスクスと笑う姿に何人かのマスキラが頬を染めている。


ジョーハンナはチラリと銀と赤の二人組を見た後でーーー自分のもといた亜署に戻るためだろう。サッとマントを翻した。

口元には笑みが浮かんでいる。


口々に側近や取り巻きがデニスを貶すがーーージョーハンナは楽しそうな表情のままだ。


「わたしの申し出に迷いもしないなんて。ーーー今時は珍しく芯が通った騎士ね。」


あなたが器じゃなかったら誰がふさわしいのよ、とおかしそうに笑うジョーハンナに取り巻きたちも苦笑いしていたとか。



実技場の芝生をむしって精神統一を図ったライラは、きっちりと合格をもらい(フェルに火力をこっそり補助してもらったのは秘密だ)ーーー早足で寮へと向かっていた。


ーーー今日は厄日だ。これはもううろうろせずに自分の部屋に戻ろう!


寮まで送ろうかと心配するデニスとミシェーラと別れたライラは移動プレート乗り場まで到着していた。

そこでケイマプレートを借りたところでーーー聞き覚えのありすぎる声に呼び止められた。


無視してプレートを進めようとするも、進行方向に4つもプレートを並べられ、ライラはプレートを止めざるを得なかった。


ーーーやっぱりデニスあたりに送ってもらえばよかった…


最近ちょっかいをかけてきていなかったため油断していたのだ。

現れたのはライラの天敵ともいえるビバリーだった。


ニヤニヤとした顔で、いつも通り数人のマスキラを連れてライラの前に立ちふさがったのだ。


ライラは嫌な顔を隠すことなく、突然現れたいとこの顔を見る。

フェルをとっさにポケットに入れるのも忘れていない。

「うぎゃ!?」と驚きの声をあげながらもフェルは大人しくライラに捕まった。

ポケットに特大の魔石があるのが見えなからかもしれない。

なんとなく嫌な予感がしてプロイセン王国からの賠償品である赤魔石をいくつか忍ばせておいたのだ。絡まれ慣れしすぎたライラのこの一連の仕草に、ミシェーラがいたら突っ込んでいたに違いない。


クシャリと歪められたライラの顔を見て…ビバリーはとてもいい笑顔になって言った。


「相変わらずしけた顔ねーーーさすがの能天気なあんたも、飛び級できないってわかって落ち込んじゃった?」


ビバリーの言葉に取り巻きたちがいやらしい笑みを浮かべる。

「しけた顔」と言われたあたりで眉間のシワをさらに深めていたライラだがーーー最後の言葉にははて、と首を傾げた。


「ビバリーはなんでわたしの成績を知ってるの?」


こてんと首を傾げたライラ。

ピキッと固まるビバリーたち。


微妙な空気が流れーーービバリーが、引きつった笑いで言った。


「ま、まさかと思うけど校門のところに張り出された成績優秀者と落第者の候補リスト見てないんじゃないでしょうね?」


「わたしは成績優秀候補者よ!」と高笑いするビバリーを無視してライラはフェルを引っ張り出して聞いた。


「フェル!知ってた?」


フェルは口の中を赤魔石でいっぱいにしていたため言葉は発することができなかったようだ。

代わりに頭をふるふると振って意思表明をしている。


「だよね」と一つ頷いてライラは再びフェルをポケットへと押し込んだ。


いつも通りのマイペースなライラを見て、ビバリーは笑顔を引きつらせている。

ライラが鍼灸に必死なのを知っていたため、一言言ってやろうと思ったようだ。

しかし、肝心の本人が全く焦った様子を見せないために戸惑っているらしい。


ーーー残念ながら「裏ルート」あるから関係ないんだよねえ。


「早く退いてくんない。」


体調のせいか普段よりもさらにぶっきらぼうな口調になったライラにーーービバリーは逆上した。


「っつ!なんなのよ、その余裕そうな態度。…あんたが王族の方々に目をかけられたり飛び級なんて言うせいで最近わたしも大変なのよ。」


ぎりっと睨んでくるビバリー。

ライラは呆れた顔でビバリーを見返したが…そろそろ本気で熱が上がってきたのを感じ、ポケットを叩いてフェルに合図を送った。


「ーーーフェル、わたし多分あと五分で倒れる。」


ぴょこっと顔を出したフェルがライラのささやきに「わかった」と頷いた。

再びポケットの中へと潜り込んでいくフェルに「どれだけ赤魔石気に入ったんだよ」とライアは忍び笑いを漏らす。


フェルは五分後になったらライラを運んでくれるだろう。

浮遊魔法はーーー緊急事態だし許してもらえるよね。


ライラは回っていない頭でそう結論づけ…いまだに行手を塞ぎ続けるビバリーを見た。


ビバリーはいつも以上に何も言い返してこないライラに苛立ちを募らせているのだろう。笑顔の仮面が剥がれかけている。


「そもそも、デニスくんだけじゃなくてアツムさんにまで色目を使うなんてとんだ淫乱ね。ーーーそんなんで、よく調子に乗れるものだわ。」


つらつらと言い募るビバリーに向かって、ライラが突然片手をあげた。

「な、何よ」とビバリーが尋ねるとーーーライラが倒れ込みながら言った。


「フェル、キレると手をつけられない。ーーー塵になりたくなかったらどっかいって。」


ふっと頭から倒れ込みかけたライラが金色に発光する。

フェルの浮遊魔法だ。

ビバリーと取り巻きたちは何が起こったのかわからなかったのだろう。

怪訝そうに顔をしかめていたがーーーふっと浮かび上がったフェルを見て、サッと顔を青ざめさせた。


フェルが怒っていたからだ。

ビバリーたちは油断していた。

フェルの演技に騙されていたのだ。

フェルはライラが望むように振る舞った。

それがライラに一番体力を使わせないと思ったから。


でも、ライラが倒れてしまえばーーーもう彼を止めるものはいない。


「ぐちぐちぐちぐち、あんたなんなの?ボクのライラに喧嘩売るって意味わかってる?」


バチバチと黄色の魔力が弾ける。

ビバリーたちはガタガタと震えている。

こんな濃度の魔力は体験したことがなかったのだ。


フェルからしたら本気の一割も出していない。

しかし、殺気に慣れていない生徒からすれば十分すぎる威力があった。


「無視してんじゃねえよ。さっきまでうるさいほど話してだだろ?」


フェルが「あ゛?」とすごむと、ビバリーの周りの生徒がヘナヘナとへたり込んだ。

ビバリーだけは涙目になりながらもフェルを睨み続けている。

彼女は魔力量も多く、次期ガブモンド家の当主と目される逸材だ。

優秀なのである。少なくとも年が一つ二つ違うだけのマスキラと比べれば。


ーーもっとも、今回は相手が悪すぎるのだが。


カタカタと震えるばかりのビバリーにフェルがもう一度すごみかけーーー突然斜め上を見上げ、何かを避けるようにしてライラと一緒に宙を移動した。


突然現れた乱入者。

牽制とばかりに投げつけられた魔力をピタリと止めてみせーーーフェルは「お前はなんだよ」と不満げに声をあげた。



白髪の混じった濃紫の髪のマスキラ。

白いローブに身を包み、右腕にはグレイトブリテン王国の魔法使いの頂点ーーー黒竜団の団長だけが身につけることを許されている金の腕章が輝く。

特徴的な目元の傷ーーーそれさえも彼の魅力を際立たせるパーツでしかない。


現れたのは学長であるエゼルバート=イアハートだ。

黒竜団の任務を終え久しぶりに学園に帰ってきたところ、この喧嘩の現場に居合わせたらしい。


フェルは少し前から彼の存在には気がついていた。

しかし、手を出してこないことからてっきり静観するものだと思っていたのだ。


「今更なに?ライラのことは助けないのにそいつらはかばうの?」


フェルがゾッとするほど低い声を出してイアハートに問いかける。

イアハートはフェルの威圧を真正面から受け止め…「違う」と短く答えた。


「逆だよ、フェル。ーーー主人の命令なしに使役獣が勝手なことをしてはいけない。わたしはむしろお前を止めにきた。」


イアハートはそう言いながら、座り込んでいるマスキラたちに「さっさと行け」と手を振った。

プレートに乗り込んだビバリーは最後に舌打を残して消えていった。


その様子にイアハートは苦笑いしている。


「これを見て、舌打ちできるっていうのは…ある意味大物だな。」


そう言いながら…フェルへと向き直った。

フェルは未だにライラのそばにピタリとついたままーーーイアハートを静かに見つめている。


しばし睨み合う二人。

ーーー先に威圧をやめたのはフェルの方だった。


「ーーーシャロンのとこ行く。」


ブスッとした声で、そう言い残して飛び去ろうとしたフェルをイアハートが止めた。


「ーーーライラック=ガブモンドとは話がしてみたいと思っていた。わたしもついて行こう。…だから浮遊魔法を解きなさい。使用は禁止したはずだろう?」


そう口では言いつつも、イアハートはライラとフェルに音もなく近寄ると二人を見上げて、ちょうど浮いているライラを受け止められるような位置に手を出して見せた。

立場上言わざるを得ないだけで、今なら勝手な魔法使用を見逃してやれる…そういう意味を込めたイアハートの視線を受け、フェルは渋々と言った様子で浮遊魔法を解いた。


ふっと落ちてきた体をイアハートは危なげなく受けとめーーーそのあまりに軽さに眉を寄せた。


「ーーー軽すぎないか?」


ライラは170リュウ近くある。

それなのに体重が五十カロンしかなかった。


棒のように細い手首を見ながらイアハートがいうと、フェルは悲しそうな声色になって言った。


「最近あんまり食べられないみたいで。ーーーニコニコ笑って大丈夫って本人は言うんだけどね。」


二人はそんな会話をしながら、風を切るようにして構内を移動し始めた。

たまたま居合わせた生徒がギョッとしたようにイアハートとフェルを見ている。


「プレートより早くね?」

「今のなに!?新種の魔獣?」


図書館棟に駆け込んだイアハートとフェルを見てシャロンがキレるまであと数分。

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