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色なし魔法士は今日もご機嫌  作者: 橘中の楽
色なし魔法士は飛び級したい
56/103

3の十六 敵襲?

会場に集まった何百人という観客から惜しみない拍手がダスティンへと贈られた。

ライラの横に座っていたデニスも「よっしゃー!」という叫び声を上げたあとでふと魔力通信の画面を確認し、どこかへと走り去っていった。


「ダスティン様のところに行ったんじゃない?仲良さそうだし。」


ミシェーラはダスティンから一切視線を外すことなく言った。

そんなミシェーラを見て、ライラは呆れ顔だ。


「そんなに好きなら、なんでパートナーの申し出を受けないの?」


ライラの何気ない問いかけに、ミシェーラは一瞬固まったあとーーーいつも通りの笑顔になった。

可憐で見るものを魅了する笑顔。しかし、ライラはそこに僅かながらの違和感を感じた。

「わたしは今は他にやることがあるから。」そう言ったミシェーラ。


ライラはそんなミシェーラの態度にどこか引っかかるものを感じ、言葉を続けようとしたがーーーー全身をゾワリとしたものが走り抜け、弾かれたように頭上を見上げた。


ライラのすぐ横に座っていたジョシュアはさらに早かった。

魔力を封じるためにつけているブレスレットをサッと外し、後ろに控えているオズワルドへと投げた。

ライラが上を向いたときには、すでに戦闘態勢で魔力を練り上げ始めている。


「ーーー敵襲だ。」


ジョシュアの声は決して大きいものではなかったが不思議と辺りに響き渡った。


ライラはすぐさま杖を取り出しミシェーラの前に盾になるようにして立ち上がった。護衛の騎士たちも各々剣や弓矢を構えている。


ーーー何かが来る!


ライラは強大な魔力の塊が近づいてくるのを感じていた。

ヒリヒリと焼けつくようなプレッシャー。

今まで感じたことのない恐怖がライラの背筋を駆け上る。


ライラはなんとか背筋を伸ばして立っていたがーーーその手に握られた杖はカタカタと揺れていた。


緊迫する周囲の中で、フェルだけはいつものように宙をフヨフヨと飛んでいる。

ライラの顔の前にいる辺り、警戒はしているらしい。しかし、イマイチ緊張感がない。


ジョシュアはそんなフェルを一瞥したあとーーービュンッと宙へと飛び出した。


「シャーマナイト様!?」


護衛の騎士たちからは悲鳴が上がったが、ジョシュアはひらひらと手を振って振り返ることさえなかった。

ライラは真っ青になりながらフェルを見上げる。


「フェ、フェル!流石のジョシュア様でも、アレ相手は怪我するんじゃない?」


助けに行ってくれと頼むライラ。

しかし、フェルは「無理」と短く言い返すだけだ。

そして、ライラが信じられないような言葉を口にする。


「アレはボクでも手に負えない。季節と時間の関係であいつが弱体化してることを考えてもまだ分が悪い。ーーーボクの最優先はライラを守ることだよ。」


ライラはそんな…と涙目になったが、フェルは相変わらず宙をただよっている。


周囲がざわつき始めた。フェルの会話が聞こえたのとーーーいよいよ、何が来たのか肉眼でも見え始めたからだ。


「ーーー赤竜だ!なんでプロイセンの守護竜がこんなところに?」


「そんな、今黒竜さまは眠っているんだろう?」


「焼き尽くされる!!」


観客からは悲鳴が上がり、恐慌状態になりかけた。

教師らが必死で落ち着かせようとしているが効果は薄い。


赤竜は物凄い勢いで透明な円形のドームへと突っ込んできてーーー


「シールド。」


ーーージョシュアの防御魔法によってはじき返された。


短い詠唱。

魔法使いの誰もが中等部で習う基本の魔法。


「ーーーあれが、シールド?」


魔法使いたちは、恐怖を忘れ茫然と空をーーージョシュアを見上げていた。


ギャアアアという赤竜の咆哮があがる。

まさか行手を阻まれるとは思わなかったのだろう。戸惑ったように宙を旋回している。


ジョシュアの作った魔法障壁に向け、苛立ったように赤竜が尻尾を打ち付けて始めた。

しかし、その度に黒の魔力が流れ、攻撃を無効化しているようだ。

赤竜は観客たちのいるドーム内に入れないらしい。



「よ、よかった!」

「シャーマナイトさま…!」


観客たちからは安堵の声が上がり始めた。

教師陣もほっとした表情で、パニックになりかけた人たちを元の場所へと誘導している。


ライラはポーッと頭上の光景に見惚れていたがーーーフェルに呼びかけられ、ハッと我に返った。


「ライラ!ジョシュアの援護に行こう。なんか赤竜パニックで我を失ってるみたいだから、ライラが行って竜の言葉で話しかけてあげよう。」


「へっ!?」


ライラが状況を把握するより前に、フェルは金色に光りーーーものすごいスピードでライラをジョシュアの横へと運んだ。

ライラはされるがままになる。

気がつけば先ほどまで立っていた観客席は豆粒ほどの大きさになっている。

ライラが状況について行けずに目を白黒とさせる中で、フェルは」ジョシュアへと呼びかけた。声には若干の緊張を滲ませている。


「ジョシュア!通訳ーーーライラ連れてきたから話しかけてみなよ!なんかアイツ、攻撃しにきた感じじゃないよね?」


フェルの言葉に、ずっと上空の赤竜を見つめているジョシュアがその視線を逸さぬままにうなずいた。


「助かる。ーーー先ほどから魔力で呼びかけているのだが、全く応答がない。いつもの彼女らしくないとわたしも思った。」



ライラたちがジョシュアの横に並んだ頃ーーー競技場の真ん中では、ダスティンが他の観客と同じように、頭上を見上げていた。

彼の顔には、羨望の表情が浮かんでいた、それと一抹の悔しさのようなものも見て取れる。


対戦相手のアツムといえば、地面に座り込んだままだ。

いまだに顔色が悪いところを見ると、魔力が回復しきっていないらしい。

しかし、自分の状況も忘れ、ぽかんと口を開けている。


「すっげえ。」


キラキラと目を輝かせ、ジョシュアの完璧な防御魔法を見つめていた。

一切の無駄がなく、流れるように打ち出された広範囲魔法。

毎年毎年ミーティアウィークで国を守っているジョシュアならではの工夫がされているのか、基礎魔法に加え、僅かにアレンジがされているのがわかる。

しかし、ほぼ基礎魔法。

何百人の命を救ったジョシュアの基礎魔法。


ーーー魔法は想像力である。


ダスティンの脳裏に浮かんだのは基礎魔法学の教科書の一ページ目に書かれている文言。

想像できなければ魔法は使えない、故に、当たり前のことが書かれていると思っていたがーーー


「俺はなに一つわかってなかったんだなあ。」


突然のダスティンの呟きは、唯一アツムだけが気がついた。

チラリとダスティンを見て、その視線の先にあるものを見て納得したような表情になる。


「完璧に思考できるようになれば、基礎魔法でも戦車を飛ばせる威力になるーーー戦国時代のお伽話だと思ってたけど、本当のことなんだね。」


ーーーやっぱ敵わねえなあ。


ダスティンが苦い顔で笑うとーーービュンッと彼の横に風が吹いた。

頭上の魔力のぶつかり合いにばかり気を取られていたダスティンは、虚を突かれたのだろう。

慌てた様子で腰に下げられた剣に手をかけーーーすぐに安堵の表情になった。


「デニスか、おどろかせるんじゃねえよ。」


目の前に現れた赤い頭を、パシリと叩いた。

デニスはイテっと声をあげながらも、相変わらず頭上を警戒し続けている。


その目に浮かぶ色を見て、ダスティンはぶん殴られたような衝撃を受けた。

デニスはダスティンよりも弱い。

試合結果がそれを証明している。

しかし、ダスティンは()()()()()()()()


ーーーあと数年後に、俺はこいつに負けるんだな。


デニスの目には恐怖はなかった。

羨望もなかった。

ただただ、戦況を冷静に分析していた。

強大な相手をどうするか、どうやってこの状況でダスティンを守るか。


才能には様々な形がある。

ジョシュアはいい例だ。

魔力量は王族随一。

黒の魔力にも恵まれ、最近では空気中の魔素も取り込めるようになったため、休息も必要としなくなっているという。


ダスティンは憧れた。

ジョシュアのようになりたいと。

毎日鍛錬した。剣技も磨いた。

でも、今、デニスを見て気がついてしまったのだ。


ーーー俺は、いつの間にか自分の限界を決めていたんだな。そんなんだから弱いままなんだってわかってるはずなのに。


才能には様々な形がある。

デニスに与えられた才能は赤の魔力や恵まれた体格、優れた運動神経ーーーそして燃え上がった赤の魔素のような「闘争本能」。


どんな状況でも敵を分析し、最善の道を模索する。

勝てるかどうかなど考えないのだろう。

彼は騎士だから、主人を守ることが最重要。

無理な勝負でも向かっていく。

自分が諦めることは、主人の死につながるという意識が常にあるのだ。


赤竜という未知の敵に対しても、デニスは確かに攻撃意志を保ち続けていた。

この会場にいる誰もが諦め、逃げようとしたのに。

デニスは赤竜の接近に気がつくと、身体強化を使って最速でダスティンのもとに駆けつけたのだ。


ダスティンは黒のマントをつけたデニスの背中を見ながら、ボソリと言った。


「なんで俺のもとに来た?」


デニスは頭上から視線を逸らすことなく答えた。


「シャロン先生から王族を守れっていう連絡が来て。この会場にいる王族の中で、今最も危ないのはダスティン先輩だと判断しました。ジョーハンナ様は護衛騎士がいっぱいいるし、シャーマナイト様は主戦力だし。…すいません、出しゃばりました。ダスティン先輩の方が強いのはわかってるんすけど。」


デニスはスラスラと淀みなく答えた。

謝りながらも、決して護衛をやめる気はないというのが背を向けていても伝わってきた。


「ーーーお前、かっこいいな。」


ダスティンが素直に称賛すると、アザース!という元気の良い返事が返ってきた。


思わずダスティンがクスリと笑ったその時、アツムから「ゲェ!?」という呻き声が上がった。


「またとんでもないのが現れた!気配なかったけどどうやって出てきたの!?本気でまずいんじゃ?」


ダスティンも慌てて顔を上げたがーーーすぐにほっと力を抜いた。


「あれは、多分迎えだな。…アツム、安心しろ。多分赤竜を連れ帰るためにプロイセンの術者が呼び出されたんだ。」


ほら。とダスティンが指差すとーーー確かに、赤い竜の横に浮かんでいる二人の魔法使いらしき人たちが、ブンブンと腕を振って赤竜になにやら怒鳴っている。

赤竜も心なしかしゅんとしているように見えなくもなかった。


ジョシュアは黙って見守っているし、ライラは歓声を上げているようだ。

フェルらしき金色の塊に向かってーーーいつもより巨大化しているように見えた、あれはフェルなのか?という疑問がダスティンには浮かんだーーーライラは熱弁を奮っているように見える。


「アイツ、絶対本物の赤竜だ!隣の王族だ!って騒いで周り困らせてますよ。」


デニスの呆れ顔に、アツムが吹きだした。「想像しかできない。」などと言ってクスクスと笑っている。


アツムが笑い出したことで、ピリピリとしていた空気が緩んだ。

ダスティンも息をつきーーーサッと周りを見回した。

そして、固まっていた係員の生徒に指示を出し、アツムを救護室へと運ぶように指示を出す。


「で、でも、このあとすぐ閉会式をやるんじゃーーー」


係員の生徒が困ったように言う。

しかし、ダスティンは眉を釣り上げた。


「どー見てもそんな空気じゃないだろ。ジョシュア様が隣国の竜と話をつけ終わったら、多分会場にも説明がいく。すぐ段取り整えとけ。」


非常事態で右往左往していた生徒たちが、ダスティンの言葉でハッとした表情になった。

てきぱきと動き出した生徒たちを見て、ダスティンは笑顔でうなずいている。


「お前らなら、非常事態でも対応できる。いつも俺らを支えてくれてるだろ?」


黒薔薇団のメンバーはほぼ全員が最強位決定戦に出場してしまうため、当日の係員は「補佐員」と呼ばれている一般の生徒たちが行っているのだ。

彼らはいつも黒薔薇団と連携して動いている。こうした非常事態に自分たちで行動するのには慣れていなかったが、指示さえもらえれば優秀に役割をこなして見せた。


その後も、パニックになった観客の中でけが人が出た、だとか、ジョシュアに連絡がつかない、だとか様々な相談事がダスティンへと寄せられたが、ダスティンは一度も休むことなく補佐員たちに助言を与え、鼓舞し続けた。


デニスはそんなダスティンに何度も休むように進言したが、ダスティンは決して頷かなかった。

椅子にさえ座らずに、ピシッと背中を伸ばして指示を送り続けるダスティン。

救護室に足を運んで、恐怖で震えるフィメルに自ら声をかけたり、ジョシュアの元へと出向いて観客への説明を求めたり。


デニス、ジェイク、アツムーーー強敵との三試合を終えた後だ。疲れているに決まっている。

それでも、この非常事態でダスティンが「いつも通り」であることがどれだけ生徒たちに安心感を与えているのかわかっているから、ダスティンは決して疲れたそぶりを見せなかった。


お騒がせな赤竜がどこかへと消えた後で、優勝者であるダスティンに、ジョシュアの手から直接トロフィーが贈られた。

「よくやった。」ジョシュアはそれしか言わなかったが、ダスティンは滅多に見せない子供のような顔で笑い、会場のフィメルファンの心を鷲掴みにしていた。


簡易的な表彰式の後、ジョシュアが観客に向けて説明を行なった。


「ーーー隣国でも十年以内に赤竜が眠りにつくらしい。今日の赤竜は、自分の『世代交代』の時期をはっきりと悟って思わず来てしまったと言っていた。」


ーーーえ?


ぽかんとする観客。

以上だ、と言ってジョシュアが壇上から降りようとするのをオズワルドが笑顔で引き留めている。

そして、ライラになにやら目配せを送っている。


「(え、やですよ、こんな大勢の前で話すの。)」

「(今日はジョシュア様の補佐役として動いているのですから、ほら、お願いしますよ)」


本人たちは小声のつもりなのだろうが、魔石の入ったマイクは非常に高性能であるために、完璧に二人のやりとりを拾ってしまっている。


観客たちが微妙な表情になる中ーーーものすごく不本意そうな顔をしたライラがマイクの前に立った。


「ジョシュア様の代理としてお話しさせていただきます。ーーー先ほど説明がありましたが、一部納得されていない方がいらっしゃるようなので補足しますね。」


ライラの説明を要約するとーーー赤竜は自国に竜の世代交代に詳しい人が居なさすぎて、親交のあるジョシュアの元へと飛んできてしまった、というのが事の真相らしい。


ーーー実はフェルにも会いにきたと赤竜ははっきり宣言していたのだが、そこは秘密にすることになった。フェルの存在はあまり目立たないようにする、というのが今の王室の考えであるためだ。


そんなわけで、「ジョシュアのせい」とも取られかねない説明をした後で…ライラがあっと声をあげた。


「ジョシュア様、補償魔石の説明はいいんですか?」


ライラの指摘に、ジョシュアはああ、とうなずいた。

そして、再びマイクの前に立った。


「今回、このような事態に巻き込んでしまい申し訳なかったと隣国から特大赤魔石千個を補填するという申し出が来ている。ーーー会場にいる全員に一つずつ後ほど送付するので、そのつもりでいてくれ。」


ジョシュアの思わぬ提案に、会場は一瞬静まり返りーーーワッと歓声が上がった。

隣国の赤魔石は最高品質で有名だった。

特大ともなればプレートが一台買えるような値段になる。


「ラッキー!」

「シャーマナイト様の魔法も見れたし、いいことづくめだね!」


歓声が上がりーーージョシュアがわずかにだが柔らかい表情になった。


ライラがそんなジョシュアを見て目を輝かせている。



ダスティンはといえばーーー実は、トロフィーを受け取り、選手待機室に引き上げたところでフラッと倒れ込みかけ、デニスに支えられていた。


「すまん。」


真っ青な顔でダスティンがデニスに謝った。

若干ふらつきながらも長椅子に腰掛ける。

デニスは腰に下げてあった体力回復用のドリンクをダスティンへと無言で差し出した。

ダスティンはデニスから受け取ったボトルを一気に飲み干していた。

そして、心配そうな表情のデニスに、もう大丈夫だと笑いかけた。


「情けねえな。四歳年上のジョシュア様は今日観客全員の命を救ったのに。」


はあ、とダスティンがため息をつく。


デニスが、「ダスティン先輩は試合後だったじゃないすっか」となだめたが、ダスティンは浮かない顔のままだ。

ダスティンは疲労による頭痛を感じ、眉を潜めている。

心配そうに覗き込んでくるデニスに笑い返した後ーーー入り口の鍵を閉めるように言った。


デニスが素早く施錠魔法を飛ばしたのを確認しーーーダスティンはゴロンと横になった。その際に、同じ椅子にいたデニスは足蹴にして追い出されており、「痛え!」と言う苦情の声を上げていた。


「流石に限界だわ。ーーーせっかくカッコつけたから、最後まで取り繕わせて。」


お前にはバレてっけどな、と笑ったダスティン。

しかし、デニスは首を横に振っている。


「ダスティン先輩は俺の憧れです。」


真顔で言い切ったデニス。

ダスティンは「お前またそんな恥ずかしいことを」と苦笑いしている。


「ーーーそんないいもんじゃねえよ。」


呟いて目を閉じてしまったダスティン。

デニスはまだ何かいいたそうだったが、ダスティンがそれ以上話す気がないのを察したのか、入り口のドアに寄りかかって魔力通話をいじり始めた。

ダスティンは、一瞬目を開け、デニスの立ち位置に苦笑いしている。


ーーーきっちり護衛の仕事も忘れてねえのか。こいつ、本当に一年生かよ。


ダスティンは後ろ向きになった思考を無理やり前向きに戻そうとしてーーー諦めた。疲れている時は、人間どうしてもマイナスなことばかり考えてしまうものだ。


ダスティンは目を閉じて、先ほどの出来事を思い返す。

一瞬で会場天井付近まで上り詰め、観客を赤竜から守って見せたジョシュア。

上級生、保護者、教師ーーー全員が恐怖に震える中で、真っ直ぐに敵を見上げていたデニス。

「かっこいい」彼らのような人物を見るたびに、ダスティンは思うのだ。


ーーー俺は主人公になれない人間だ、と。


ダスティンは王族だ。

幼い頃は自分は特別なのだと思っていた。

でも、ジョシュアを見てからそんな気持ちは消え去った。


そして、絶望したのだ。

「普通」である自分に。


ダスティンは無意識に逃げた。

ジョシュアを「敵わないもの」として格上げし、自分の自尊心を守った。


最近ではほぼ指摘されなくなったが、ダスティンはあがり症だった。

大きな試合の前は緊張する。

今日も後輩の前では気丈に振る舞って見せたが、朝から食欲はイマイチだった。

天才が羨ましい。

もっと魔力が欲しかった。

考えても仕方ない、努力するしかない。

毎日剣に魔力を纏わせ、何千回と素振りして。

身体強化で学園内を走り回ってーーーー


パーシヴァルの、濃紫を見るたびに嫉妬する。


放課後走り込みをしながら植物園を見ると、すやすやとパーシヴァルが眠っているのが見えるのだ。

その呑気な横顔を見るたびに、どす黒い感情が湧き上がってくる。

ーーー俺は、あんな奴に勝てないのか。


考えるのをやめろ。努力しかできないのだから。

毎日毎日鍛錬を続けた。

反復練習は確かにダスティンを強くした。


でも、現実は残酷だ。

ダスティンが何百時間剣を振ろうと、どれだけ魔法の練習をしようとーーーパーシヴァルの魔力量には追いつかない。


ーーーパーシヴァルは天才だから。


そうやってまた「分類」しようとしてーーーデニスのような存在を見て、引っ叩かれたような気持ちになるのだ。

ぐるぐると自分の限界ばかり考えて、才能に嫉妬ばかりしている。

その度に、自分の器の小ささに嫌気が差すのだ。

デニスのように、戦闘中は邪念を振り払わなければいけない。

結局は自分と戦うしかないのだ。


ーーーわかってんだよ、そんなことは。人と比べたって無意味だなんてことは。


ダスティンは馬鹿ではない。

こうやって落ち込みーーーいつも自分を励ましてきた。

いじけてても強くなれない。本当に強くなっているのか実感がわかなくても、剣に魔力をまとわせ永遠と素振りをする。身体強化で汗だくになりながら学園内を駆け回る。


「こんなことしても、どーせ勝てねえよ。苦しいだけだし、地味だし。」


ーーー魔法剣術部に入ってくる新入生がよく言うこんな台詞。

不思議なことに、実力のないものほど文句ばかりを言う。

前の部長は嫌そうな顔で注意してたがーーーダスティンは彼らの気持ちがわかってしまったから、いつも親身になって相談に乗り、彼らを励ましていた。


ーーーこの世界は理不尽だ。


才能のある人間ほど努力するとダスティンは知っている。

ジョシュアに憧れ、ずっと見てきたから。


彼は黒竜団に混じって行っている普段の鍛錬以外にも、休日でさえ黒竜を見に行ったり、飛竜と戯れたりしている。

そこで、魔法生物の頂点である竜種の魔力の扱い方を肌で感じているのだ。


よくジョシュアのことをよく知らない人たちが、ジョシュアの魔力の扱いを見て、「黒竜さまに愛された王族は違いますなあ」などと嫉妬まじりにいうのを聞き、舌打ちしたくなっている。


ーーーまるで元からあったかのように、ジョシュア様の才能を語るな。

ーーーあの方の何を知っている。


悪夢を見るからあまり眠るのが好きではないと語っていたジョシュア。

パーティーの途中で抜け出して、人気のない茂みにうずくまって嘔吐していたジョシュア。


パーティーでいつも姿を消すことを不審に思っていたダスティンは、その日ふらりと消えたジョシュアの後をつけたのだ。

そして、苦しそうな呻き声をあげているジョシュアを見つけ、ダスティンは思わず駆け寄って背中をさすった。

その時初めて気が付いたのだ。

ジョシュアの、その線の細さに。

上背はあるが、ダスティンよりもずっと華奢なジョシュア。


ーーー俺たちは、こんな華奢な人の肩に、この国の全てを乗っけているんだ。


ジョシュアは、まさか見つかると思っていなかたのか、ダスティンを見て少し固まった後ーーースッと立ち上がり、いつも通りシャンと背筋を伸ばしていた。その姿は、すでにいつものジョシュアだった。


あの日以来、ダスティンはどんなに落ち込んでも、なんとか挫けずに鍛錬を続けてきた。

ジョシュアも自分と同じく苦しみながら、頑張っているのだと知ることができたから。


真っ暗闇の中をがむしゃらに進む。

そうすると、ごく稀にスッと光が差すのだ。


ジョシュアやパーシヴァルのような主人公にあたるスポットライトではなくても。

人生はたまにいいことがある。

その度に、ダスティンは必死で光を掴み、自分を元気付けてきた。


ーーー今回もそうだ。優勝できたことを誇って、もっと鍛錬するしかねえ。


パチリと目を開け、グッと伸びをしたダスティン。

乱れた髪に手を差し込み、乱暴に整えている。


よっしゃ、そう言って立ち上がったダスティンにーーーデニスが駆け寄ってきた。そして、ニカリと笑う。


「やっぱダスティン先輩は俺の憧れっす。」


同じことを繰り返し告げてくるデニスに、ダスティンは今度は呆れ顔になった。


「だから、俺はそんないいもんじゃねえって言ってんだろ。」


呆れた声を出しながらも、デニスの素直な瞳を向けられると若干照れがくるのか、ガシガシと髪をかいている。


「でも、今日の試合後の指示してる姿とかめちゃめちゃかっこよかったっすよ。」


ニコニコと笑うデニスにーーーダスティンは苦笑いだ。


「今さっきまで俺はジョシュア様やらパーシヴァルやらお前やらの才能に嫉妬してるような小せえマスキラだ。」


ハッと自嘲するように笑ったダスティン。

デニスは、え!?と声を上げて立ち止まっている。


「…理想の先輩と違ってがっかりしたか?」


苦笑いするダスティン。デニスは慌てた様子でブンブンと首を横に振っている。


「俺なんかにっていうのは意外でしたけど…そんなダスティン先輩だから俺は憧れたんだと思いますよ。…まあ、ジョシュア様たちは規格外っすよね。あんなのそうそういませんよ!」


はっはっは、と笑ったデニスを、ダスティンがジト目で見た。

なんすか?と首を傾げたデニスをデコピンするダスティン。

痛え!とデニスが抗議するも、スタスタと歩き出していた。


「ーーーおめえも十分()()()なんだっつうの。」

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