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色なし魔法士は今日もご機嫌  作者: 橘中の楽
色なし魔法士は飛び級したい
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3の九 「レッツ 筋肉!」

最強位決定戦を三日前に控えた学園はーーーお祭りムードが漂っていた。

普段は浮かれる生徒たちを諫める教員たちも、唯一参加機会が与えられたイベントだ。

一部の授業を除いてーーーフレイザーの授業を除いて、課題もなし。ただひたすらと教師陣の武勇伝を聞く時間と化していた。


ーーー浮かれすぎだろ。


ライラは若干半目である。

アルフが浮かれているのは予想通りだが、まさかフィンやロバートといった一見常識人の教師までが同じ調子なのだ。


「学園長の魔法を見ることができる唯一の機会!」ーーーというのが彼らを熱狂させる原因らしい。

いかに、本気を見せてもらえるかーーーそれだけのために、毎日遅くまで魔法の鍛錬をしているそうだ。


そういったわけで、ライラは珍しく時間的余裕ができていた。

IGOでもやろうかと、ボードゲーム部へと足を向けたところでーーーデニスに、ガッと肩を掴まれた。

驚いたライラがビクッと肩を震わせる。

しかしデニスはそんなライラの反応を気にした様子もなく、爽やかな笑顔をライラに向ける。


「今日、魔法剣術部で模擬戦あんだよ!ライラも応援来てくれないか?」


「模擬戦?」


首を傾げたライラにーーーミシェーラまでもが走り寄ってきた。

珍しく、放課後の教室に彼女も残っていたらしい。

ライラがミシェーラを見てパアアアアと顔を輝かせた。膝をついてミシェーラを撫でながらーーーデニスを見上げる。


「もうすぐ本番があるのに模擬戦をやるの?」


ライラの疑問にーーーデニスが心底不思議そうな顔になって言った。


「魔法剣術が好きだから部活に入ってるんだぜ?試合前だろうが後だろうがやるぞーーーただ、今日は四年生が揃うって聞いたから、盛り上がってんだよ!ミシェーラちゃんもダスティン先輩見に行くって言ってるし、お前も来いよ!」


楽しくて仕方がないといった様子のデニスにーーーライラは苦笑いだ。


ーーー好きだからやる。そこに理由はいらない。かあ、なんか青春っぽくていいなあ。


「デニスってキラキラしてていいよね。」


ライラの突然の発言にデニスが首を傾げているとーーーミシェーラがライラをパシパシと叩き始めた。


「わたしが行くって言ってるんだからライラも行くの!一人で行くのなんて嫌よ!」


でも面倒くさいなあと渋るライラに、「またカップル引き裂きたくないもの」と言ったミシェーラの顔が絶望に満ちていてーーーライラはミシェーラを必死に慰め始める。


「行くから!そんな顔しないで?私といれば被害も少ないよね!」


「ーーーミシェーラちゃんの顔の良さはもはや災害レベルだよな。確かに、ライラで薄めた方がいい。」


「「デニス、それはどういう意味?」」


なんで俺だけ怒られるの!?というデニスを見て、フェルがケラケラと笑っている。



「おい、デニス!早めに行って椅子だししねーと!」


クラスメイトの掛け声で、デニスは「やべ」と言って立ち上がった。

そして、ライラとミシェーラに手を振って走り去って行った。


「また後でな!」


身体強化を使って文字通り風のように走り去って行ったデニス。

置いていかれたクラスメイトが慌てたようにプレートを呼んでいる。


「デニスならプレートよりもはやく移動できそうね。」


呆れたように言ったミシェーラ。

ライラも横でうなずいている。



ライラたちは剣技場へときていた。

部員数の比較的多い魔法剣術部のために剣技場は建てられたのだそうだ。

魔法使いには建築魔法があるとはいえ、破格の扱いと言えるだろう。

入学室の翌日以来、立ち入る機会のなかった剣技場に入るなりーーーライラは回れ右をして、ミシェーラに服のすそを捕まえられていた。


「ライラ逃げないの!」


ミシェーラに睨まれ、ライラは渋々と扉を潜った。


ライラが帰ろうとした理由。それはーーーニュート、フィメル、マスキラ問わず、大量の生徒が剣技場に集まっていたためだ。

百人近い生徒が応援席として用意された椅子に座っている。

中央に用意された円状の舞台で試合が行われるのだろう。

観客たちの興奮の声で、剣技場内は賑わっていた。

ミシェーラとライラは来るのが遅かった。

空いている席、つまりほぼ最後列に座った二人にーーー近くにいた見知らぬ生徒が恐る恐ると言った様子で話しかけてきた。


「あ、あの、ミシェーラ=ビリンガムさんとライラック=ガブモンドさんですよね?」


突然話しかけられるイコール喧嘩を売られるだと思っていたライラは、サッとミシェーラの前に立ち塞がりかけーーーあれ?と首を傾げた。


「そうですが、私たちに何か?」


ライラはパチりと目を瞬き、目の前にいる生徒たちーーー青のスカーフなので三年生だーーーを見つめる。

そして、三年生たちは「お前が言えよ」などとこづきあっていたがーーーやがて、赤い髪をしたニュートが立ち上がって言った。


「自分たち、黒薔薇団のファンで!あの、二人の写真とってもいいですか!?」


予想外の質問にライラが固まっているとーーーミシェーラがひょこっとライラの横から顔を出した。

ミシェーラのツインテールがふわりと揺れる。

ミシェーラに見つめられたニュートはみるみると真っ赤になっていた。


ミシェーラはそんな生徒の反応を見て少し笑った後ーーー「拡散しないならいいわよ?」と言った。

そして、固まっているライラにギュッと抱きついてウインクして見せる。

ライラが棒立ちで真顔、ミシェーラがウインクという不思議な構図にも関わらずーーー上級生たちはワッと沸きたって次々に写真を撮り始めた。


なんだなんだと徐々に周りの生徒までもが集まってきた。

フェルがあちゃーっと舌をちらつかせている。


「ライラったら、観客できたはずなのにめちゃくちゃ目立ってるじゃん!」


あはは、と笑うフェルをライラが睨む。


「フェルは他人事だと思ってーーーミシェーラがいいって言ったから付き合うけど、こんな平凡顔を写真に撮ってどうするんだか。」


「ライラ、せめてカメラくらい見なさいよ!笑えとかいう無茶は言わないから。」


「ミシェーラくらい可愛い子は写真に撮りたいのわかるけどなあ、このバッチがそんなに凄いのか。」


ライラがぶつぶつと胸元の黒薔薇を象ったブローチをいじっているとーーー「なにこの騒ぎ!?」という聴き慣れた声が近づいてきた。


集団から「きゃあ!?」という歓声が上がりーーー現れたのは、剣術用の防具をつけたアツムだ。


集団の中心にいるのがライラたちだとわかり、呆れたような顔になった。

そして、慣れた様子で集まってきていた野次馬を解散させにかかる。

腰に下げた剣を空中でクルクルと回して注目を集めた後、「もうすぐ始まるから席に座ってくださいね」といって、近くに待機した後輩に指示を出し、観戦時の注意事項を配らせている。

ライラはその手腕に心の中で拍手を送った。


ーーーアツムさん対応に慣れてるなあ。いつも、ダスティン様とかパーシヴァル様のファンに対応してるんだろうなあ。

ライラがボーッと立っている中で、ミシェーラはビラ配りをする部員たちを熱心に見ている。部員だからか皆いい筋肉をしているせいだろう。あの上腕筋はなかなかね、などという呟きが聞こえてくる。


アツムは騒ぎが治まったのを見届けてから、再びライラたちに向き直った。


「こんなところでなにしてるのさ。有名人さんたち?」


アツムの問いに、ライラとミシェーラがそろって首を傾げた。


「模擬戦の観戦ですよ?」


ミシェーラの答えに、アツムはなぜか苦笑いだ。


「君たちそんなミーハーなことに興味あったんだね?ーーー特に白い方。」


アツムがビシッとライラを指差した。

ライラは失礼な!と抗議している。


「わたしだって学園行事に興味くらいありますよ!」


しかし、アツムはそうか?と首を傾げている。


「だって、銀髪でロイヤルワラントつけてる奴がいるとか、王族にストーカーしてる奴がいるとか、ド派手なプレートで学園に乗り入れた子がいるとかーーーみんなが噂して見に行ってるのに全く気にしてなさそうじゃん。」


「そりゃあ本人だから見にいきようがありませんよね!?」


馬鹿にしてませんか!?と叫ぶライラを見て、アツムがけらけらと笑っている。


ミシェーラは長身の二人を見上げていたがーーーはいっと手をあげた。

アツムがクスクスと笑いながら「ミシェーラちゃんどうぞ」と言ってミシェーラを見る。


「わたしはジョーハンナ様の新しいサークルストーンとか、ダスティン様の剣が新調された時だとか、全力で見にいきたかったんですけど登校できていなかったんです!ライラと一緒にしないでください!」


ミシェーラの、突然の裏切りにライラはパカんと口を開けていた。


「ミシェーラ、詳しいね?」


「「ライラが無関心すぎるんだよ。」」


ぎゃあぎゃあと騒いでいると、選手控え室の方のドアが空いて、デニスが顔を出した。

トトトと駆け寄ってくる。その間に、きゃあきゃあとフィメルから黄色い声が上がっていて、ライラは思わず拍手してしまった。


「デニス今日もモテるね。」


アツムがニヤニヤとデニスの肩を組む。

デニスは嫌そうに振り払っていた。

そして、恨めしそうにライラの方を見る。


「肝心のコイツには全く相手にされてないんで。」


三人の視線を受けたライラはーーー何を思ったのか、デニスの方へとテクテクと歩み寄っていった。

いきなり真顔で近寄ってきたライラにデニスがたじろぐが、ライラは遠慮なく近寄っていきーーーデニスの耳元に顔を寄せた。


背伸びしたライラを見て、デニスがわずかにかがみ込むことでライラの顔の高さに合わせる。


周囲が固唾を飲んで見守る中ーーーライラが何事かをつぶやき…デニスがピシリと固まった。

固まったデニスを放置して、ライラがテクテクと歩いてミシェーラの横に戻った。


デニスは数秒後復活し、よしゃああ!と叫んでアツムに叩かれていた。


ミシェーラは半目になりながら、デニスを見つめ…ライラに向き直った。


「何を言ったのよ?」


「ん?この中で一番応援してるから頑張れって。」


ライラの返答に、ミシェーラが呆れたように息をついた。


「シャーマナイト様もエゲート様もいなければそうなるでしょうよ。ーーーやっぱあいつバカね。」


ミシェーラのあんまりな言いように、ライラは笑った。


「でも、デニスの裏表ないところ私結構好きだわ。」


ライラはミシェーラに言ったつもりだったがーーーバッチリデニスにも聞こえていた。

デニスは再びピシリと固まりーーービュンッとわざわざ身体強化まで使って選手控え室へと戻っていった。


「あ。聞こえてた?」


ライラが突然消えたデニスに気が付き、ありゃ、と言っている。

そして、すぐに興味を失ったようにミシェーラを抱え上げて、ほおとつつくなどして愛で始めた。


「俺は今の出来事をありゃで流せるライラちゃんが素敵だと思うよ。」



模擬戦は勝ち抜き戦だった。

一年生から出てきて、負けたものがどんどん捌けていく。

この制度は、必然的に一年生で実力者ーーーつまり、今で言うとデニスの出番が長くなる。


デニスくーん!といった黄色い声援にまじり、部員が集まっている方からは次々にデニスへとヤジが飛ぶ。


「デニス=ブライヤーズ負けろお!!」

「イケメンハイスペック滅べ!」

「フィメルの趣味悪いぞ!」


「うるせえ!」デニスが待機組に向かって怒鳴り返すと、ゲラゲラという笑い声とともに「生意気な口聞いたぞ!」と楽しそうな声が上がる。


しかし、それも試合間の休憩時間のみ。

試合中は真剣そのもの。待機組も観客席も静かなものだ。


審判役のアルフの「はじめ!」と言う掛け声がかかる。


デニスは剣を真っ赤な魔力で染め上げた。


「行くぜ!」


一瞬口元に笑みを浮かべた後、デニスは「消えた」。


カキーンという剣のぶつかり合う音がして、初めてライラはデニスが斬りかかったのだという事実を認識できた。

相手の上級生は苦い表情だ。

なんとかデニスの剣技に対応しているが、剣から溢れ出る魔力量からもデニスの方が上手だとわかる。

誰の目から見てもデニスが押しているのは間違いがない。

デニスは楽しそうに身体強化で動き回っていたがーーー相手が若干よろめいた瞬間、一際魔力を膨らませた。


がきぃぃぃん!


デニスが全力で魔力を込めた剣を横薙ぎにしたことによって、攻撃を受けきれなかった相手の剣が吹っ飛んでいった。


上級生が参ったというように両手をあげたことで、そこまでだ!とアルフが叫ぶ。

デニスは魔力を流すのをやめ、銀色に戻った剣を腰に刺し直した。

そして、何かを探すように辺りを見廻しーーーライラを見つけるとニカっと笑った。

目があったライラもニコニコと笑って手を振り返している。


デニスがさらに赤魔法を飛ばそうとしたところでーーー相手だった上級生がデニスの背後に立って、スパーンと赤い頭を叩いた。


「お前ちょっとくらい手加減しろよ!いつもはあんな魔力込めねえじゃねえか!浮かれてんじゃねえよ!」


観客からはドッと笑いが起きた。

「上級生情けないぞー!」という声に、怒鳴り返している。

「お前なら勝てんのかよ!」


野次馬に向けて怒る上級生を、デニスがなだめている。


そんな光景を見てーーーライラがポツリとつぶやいた。


「デニスって天才っぽいよね。」


ミシェーラは不思議そうに首を傾げる。


「確かに、デニスはかなり剣が上手いけどーーーなんでいきなり?」


ミシェーラのピンクがかった赤い目がライラへと向けられる。

ライラはその視線を感じながらーーー宙を見ている。

その姿は何かを思い出しているようで、ミシェーラはライラがどこか寂しそうに見えた。


「楽しそうに、剣を振るうじゃない?魔力を込めるのが、相手を吹っ飛ばすのが快感で仕方ないって感じで。ーーーやっぱり好きって、才能の原動力だよなあって。」


ライラのつぶやきを黙って横で聞いていたミシェーラが、それならと続ける。


「じゃあ、ライラの才能は王族と黒竜さまが好きなことだね?」


ミシェーラの言葉にーーーライラは困ったように笑う。


「パーシヴァルさまにも言われたことあるけど、それは才能なんて言えないんじゃーーー」


しかし、ミシェーラはなんで?と首を傾げる。


「ライラはパーシヴァルさまが好きだから使役術の魔法をあんなに頑張って覚えたのでしょう?寝不足になっても魔力の乱れたジョシュアさまのもとに通ったのでしょう?ーーー私からしたら、ライラの気持ちと行動力も十分才能だと思うよ。」


ミシェーラの指摘にライラはびっくりしたように目を見開いた。

見つめあった後ーーー目をとろけさせながら笑った。

手は無意識にだろうか、首元のチョーカーへと伸びている。


「何の取り柄もない私も、王族と黒竜さまへの気持ちは確かに負けないわ。ーーー天才にはなれなくても、才能があるってわかると嬉しいもんだね。」


へへへ。と笑うライラに、ミシェーラはそうじゃないわ、となお言い募る。


「天才になれないなんて決めつけちゃダメよ。ジョシュアさまだって、十歳くらいまではあれほどまでに魔力をコントロールできていなかったし、わたしだって先読みの力が自由に使えるようになったのはついこの間のことだもの。ーーー『才能を見つけなさい、自分だけの才能を見つけたら後はどんどん極めなさい。才能がないからって逃げては行けない、言い訳は人を弱くする。』…私に先読みの力の使い方を教えてくれた先生の口癖。ーーーライラにだってきっといっぱい才能があるわ。好きな気持ちはその芽だと思うの。」


そう言ったミシェーラの目は、驚くほどに透き通っていて、ライラは視線を逸らすことができなかった。


しばし見つめあった後ーーーミシェーラは「なんてね。」とごまかすように笑った。


すぐに試合が再開したため、その話はうやむやになったがーーーライラは、ミシェーラがまるで自分に言い聞かせているように思った。


デニスの体力が限界に近付いたのだろう。三年生の最後の一人に吹っ飛ばされて負けていた。


「うっへえ、危ねえ。三年まで全抜きされるとこだった。」


「くっそ、体力つけなきゃ…。」


デニスは吹っ飛ばされながらも受け身を取っていたらしい。

よろよろとだが、自力で立ち上がっていた。

悔しそうな顔をしながらも三年生と握手をしていた。


デニスが待機場に戻ると、ワッと一二年生に囲まれていた。


「十五人抜き!新記録じゃねえ?」

「この赤頭強すぎか!」


やいのやいのと盛り上がり、デニスはもみくちゃにされている。

そのうちおもしろがった三年生までもがのしかかりはじめ、中心にいるデニスはギャアアと悲鳴を上げていた。


「うるせえ!デニス!」


ダスティンの叱責により、集団がピタッと静かになった。

そして、ものすごいチームワークでデニスを担ぎ上げ、ダスティンの前へと突き出した。


「え、ちょ!?ひどくないっすか?怒られるの俺なんですか?」


デニスがグルンと首を後ろに向けるも、皆が視線を明後日の方向に向けている。

ある意味、完璧なチームプレーだった。

観客たちからはクスクスと笑い声が上がる。


「最後の試合、身体強化がめちゃくちゃだったぞ。ーーー最後まで、目と足の身体強化だけはやめるんじゃねえ。」


ダスティンの突如はじまった説教にーーーデニスはすぐに表情を真剣なものへと戻した。そして、「うっす!」と胸を二回叩いている。


「次はダスティン先輩までたどり着きます!」


「お前ならできる、その才能がある。ーーーまあ、卒業までには無理かもな。」


俺以外の上級生も意外と強いぞ?と笑ったダスティン。

三、四年生たちがそーだそーだと剣を振り上げる。



そして始まった上級生の模擬戦。

ライラは剣術には詳しくない。実力が拮抗しているらしい彼らの試合をフェルと一緒に見守っていた。

フェルの、今の動きはこうで、それに対してこう受けて、などと言う解説を聞いてふむふむとうなづいている。


ミシェーラは終始手に口を当てながら目をキラキラとさせていた。

周囲のニュートやマスキラがミシェーラを見てポーッと頬を染めていたが、ライラは脳内で彼らに向けて叫んでいた。


ーーー騙されないで!今の顔、強い部員に感動してる顔じゃないよ!筋肉がしっさいに動いてる場面に叫び出したいけど公共の場だから必死に堪えてる顔だよ!


ライラがジト目でミシェーラを見ているとーーーキャアア!と最前列の緑のタオルを持った集団から歓声が上がった。


「アツムさーん!」


アルフに名前を呼ばれて進み出てきたアツムは慣れたように声援に手を振り返している。

そして、ニコニコとした表情のままーーー開始の合図とともに、目にも留まらぬ速さで動き、首筋に首藤を打ち込むことで一合も打ち合うことなく相手を瞬殺していた。


「アツム=サクライの勝利!」


アルフの声で、観客席からはおおおお!と言うどよめきが上がった。

それもそうだろう、はっきりと選手のレベルが上がったのだ。


その後、アツムは三人の四年生を倒しーーー四人目の相手に、ゲっと顔をしかめた。


「ジェイクからじゃないの!?なんでダスティンから出てくんのさ。」


アツムは不満そうに審判役のアルフへと叫んだが、アルフは取り合う様子がない。


「俺がお前らの戦うのを見たかった!」


ーーーという非常に個人的な意見を述べ、アツムは「何それ!?」と悲鳴を上げていた。


ダスティンは「俺が相手じゃ不足か?」とニヤリと笑った。


アツムはまだ不満そうだったがーーースッと真顔になった。

そして、向かい合った二人に緊張感が走った。


後方から見守っているライラも思わず息を飲んだ。

はっきりとアツムを取り巻く魔力が変わったためだ。


フェルも「ひゃー!」と楽しそうに声を上げている。


「さっきまで全く本気じゃなかったんだね!込めてる魔力の質も量も全然違うじゃん!…アツムってライラのこと卒業試験とやらに誘ってきた人間だよね?なかなか強そうじゃん!」


フェルは基本的にライラの周りに強い味方が増えると喜ぶ。

今回は予想以上にアツムが強そうで嬉しかったらしい。


ピリピリとした空気の中ーーーアルフの「はじめ!」という声が響く。


ダンッ。

二人は文字通り観客の視界から一瞬で消えた。


ーーーカーン。ドカン!


ライラは試合展開があまりに早くて訳がわからなかった。

ーーー結果は明確であったが。


「勝者、ダスティン!」


グエっという声を上げて、アツムが競技場の端っこまで吹っ飛ばされていた。

コロコロと後転するように受け身を取ったアツム。

壁にぶつかるかと思われたがギリギリのところで衝突を免れ、のそりと立ち上がった。


「いてーよ!手加減しろよ!木刀だからって全力で打ち込んでくんなよ!俺じゃなかったら死んでるわ!」


叫びながら一瞬で戻ってきたアツム。

アツムがブーブーと告げる不満をーーーダスティンがハッと笑って流す。


「お前こそ俺の左の反応が遅いの知ってて全力で切りかかってきてるじゃねえか。()()()()()()()()()()()。」


「お前じゃなきゃやんねーよ!」


「その台詞そのまま返すよ。」


ベーっと珍しく子供っぽい動作でアツムがダスティンに舌を出した。

ダスティンはカラカラと笑っている。


ーーーえ、強くない?


初めて見たアツムと、ダスティンの試合にーーーライラはぽかんと口を開けていた。

フェルは楽しそうにライラに向けて解説を始める。


「今のはね、アツムが保有魔力の半分以上を一歩目の身体強化に使ってたね。たぶん剣の腕はダスティンが圧勝なんじゃない?一発で決めに行ったけど、ダスティンがちゃんと見切って剣を受けて、力ずくで吹っ飛ばしたって感じかな。」


いいねいいね、とフェルが喜ぶ横で、ミシェーラも首をブンブンと振って同意を示している。


「本当にイイわ。毎日見学に来たいくらい。ああ、もう、わたしったらなんで忙しいのかしら。」


ミシェーラがぶつぶつと先読みの占い師ってわざわざ王宮に報告いかなくても電話でも役目果たせるのでは?などと言い出し、ライラが呆れてツッコミを入れていた。


「ミシェーラが頼めば模擬戦くらいダスティン様はいつでもしてくれるんじゃない?」


しかし、それじゃダメなのよ!とミシェーラは言い返す。


「あの、素のダスティン様がいいんじゃない!他の筋肉も見れるし、ここに来たいのよ!」


ミシェーラが叫んだせいで、近くにいた生徒は「筋肉?」と首を傾げている。

ライラが慌ててミシェーラの口を塞いだ。


モゴモゴ言っているミシェーラには悪いが、公共の場ではきちんと美少女面していてもらわなければ、となぜかライラが焦っていた。


そこで、再び観客席から歓声が上がった。

アルフに呼ばれたのはジェイクだ。


ライラが手を離したことで、ミシェーラは自由になった口であっと叫んだ。

そして何故か小声になってライラに耳打ちする。


「リサさんのパートナーのマスキラだわ。」


なんで小声なの?というライラの問いに、ミシェーラが絶望した顔になったため、ライラは察し、ミシェーラの頭を撫でておいた。


リサさんというのはミシェーラのエルダーだ。

二人は仲が良く、ミシェーラはたまにプレートに乗せてもらったりしているそうだ。

ライラはキョロキョロとし、リサさんらしき人を見つけた。

ジェイクが見つめて頷いているのでおそらく間違いないだろう。


美男美女カップルだなあとライラがほっこりしているとーーージェイクとダスティンの最終戦が始まった。


こちらはある程度実力が拮抗しているらしい。

相変わらず、ライラの目では追えないが、カーンカーンとものすごい速さで木刀を撃ち合う音が聞こえるため、二人が接戦を繰り広げていることがわかった。


「へえ、あのジェイクってやつは剣さばきが上手だね。」


フェルが感心したように言う。「アツムはイマイチだった」と言う容赦ない意見には、聞こえないふりをしておいた。ライラは結構アツムのことを気に入っているのだ。


拮抗しているように見えた試合だがーーー徐々にだが、ジェイクの剣筋に乱れが出始めた。

そこにダスティンの一際重い一撃が入り、よろけたところで首筋へと木刀が突きつけられた。


「勝者、ダスティン!」


ワッと観客席からは歓声が上がった。

ジェイクはゼエゼエと息をつきながら、剣を支えにして苦笑いしている。


「ほんっと、隙がねえな。もっと、焦るとかしろよ。」


ジェイクの声にダスティンがニヤリと笑った。

こちらも汗はかいているがーーー息切れした様子はなく、ダスティンにはまだ余裕があったのだとすぐにわかった。


「ダスティン様、カッコよすぎでは?」


ミシェーラが真顔でつぶやき、ライラは思わず吹き出した。

フェルもミシェーラに同意している。かっこいいかはわからないけど、という前置きはあったが。


「ダスティンがはっきり強そうだね。ーーー剣術と身体強化でそうなら、本番も結果は変わらなそうだなあ。木刀が魔法剣になるんだっけ?魔力量が一番多いのもダスティンだしなー。」


フェルの言葉に、ミシェーラが何かを思い出すような顔になって言った。


「世の中のほとんどの人は逃げてるわ。『自分は凡人だから』『あいつとは違うから』ーーーでも、言い訳したってなにもよくならないの。普通な自分に向き合って、ちょっとでも優れてるところを磨いていくしかないのよ。」


またもや意味深な発言をするミシェーラ。

ライラは思わず何かあったの?とミシェーラに聞いてしまった。

しかし、ミシェーラは泣きそうな顔になっただけで、黙って首を横にふった。


「ーーー言えないのよ。でも、頑張ってる人を見ると…もっとちゃんと力が使えればって、あの時もっとああしておけばって考えちゃうの。」


ライラは黙ってミシェーラの頭を撫でた。

視界の端で、ずっと黙って後ろに控えているクーガンが少し俯いたのが見えた。

ミシェーラはパートナーがいるマスキラのことを話題にするときは小声になります。「泥棒猫!」とリアルで言われてしまうのがミシェーラ。顔面偏差値80。(当社比)

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