3の七 国一番の魔法使い
ライラたちは飾り気のない室内を歩いていた。
石造りの塔の中には、魔力灯以外何も置かれていなかった。
閉じられた黒い扉を横目に、中央に取り付けられた螺旋階段をライラは登っていた。
最も、途中で遅すぎるとフェルに浮遊魔法をかけられていたが。
「最上階にいると思うんだよね。」
ライラはフェルの言葉にうなずく。
一方で、違和感も感じていた。
ーーー国で一番の魔法士と聞いたけど、魔力量は低いな?
パーシヴァルの指導をした魔法使い、と聞いていたためライラはものすごい強力な魔法使いが出てくると思っていた。
しかし、実際に感じ取れる魔力は今のライラとほぼ同じ程度。
成長期であることを考えれば、数年後にはライラの方が魔力量の面では優位に立つだろうと容易に予想がついた。
最上階の七階に一つだけ存在していた扉をライラはノックする。
中から返事を待つ前にーーーフェルが勝手に扉を開いていた。
ライラがフェル!?と言いながら慌てて入った先にはーーーライラにとって、酷く懐かしい空間が広がっていた。
いうのであれば、そこは実験室。
日常では嗅がないような…温泉独特の硫黄の匂いに甘ったるい匂いを混ぜたような、脳がざわめき危険信号を出す空気で満ちた部屋の中。
数々の薬品や機械の部品らしきものが所狭しと戸棚に詰められている。
そして通り道であったはずの床には、広げられたまま放置された書籍が散乱しており足の踏み場もなかった。
戸棚に視界を阻まれ、入り口からでは部屋の主は確認できない。
「自動収納魔法」によって清潔に保たれた部屋しか見たことがなかったライラは、前世の光景を思い出し懐かしい気持ちになっていた。
ライラが入り口付近で立ち止まっている間に、フェルは一目散に目的の人物の元へと飛んでいた。
戸棚をいくつか超えた場所から、何やら二人が言い争う声が聞こえーーーライラは慌てて、部屋の奥へと向かった。
本を踏まないように、ひょこひょこと歩きながらも、なんとか金色に光る場所へと辿り着いたライラ。
そこには何かの薬品らしきものを混ぜ合わせている老人とーーーその動きをやめさせたいのだろう。老人の来ている衣装をぐいぐいと引っ張っているフェルがいた。
ライラは慌ててフェルを回収した。
そして、挨拶をするべく、膝をついた。
「ライラック=ガブモンドと申します。この度は、急な訪問にもかかわらずーーー」
ライラの挨拶を、老人は手を止めることもなく聞いていた。
「わかった」という返事だけはあったので耳に入れてはいるらしい。
ライラは苦笑いして、困ったようにキョロキョロとしていたがーーーやがて、老人が次々と何かを投入しているフラスコの中身へと興味ががいったようだ。
「アセトニトリルーーーですか?なぜ、非魔法素材を?」
覚えのある匂いだったのか、クンクンと鼻を動かしたライラのつぶやきでーーーずっとフラスコにしか興味がなかった老人がぐるりと向き直った。
その表紙に、秤量していた薬品がこぼれたのだが、老人は全く気にした気配もない。
ダンッと立ち上がりーーーライラの想像以上に背が高かった、190リュウほどもあるーーーライラの肩にガンッと手を置いた。
「お前、白の人々の文化に興味があるのか!?」
ライラはしまった、という顔をしたが、すぐに誤魔化すようにうなずいた。
ーーー前世の記憶とか、使う機会がなさすぎてうっかり口にしちゃったけど、私が薬品の名前言い当てられるとか不自然極まりないじゃん!
考えなしな自分にライラが内心頭を抱えているとーーー老人がピタリと止まった。
そして、ライラの髪を一筋手にとる。
興味深そうに観察され、ライラは所在なさげに縮こまっている。
「ライラにベタベタさわんな!」
そう言ったフェルが魔法弾を飛ばしたため、老人はギョッとしたように後ずさっていた。
普段だったら諫める場面だが、老人の不可解な行動に正直困っていたライラはフェルに感謝していた。
「まさか、同士に会えるとはな。長生きはしてみるもんじゃ。ーーーパー様の頼みとはいえ、気乗りしなかったが、話くらいは聞いてやろう。」
そう言って、老人はすぐそばに置かれたボタンのようなものを押した。
すると、どこからともなくロボットが現れ、三人分のお茶を運んでくる。
ーーーロボット!?この世界で初めて見たよ?
ライラが驚いたように目を見張っていると、老人はその反応に満足そうにうなずいている。
そして、向かい合った二人。
フェルはお茶に顔を突っ込んで、意外とうまいな、などと言っている。
「あの、よろしければお名前をーーー」
穴が開くほど見つめてくる老人。
ライラがおずおずと切り出すと、すまんすまんと謝ってきた。
「わしは名乗るなと言われているのだがーーーお前さん、ライラックと言ったか。ライラックは気に入ったから特別に教えてやろう。ワシのことはジョーワと呼べ。」
ライラは突然の気に入った発言に困惑していたものの、なんとかうなずいている。
そんなライラの反応を見て、老人ーーージョーワはけらけらと笑った。
「パー様と言い、最近の子供はませてるな。もっと幼子らしく、素直になれ。今のは喜ぶところだぞ?」
ライラは「すいません」と謝っている。
そうではない、とジョーワは不満そうだが、ライラに「子供らしさ」を期待するのは間違っている。
ジョーワはしばらくライラに向けて文句を言っていたがーーーやがて、「なぜわしの元に来た?」というもっともな質問をしてきた。
それに答えたのはフェルだ。
お茶のコップから顔を上げ、元気よく飛び上がった。
「ライラに浮遊魔法を教えてよ!ーーージョーワが人間の中では一番魔法に詳しいって聞いたんだ。」
フェルの言葉にジョーワは苦笑いしている。
「わしより詳しいものはいくらでもいるぞ?パー様は何を言ったのやら。ーーーでも、ライラックに魔法を教える、という意味ではわしは適任かもしれん。何しろ同じ、色なしだ。」
そう言って指差す髪は確かに白い。
ライラは高齢のせいでそうなったのかと思っていたのだが、ジョーワが言うには生まれつきだということだった。
それを知ったライラは非常に衝撃を受けた。
だってそれはつまりーーー
「色なしの魔法使いがパーシヴァル様の教育係についたということですか!?」
差別の色濃い王宮で信じられない、というライラにジョーワも頷いている。
「わしも初めシャーマナイト殿下から話を受けたときは耳を疑ったわ。でも、あの殿下に『あなたより魔法を理解している者はいない。パーシヴァルの魔力制御を手伝ってやってくれ。』と頼まれたら断れんかったな。」
そう語るジョーワの目には、確かにジョシュアへの敬意が見て取れた。
ーーーこんないかにも研究者肌の人にも尊敬されるジョシュア様やっぱすごい!
ライラが感心する中ーーージョーワがそれで、とライラの方に向き直る。
「わしが魔法を見るのには、一つ条件をつけさせてもらう。ーーーライラック、お前さん、わしの後を継がないか?」
突然のジョーワから告げられた内容に、ライラは一瞬固まった。
思わず研究室を見回す。
何をしている人なのかはわからないがーーー王宮に自分の研究棟があるのだ。きっとすごい発明をしているのだろうということはライラにもわかった。
ーーー白の人に関わる研究なのかなぁ。騎士団とか魔法士団とかよりは興味がある。
ライラは考えるように、しばしの間視線を伏せた。
そしてーーー苦笑いする。
困ったなと言いたげな子どもらしくない笑みだった。
「わたしは少し体が弱くて、将来の約束はできない身なのです。申し訳ありません。」
そう言って謝るように胸に手をやったライラ。
ジョーワはライラの言葉に驚いたように目を見開いている。
ライラの顔に悲しみの色はない。
ジョーワは思った。強い子だと。
自分のさだめを受け入れるのなど大人にとっても難しい。
ーーー立ち姿は折れそうなくらい細っこい。でも驚くほどに強くて…芯の通った子どもじゃのう。
「そんな悲しいことがーーーこの、老いぼれの命をあげたいくらいじゃ。ならば、話だけでも聞いてくれ。人間というのは意外と死なぬからな。かのホーインボー様も医師から告げられていた余命に加えて五年以上生きたそうじゃ。まだまだ諦めるでない。」
突然告げられたホーインボーの名にライラは固まった。
ジョーワは、ライラの反応を見て愉快そうに笑った。
悲しそうな雰囲気をすぐに切り替えるのはさすがだと言える。
ライラがしんみりするのを嫌がっているのを察したのだろう。
生き生きと自分の仕事について語ってくれた。
「わしはな、ヘマタイト王に頼まれて黒の魔法に頼らない国運営について研究しておる。ーーー色なしで魔法士団に潜り込んだところに目をつけたらしい。」
ジョーワは魔道具作りの天才だった。
ライラと同じく、赤と青の魔力量が同じために、普通の魔法使いが簡単にできる「発動」ができないジョーワだったが、その代わり、彼はあらゆる物を作ることができた。
魔力灯、自動洗浄機、ケイマプレートーーー彼が作った者は、国内の多くで市民の生活を支えている。
学生時代から、いかに自分の魔力を外に放出するかについて研究し尽くし、卒業研究で以前から使われていた魔力灯を、白の人々でも使えるものへと改善して見せたジョーワ。
彼の才能は埋れさせるにはあまりに惜しいという話になり、魔法士団としては異例の採用が決定したそうだ。
「ーーーとはいえ、色なし差別を完全になくすっちゅうわしの目標は達成されていないんだがな。」
ジョーワは、学園から退学になった色なしや魔力の弱い魔法使いの行く末を長年案じてきたらしい。
ライラも調べたため知っていたが、退学した彼らの末路は悲惨だ。
学校自体は転校ですむがーーー実家から受ける扱いはどうしても冷たいものとなる。一生、日陰ものとして暮らすことになる生徒も少なくない。
ジョーワはそうした生徒たちが使えるようなーーーわずかな魔力で動かせる魔道具の開発に特に熱心に取り組んできたのだという。
少しでも職を増やしてやりたい、そう言ったジョーワの顔は見知らぬ子供たちへの愛に溢れていた。
ライラがジーンとなっているとーーーだがな、とジョーワがため息をついた。
「肝心の黒の魔法に頼らない国運営については、わしは反対なのだ。」
ライラは意味がわからなくて首を傾げる。
「ライラックは黒竜の関係者だと聞いたから話すがーーー国王はな、当然『黒竜の加護が失われた場合』についてもお考えだ。意味はわかるかの?」
ライラはそこまで聞いて、ようやく事態が飲み込めたようだ。
真っ青になりながらも頷いている。
「つまり、ジョーワさんはもしもの時のための準備をしているということですね?」
ライラは思わず小声でいった。
考えるだけでも恐ろしいことだった。
だってーーー
「そうじゃ。特に、ミーティアウィークはいかん。ーーーライラも習っただろう?イタリアの悲劇を。」
ジョーワが言っているのは、約五十年前突如として五大魔法大国の一柱であるイタリアが崩壊したことを指している。
黄色の竜に守護されていたイタリアはーーーその加護を失い、国が亡くなった。
世界中を震撼させたその事件は、まだ生まれていなかったライラも当然聞き及んでいた。
「魔法史学の教科書にも書いてありました。ーーー星降りの魔石を防ぐことができず、イタリアの人々だけでなくプロイセン侵攻軍もろとも一日で壊滅したと。常に緊張状態だった各国の情勢が一変した。どの国も停戦協定に同意し、竜の加護が継承できるまでは戦争を行わないことになった。」
ライラの言葉に、よく勉強しておるなとジョーワが笑った。
ライラは苦笑をもって応える。
というのも、どの世界でも結局同じようなことが起こるのだと思ったからだ。
ーーー共通の試練が訪れたことで、千年間結ばれることのなかった停戦協定が初めて結ばれたっていうんだから…なんというか。
苦い顔になったライラを見て、ジョーワは眉をあげた。
「ーーー本当にお前は子供らしくないな。戦争に心を痛めるなど大人の両分であろうに。…まあ良い、だからわしの役目は『イタリアの悲劇』の再来を防ぐこと。最重要任務は王族じゃなくても壁を作れるようにすることじゃな。ーーー実はな、それ自体はできそうなんじゃ。」
さらっと告げられた言葉にーーーライラは目が飛び出さんばかりに驚いた。
そして、興奮したようにバーンと机に手をついた。
だってーーー
「王族の方に負担を強いなくてよくなるってことですよね?素晴らしい発明じゃんじゃーーー?」
興奮気味に言ったライラにーーージョーワはなぜか苦笑いした。
「大人びているとはいえ、まだ若いな。ーーーわしはな、作っている途中に非常に怖いことに気がついてしまったのじゃ。だから、魔法陣自体は完成させないでいる。あと数文字書きこめば完成するところで止めた。…理由がわかるかの?」
ライラは「若い」と言われ不満そうにしていたがーーージョーワの真剣な表情を見て、口を閉ざした。
しばらく考え込んでいたが諦めたように首を横に振る。やはり、ライラには完成させたほうがいいとしか思えなかったからだ。
しかし、フェルは違った、「賢明な判断なんじゃない?」などと言っている。
ライラとジョーワが驚いた顔でフェルを見る。
ジョーワは愉快そうに笑った。
「ふははは、面白い魔獣殿。お主は本当に何者じゃ?ーーー理由を聞いても?」
ジョーワに促されーーーフェルはお茶に浸かりながら言った。
「黒竜とシューサクの作ったシステムだよね?ーーー下手に壊さないほうがいい、あの人たちはとても頭が良かった。無駄なものは作らない。」
ライラは、「どれだけお茶が気に入ったのだとか」、「なぜ黒竜さまと知り合い風なんだ」とか色々言いたいことがあったがーーージョーワが満足そうに頷いたため、黙って聞き役に徹することにした。
「その通りじゃ。わしも考えた、魔法陣を作りながらな。そして気がついたのじゃよ。ーーーこれだけ争いが起きているのに、千年同じ王朝が続く。…よく考えてみるとすごいことだと思わんか?」
もったいぶったように話すジョーワ。
ライラは焦らさないでくれと先を促す。
「何に気がついたんですか?」
ふふふと笑ったあとーーージョーワは真顔になった。
「五百年前、王族が粛清によって激減した際にも、『黒の魔法に愛された』というエドワード王子が現れ、プロイセンの侵攻をなんとか食い止めた。三百年前にも王族の力が弱まり、国内の内戦が泥沼化、あわや国家転覆かと思われたが『黒竜の声を聞く少年』によって王朝が復活した。ーーー歴史が示している。この国は『黒竜さま』に守られていると。」
ジョーワの突然の歴史話にライラはキョトンとしていたがーーーなんとか頷いた。
特に「黒竜の声を聞く少年」ウィリアムの話はアメリアイアハート魔法学園ではかなり有名な話だったのだ。
ウィリアムの在学中に結成されたのが、後に内戦の鎮圧を成功させる「黒薔薇団」なのだ。
今の「黒薔薇団」はそれに由来している。
胸に輝く黒の薔薇のペンダントに思わずライラは手をやった。
ジョーワは久々に見たのう、などと言って目を細め懐かしそうにしている。
「それで、なんでジョーワさんの魔法陣は完成させないんですか?」
ライラは一番聞きたかったことが聞けていないと不満を表す。
ジョーワはそんなライラを見て、「まあまあそうせかすな」と笑っている。
ジョーワは「加護」について調べるため、ありとあらゆる歴史本を読んだらしい。
その中で、先ほども述べていた「不自然な点」に気がついたのだと言う。
「いくら王族が減っても、一人残らず粛清されることはなかった。竜の加護を受けた血が薄まりすぎることがないよう、定期的に他国からの輿入れも行っている。権力者たちはわかっていたのじゃよ。星降りの夜がある限り、『黒』の力は絶対に必要だと。」
ライラはそこでようやく話の行先が掴めた。
頭をよぎったのはかのノーベルだ。
彼は人類のために「ダイナマイト」を作った。
しかし、科学者ーーー発明家の願いは必ずしもまっすぐに受け取られない。
ライラはあまりに大きな話に息をのんだ。
若干青ざめながら言う。
「なぜ、そのような国家機密とも言える話を私にーーー?」
ライラの反応を見ておかしそうに笑うジョーワ。
「わしはずっと後継者を探していたのじゃ。この話を聞いて、きちんと危機感を覚えられる人間で、しかもあまりエリートはよくないと思った。わしの後継は白の人々の意見を聞けるようなやつが良くての。お前は本当にぴったりなんだよなあ。ーーーうん、やっぱり育てよう!もしかしたら生き残るかもしれんし。」
はっはっは、と笑い出したジョーワ。
ギョッとしたようにライラがジョーワを見るも、彼はもう決めたぞと笑っている。
「だって運命だと思わんか?国の危機にこうして『色なし魔力持ち』という我々が出会った。出会わされた、と言うべきかもしれんが。ーーーパー様もそのつもりで紹介したはずじゃの。」
あの子供は生意気じゃのうと笑うジョーワ。
ライラは目を白黒させている。
まさかこんなことになるとは思わなかったのだろう。
ジョーワがさらに「壁」について語り出そうとしたのを、フェルが止めた。
「ジョーワ!先にボクの浮遊魔法の魔法陣見てよ!」
フェルはそういうと、ライラの鞄から一枚の紙を取り出した。
魔力を通さない普通の紙に書き付けられたいくつかの記号と円。
ジョーワはまだ喋り足りなかったのか残念そうにしていたがーーーフェルの取り出した紙を見て顔色を変えた。
「こ、これはーーーユニーク魔法じゃろう?こんな紙に書いてしまっていいのか?いや、しかしそもそも発動できないか?」
ひったくるようにしてフェルから紙を受け取り、睨みつけ、ぶつぶつと何事か呟き出したジョーワ。
若干目がギラついている。
よほど珍しい魔法に飢えているのだろうか。
ライラが、ようやく一息つけたコクコクと出されたお茶を飲みーーーむせていた。
「まっず!?何このお茶?ーーーお茶なの?何かの薬品!?」
ゲホゲホと咳き込むライラ。フェルが心配そうにライラの顔の前を飛んでいる。
「ライラ大丈夫?ーーーボクが美味しい時点で気がつけば良かったね。このお茶はありえないほど魔素を濃縮してあるんだと思う。」
フェルの言葉に、涙目になりながらもライラがうなずいた。
確かに、魔石が好物のフェルが気に入っている時点で気がつけば良かったのだ。
いまだに舌に残る不思議なえぐみにライラが耐えているとーーージョーワが顔をあげた。
フェルに詰め寄って逃げられている。
「これはすごい、見せてもらって良かったのか?ーーーしかし、この部分におそらく鍵があるな。竜種にしか使えない陣だ。」
そこまで言って、非常に興味深げなーーーお前は何者なのだと問いかけるような視線でジョーワはフェルを見た。
ライラは呆れている。
竜種にしか使えない記号など見たこともない。
書くほうも大概だが、この短時間で見破る方もどうかしている。
しばらく二人は睨み合いーーーフェルが先に口火を切った。
「その魔法陣、ライラが使えるように改良して。ーーー赤と青の魔素があれば起動するようにしてよ。それがボクからのお願い。」
フェルから提示されたジョーワにはなんの得もなさそうな提案に、ライラが焦ってフェルを止めようとしーーーバーン!と音をたてて立ち上がったジョーワに驚いて飛び上がった。
ライラが固まっていると、つかまれる前に上へと素早く移動したフェルに向かってジョーワが本当にいいのか!?と叫んでいる。
ーーーなんか喜んでる?お願い受け入れられたのかな?
「未発見の魔法陣の改良を頼まれるなんて光栄だ!フェルどのがいいというのであれば喜んで受け入れよう!ーーーじゃが、どちらにしろ浮遊魔法は他の魔法とは一線を画すぞ。才能がなければ発動しないのではないか?」
ぽかんとしたライラに、フェルが呆れた声で説明を付け加えた。
ジョーワが言いたいのはつまるところーーー
「人間は飛べないからね。『飛べる』ってイメージしないと魔法が発動しないんじゃないの?ってジョーワは言いたいんでしょ。」
フェルの説明に、ジョーワはそうじゃ!と叫び、ライラはポンと手を打った。
フェルは、「ボクに説明されるって大丈夫かこの人間たち」などと呟いている。
「フェル、わたし飛べる気が全くしないよ。」
絶望したように呟いたライラ。
せっかくジョーワに魔法陣を作ってもらっても使いこなせる気がしなかった。
「ライラって感覚派だって言われてたもんね。ーーーどーしようか。」
うーんと悩み始めた二人。
穴が開くほど魔法陣を見つめていたジョーワが、ふと顔をあげていった。
「ライラックはきっと魔法の感知能力は高いじゃろう?ーーーわしもそうだ。そういう魔法使いが上達するには、魔力の流れを感じるのがいい。…フェル殿に浮遊魔法を何度もかけてもらって、魔力の流れを体で覚えるのじゃ。」
攻撃魔法だとこうはいかんぞ?と笑ったジョーワ。
ライラは目をパチリと瞬かせた後、ぼそっと言った。
「そういえばパーシヴァル様の先生でしたね。」
「変人発明者にしか見えなかったね」などとうなずくライラとフェルに、ジョーワは頬を引きつらせている。
「わし、これでも結構偉いのじゃぞ?ーーーわしの周りにいる子供は生意気な奴らばっかりじゃ。楽しいのう。」
はっはっは、と笑ったジョーワは、ライラたちの帰宅を促した。
「たまに顔をだせい。わしの研究を手伝わせる。」
そう宣言してジョーワはあっという間にライラの魔力通話に自分の番号を登録させた。
若者の代名詞である魔力通話をスイスイと使う姿はとても還暦を過ぎた老人とは思えないがーーーその理由が驚きだった。
「これ作ったのわしの弟子だからの。泣きついてきたから手伝ったが…もはやわしが作った方が早いのではないかと何度も思ったわ。」
ライラはから笑いしかできなかった。
本当に「天才」と知り合いになったらしい。
ライラたちがいなくなった後ーーージョーワが研究に没頭するあまり王宮に上がらなくなり、側近らが大変苦労することになるのだがーーーそれはライラたちには関係のない話なのだった。
ライラが魔力通話の連絡を返さない系若者であることをジョーワはまだ知らない。(そしてパーシヴァルに連絡が行き、パーシヴァルがキレる)
「ジョシュアもじじいも俺のこと便利やかなんかと思ってるだろ…!」
「とか言いつつ間に入ってあげるパーシヴァル様…痛え!!殴らないでください!!」