2の十七 ミーティアウィーク
学園中の楓が赤く色づき、その葉で道が彩られる。
夏の黄色の魔素は、完全に秋を表す青色魔素へと変わっていた。
黄色の魔素の息苦しいような感覚がなくなり、ライラはホッと息をついている。
九月も半ばを過ぎ、生徒たちはミーティアウィークの話題で持ちきりだ。
意中の相手にスタージュエリーを贈るべく、魔石加工店には長蛇の列ができているらしい。
ミーティアウィークの始まり、10月1日にスタージュエリーを贈るのが伝統なのだがーーー面白いのは、スタージュエリーのつける場所を予約する生徒が跡を立たないことだ。
ライラは、9月の中旬に初めてミシェーラのもとに「予約」の生徒がきたときには笑ってしまった。
気が早いにも程があるだろうと思ったのだがーーーそう感じたのはライラだけだったらしい。
ライラの元にも、何件かの予約が入っている。
ーーー見知らぬフィメルが三人だけライラの元を訪れたときには、ちょっとだけライラは浮かれてしまい、ミシェーラとデニスに笑われた。
「ネクタイピンなら受け取れるよ?って言ったとき、ライラちょっと鼻の穴膨らんでたよな。」
デニスに散々からかわれたライラはうんざりした顔になっている。
ーーーちなみに、「ネクタイピンなら受け取れる」というのは、遠回しに交際をお断りするときに使われるフレーズだ。
親しい友人は指輪、パートナーや家族はサークルペンダントだそうだ。サークルペンダントが一番大きい宝石をつけられるために、こういう順番らしい。デニスがライラの指のサイズを測りながら説明してくれた。
ライラは当然のごとく、魔法学園に入学するまで、「決まりのフレーズ」など知らなかったのだが、ミシェーラとデニスが日に何度も何度も繰り返しているのを聞いていたので、覚えてしまったのだ。
ーーーちなみに、ライラが知らなかったのはなんら不思議なことではない。白の人ーーー非魔法使い同士では、宝石や魔石などという高級品を送り合わないのだ。せいぜい、普段よりも少し豪勢な料理を作り、空から降ってくる星を家族で眺めるくらいである。魔法使いは基本裕福なのだ。
そういうわけで、魔法使い流の、人生初のミーティアウィークを迎えるライラは、周りの喧騒を複雑な気持ちで見守っていた。
ライラは両親を亡くしているので、ミーティアウィークは喪に服す予定である。
実家にも久々に帰る予定で、ライラとしては、全く会いたくない親戚達とも顔を合わせる。
ライラの心情は、イベントへのワクワク感と、悲しみが混じり合ったような状態だったのだ。
朝イチに来たフィメルによって、デニスのネクタイについにピンがつけきれなくなり、二本目のネクタイを購入すべきか、などという話し合いをした三人は、授業のために外へと出ていた。
この日は青の魔素の動きが大変活発でーーーライラは首筋がゾクゾクとして思わず身震いした。
先ほど、ライラは自分のパーカーをミシェーラに貸したのだがーーー少しだけ、そのことを後悔していた。
実技の授業は、屋外で行われるため、冷たくなってきた風がライラたちに容赦なく吹き付ける。
ミシェーラが可愛らしく、クチュン、というくしゃみを連発したため、ライラが羽織っていたパーカーを差し出したのだ。
最近ニョキニョキと背が伸びているライラと違い、ライラの肩までしか身長がないミシェーラは、寒さに弱いのか、使用人がだいぶ着込ませているにもかかわらず、外に出る授業では寒そうにしている。今はライラのパーカーを着たことで、暖かくなってきたのか、柔らかな顔になっているが。
微かに震えるライラに気付いたデニスが、ライラに自分の服を貸そうとしたが、笑ってライラは拒否した。
デニスはミシェーラの前では格好をつけたがるライラに呆れたような顔をする。
一年生と二年生の合同授業である実践魔法の授業では、毎回ペアを組ませられる。
担当であるアルフが、生徒たちの協調性を重要視するためだった。
そして、今回ライラがペアになったのはーーーーライラの、エルダーのコーラだった。
ライラはこの組み合わせが発表されたとき、内心舌打ちした。
そもそも、なぜ、四年生のコーラがこんな低学年の授業にいるのかと、はじめは自分の目を疑ったものだ。
ーーー確実に、後でミシェーラが機嫌を損ねるぞ。
くじ引きの結果なのだが、ライラはアルフを恨む。
そんなライラの内心を全く察していない、ある意味で幸せなコーラは、今日もニコニコと笑い、ライラの片腕を指先で掴んで、もじもじしている。
「ーーー?コーラさん、端に行って課題に取り組みますか?」
ライラは、なぜもじもじする必要が?という疑問を持ったが、コーラが自分の魔法を使うところをあまり人に見られたくないことを知っていたため、目立つ中央から移動することを提案する。
ライラの提案にコーラはパッと表情を輝かせた。
「い、いいの!?その、デニスくんとミシェーラさんからあんまり離れたくないかなって思ったんだけど。」
「ーーー?別のチームになった二人は関係ありませんよね?さあ、行きましょう。」
腕を掴んだままだったコーラを優しく促し、実技場で人気の少なそうな空間へとエスコートしていくライラ。
デニスはそんな後ろ姿を呆れた顔で見送った。
ーーーああいうことするから、コーラさんが勘違いするし、ミシェーラちゃんが怒るんだけどなあ。
「あの女、わざとわたしの名前出して、気遣ってますよアピールしてなかった!?」
こそこそと囁いてくるミシェーラを、デニスは彼女のペアの元へと押し返す。
一瞬不満そうな顔になったが、すぐに可憐な令嬢の顔になったミシェーラを見て、デニスはまたため息をついた。
ミシェーラのペアになったニュートの生徒は、頬を染めている。
騙されてる騙されてる、と思いながら、デニスもペアになった先輩によそ行き用の笑顔を向ける。
ライラは自分の不甲斐なさを永遠と語るコーラに相槌を打ちつつ、今日の課題の攻略法を一人で考えていた。
ーーー自分が去年、この授業で落第しちゃった話何回するんだろう…そうやって、口を動かす間に、魔力の効率化の方法でも提案してくれないかな?
ライラは一人で課題に取り組むことになりそうだと、授業は始まったばかりなのに、すでに疲労感を感じていた。
そんな二人のもとに、アルフがやってきた。
「こらお前ら、喋ってばかりいないで手を動かせ。ーーー今回は、二人だけでは属性が足りないか。ライラック、わかっていると思うが、使役獣が生徒に危害を加えないように見張ってろよ?」
繰り返しされる注意にーーーライラは黙ってうなずく。
そう、高位魔獣であるフェルは、生徒に向かって魔法を使わせるのは危険すぎるということで、使用場面を制限されたのだ。この授業はフェルを使えるが。
最終評価を決める、期末試験や卒業試験では、どんな課題でも使っていいとのことだったので、ライラにも反論はなかった。
フェルが怖いことを言ったせいもある。
「ボク、今まで魔獣を消炭にすることしかやってこなかったからーーー浮遊魔法以外は細かく制御できる気がしない。ライラの術の増幅とか、軽めの時空魔法ならいいけど。」
「ーーーなるほど?」
ライラは、自分の使役獣が他人を消炭にすることを想像してゾッとした。
決して人間に魔法を放たないようにフェルを説得することになる。
「ボクが無害な人間傷つけるほどバカに見える?ライラじゃないんだから大丈夫だよ。」
ーーーというやりとりが二人で行われた。
だから、ライラは最終試験はフェルが手伝ってくれるので余裕、普段の授業は自力でやることが多いので苦労する、というおかしな経験をすることになっているのだった。
◯
授業の課題は「三属性の複合魔法で、アルフの作った魔法障壁を破る」というものだ。
授業開始から、すでに鐘が三回鳴った。
実技場には、ほとんど生徒が残っていない。
授業が次の鐘で終了することを思えば、当然のことだった。
ライラたちは苦戦していた。
先ほどからコーラの水魔法の威力が足りないのだ。
ミシェーラとデニスは、はじめの鐘が鳴る前に合格をもらっていた。
ミシェーラはペアにも恵まれていそうだったが、デニスの相手はあまり魔力量が多くなさそうにライラには見えたーーーおそらくデニスがカバーしたのだろう。
最高評価だったよ、と言い残して先に出ていった友人たちを、ライラは苦笑いで見送った。
青属性が一番得意なコーラに水魔法を任せ、ライラが炎、フェルが光ーーーという役割分担にしたのだが、いかんせん、魔力量の少ないコーラが足を引っ張っていた。
三属性の球を作って、組み合わせて的にぶつける。
パーシヴァルが氷竜に使っていた魔法の簡易バージョンだ。
一見、簡単そうに思えるのだが、同じ魔力量の球じゃないと組み合わせたときに複合魔法にならないのだ。
本当は、一番魔力量が少ないコーラが作った魔力玉に合わせて、ライラが炎球を作れればいいのだがーーーライラは魔法陣を介して球を作るせいか、微調整が非常に苦手だった。
そこで、コーラがライラに合わせるのだがーーー魔力量が足りなくてすぐに術が崩壊する、ということを繰り返していた。
もはや泣きそうな顔になって、謝り続けるコーラを宥めつつーーー何か言いたそうなフェルを目で制す、という器用なことをライラはしていた。
ライラだってわかっている。
ライラが赤魔法と青魔法で玉を作り、最後にフェルが黄色魔法で作った玉を合わせてぶつければ解決することは。
でも、頑張ってくれているコーラにそのことを提案することが躊躇われたのだ。
しかし、いよいよ終了時間が迫ってきておりーーーアルフが近づいてきた。
ライラは冷や汗をかく。
アルフはあまり気遣いをするタイプではない。
熱血だが非常に合理的だ。
だから、たとえコーラが魔力切れを起こしそうなほど頑張っていようが言ってしまうだろう。
あのことを。
「ーーー?お前たちさっきから何をやってるんだ?コーラは休んでいればいいだろう。ライラックと使役獣の魔力でこの課題は解決だ。ライラックが得意なパワー系じゃないか!コーラ、お前はこの系統の課題が苦手だろう?三属性使えるライラックがペアで運が良かったな!」
ーーー言いやがった!コーラさんいらないって遠回しに、でもはっきりと言いやがった!
アルフの言葉に、コーラはショックを受けたようだ。
まさか色なしのライラが自分よりも複合魔法の課題で優秀だと思わなかったらしい。
学年が違うせいか、存外ライラの魔力量が多いことも知らなかったのだろう。
まあ、ミシェーラなどからしたら、観察力がない節穴、という意見になるのだが。
ライラは固まってしまったコーラの方を見られないままーーーアルフに促されて、ものの一分で課題をクリアした。
右手に炎、左手に水、それらを宙に放り投げれば、勝手知ったるフェルが全く同じ大きさの光の魔力球を作り、アルフの指差した的をきれいさっぱり消し去っていた。
なんだったら少し魔力量が多かったせいか、周りの地面までえぐっていた。
ライラがちらりと視線を向けるとーーー信じられないようなものを見たような顔で、コーラは固まっていた。
アルフはそんなコーラに気付いているのかわからないが、よくやったななどと言ってライラの肩をバシバシと叩いている。
「ライラック、かなり相性がいい使役獣を見つけたな!普通、光属性だけしか使えないとなると使用場面が限られそうだが、お前の持っている属性との相性は完璧じゃないか!飛び級と聞いたときは、正直無理だと思ったがーーー今では上級生をサポートできるようになるなんて、俺は感動したぞ!ライラック、お前にはAをやろう!ーーーコーラ、お前はCだ!クリアしたが、ライラックの補助ができていないからな!」
ーーーやめてあげて!これ以上、コーラさんのメンタルを抉らないであげて!
というライラの心の叫びは全くもってアルフに届かず、言葉の刃でグサグサと刺されたコーラはもはや、満身創痍。半泣きになっていた。
魔力の使いすぎでふらふらとしているコーラを支えつつ、ライラは四年生の教室までコーラを送り届けた。
道中、「役立たずでごめん、わたしいないほうが課題早く終わったんだね…。」というコーラの言葉に、から笑いするしかなかった。
ーーーそれ、言われても、反応に困ります…その通りですけど、肯定できるほど、わたしはまだ強い人間になれません。
言いたいことをほぼ全て飲み込み、なんとか笑みを浮かべ続けたライラは、コーラの友人だというニュートにコーラを預け、軽く十字を切って挨拶した後、四年生の教室をさったのだった。
「ーーーあの人間、ごめんごめんって言うばかりで全然役に立たなかったね?」
「ーーーフェル!思っても言わない優しさってやつがあってね…」
ーーーというやりとりが、廊下に出ていた四年生に聞こえていたとかいないとか。
◯
順調かはわからないが、ライラは一つずつ、確実に課題をこなしていた。
実技の授業の方は、自由ペアの時はデニスが確実に手伝ってくれたし、フェルのサポートも借りたため、前期と比べ、かなりの高評価をもらっていた。
飛び級のための忙しい日々に慣れてくるとーーー気が緩むのだろうか、ライラは当てられた問題の回答で大きなやらかしをしてしまったのだ。
しかも、よりによって、フレイザーの授業である。
「ーーー待て、ライラック、赤と青の流れが逆だ。こんな発動をしたら教室が吹っ飛ぶぞ。お前、脳みそ死んでるやつが魔法士になるなって前も言ったよな?…教科書の基礎魔法の注意事項、次の授業までに百枚ずつ描いてこい。」
フレイザーに全生徒の前で叱責されただけでなく、課題まで出された。
しかも、その日の授業評価はCにされた。
ライラは、しかめっつらのフレイザーから渡されたレポート用紙を見て、深い深いため息をついたのだった。
昼食を取るため食堂にきたライラとデニスだったが、ライラは食欲がわかないのか、サラダだけしか頼まず、そのサラダもフォークでつつくばかりで全く食が進んでいない。
ミシェーラが休みのせいもあるだろう。珍しくわかりやすく落ち込むライラをデニスはなんとか元気付けていたがーーー口では大丈夫と言い続けるライラを見ているのがもどかしくなったのだろう。ぶっきらぼうに言い放った。
「明日休みだろ?ーーー自分から行ってくれば?シャーマナイト様のところ。」
デニスの言葉にライラはサラダを突くのをやめた。
そして、その金色の目が不安そうに揺れるのを見てーーーデニスはため息をついた。
「ライラが呼ばれてもないのに自分から行くのが怖い、っていうのは聞いたけどーーーもう一月だろ?行ってきなよ、嫌がられることはないだろ。」
そう、ライラが寝ているような深夜にフェルが呼び出されることはあるのだが、学園が休みの日にライラがジョシュアから呼び出されることは、チョーカーを渡された後、一度もなかったのだ。
ライラは、図々しいお願いをしてしまったのでは?とはじめから思っていたこともあり、ジョシュアに会いたくても会いにいけないでいた。
小指の爪ほどの宝石のついた腕輪しかもらっていないパーシヴァルとは、定期的に魔力通話で話しているのだから、おかしなものである。
パーシヴァルには向こうから雑用を頼まれているだけだ、というのがライラの言い分だ。
「ジョシュアから連絡がこない?知らねーよ。というか、チョーカーなんてすごいものつけてても、俺のパシリなのは変わらないから。あ、この間のシナモン味のやつうまかったからまた送って。今の場所はねーーー」
という、非常に軽いノリで接してくれるパーシヴァルには、ライラも連絡しやすかったのだ。何より、向こうから連絡が届く。菓子を送ったり、主人のいない離宮の掃除をしたりと、パシリにされてるだけだが。
心ここにあらずと言ったように、ぼーっとし出したライラを見て、デニスは内心舌打ちした。
デニスはライラのこの態度が嫌だった。
誰にでも、朗らかに、しかし押しが強く、最終的には自分の主張を通していくライラが、ジョシュアのことになるとひどく臆病になるのだ。
しかし、今の躊躇する姿はまるでーーー
ーーーまるで、マスキラに恋してるフィメルみたいだ。
デニスはこの考えが浮かぶたびに、そんなことを考えている自分が嫌になる。
ライラの側にいられるだけでいい、などと言いながら、ジョシュアに嫉妬しているのだから。
しかし、ライラが落ち込んでいるのを見るのはもっと嫌だった。
だから、ちょうどいい機会だろうと背中を押してやる。
「ライラは頑張ってるよ。飛び級のために遅くまで勉強してるじゃん。ーーーごほーび、もらってきたら?」
デニスの言葉にーーーライラはハッとしたように、宙をさまよわせていた視線をデニスへと固定した。
不安を示すかのように、紫の魔素が漂っていた金色の瞳の中にーーーふわりと黒が溢れ出した。
「ーーーご褒美…なんていい響き。デニス、ありがとう!明日、王宮に行ってみるよ!」
ジョシュアのことを考えたのだろうか、嬉しそうにふへへへと笑い、表情をとろけさせ始めたライラを見てーーーああ、やっぱ笑っているほうが可愛いな、とデニスは思った。そして自嘲する。
ーーー俺って、とんでもなく馬鹿なのかもな。
他のマスキラへの好意を隠すことがないライラがデニスは憎らしかったがーーーライラの笑顔に、デニスは弱かった。
同じように笑顔を浮かべーーーいまだに、ほとんど減っていない、ライラの食事へと目を向けた。
「元気出たなら良かったよ。ーーーほら、草ばっか食べてても、力でねーだろ。この肉一切れあげるから。」
デニスが差し出したフォークを受け取るのではなく、そのまま口を開けるライラ。
ーーーまあ、少しずつ、俺はこいつを攻略していけばいいか。
もぐもぐと口を動かすライラを、デニスは優しげな表情で見守っていた。
もし、ここにミシェーラがいれば、デニスがライラにあげるためにわざと食事を残しておいたことに気づいただろう。そして、呆れていたはずだ。
この「仲のいい友人」という立場を今は大切にしていく、それでライラが笑ってくれるのなら、デニスはやっぱり幸せだなと感じるのだった。




