2の十 ライラの才能
ライラは課題を一週間でなんとか終えることができた。
というのも、ジョシュアが復習分をほとんどこなしてくれたこと、ジョシュアに手伝わせて、終わりませんでしたとはいえないと、ライラが今までで一番集中したためである。
ちなみに、ジョシュアが対価としてライラと過ごしたのは一日だけだ。
翌日以降はライラが固辞した。
ジョシュアも忙しいのだろう。氷竜の子供を連れてすぐに王宮に戻って行った。
また、帰る日には迎えに来てくれるらしい。
黒魔法の使い手が少ないとはいえ大変である。
「わざわざ迎えに来なくても、時間かければ帰れるのにね。本当に過保護。」
ーーーと、パーシヴァルは嫌そうな顔で言っていた。
「ジョシュア様は、国王様がパーシヴァル様のこと放任するから責任感じてるんじゃないですか?」
というのがレイモンドの意見だ。
ライラがパーシヴァルの反応を伺うと、顔をしかめただけで否定していなかったので、ある程度は事実なのだろう。
ーーー国王様はパーシヴァル様に関心なしか。…次期王はジョシュア様で決定って話だし、王族の中でも複雑なのかもな。
ライラは不機嫌なパーシヴァルも美しいななどと考えつつ、冷静に分析していた。
やることがなくなったライラが、久々にデニスにでも魔力通話しようかと考えているとーーーパーシヴァルからの呼び出しがかかった。
珍しいなと思いつつ、ライラがパーシヴァルの部屋に行くと、驚いたことに部屋にはレイモンドがおらず、パーシヴァル一人だった。
お気に入りのソファに寝転がるパーシヴァルに、ライラは飲み物や茶菓子などを用意してから尋ねる。
「何かご用でしょうか?」
「ああ。一回くらいちゃんと話しておいた方がいいと思った。ーーー俺が『契約の魔術師』なんていうふざけた役割を負うことになったのは聞いたよね?」
「ーーーはい。伺いました。内容までは聞き及んでいませんが。」
「だろうな。あんまり知られてないし。ーーーライラは黒竜の儀の関係者だから話すけど、いわゆる竜証を持つ能力者は五人いるって言われてる。誰がその能力者なのかは、出発の時に教えるけどーーー現時点で、一人だけ、『黒竜の器』が見つかっていないんだ。」
パーシヴァルは黒竜の儀の詳細について教えてくれるようだ。
流石のライラも、厨二病だ!などと笑っている場合ではないことを察した。
そこで、真面目に質問などをしてみる。
「パーシヴァル様、契約の魔術師というのは何をするのですか?」
ライラの疑問に、パーシヴァルは特に隠す様子もなく答える。
「千年前の伝承だから、あんまり詳しいことは知られていないんだ。でも、ジョシュアの予想では『契約の魔術師』が黒竜が王族に与える加護の補助をすることになるらしい。」
「ーーーそれは、パーシヴァル様に危険はないんですか?」
ライラがこの話で一番気になったのはその点だった。
ライラの発言に、パーシヴァルはおかしそうに笑った。
「今の聞いて、気になるのそこかよ。あと一人見つからなきゃこの国から魔力が失われてくんだぞ?」
「わかってますけどーーーわたしにとってはパーシヴァル様の身の安全が最優先事項ですので。」
ある意味ブレないライラにパーシヴァルはおかしそうな視線を向けた。
「正直わからない。ーーーでも、一番危険だって意味では、間違いなく『黒竜の器』だろうっていうのが俺らの予想。」
危険度の高い役職がパーシヴァルではないと知り、ライラはホッと息をついた。
ついでに、今見つかっていないという時点で、おそらくジョシュアも違うのであろうと察する。
安堵した表情になったライラを見て、パーシヴァルは相変わらず変なやつだと思った。
そこまで鈍い人物に見えないだけに。
「ーーーそれで、察してるかもしれないけど、ライラが『黒竜の器』だろうって言われてる。」
パーシヴァルの発言にーーーライラは首を傾げる。
ライラには「竜証」とやらがないのではなかったか?
ライラの疑問は、当然パーシヴァルたちも感じているらしい。
「お前に竜証が出てれば、俺がこれから半年間国内を探し回るっていう難易度の高すぎるかくれんぼをする必要もなかったし、ジョシュアが来年学園に乗り込んでくるなんていう馬鹿げた話にもならなかったのに。」
「ーーーえ?パーシヴァル様どこか行かれるのですか?というかジョシュア様が学園?」
疑問でいっぱいになったライラに、パーシヴァルは面倒臭そうな顔をしながらも教えてくれた。
「俺、休み明けから氷竜ーーースヴォロフと一緒に国内中を見て回ってくる。レイモンドも連れてくから、あいつも休学だな。ーーーその間にライラと先読み(ミシェーラ)は飛び級しとけよ。」
「な、なるほど。竜証が出ているけど名乗り出ていない人物がいないか探しに行くのですね?」
「そうそう、各地の魔法省の支部を回って、怪しい話が上がってないか聞いてくる。ギルトも寄ってみるつもりだしーーーまじめんどくせえ。」
はあーーとため息を吐きながらソファに埋もれるパーシヴァルは本気で嫌そうだ。
レイモンドが必死に編み込んだのであろう髪の毛がぐちゃぐちゃになっているのだが、そんなことはお構いなしだ。
一方で、ライラは改めて、飛び級が確定事項になっていることを実感し、内心冷や汗をかく。
ーーーいくら、フェルがいるからって間に合うか?一年半で卒業…ミシェーラも同じこと言われてるみたいだから相談してみなきゃ。
「それで、パーシヴァル様、ジョシュア様が学園に来られるというのは?」
「ああ、それは来年度の話。先読みとライラが入学してから、俺にも竜証が現れたし、中等部に『黒竜の器』がいるのでは?って話になったんだ。それで、もう時間がないからジョシュアがわざわざ教師として乗り込んでくることになった。」
「ち、ちなみに何年の授業を担当されるのでしょうか?」
「基本は全学年だけどーーー多いのは四年生って聞いたと思う。流石に低学年にジョシュアはもったいないだろ。」
ライラはこれを聞いて、寝ないで勉強しようと決めた。
絶対に飛び級するのだ。そうすればーーージョシュアに、公的に魔法を教えてもらうことができる。
詳しく聞いたところによると、執務を抜け出せる日だけ学園に来るそうだ。
それでも、ライラのやる気に火をつけるには十分だった。
ーーー推しが先生?最高すぎる、絶対、絶対にこのチャンスは逃さない!
歓喜するライラとは対照的に、パーシヴァルはジョシュアが学園に来ることに反対らしい。
というのもーーー
「あいつが来て授業サボったら実力行使で、教室に戻される。ーーー今から考えるだけで、憂鬱だわ。」
ほぼ授業に出席していないらしい、パーシヴァルならではの発言である。
ライラは、家族が学校にいるなんて、といったような反抗期かと思ったら違ったようだ。
授業を聞かなくても成績上位者だと聞いて、ライラは驚いたのだが。
出席日数は?という疑問は、レイモンドに無言の笑顔で返された。
その辺は、権力で柔軟に対応しているーーーレイモンドの顔がそう物語っていた。
「ーーーで、今日わざわざ呼び出したのは、ライラが誰の配下になりたいかっていうのを聞くため。俺でいいって話になってるんだけどーーーお前、ジョシュアとも関わりあるだろ?俺、レイモンドいればいいからお前が選んでいいよ。ーーーまあ、ジョシュアは断りそうだから結局俺の下になりそうだけどな。」
「ーーーはい?」
突然振ってわいた話に固まってしまったライラ。
パーシヴァルは隠すことなく面倒そうな顔をしたがーーーもう一度丁寧に説明し直してくれた。
パーシヴァルによれば、黒竜の儀の関係者に認定された者は黒の王族の側近として囲われることになるらしい。
一度、黒竜の加護が弱まっていることを知った敵国による、関係者の誘拐事件が発生しーーー国際問題になりかけたそうだ。
それ以来、王族が重要人物として認定しているというのを他国にもはっきりと示すため、宝石を与えて慣習になったらしい。
ライラはずっと口を開けっぱなしだったがーーーフェルに軽ーい魔力の玉を当てられ、やっと正気に戻っていた。
パーシヴァルも三回目の説明をする羽目になるかと思ったと呆れ顔だ。
ライラは背筋を正しーーー言葉を咀嚼したあと、首を傾げた。
「パーシヴァル様はわたしがジョシュア様に仕えたほうがいいと考えている、でも、拒否される可能性が高い、という解釈で間違いないですか?」
ライラの確認にパーシヴァルがうなずく。
「なぜかお聞きしても?」
ライラの疑問に、パーシヴァルはサクサクとクッキーを平らげながら答えた。
食べながら話しているのに、どこか気品があるのはなぜだろう、とライラは不思議に思っている。
「ジョシュアは自分の側近が増えるのに反対なんだ。一人でなんでもできるから〜って。ほぼ事実なのがほんと嫌味なやつ。ーーーまあ、本当の理由は違うと思うけど。何人かは置いてるし。」
部屋に、沈黙とーーーパーシヴァルの咀嚼音だけが響く。
サクサクサクサクーーーレイモンドが室内にいたら絶対に止めている量のクッキーをパーシヴァルが平らげる中、ライラは難しい顔で黙り込んでいた。
王族の前ではいつもニコニコとしているライラにしては珍しいことでーーーパーシヴァルも一度クッキーに伸ばす手を止め、目の前で黙り込むライラのことを見た。
視線を受けていることに気がついたライラが、反射的に微笑む。
そんなライラにパーシヴァルが言った。
「俺の魔法の先生みたいな爺が言ってったんだけどーーー何かを好きって、才能なんだって。お前さ、魔法使いとしては、なんの才能もないじゃん?」
パーシヴァルの突然の話題転換と、悪口にーーーさすがのライラも面食らったらしい。
パチパチと瞬きした後、苦笑いになる。
しかし、パーシヴァルはそんなライラの反応を気にした様子もなく言葉を続けた。葡萄色のパーシヴァルの瞳は先ほどからライラに向けらたままだ。
「ーーー魔法使いとしてはダメダメなお前をこうやって呼びつけてるのは、ライラが面白かったからだ。色なしを囲おうとは思ってたけど、はじめにお前に声をかけたのは、その、馬鹿みたいな王族への信望の高さ。しかも、ジョシュアが一番なことを隠そうともせず俺のとこにも来る無謀さ。ーーー真っ直ぐに好きなものに向かっていけるのがライラの才能だろ。玉砕覚悟で行ってこいよ。俺の腕輪は取り上げないから、ダメだったら戻ってこい。宝石の大きさを変えてやるから。」
パーシヴァルの不器用ながらも優しさに溢れた言葉は、しっかりとライラに届いたらしい。
フェルを使ってジョシュアに連絡を取ってみるといい、笑顔でパーシヴァルの部屋をライラは去っていった。
ちなみに、退室の前にはーーー
「ーーー本当に、本当にジョシュア様の部下になっても、どう転んでもこの腕輪は返さなくていいんですね!?つまり、いつでも会いに来ていいんですね!?うひひひひひ」
ーーーなどとテンション高く叫び、パーシヴァルが眉間にシワを寄せながら「うぜえ」と返すやりとりがあった。
うるせえから速くいけ、と追い払われるようにして出て行ったライラ。
そんなライラと入れ替わりに入室してきたのはレイモンドだ。
積み上げられたクッキーを見るなり慌てて回収している。
そしてこんなに食べるなんて、とパーシヴァルに説教をしようとしゃがんだところでーーー吹き出した。
レイモンドが笑ったのは、大変珍しいことに、パーシヴァルが寂しそうな顔をしていたからだ。
一瞬でいつものぶすっとした顔に戻っていたが。
「ーーーパーシヴァル様、そんな顔するなら手放さなきゃいいのに。…っていうか、その反応ライラちゃんがジョシュア様の側近入りすると思ってるんですね?」
レイモンドに指摘されーーーパーシヴァルは余計不機嫌そうな顔になった。
この顔が、パーシヴァルの照れている顔だと見抜けるのは、今のところレイモンドくらいだろう。
「だってあいつのーーーライラの瞳に見つめられてるとさ、自分が必要な存在なんだって、安心できるんだ。」
パーシヴァルの言葉にーーーレイモンドはうなずいた。
わかる気がするーーーと。もちろん、レイモンドはそんな瞳を向けられたことがないために、そんな気がするだけだが。
ライラの瞳は感情が高まると魔素の粒子が流れるのだ。
レイモンドもパーシヴァルの後ろに立っていて目撃したことがあった。
確かに綺麗だったなと思い返す。
そして、レイモンドは目の前にいるパーシヴァルを見つめ直した。
気高く美しくーーーでもどうしようもなくわがままで、可愛らしい自分の主人。
地位、魔力、美貌ーーーなんでも持っていそうなパーシヴァルだが、信頼できる人間にはとんと恵まれてこなかった。
レイモンドもパーシヴァルのそばでそれを見てきた。
だから、パーシヴァルが懐に入れてもいい、と思った人間が出ていくのはーーー何より、こんな顔をするパーシヴァルを見るのは嫌だった。
ーーーこの人は、周りに全部やらせて、自分は好きなお菓子でも食べて…時々、本当にたまにすっごいかっこいいところ見せてくれればいいんだよ。
怠惰なパーシヴァルがレイモンドは好きだった。
やる気がなさそうなのに、なんでもできてしまう主人がどうしようもなくかっこいいと思っている。
だから、そんなパーシヴァルが…いつもみたいに、だらけられるようにレイモンドは動くのだ。
「ーーーそもそも、パーシヴァル様が譲る必要なんてこれっぽっちもありませんよ。腕輪渡してやってるんですから、今まで通り、使役術師として、パシリとして呼び出してやりましょう。…大丈夫です、あいつ馬鹿ですから、ジョシュア様の下に入ったとしても、普通の顔してやってきますよ。」
レイモンドがわざとおどけて言った言葉にーーーパーシヴァルはワイン色の瞳を限界まで見開きーーー珍しく年相応の顔をして、声を上げて笑ったのだった。
パーシヴァルの無邪気な笑顔に、レイモンドが撃沈することになるまで、あと数秒。