2の八 罠…それが何か?
ストーカー二号現る!!!
パーシヴァルと氷竜はしばらく睨み合っていた。
そしてーーー先に動いたのは氷竜だった。
「!!!氷竜がブレスを!」
ライラが焦って飛び出そうとするのを、フェルが浮遊魔法で止めた。
「ーーー馬鹿だなあ。行ってどうするの。…大丈夫だよ、パーシヴァルの方が強い。」
氷竜が咆哮をあげながら、口を大きく開け、鋭い牙を剥き出しにしてブレスを吐き出す予備動作に入った。
氷竜の集めている魔素の量は凄まじくーーー少し離れているライラたちのもとにも冷気が伝わってくる。
「ーーーくるよ!」
レイモンドが短く告げる。
直後、氷竜から吐き出されたブレスはーーーパーシヴァルの腕の一振りによってかき消された。
黒魔法の魔球をブレスにぶつけたのだ。
それだけで、あれほどの規模だった攻撃が無に返した。
「これがーーー黒魔法。」
ライラは初めて実戦で使われた黒魔法に驚くあまりーーーそれしか言葉にできなかった。
ちなみにいつも通り、目を見開いたまま号泣している。
その光景にフェルが呆れ、レイモンドがドンびいているところまでがいつも通りだ。
パーシヴァルたちは、また睨み合っていた。
しかし、青竜がどこか焦ったように見えるのに対し、パーシヴァルは余裕そうに残りの6つの魔球を回転させている。
ーーーあの魔球を全部合わせれば、何百倍もの威力の黒魔法を使えるんだから、そりゃ余裕だよなあ。
パーシヴァルのあまりの強さにライラは感動していた。
自分の推しが強くてかっこいい。
普段のやる気ない様子とのギャップがライラにとってはドストライクだった。
ーーーパーシヴァル様、まじ推せる!!!
続いたパーシヴァルの言葉にーーーライラは興奮のあまり鼻血が出そうになったのか、ハンカチを取り出していた。
「まだ俺に勝てると思うの?思わないよなぁ?ーーーほら、早く俺のモノになれよ。俺に見染められて光栄に思え。」
「ーーーなぜ氷竜に生まれなかったんだ!!」
「はいはい、ライラちゃん、今いいとこだから静かにね?」
「ーーーライラ興奮しすぎ。鼻血出てるよ…。」
ライラが本気で悔しがる中ーーーついに観念したらしい氷竜が、戦闘体制を解き、首を地面につけた。
ーーー魔獣の降参の合図。私の出番だ!
ライラは走り出そうとして、勢いをつけすぎたためにこけた。
顔面が地面に着く前にフェルによって救出されていたが。
ライラはフェルによってパーシヴァルの前まで運ばれた。
ライラを運びながら、涙でぐちゃぐちゃな顔までタオルで拭っているあたり、浮遊魔法の操作に関して、やはりフェルに勝るものはいないだろう。
こんな使い方をするのもフェルくらいだろうが。
ライラはパーシヴァルの前に膝をついた。
パーシヴァルはだまってひらりと手をふった。
その仕草を「あとは任せる」だと解釈したライラは氷竜に向き直った。
「ギュルルルルルーーーグーガガガ?(氷竜さん、私はこの方の部下です。ーーー人間の言葉は話せますか?」
「グガガガガ。ーーーギュルル、グーグ、キュルルル。(我らの言葉がわかる人間か。ーーー我は言葉を得意としない。要求は一つ。子供に手を出すな。それさえ守られればいい。)」
「グガガガ。(承知しました。)ーーーパーシヴァル様、氷竜は子供に手を出さなければあとは何も要求しないそうです、どうされますか?」
「ーーー子供も連れて帰る。親子を離れ離れにする趣味はない。」
「承知しました。二頭と契約されるということでよろしいですか?」
「違う。ーーージョシュアに渡す。今回色々やってもらったから、礼にちょうどいい。借りを作らないですみそうだ。」
ーーーお兄様に、お礼をしたいってことですね!いつもツンツンしてるのに、実は仲良しなのか??ともかく、最高の発言ありがとうございます!
すごくいい笑顔で頷いたライラをパーシヴァルは嫌そうな顔で見ていた。
速くやれというように、しっしと手を振っている。
ライラはあらかじめ用意してあった魔法陣を取り出し、杖でトントンと叩いた後、氷竜の魔力で名を刻んでもらう。
その後で、パーシヴァルに魔力を流してもらえば使役の陣の完成だ。
手順自体はかなり簡潔だし、あらかじめ書いて置けるので失敗するような心配がない。
ただ、値段的な意味で、普通はこれほどまでの魔力が通る材質の紙と、インクを用意できないのだが、そこはさすが王族といったところだろう。
いつも手作業で空中に書いているライラは純粋に羨ましく思った。
揉めるかと思った赤ちゃんの件も、子竜と共に行けると知った母竜が喜んでいたため、ライラはホッとした。
はじめ、赤ちゃん竜をパーシヴァルじゃない契約者に渡すと知った母竜は難色を示したのだ。
パーシヴァルが二頭契約できないのかと言ってきた。
しかし、契約して魔力パスがつながったことで、意思疎通が図れるようになったパーシヴァルが自分で母竜に説明していた。
「契約主にする予定のジョシュアは俺よりも魔力量も豊富だし、髪も目も漆黒だ。すでに契約している飛竜も4頭いるから竜の扱いにも慣れてる。ーーー心配すんな。」
『ーーー黒の子か。安心した、我のいとし子、パーシヴァルに任せたぞ。』
○
早速、契約した氷竜に騎乗して帰るというパーシヴァルたちと別れーーーライラとフェルは後始末をすることにした。
「ーーークルミ、いるんでしょう?姿を見せて。」
ライラが空中に向かって叫ぶとーーー真後ろからクルミが現れた。
「ギュルルルル!ウウウウウ!!(今度こそ始末できると思ったのに!まさか、あんなに黒の強い人間がいるなんて!!)」
空中で尻尾をじたばたと振るクルミ。よほど悔しかったのだろう。足もドスドスと足踏みしている。
「「…。」」
ーーー駄目元で呼んで見たのだが、本当に出てくるとは。
騙された?形になったライラだったのだが、不思議と怒りは湧いてこなかった。
どこかクルミには憎めない魅力があったのだ。
単にライラがふわふわとした小動物が好きなだけかもしれないが。
「ギュルルルル!フェル!!ガーガーガー!(というか、フェル!なんでオレのこと忘れてるんだよ!何年の付き合いだと思ってるんだ!!)」
指名されたフェルはというとーーー本当に記憶にないらしい。不思議そうに首を傾げ、ライラのそばを漂ってる。
「…知り合い?」
「みたいだね。ーーーでも、僕は記憶にないからあっちが知ってるだけなんじゃない?ボク有名だし。」
なるほどー。と納得したライラを見て、クルミがさらにキャンキャンと叫び出した。
「ググググウゥ!キュルル、ラララ!(忘れたってどういうことだよ!オレたちライバルだろ!?)」
「ボクに白リスの知り合いなんていませーん。」
「ギュルル…。(じゃあこっちの姿なら…)」
パッとクルミから光が発せられーーーそこにいた白リスはいなくなっていた。
代わりに、紫色のモヤのようなものが現れた。
そこで、ようやくフェルは相手の正体に思い至ったらしい。
「あ、ストーカーじゃん!久しぶり!相変わらずの執念深さだね!気持ち悪くていいと思うよ?」
フェルの発言にーーー当然、クルミは怒った。まあ、忘れられた挙句、ストーカー呼ばわりされたのだから当然だとは思うが。
しかし、言い合う姿はフェルも楽しそうで、ライラは2人がどうやら旧知の仲らしいと察する。
ーーー私が気になるのは、どうやって使役の魔法陣を無効化したかなんだよなあ。
ライラがだまって2人を眺めながら、頭の中で考えているとーーークルミではなくフェルが今回の騒ぎの原因を説明してくれた。
「ーーーこいつにかかれば、ライラとの契約の瞬間に魔力をぶつけて無効化することや、ライラ自身に術をかけて魔力パスがつながったと思わせることくらい朝飯前だよ。ーーー相手が悪かったね、十年やそこらしか生きていないライラの経験値じゃこのストーカーとやり合うのは無理だよ。」
「だまって聞いてれば言いたい放題だなおい!ーーーぷぷぷ、それにしてもついにフェルにも焼きが回ったか?こんな弱そうな人間を契約主にするなんてーーー今回は失敗したが、お前を倒す日も遠くはないな!」
「ーーー今なんて言った?」
「いやだから、お前を倒す日も遠くないってーーー。」
「クルミ、お前は手を出しちゃいけないラインってやつがわかってないようだね。ーーー I am the king of you.」
一瞬だった。
フェルの雰囲気が変わったかと思うとーーーフェルから金色の鎖が飛び出し、クルミに巻きついたのだ。
クルミの方も、慌てて逃げ出そうとしていたが、間に合わなかったようだ。
ーーークルミがフェルに従属された?
魔法陣も、長々とした呪文も必要ない。
フェルは一瞬で高位魔獣を従属させて見せた。
「…フェルって何者??」
「だから、それは言えないんだって。ーーーそれよりライラ、こいつ使えるかと思って、捕まえてみたけどどうする?ライラがいらないならサクッと消滅させるけど。」
フェルとライラは対等な契約なのでーーークルミの魔力はライラには感じることはできなかった。
ライラの支配下に入ったわけではないのだろう。
ライラはブルブルと震えているクルミを一瞥する。
「ーーーパーシヴァル様に聞いてみたいから連れ帰ろう。」
○
「ーーーというわけなのですが、パーシヴァル様、この白リスーーーじゃなくてフェイクっていうらしい魔獣必要ですか?」
フェイクはワードスクィールが長年生きると、まれに変異して生まれる個体らしい。ワードスクィール以上に隠蔽魔法がうまく、まず見つけることは困難なのだとか。
使役獣になるのは前代未聞だと言われた。
ライラとしては、フェルが従属させたので関係ないと主張したのだが、却下された。
ーーー主人の主人なんだから関係あるに決まってるだろだって、否定はできないね。
「ワードスクウィールの上位個体だっけ。ーーー隠蔽魔法はめちゃくちゃ便利そうだね。危険度も高そうだけど。とりあえず、ライラが飼っといて。授業出たくない時とかに使えそう。」
まさかのサボり発言だったが、ライラは笑顔で承諾していた。
命がつながったことを察したらしいクルミも、白リスの姿に戻って飛び跳ねて喜んでいた。
落ち着けとフェルに攻撃されていたが。
そのあとの話し合いで、クルミの姿に関しては、人前では基本隠れていてもらうことになった。
普段は本人の希望で白リスだ。一番落ち着くのだとか。
「能力としてはフェイクの状態が一番発揮できるんだけどーーーふわふわしてて落ちつかねーんだよ。」
ーーーフェルに従属されたことで、能力が一部継承されたらしい。クルミも人間の言葉が話せるようになった。キャッキャとフェルの周りを回っていたのだがーーー
「うるさいなあ。ストーカーのくせに。ーーーほら、ボクとはパスがあるから、必要な時に引っ張るから。それ以外の時は今まで通り森で遊んでろ。」
フェルのこの言葉に、クルミは反論しようとしていたがーーーすでに森に戻されたようだ。
隠れてもらうまでもなくなったがーーーライラはいつもよりも少し粗い態度のフェルが見られたことで新鮮な気持ちになった。
「ーーーフェルは私にだいぶ優しくしてくれてるね?」
「ん?あのストーカーと比べたの?ーーーそんなの当たり前じゃん、誰が出てきたって、ボクの一番がライラだからね。」
ライラが寝たのを確認しーーーフェルはクルミの元へと飛んだ。
クルミは住処でドングリを満足そうになでさすっているところだった。
暗闇の中に突然現れたフェル。
フェルの金色の魔素によって明るくなったクルミの住処で、二体はしばらく無言で見つめあっていた。
何してるんだこいつ?と言わんばかりの冷たい目でフェルはクルミを見ている。
「ーーー急に現れるんじゃねえ!!」
涙目になったクルミの文句も、フェルは黙殺した。
再び、しばしの間、二体の間には沈黙が流れーーーまるで何事もなかったかのように要件を話し始めるフェル。
ーーーライラといるフェルは「特別」なのだ。
基本的にフェルは相手の気持ちなど気にかけない。
魔獣としては当然なのだが、自分の欲望だけを優先させる。
「お前、俺のこと好きだろ?」
突然始まった話の内容にーーークルミはあんぐりと口を開けた。
数百年間の付き合いの彼ら。しかし一度もこんな話題になったことはなかった。
無言のままのクルミを無視して、フェルは淡々と続ける。
「数百年ストーカーするくらい大好きなボクの、最期の願い、叶えたくない?」
ポテン。
クルミの持っていたドングリが、転げ落ちた。
しかし、クルミは自分が落としたことにも気がついていないのだろう。
茫然と、フェルを見つめ続けている。
やっと言葉を発したクルミの声はーーー震えていた。
「き、聞き間違い、だよね?最強の、フェルの口から、最期、なんて言葉ーーー」
やだなあ、冗談きついぞ!とクルミは笑ったがーーーフェルは真顔のままだった。
黙ってクルミの方を見つめている。
ーーーあ、ほんとに、死ぬ気なんだ。フェル。
ポロリとクルミの目から魔石がこぼれ落ちた。
「と、とりあえず最後まで聞く。ーーー願いって?」
クルミの流す魔石がコロコロと巣穴に転がる音だけが響く。
フェルはしばらくそんなクルミを眺めていたがーーー呆れたようにため息を吐いた。
「ーーーお前、どんだけボクのこと好きなのよ。魔力揺れすぎ…まあ、好都合だけど。…お願いは簡単。ボクがいなくなった後、一年間でいいからライラを守って。バレないように、こっそりと。姿を現すのは本当に命の危険があるときだけでいいから。」
クルミはフェルを見つめていたがーーーいやだ!と叫んだ。
「いやに決まってんだろ。なんで、オレがあんな弱っちい人間なんかを。守らなきゃ、いけないんだよ。ーーーそんなに大事なら、フェルが、自分で守ればいいじゃん!」
泣き続けるクルミに返ってきたのはーーーとんでもない量の魔力の威圧だった。
全身の毛が逆立ち、地にひれ伏したくなるような感覚。
クルミは久々の死の恐怖にーーー思わず笑ってしまった。
ーーーなんだ、やっぱり嘘だよな。こんなに強いフェルがいなくなるなんて。
しかし、クルミの思いとは裏腹にーーーフェルから返ってきたのは、悲しみの声だった。ふっとフェルの周りの魔力が霧散する。
「ボクが、守れるなら、そうするに決まってんだろ!?ーーーでもさ、どんな魔法を使っても、命の期限を伸ばすのは無理なんだ。」
フェルの悲痛に満ちた叫びにーーーようやくクルミは事態を飲み込み始めていた。
ーーーああ、あのフェルが大事に大事にしている人間が死にそうなんだ。
「ーーー命の期限を伸ばすんだね?フェルの魔力を使って。」
クルミの言葉にフェルがコクリとうなずいた。
しかし、クルミはまだ納得がいかなかった。
魔力を移すなんて、相当、お互いの本質が近くなければできることではない。
クルミがそう反論するとーーーやっぱお前は賢いね、とフェルは笑った。
「他の脳筋じゃなくて、お前に頼んで正解だな。ーーーライラは、ボクの魔力を取り込めるよ。一時的にだけど体内の魔力の流れが完全に止まって、魔法は使えなくなるだろうけど、固まってる期間の寿命は伸ばせる。」
フェルは静かに言い切った。
迷いがないフェルの口調にーーークルミは絶望するしかなかった。
ーーーああ、もう決めちゃってるんだ。
「フェル、本当に、死ぬつもりなんだね?」
だからそう言ってるじゃんと呆れたようにいうフェル。
いつも通りすぎる様子にーーー数百年間、その背中を追い続けた魔獣が告げた言葉を、クルミの頭は、まだ拒否したがっている。
「ーーー他の方法はないの?なんでそこまであの人間にこだわるの?」
クルミの問いかけに、フェルは舌をチロチロとさせるばかりで答えなかった。
しかし、なんとなくだが、彼の考えていることがクルミにはわかった。
ーーーお前は、わかっているだろう?フェルが、そこまで大事に思うなんて、あの方関連しかないじゃないか。
脳内の冷静な部分がクルミに語りかける。
理解したくないとクルミは泣き続けたがーーーフェルは黙ってそんなクルミを見守っている。
それだけ時間が経っただろうか。
クルミが、諦めたように言った。
「ーーーいつなの?そのお願いが始まるのは。」
クルミの言葉にーーーーフェルは、この日の中で一番嬉しそうに魔力を弾けさせた。クルミが願いを了承したと受け取ったのだろう。
「2年後…えっと、季節二周分かな?ーーーもっと早いかもしれないけど、多分それくらいーーーええ、なんでまた泣くのさ。」
呆れたようにフェルが言うがーーークルミは聞いてないよ!と叫んだ。
「あと季節二周分しかないの!?なんでそんなギリギリになってるの?」
ーーーそんなに早く、フェルと別れなきゃいけないなんて、オレ聞いてないよ?
クルミの一番の思いは声にはならなかったがーーーフェルにはお見通しだったのだろう。「お前、気持ち悪いくらいにボクのこと好きだよね。」などと笑っている。
「あの方はちょーっとおおらかなところがあったっていうか、もっというと雑だったっていうか。…転生時期を計算し間違えたんだと思う。おかげで、こんなにギリギリになるまでボクはライラに会えなかった。」
馬鹿だよねえ、と笑うフェルの魔力は慈愛と…悲しみに満ちていた。
ーーーああ、フェルは早く、会いに行きたいのか。
クルミはストンと何かがおさまったのがわかった。
納得してしまったのだ。
フェルが命をかけたがってる本当の理由を理解したと言ってもいい。
「フェルはーーーあの方がいない世界で生きられないんだね。」
クルミの言葉にフェルは驚いたように固まりーーーふわりと魔力を花開かせた。
「さすがはボクが見込んだストーカー。理解が早くてよろしい。ーーーお願い、ちゃんと覚えておいてね?ボク、ライラが起きる前に戻らなきゃ。」
金色の光が消え、スッと暗くなった巣穴で、クルミは泣き続けた。
クルミの子分が朝になって、紫の魔石で埋まった巣穴に飛び上がり、クルミを引っ張り出すまで彼はずっと同じ場所にうずくまっていたのだった。




