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色なし魔法士は今日もご機嫌  作者: 橘中の楽
色なし魔法士パートナーを見つける
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2の一 君がすき

ライラは、パートナーとなった空飛ぶ金蛇であるフェルと一緒に学園内を激走していた。

絶対にフルネームを言ってはいけないらしい。フェルは「縛られるから」と言っていたが、この時のライラには意味がわからなかった。

フェルが真剣な表情をしていたため、とりあえず頷いたが。


ふたりの向かう先は植物園だ。


「パーシヴァルサマってどれくらい黒の適性あるの?」


「ーーーうーん。わたしはよくわからないなあ。髪色ならわかるよ。」


「何色なの?」


「濃紺?ちょっと紫がかってるけど。」


「なるほど。最近にしては強めだね。」


まるで、「昔」を知っているあのような発言に、懸命に足を動かしながらもーーーライラはフェルの方を見てしまう。


「…フェルって何歳なの?」


「人間の数え方わかんない。いっぱい生きてる。」


ふよふよとライラの横を漂うフェルは、ライラの問いかけるような視線を受けても、それ以上の言葉を発しなかった。


ーーーフェルは何者なのだろう。


ライラとて、高位魔獣なことは理解している。

しかし、それだけでは納得がいかない点がいくつもあったのだ。

グレイトブリテン、特に王族に関して詳しそうーーーだとか。

ライラには全然教えるつもりがなさそうなのだが。


ライラが聞いてもはぐらかされる。

なんでも、記憶がないライラに話すのは「ダメなこと」らしい。


ーーーつまり、人違いなわたしは一生王族のことをフェルから聞くのは無理ってことだ…。


ライラは()()()()生きていて、何やら王族について詳しそうなフェルからぜひ詳しい話を聞きたかったのだが…人違いだからダメと言われてしまえば引き下がるしかなかった。


植物園が近づいてきたところで、ライラは何度目になるかわからない確認事項をフェルに話す。


「昨日の約束事覚えてるよね?」


「ひとつ、『王族のために動く』、ふたつ、『基本的に人と建物は傷つけない』…でしょ?ダイジョーブダイジョーブ、王族って『めんどくさい』ってよく聞いてたし、ライラが困るようなことはしないよ。」


了解の合図らしい、くるくると円を描くような動きを見て、ライラはうなずく。

この誓約をフェルが受け入れてくれたときには、ライラは心底ほっとしたものだ。


竜の頭から降りて仲間と合流し、学園に戻りながらーーーライラは真剣な表情のMに問われたのだ。


「その魔獣、ライラックさんに扱い切れるの?」


「ーーと言いますと?」


「ファーストネーム持ちでさえほとんど契約者はいないのに、フェルはラストネームがあるんだろう?ーーーライラックさんの魔力じゃ縛りきれないはずだ。」


ライラは知らなかったのだが、自分と格が違いすぎる魔獣とは普通契約できないらしい。

魔獣の方が拒否するからだ。


契約すれば使役された方の魔獣は契約主と生死をともにすることになる。


だから魔獣の方は強い主人を選ぶ。自分よりも魔力の少ない「弱い」主を持つことなど、ありえないのだとか。ーーー王族の黒魔法など一部例外はあるらしいが。


真っ青になったライラを見て…Mはため息をついた。


「いや、僕も悪かった。監督者としてついて行ったのに、本当に契約が成立するなんて思いませんでしたって言うのはおかしいよなーーーすいません、動揺しておりまして。」


ーーーこちらこそすみません。Mさんの言葉遣いが荒れるほどの事態なんですね。


項垂れる二人にーーー静かに様子を伺っていたフェルが意見する。


「そもそも使役術が使えると思わなかったんでしょ?Mは悪くないよ。ボクがだいぶ補助したからね、あの契約の魔法陣。」


「へ?」


「ーーーまさかライラ気付いてなかったの?ボクを覆うにはぜんっぜん魔力量が足りてなかったから、光の補助魔法でライラの魔力を増幅したんだよ!」


Mはフェルの言葉に首を振った。

理解の範疇を超えている…と思いながら、金蛇を見つめ、右手で空を指差す。


「なんてデタラメな…フェルーーーいえ、フェル《《様》》、わたしの手に負える範囲を超えてます。お願いなので、ライラックさんのためにもなるので、ご自分で報告してきてくれませんか?」


「ーーーまあいいけど。誰に??」


フェルはMの提案を受け入れるようだ。

意外にも人間側の事情を汲んでくれそうな魔獣に、Mもホッと息をつく。


「先ほど上空にいた方々に、お願いします。」


「はー。面倒だけどこういうのちゃんとしないと、人間たちってすぐ殺し合うからなあ。仕方ない…ライラ行くよ!」


「へ!?」


ーーーそのあと、「助っ人」として来ていたジョシュアに対面することになったライラは、微動だにしなかったらしい。


「ボクが浮遊魔法で運べたからいいけど、ライラそんなんで大丈夫なの?」


使役した魔獣に心配されている主人。

普通は逆だろというツッコミはライラたちには聞こえていない。


「だ、大丈夫じゃない…!ジョシュア様、ジョシュア様…黒魔力がすごくて…ううう、もう死ねる。」


再び涙を浮かべたライラを見て、フェルがやれやれと体ををふった。


「頭が大丈夫じゃないね。ーーーM、安心して。話はつけておいた。パーシヴァルって人にも連絡しておくって。」



ーーーーその後、寮に戻ってミシェーラに報告したあたりでようやく「ジョシュアショック」から戻ってきたライラは契約内容を確認し直したのだ。


本来使役獣には命令できるのだが契約の魔法陣にフェルの魔力を使ったせいか、フェルはライラの命令に逆らうことができたのだ。

生死を共にする、というところだけは契約として生きていた。

不完全な契約は強すぎる存在と契約した弊害と言っていいだろう。


これらの欠点をライラは全く気にしていなかったが。

というのも、フェルがライラに非常に協力的であり、むしろーーー特に王族が絡んだときにはライラよりも的確な判断をしてくれるため何の支障もなかったのだ。


ライラたちが足を踏み入れた植物園には大量のサンフラワーが咲き誇っていた。

夏の黄色の魔素の影響を受けた鮮やかな黄色が、空調のきいた園内に、まばらに存在している生徒たちの目を楽しませている。


フェルに頼む事でドアを開けさせ入り口を抜けたライラは、そんなサンフラワーの列に見向きもせず、土の小道を走り抜けて行った。

そして、見覚えのある緑色を見つけると減速し、上がっていた息を整える。

どこにいてもひとつ飛び抜けるほど長身のレイモンドの緑色の頭は、ライラがパーシヴァルを見つける際の良い目印になっていた。

パーシヴァルの横で魔力通話をいじっていたレイモンドに軽く会釈した後、ベンチに横たわるパーシヴァルの頭の前に膝をつくライラ。

前日に起きた「事件」ともいえる出来事を報告するためである。


レイモンドに揺り起こされたパーシヴァルが赤紫の瞳を開ける。

その姿は気怠げだ。不機嫌そうにも見える。

普通だったら萎縮しそうなパーシヴァルの態度。

しかし、ライラはパーシヴァルと接していくうちにこういった態度が通常運転であることを理解していた。

目を細めたままのパーシヴァルを見ても、全く気にしたそぶりもなくニコニコと笑いながら報告を始める。


「ーーーというわけでして、もしパーシヴァル様が危険だと判断したら、わたしを殺してください。フェルの了承は取っています。」


「ーーーふうん。フェルは本当に了承したのか?」


くああ、とあくびなどしながらーーーライラの言葉を疑わしそうに聞いていたパーシヴァルはフェルへと視線を向ける。


「ボクがそうならないよう殺される前にライラ連れて離脱する。ーーーとにかく害は与えないから平気。」


フェルの力強い言葉はーーーパーシヴァルを納得させたのだろう。

フェルを見ながらコクリとうなづいている。


「そうか。ーーー使役術師になればラッキーだと思ってたけど、1000倍くらいの戦力連れて帰ってきたな。まあ、いいや、護衛もできて契約もできるのなら俺はいうことないし。じゃあ、予定通り出発は二日後の朝だから。」


ひらひらと手を振って、再び寝る態勢に入ったパーシヴァル。

いつもどおりパラソルや送風の魔道具をセットした後、ライラは出発の準備のために校舎を出たのだった。



学生寮の前で待ち合わせをしていたミシェーラとデニスと合流したライラ。

ライラの使役術師の合格祝いを兼ね、三人は学外でショッピングへ行く約束をしていたのだ。

一番乗り気なのはミシェーラだ。

足取りは軽く、今にもスキップでも始めそうだった。


「まずは洋服ね!今日は荷物持ちがいるから思う存分買えるわ!」


「いや、そこは使用人に持たせろよ。」


「…。」


移動プレートの上でワイワイと騒ぐ二人。

ーーーしかし、ライラがいつもよりも静かなことに気づく。


「ーーーどーした?パーシヴァル様に会って呆けてるのか?」


真面目な表情でそんなことを言うデニス。

普段のライラなら、抗議しそうなものだがーーー静かに笑って首を振っただけだった。

いつもと違うライラの様子に戸惑うデニスとミシェーラ。


ライラは心配そうな顔でのぞき込んでくる二人を代わりばんこに見たあと、違うのだと首を振る。


「言い表すのは難しいんだけどーーーそうだな、あえていうならうまくいきすぎて怖いんだ。」


ライラの言葉に意味がわからないというように二人は顔を見合わせた。


「ーーーふふふ、変なことを言ったね。いつもありがとう。」


そう言って笑ったライラの表情は大人びていてーーー

なぜだろう、ライラがいなくなってしまうような気がして、ミシェーラはライラの手をぎゅっと握りしめずにいられなかった。


どうしたの?と首を傾げるライラ。

さらさらと流れる銀糸が、その少し細められた瞳が、見慣れたもののはずなのにひどく儚げにみえた。



洋服店についた三人。

自分の踏み入れたことのない明らかに上流階級の人間が出入りする空間に呆然と立ち尽くすライラを店員に預け、ミシェーラも品ぞろえを見て回ろうと振り返ったところで、デニスに呼び止められた。


「なに?」


ミシェーラを呼び止めたもののデニスも整理が付いていないらしい。

しばらく黙り込んだままだった。

辛抱強くミシェーラが待っているとーーーようやくデニスは口を開いた。


「ーーー言葉にするのは難しいんだけどさ、ライラってたまになに考えてるのかわからないときねえ?一緒にいるはずなのに、ずっと遠くを見てるっていうか。」


先ほどのことかと、ミシェーラはようやく煮え切らない友人の態度にふが落ちた。

確かに、と同意する。


「ーーーわからなくはないわ。ライラと進路の話をしていたときに、自分は黒龍さまのために将来は絶対に王族に仕える、って。当時は使役術師のことなんか知らなかったから、厳しいんじゃないの?って正直に言ったわ。でもあの子笑って、『でもそんな気がするんだよね。』って。あの時もおんなじ顔してたの。」


「先読みの占い師でもわからないことあるんだな?」


からかうようなデニスの声にも、ミシェーラは眉を少し動かしただけだった。


「黒竜に関すること以外はさっぱりよ。ーーーなんでライラがやたらとみえるのかも本当に謎なのよね。」


「ーーああ、昨日は絶対に竜証が見つかると思ったよな?」


「ええ、でも無かったんでしょ?」


「そうらしい。呆けてるあいつを剥いて調べたらしいけど、真っ白の綺麗な身体でしたって。」


「ーーー変態みたいな言い方ね。…というか、服脱がされても気付いてなかったってこと?」


細められた赤い瞳に、デニスは慌てて弁明する羽目になった。


「言ったのはメイドだからな!?ーーー服の件は俺も心配になった。フェルも呆れてた。」


「使役獣の方がしっかりしてるって前代未聞ね。ーーーそれにしても、すごく関係者っぽいのにねえ。わたしと同室、あなたの惚れた相手、未来に登場する回数ーーー今度はやたらと強い使役獣でしょ。」


「パーシヴァル様に黒竜さま見学に誘われてるしな。ーーーでも、無かったんだ。ライラは関係者じゃない、ないはずだ!」


デニスの声が大きかったせいかーーーいつの間にか近くに来ていたらしい。

ひょこりと銀色の頭が現れた。


「わたしがなんて?ーーーあ、また黒竜さまの役割者の話だ?」


「そうよーーーって、なんで笑ってるの?」


「いやだって、建国神話のホーンインボー=シューサックの遺した言葉思い出しちゃって。」


思い出し笑いするライラを二人が不思議そうに見つめる。


ーーー「ジーゴを目指せ」って教科書に載ってるんだから、傑作だったな。持碁(じご)って発音しにくかったんだろうね。むしろ、よく伝わった方か?


本因坊(ほういんぼう)秀策(しゅうさく)は引き分けと言ってあげれば良かったのにとライラは思った。


黒竜と過ごしていた際に彼は勝ち負けがつかない持碁の棋譜ばかり並べていた。

ーーー黒が勝つのでなく白が勝つのでもない…そんな争いのない平和な国に住んで見たい。

秀策の願いは千年経って多少歪められてしまっていた。


ライラが笑っている発音だけでなく彼の本来の願いも後世には届いていなかった。黒竜の努力によって秀策の日記が残っているだけ他国よりはマシと言えるかもしれないが。


ライラが千年後にあたる現代でジーゴの意味について学説が百個もあると聞いたときは衝撃を受けたものだ。すぐに静まり返った教室で吹き出すのを堪えるために口を覆う羽目になったのだが。


ライラが千年前の同郷人に想いを馳せているとーーー少し気まずそうに目配せし合っていた二人が、ちょうど良いとばかりにーーーライラの手に持っている服について見聞しはじめた。

そして文句をつける。


「なんで黒しかないの!?」


「え、だって黒が好きだから。」


「ライラ、まさか服まで黒一色にする気か?」


ライラの持ち物が黒ばかりなのを知っているデニスは思わずツッコむ。


「学校で売ってるシャツとトランクス…あとジャージしか持ってなかったから、服選びとかわかんないし。ーーーでも、黒かっこいいじゃん?」


デニスとミシェーラは顔を見合わせーーーうなずき合った。

二人はライラに任せておいてはいけない、という共通の結論に達したのだ。


「…ジョシュア様の好きな色ってなんだ?ミシェーラちゃん?」


「よく身につけていらっしゃるのは青系ね。瞳のグラデーションに合わせてるはず。」


「パーシヴァル様の隣に立って、引き立てられそうな色は?」


「あの方は白がお好きなはずだから、黒でいいんじゃない?それか淡い色ね。」


「ーーー二人に選んで欲しい、あっちに店員さんが出してくれてるから。」



ーーー結局、意外なことに服選びのセンスが抜群だったデニスが大活躍し、ライラの私服候補が次々と選び出された。


そして布の質や後から付与する魔力の通りやすさなど、服の質は目利きに慣れているミシェーラが行った。

なにもわからないライラは、二人に言われるままに着せ替え人形になった。


耐熱や清浄の加護の魔法陣の申し込みまでライラが気づいたときには終わっていた。


5セットほど買うことになった服の支払いは、なんとパーシヴァルにつけていいらしい。

そもそも、旅の服を全てジャージで済まそうとしたライラをデニスが止めたのだ。

学校の購買で買ったとしか思えない白シャツと黒ズボン…そんな普段の様子から、もしや私服がないのでは?と気がついたデニスはさすがだった。

そこから、ライラの私服改善計画は始まった。

今日の日程を決められ、予算がないと抵抗を試みたライラだったがーーーミシェーラが経費で落とせるようにパーシヴァルに交渉してきたことで逃げ道をたたれた。


二人の熱意と連携プレーにライラは少し文句をつけたものの、唖然とすることしかできなかった。


ーーー先ほどのライラの二人ともありがとうには、この件も入っている。


ライラの両親は服選びは防御力が全て。次点で動きやすさ…というタイプだったためにライラはまともな私服を買ったことがなかったのだ。黒のジャージを3セット、これがライラの私服だった。

私生活から王族に仕えたいならそれではいけないと叱られ、今回の買い物に連れてこられたのだ。

ちなみに、デニスたちは杖についても買い換えるべきだと主張したのだが、こちらはライラが必要ないの一点張りだった。

購買で買ったのなんてダサいといくら言われてもライラはうなずかなかった。

杖は値段が服とは一桁異なるため二人も無理強いはできなかったのだ。


ーーーわたしは自分の環境や才能には恵まれなかったけど、友人には恵まれてるなぁ。


と思っていたのが二人を悩ませている儚げなライラの実態だった。

久々に脳筋だが優しかった両親を思い出し、少ししんみりしていたのだ。


洋服店を出た後ーーー三人は学園で話題の魔石カフェにいた。

甘味をまともに食べたことがないとライラが言ったためだ。

クズ魔石を熟練のカット技法によって加工し装飾に使っているこの店は今若者に人気だった。


キラキラと魔石の光が反射する店内で物珍しそうに運ばれてきたケーキを観察するライラを見て、デニスが疑問を口にした。


「アイスだのクッキーだの、パーシヴァル様にあげてなかったか?」


「パーシヴァル様がお好みのものを探しただけで、自分は毒味程度にしか食べてない。ーーーう、ちょっと無理だな。ミシェーラ食べる?」


「はじめは、わたしが見繕ったものね。い、いやよ。これ以上食べたら太りそうだもの。」


「ライラは甘味苦手だったか。ーーー俺食べるからちょーだい?」


恥ずかしげもなくデニスにフォークで切り分けたケーキを差し出すライラと、その手をつかみ、自分の口に運ぶことでそのまま食べるデニス。

ミシェーラはデニスもだいぶ耐性がついたものね、などと思いながら自分のケーキをつついている。


「ミシェーラもほら、あーん。」


「い、いらない!」


「う、ミシェーラが冷たい。…ミシェーラは今が一番可愛いし、この先太ったって痩せたって魅力的なのにそんなに気になるの?」


「お、ライラが口説き出したぞ。ーーーおねーさん、こっちのクッキーセットもお願いします。」


デニスは慣れた様子で店員を呼び止める。

同級生と連れ立って、以前も何度かきたことがあるらしい。


「やめてよライラ!わたしはアメリア様みたいなナイスバディのお姉様になるのよ!」


「アメリア様ってーーー王妃様か。王宮でお会いしたの?」


「そうよ!この前伺ったときに、パーティーで会ったの。マーメイドラインのドレスを着こなしていて…もう40のはずなのに、会場の誰よりも美しかったわ。」


パーティーを思い出しているのか、ミシェーラの目が輝き出した。

ライラはそんなミシェーラを笑顔で見守りつつ、まだ諦めがつかないのか、フォークを突き出してケーキを食べさせようとしている。


「王妃様はお美しいよねえ。王家の方々は存在が国宝みたいなもんだもん。ーーーでも、一番可憐だったのはミシェーラだと思うよ?」


日常的に使われるこうしたライラの褒め言葉も、ミシェーラにというフィメルに関していえば、誇張でもなんでもなかった。

実はこのカフェに並んでいたときもーーーミシェーラを誘ってくる人間が後を立たなかった。

本日も当然のようについてきている護衛が追い払おうとするのだが、何しろ次々と湧いてくるものだからーーー10人目がきたとき、ライラは拍手してしまったほどだ。


ミシェーラが困ったように笑う中、群がるマスキラたち。

中にはパートナーがいた人もおりーーーこれ以上はやめておこう。

とにかくライラはミシェーラと行動を共にすることで、見た目が良すぎるのも大変なのだと実感させられたのだった。


ライラの手をパシンとミシェーラが払い、ライラが肩を落とす。

そこに、今度はデニスが手を差し出した。行き先はライラだ。


「お、この茶葉入りクッキー甘さ控えめ。ほれ、ライラもちょっと食べてみ?」


ライラは口を開けただけで、正確に投げ入れられたクッキーのかけらを咀嚼する。

もぐもぐとしつつもーーーライラの表情は真剣だ。

食べ物を投げるんじゃないわよ、といってデニスがミシェーラに叱られているのだがライラはクッキー選びに夢中なため気がついていない。


「ん。ーーー確かに美味しい、でもパーシヴァル様は意外と甘党だからなあ。デニス、そのセットの中でどれが美味しい?」


ライラがデニスに話を振った事で、デニスとミシェーラが再びクッキーに注目した。

デニスが指差したのは、ココア生地にゴロゴロとしたブロックチョコレートが載せられている小ぶりのクッキーだ。


「俺はチョコレートかな。紅茶もうまいけど。ーーーでも、王族にはプレーンの方が高級感ある味かな?」


デニスの意見にライラがううむ、と唸って腕を組む。


「いや、パーシヴァル様はチョコが好きそう。三袋くらい買っとこうかな、あとはプレーンね。ーーーミシェーラのおすすめは?」


ミシェーラが迷わず指したのは、透き通った器に綺麗にカットされたフルーツがふんだんに使われたゼリーだ。


「フルーツ系のゼリーも美味しいわ。王族の方々って甘党の方多いわよね。」


ミシェーラの何気ない言葉にーーーライラが固まる。


「え、え、ジョシュア様も?」


ミシェーラがうなずいているとーーーライラにとっては予想外の方向から同意の声が上がった。


「ーーージョシュア様はパーシヴァルさまと同じで柑橘系がお好きだったような…あ、やべ。」


デニスが口を滑らした。

横にいたライラが、ぐりんと音がしそうな勢いでデニスを見る。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って!?まさか、デニスも王族の方々と幼い頃から交流があるの?」


ミシェーラはデニスの肩を掴んでガクガクと揺さぶりはじめたライラを見て笑う。


デニスは揺さぶられても嬉しそうだ。

そんな友人の姿に末期だわ、とミシェーラは思った。


ワイワイと騒ぎつつ、またゼリーのセットを頼むデニス。今話題になっていた柑橘系だ。


ーーーそんなに普段は甘味食べないくせに。ライラがちょっとしか食べれないから、自分が頼むことでライラに味を確認させてあげてるってところかしら。


ミシェーラから見て、長い付き合いになるデニスは最近変わった。

年相応に明るくて考えなしで、素直な明るい少年だったデニス。


ライラに引っ張られるようにどんどんと大人びていく彼は、最近上級生のフィメルからもひっきりなしに告白されている。


相手だと思われているミシェーラのもとに来るフィメルが増えたので、彼女には変化が一目瞭然だった。


ちなみに、ミシェーラのもとに来るのだがミシェーラの親衛隊に回収されて去っていくためミシェーラに実害はなかった。


ーーーどんなに人気でも、意味ねーよ。


デニスは友人に冷やかされるたびに、そうぼやいているらしい。

デニスの親友がミシェーラの親衛隊に入っているため、色々筒抜けなのだった。


ミシェーラはぼうっとしといたのだがーーー目の前にどんどん重ねられていく皿を見て我に返った。


「ーーーデニス、そんなに頼んでお金平気なの?」


商家というお家柄、値段がどうしても気になってしまうミシェーラは心配になり、デニスの方を見る。

ーーーはじめからライラには支払らわせる気はない。ライラが保護者からろくに仕送りを受けていないのは二人の共通認識だった。


しかし、デニスはといえばミシェーラの心配をよそに平気平気と笑っている。


「最近休みに兄貴たちについて魔獣狩りに行ってるからこれくらいはいける。ーーーミシェーラちゃんも払わなくていいぞ?」


「魔獣狩りーーーすごいわね。赤魔法は戦闘と相性良いものね。お金は払うわ、マスキラに奢ってもらったなんて言ったら父様に怒られるもの。」


ライラは次々と運ばれてくるスイーツを真剣に見聞していたのだがーーー聞こえてきた単語にパッと顔を上げた。


「このレモンゼリーも買いだな。ーーーえ、デニス、(おご)ってくれるの!?」


ーーー他のニュートへのプレゼントを、デニスにたかるライラはなかなかにイイ性格をしている。

そして、嬉しそうに頷いているデニスもデニスだとミシェーラは思う。


「お前に払わせるわけないだろ?でも、そうだ!見返りとしてーーーサマーバケーションの間、毎日報告のメールをくれよ?写真付きで。」


「え。わたしに送らせたら全部パーシヴァル様の写真になるよ?」


急に真顔になったライラ。

ミシェーラは思わず、ガクッとなった。


「ーーーいや、そこはライラの写真にしてあげなさいよ。どんだけ鬼畜よ。」


「ええ、だってミシェーラ、わたしの顔とっても…ねえ?」


「そこのアホはその顔が見たいのよ。ーーーはい決まり、パーシヴァル様の報告写真はわたしが受け取ってあげるから。」


ライラは納得がいってなさそうだが、デニスはミシェーラの言葉にウンウンと頷いている。


「そうなの?まあ、いいけどさーーーというか、ミシェーラも結構パーシヴァル様のこと好きだよね?」


ライラの指摘に、ミシェーラがふふふと笑った。


「あの方、マスキラ化すれば良いマッチョになると思うの。」


ライラはパーシヴァルのことを思い出してみる。

どうしても寝そべる姿ばかりが浮かぶのは仕方がないだろう。


「確かに寝てることが多いのに、結構筋肉ついてるかも?ーーーあ、レイモンドさんから連絡きた。そろそろ戻ろうかな。」


立ち上がったライラを、デニスが引っ張って椅子に戻した。

そして彼は不満の声を上げる。


「なに言ってんだよ、夜ご飯はミシェーラのうちに乗り込んでご馳走食べよーぜ!3人とも10位以内だったお祝いだ!」


ストンと椅子に戻されたライラはーーーパチリと瞳を瞬かせた。


「ーーーん?わたし何位だったの?」


「え!?ライラ掲示板見に行ってないの?」


「ーーーすっかり忘れてた。パーシヴァル様のところに行くのに全力すぎた。」


ライラの言葉に、呆れたような顔になる二人。

デニスが笑いながらも教えてやる。


「相変わらず、王族からむとバカになるなー。ライラは8位だったよ。俺は6位で、ミシェーラちゃんは3位!」



ーーーデニスが好成績というのがミシェーラには驚きだったのだが、なぜかなんて考えるまでもないだろう。


初等部では要領よくいかに手を抜けるかに全力を尽くしていたデニスという少年。


ーーーわたしも素敵なパートナーに巡り会いたいわ。


すっかり変わった幼なじみを見て、ミシェーラも恋がしたくなった。


「ミシェーラは可愛くてしかも賢いのか!やっぱり最高だね。」


「学校来てないのにな!」


「あなたたちはまとめてアホよね。」


「「!?」」


「まあ、そこが好きなんだけど。」

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