自室2
家に閉じ込められて数日が過ぎた。
今朝はトイレの水を流すと、水ではなく血が流れた。決して自分の血尿や血便ではない。
ドアはあいも変わらず開かない。窓も。
外を眺めると、最近流行りの宅配の人が背中に大きなバッグを背負って自転車を漕いでいる。
日に日に数が増えている気がするが、おそらく気のせいではないだろう。
体力が有り余っていたので、壁や床を叩きに叩いて騒音を出した。
近隣の住民に気づいてもらおうとしたが、徒労に終わった。最後らへんは壁を太鼓に見立てて遊んでいたが、隣人が文句を言いに来ることはなかった。
しかし、これにはメリットもある。隣への配慮が要らず、テレビの音量を大きくして映画を楽しめるのだ。家でカラオケも出来る、かなり良い物件だと思う。突然の監禁がなければの話だが。
クローゼットを開けると壁に大きな穴が空いていた。人ひとりが匍匐状態で入れるような穴だ。
クローゼットの隣はトイレのはずだが、その存在を無視するかのように穴はずっと奥まで続いている。明らかにアパートの大きさを超えて伸びているその穴の縁をそっと指でなぞると、ポロポロと石のような物が落ちた。
穴の材質はおそらくコンクリート。中は綺麗に、滑らかにくり抜かれている。
靴棚に置いてあるライトを持ってきて奥を照らす。それでも終わりは見えない、どこまでも続いている。そんな気がする。
例の穴に入るかどうか、半日程悩んだ。
冷蔵庫にはもう二年放置している一本の缶ビールと、かまぼこしかない。
このままでは餓死するだろう。そう思いながら切り分けたかまぼこの一切れを口に運んだ。
とりあえず財布とケータイ、それからマスクをしてフードをかぶる。
穴に入る他に選択肢はない。
写真を撮ってSNSにアップした。
穴の写真と、鏡に映った自分。
「これからドーナツ買いに行く」との文を添えて。